148.最果ての迷宮(ローグライク)<4>
さあ、再挑戦だ! と意気ごんだところ、あっさり先ほどの記録を超える第四階層に到達した。
その間に何もなかったわけではない。スケイルメイルを二つ拾って、片方を装備したところ……見事に呪われて脱げなくなり、拾った巻物で偶然呪いを解除できたという事件があった。元呪われた鎧であるよわよわ数値のスケイルメイルは、モンスターに向けて適当にぶん投げておいた。
そして、第四階層を進むことしばし。
『落とし穴だ!』
「え?」
視界に文字が表示されたかと思うと、俺は下の階に落っこちていた。
「ええ……まだ探索終わっていなかったのに」
あっさり最終階層である第五階層に辿り着いてしまった。
『よくあることさ』『罠の一つや二つで動じてはいけない』『階段を探す手間がなくなったと思おう』『ヨシちゃんあとちょっと!』
視聴者のコメントを聞き、俺は気を取り直して第五階層の探索を始める。すると……。
『水の罠だ!』
俺はまたもや罠にかかり、天井から降ってきた大量の水を頭からかぶる。
『スケイルメイルが錆びてしまった!』
視界に表示されたそんな文字に、俺はがっくりと肩を落とした。鎧の防御値が先ほどまでより低下している。
いや、大丈夫だ。これが最後の階なんだ。錆くらい、無視だ、無視!
と、また気合いを入れて第五階層を探索するのだが……。
「上り階段は見つかったが、鍵が見つからねえ……」
MAP上にそれらしい物は一つも存在しなかった。
すると、不思議な声が俺の耳に届く。
『実は通路や扉は、壁に隠されていることがあるんだ。調べたい壁に隣接したマスで、『周囲の壁を探す!』と意識してみてごらん。1ターン消費することで、壁が怪しいか調べることができるよ。まあ、探したからと言って、必ずしも見つけ出せるとは限らないんだけどね』
OK、把握。いかにも怪しい途中で途切れた通路があったんだ。
俺はダッシュでその場に向かい通路の壁を何度も調べると、壁が崩れ去り、通路の続きが現れた。
意気揚々と通路を進み、通路の終点である扉を開く。すると、部屋の真ん中に祭壇が置かれているのを発見した。
他にモンスターがいないことを確認し、祭壇に近づく。祭壇の上には、デザインの凝った鍵が置かれていた。
その鍵を手に取ると、鍵は光り輝き、手の中から消えていった。インベントリに収納されたのだ。
『『入門者の鍵』を手に入れた!』
そんな文字が視界に表示され、きらびやかなSEが鳴り響いた。
「よし! 目標達成!」
『無事に出られたらね』『気が早い』『あと半分、ファイト』『落とし穴にまた落ちるヨシちゃんが見えた』
「くっ、いや、帰りは最短で進むから、そう罠にもかからないはず!」
そうして俺は、上り階段まで戻り、第四階層に移動した。
MAPの表示は……新規MAPのようだな。今まで進んできた階層がそのまま使われることはなく、帰りもランダムの構造となるらしい。
「レベルも十分。武器もロングソードを拾ったので威力は十分。行けるぞ!」
そして、俺は何事もなく第一階層まで戻ってきた。ちなみに道中で食べたパンは、栄養ブロックのような堅焼きパンであった。味は普通。
「よーし、上り階段発見! 脱出だー!」
『うおー!』『よくやった!』『いえーい』『これだけやって、まだチュートリアルクリアしただけなんだよね……』『それは言うな……』
階段を登り切り、目の前に見えた装飾入りの扉を俺は力一杯開く。すると、どこからともなく不思議な声が聞こえてくる。
『おめでとう、ヨシムネ。不死の君なら、きっと『願いの迷宮』を踏破してくれると、私は信じているよ』
ごめん、チュートリアルさん。俺、五日でこのゲームやめるんだ。
そんなことを考えつつ、扉をくぐる。すると、その先には、テント村が広がっていた。
「ん? なんだここ?」
俺が周囲を見渡すと、巨大なテントからちょうど出てきたひげづらの男と目が合った。
「……出てきたぞ! 踏破者だ!」
「本当かよ!」
「最近入った奴いたか!?」
「どうでもいい! 鍵を奪え!」
「ひゃあ! 一攫千金だぁ!」
お、おう……。困惑する俺をよそに、点在するテントから次々とひげの男達が手に武器を持って出てくる。
俺は、それを見て言う。
「ヒスイさん、これ、どういうイベント?」
『入門者の迷宮は踏破が容易なため、鍵がいくつも世に出回っています。ただし、命がけで入手する必要があるため、コレクターズアイテムとして高値で売れます。ゆえに、鍵を奪おうと画策したならず者達がこうして、迷宮の出入り口付近で探索者を装って、踏破する者が出るまで張りこんでいるわけです』
「なるほどなー。……これ、全員倒さなきゃいけないの? 正直、中にいたゴブリンやオークより強そうなんだけど」
『大丈夫ですよ』
俺の疑問にヒスイさんは、はっきりとそう答えた。
『今のヨシムネ様は、世界最強の魔法戦士なのですから』
そのヒスイさんの言葉と共に、俺の身体が勝手に動き、腰に差していたロングソードを鞘から抜いた。
そして、勢いよくその場で剣を振るうと、剣の先から帯状のビームが出て、ならず者達をテント村ごとなぎ払った。
「え、ええー……」
『強すぎる……』『これがアイススタチューに苦労していたのと同じヨシちゃんなのか……』『さすが元英雄』『数百年の修行は無駄ではなかった』
俺の外の人は、勝手に剣を数度振るい、周囲を徹底的に破壊した。その後、俺の身体が足元を指さすと、魔法陣が地面に展開する。
やがて、気がつくと俺は、自宅の魔法工房に転移していた。
「おおう、アグレッシヴな主人公だこと……」
さらに身体は勝手に動き、インベントリから『入門者の鍵』を取りだした。そして、鍵を転移門の枠にはめこむと、ようやく身体に自由が戻ってきた。
『第一の試練、『入門者の迷宮』踏破!』
ファンファーレと共に、そんな文字が視界に躍った。
「……というわけで、チュートリアルはクリアかな?」
『おめでとう!』『今度こそよくやった!』『まだ一死か。これからが本番だな』『ヨシちゃんの戦いはこれからだ!』
「配信開始から一時間も経っていないから、まだ終わらないぞ! さて、残る迷宮は98あるわけだが……正直どの番号にどんな迷宮があるか判らんな。ヒスイさーん」
『はい、次の迷宮ですね』
「ああ、よさげなチョイスをよろしく」
『『入門者の迷宮』と同じくオーソドックスなルールで、全二十六階層ある『運命の迷宮』に挑戦していただくのもよいかと思ったのですが……』
「二十六!? 無理じゃね?」
『はい、五日の配信で攻略できるほど、ヨシムネ様が習熟できるか怪しいところがありますので、基本的に低い階層の迷宮を選んでいくべきかと思います。ですので、まずはオーソドックスルールで全十階層の『天命の迷宮』をお勧めいたします』
「十階層か……いけるんじゃね?」
俺がそう言うと、視聴者の反応は……。
『大丈夫? 今までの二倍だぞ』『何回死ぬかな?』『まあいけるでしょ』『オーソドックススタイルは、今日中にクリアしてほしいなぁ』
意見は様々って感じだ。反対多数というわけではないので、俺は『天命の洞窟』への挑戦を決めた。
『では、転移門のダイヤルを『2』に合わせてください』
「了解」
回転式のダイヤルを少しだけ回し、『2』に合わせると、転移門の枠内の歪んだ空間の色が少し変わる。そして、ダイヤル下のパネルに『天命の迷宮』と表示された。
『天命の迷宮』は、『入門者の迷宮』と同じく、服以外の持ち込みが不可能らしい。俺は武装を解除し、金貨やポーション、巻物を工房に用意されていた宝箱の中にしまう。
よし、準備はできた。俺は気合いを入れて、転移門に勢いよく飛びこんだ。
◆◇◆◇◆
ストレートで第七階層まで来た。だが、未鑑定のポーションが溜まってきたな。ここは、使用して効果のほどを確かめるか。
俺は『紫色のポーション』をインベントリから取りだし、飲んでみた。
すると……目の前が真っ暗になった。
「ぎゃー! どういうこと!?」
俺が悲鳴を上げると、ヒスイさんの解説が届く。
『暗闇のポーションを引きましたね。それは、外れポーションの中でも一番強力な品で、長時間目が見えなくなります』
「えっ、じゃあモンスターに囲まれて、一方的に殴られたり?」
『進みたい方向にモンスターがいた場合、自動で攻撃を行ないます。暗闇状態でもちゃんと攻撃は命中するので、安心してください』
「安心……できねぇー! ぬうー、MAPを頼りに進むしかないか」
だが、通路の位置はMAPに記憶されるのだが、部屋から出た瞬間、今までいた部屋の構造がMAP上から消え去ってしまう。俺は何とか暗闇の中で探索を続け、第八階層まで降りた。
そして、再び探索を続けることしばし。
『ヨシムネは氷となって息絶えた』
敵を攻撃したかと思うと、そんなメッセージが視界に表示されて、俺は魔法工房まで戻されていた。
『いえーい!』『死んだ!』『アイススタチューか』『今日のノルマ二回目達成』『まだまだ死ぬよお』
「いや、どんだけ死にゲー扱いなんだよ、ローグライク!」
でも、暗闇のポーションを引くまでは、かなり順調だった。うっかりさえなければ、第十階層まで行くのも簡単なんじゃないか?
そう思って、再挑戦したところ……。
『ヨシムネは氷となって息絶えた』
「あああああ! 二階でプレートメイルを見つけて、神引きだと思ったのにぃぃぃ!」
『いやー、まさかその場で即調子に乗るとは』『だからアイススタチューには挑むなと』『ここまで三回の死因、全て凍結死である』『馬鹿じゃないの!?』
まさかの第二階層での死亡である。
そして、次だ。
『ヨシムネはゴブリンに頭を強打され息絶えた』
「ぐえー! 普通、ゴブリンに負けるか!? どうなってんの!」
第一階層で、ゴブリンに攻撃を避けられまくっての戦死である。
『今のは、まあしゃーなし』『事故だ、事故』『運命とはどうしてこうも厳しいのか』『レベル1は簡単に死ぬからねぇ』
次だ、次!
早速、第一階層でグレートソードという、ロングソードよりも強い武器を引き、第二階層でプレートメイルという強力な鎧を手に入れた。そこで、俺は気を引き締める。調子に乗ったら、死ぬ。
そして、俺は第五階層で運悪くモンスターハウスを引き当てる。
「落ち着け、落ち着け……」
長い通路に逃げ、一匹ずつモンスターを倒していく。やがて、モンスターを一通り撃破することができた。装備のおかげである。
だが、その後少しずつ気がゆるみ、第七階層で敵と連戦をしてしまい……。
『ヨシムネはケンタウロスに組みつかれ息絶えた』
「ぬああ……なんでケンタウロス、あんなに抱きついてくるの……?」
俺の疑問に、ヒスイさんが答える。チュートリアルさんがいなくなって絶好調である。
『ケンタウロスはギリシア神話に登場する半人半馬の種族であり、古代ギリシアの格闘技といえばパンクラチオンです。武器を持たないケンタウロスの攻撃方法が、組み技を多用するパンクラチオンでも納得できますね』
「できねぇー……」
それから死ぬこと数回。俺は、とうとう第十階層に辿り着いた。
「アシッドスライムはいないよな……?」
第九階層で鎧を錆びさせてきた厄介者を警戒しながら、俺は進む。そして、とうとう鍵の祭壇を見つけた。
「よっしゃー!」
『まだ折り返し』『油断は死ぞ』『敵に負けなくても餓死が君を待っている』『自分の運のなさを恨みなぁ』
「最後のコメント、なんで死ぬこと確定で言っているんだよ! よし、鍵ゲット。帰る帰る」
俺は極力無駄な移動はせず、最上階まで向かった。一度モンスターハウスを引いてヒヤッとしたものの、テレポートの巻物を使って逃げることに成功していた。
そして……。
「よし、地上だ!」
豪華な扉を開いて外に出たところ、クワを担いだ男と目が合った。
「あ、ああ……」
男がこちらを見て、なにやら口をパクパクとさせている。
おっ、こいつもならず者か?
「ああ……勇者様じゃー! 迷宮から帰還した勇者様が出たぞー!」
そう言って、男はどこかに去っていった。
うーん、ここは……村の中? 周囲には、石造りの家屋がぽつぽつと建っているのが見える。
そして、その家々から村人達が出てくる。そして、村中から人が集まってきた。
「『天命の鍵』を持ち帰った勇者様とお見受けします」
村人の中から、特に立派な服を着た老人が前に出てきて俺に向けてそう言った。
「ああ、そうだが」
「おお、それはそれは。この迷宮から帰還者が出たのは、実に三十年ぶりのこととなります」
十階層もあるのに挑む人いるんだ……。まあ、コレクターズアイテムとして、鍵が高く売れるらしいからな。
「迷宮から帰還した勇者様が出た場合、我々の村では勇者様をお招きして宴を開くこととしております。今夜の宿も必要でしょう。宴の席で、我々に勇者様の冒険譚をお話ししてくださいませんか」
うーん、これは……。
俺は、心の中で強く念じる。ヒスイさーん、この話、受けていいの?
『お好きなようにしてください』
おっけー。せっかくのイベントなので見ていくことにしよう。
そして場面は切り替わり、宴の席に。村の集会場らしき場所で村人は床に直接座り、俺は座布団のような布の上に座らされている。
酒杯を渡され、先ほどの老人が乾杯の合図をする。俺も乾杯をして、酒杯を傾けた。
『猛毒だ! しかし、ヨシムネには効果がなかった』
そんなメッセージが視界に見えた次の瞬間、俺の身体は勝手に動き、インベントリからグレートソードを出して構え、ぐるりと円を描くように一回転した。
すると、全方向に剣ビームが飛び、村人達は全員吹き飛んだ。
さらに、勝手に動く俺の身体は崩壊した集会場を飛び出し、村の建物や畑を次々と破壊していく。やがて、満足したのか、魔法陣を描いて自宅の魔法工房に戻っていった。
「まあ、こんな予感はしていたよ。あの村の人達、今の俺より立派な服着ていたし」
転移門にはめこまれた二つ目の鍵を見ながら、俺はそんな感想を述べた。
『いいかげん服買えば?』『金貨の使い道、今のところ服しかないでしょ』『買いましょう!』『ファッションチェックのお時間です』
そんな視聴者のコメントを聞き、俺は苦笑して宝箱から金貨を取り出し、外の服飾店へと向かう。
そしてやってきた服飾店は、辺境の町だというのに品揃えがよすぎて、服選びで配信時間をだいぶ浪費してしまった。
いや、でも配信者として、見た目には気を使わないとな!