147.最果ての迷宮(ローグライク)<3>
ゴブリンを倒した俺は、あらためて今の状況を確認する。
ステータスは、HPが減少し、レベルの『/』で区切られた後ろ部分が少し増えた。そして、地味に気になっていたのだが、視界の右上にはこの部屋のMAPが表示されている。
注視するとMAPは見やすいよう視界の中央に拡大表示された。そのMAPによると、この部屋の右上隅に何かが落ちているようだ。
実際に部屋の隅を見てみると、なにやら光り輝く物体が落ちているのが判った。
その床のマスに移動すると、床に落ちている物体が宙に浮き、俺の手に収まった。それは、数枚の金貨だった。
金貨を握ると手の中から消えてなくなり、代わりにステータス欄の『Gold』が0から38に増えた。
『それは金貨だね。この迷宮だと金貨の使い道はないけれど、数ある試練の迷宮の中には魔族の商人がいて、金貨を対価に物を売ってくれることもある。まあ、迷宮で使わなくても、外の世界でなら通貨として利用できるんじゃないかな? もちろん、死んだら外には持ち出せないけれど』
不思議な声がそんな説明を告げてくる。
「ありがとう、不思議な声。今回はヒスイさんいらずだな」
『まことに遺憾です』
ひえっ、ヒスイさんごめんよ。
さて、この部屋でやることはなくなったので、先に進もう。俺は扉の前まで進み、扉を開く。その向こうには、1メートル幅のせまい通路が続いていた。
通路を進むと、また扉を発見する。扉を開くと、先ほどの部屋と同じような空間が広がっていた。
モンスターの姿は見えず、アイテムがいくつか転がっているのが見える。
俺は、そのアイテムを全て回収することにした。
『それはポーション。飲むことで様々な効果をもたらす秘薬だ。その多くが有益な効果をもたらすけれど、中には毒などのマイナス効果があるポーションもあるので気をつけてね。とはいっても、鑑定の巻物を見つけ出して鑑定するか、一度実際に飲んでみるまで、どの色のポーションがどの効果を持つかは判らないんだけどね。ちなみに、迷宮に出入りするたびに色ごとのポーションの種類は変化するよ』
『水色のポーション』を手に入れたときに聞こえた不思議な声の説明だ。ポーションは手に持った瞬間消え去る。どうやら、インベントリに収納されたようで、インベントリは視界の右上にあるアイコンの一つを注視することで開くことができた。
さらに俺は、『血の色をした巻物』を拾う。すると、不思議な声がまたもや説明を入れてくれる。
『それは魔法の巻物。魔力が封印される試練の迷宮の中で、魔法を使うことができる数少ない手段の一つだね。読むことで使い手に向けて様々な効果を発揮する、一回限りの使い捨てのアイテムだ。これもポーションと同じで、読むまでどの色の巻物がどの効果を持つかは判らない。ポーションや巻物がどんな品なのかを鑑定するには、一度使用するか、鑑定の巻物に頼るしかないね。もちろん鑑定の巻物も、最初に使用するまでどの色の巻物が鑑定の巻物なのかは判別できないよ』
うーん、今回のチュートリアルさんは本当に丁寧だ。
今いる部屋には何もなくなったので、俺は次の部屋へと進む。
すると、その部屋にいたのは……。
「チョコボがおる!」
体高1.5メートルはありそうな鳥が、部屋の中央に陣取っていた。その見た目は、国民的RPGに登場する代表的な乗り物である陸上を走る鳥、チョコボに酷似していた。
『エミューです』
聞こえてきた声は、今度はヒスイさんのものであった。
確かに鳥の頭上にはエミューと文字が表示されている。
「エミュー……なんだっけ。アホみたいにでかい卵を産む鳥だったか」
『ヨシムネ様に解りやすく言いますと、ダチョウのような飛べない巨大な鳥です。オーストラリア国区に生息しており、かつては食用の家畜として育てられていました』
「なるほどなー。モンスターなんだよね?」
『はい、敵です』
この部屋に来るまでに歩いていたら、ゴブリン戦で減ったHPは最大値に戻っていた。どうやらHPはターンの経過で自動回復するらしい。
なので、俺はエミューに挑むことにした。
そして……。
「うん、楽勝だな」
短剣は見事に命中し、エミューを無事に討伐することができた。順調だ。
その後も俺は第一階層の探索を続け、階段を見つけ出した。
「うーん、まだMAPは埋まっていないな。全部探そうか」
『ああ、そうだな!』『そうするといい』『お前ら……まあ、まだ一階層だしまだまだ腹も減らんだろ』『あー、空腹度があるのか』
「そういえばそんな要素があるって、ヒスイさんが言っていたな……ステータスには空腹値は存在しないんだけど。マスクデータかぁ」
無駄にターンを消費しないよう、最小限の動きで行こう。
そして俺は、第一階層をくまなく探索し、大きな蛇や、ドローンのように空中に静止しながら羽ばたいているハヤブサを倒して、MAPを全て埋めた。すると、レベルが2に上がり、HPが増加する。
「レベルが上がっても攻撃と防御の数値は上がらないんだな」
『『Rogue』に倣うなら内部的な強さはちゃんと上がっているはず』『今回の配信、ローグライクに詳しい視聴者多いな……』『マザー・スフィアのレトロゲーム配信で、よくやっているのを見るから……』『マザーの見事な死にざまは、明日への活力を与えてくれる』
この時代の人間達がマザーをどう見ているか、ますます解らなくなったぞ……。
さて、探索が終わったので、発見済みの階段へと向かう。階段は4マス×4マスを占有する下り階段で、ステータス欄にある階層というのは地下何階かを言うようだった。
そして第二階層へ……到着したとたん、今降りてきた階段が消える。
「マジか。一方通行なのか」
『一階は探索済みだからいいじゃん』『そのゲームがどういう仕様なのかは知らないけれど、基本としては、最下層に行かないと登り階段はない』『その階から逃げるときは、自然と難易度の高い次の階に向かうことに……』『そのうえ迷宮はランダム生成なんだろ? 毎回階段を探すゲームか』
まあ、問題はない。俺は視聴者コメントの相手をするのを一時的にやめ、ゲームに集中して第二階層を探索することにした。
まずは、この部屋にいるモンスター退治からだ。そのモンスターの名前は、アイススタチュー。氷でできたガーゴイルだ。
俺はアイススタチューまで近寄り、短剣を構える。
攻撃は命中し、アイススタチューの一部が欠ける演出がなされた。
そして、敵の反撃。こちらも命中し、HPが減る……と、なにやら俺の身体の表面が氷に覆われた。
『ヨシムネは凍結している!』
そんな文字が視界に表示されて、再びアイススタチューがこちらに攻撃をしかけてくる。それも命中し、HPが削れる。そんな最中、俺は動こうと思っても動けないでいた。
く、まさかこのまま殴られ続けるのか……。
『ヨシムネは凍結から解放された!』
よし、一方的にやられることは回避されたようだ。
俺はアイススタチューと攻防を繰り返し、そして倒すことに成功した。
「はー、こんな状態異常を与えてくる敵もいるんだな」
そんなことをつぶやきつつ、俺は先へと進む。
そして、道中で一本の杖を拾う。
『それは魔法の杖。巻物と同じく、魔法の力を試練の迷宮で発揮することができる、魔法のアイテムだ。巻物と違う点は、複数回使用できる点と、モンスター相手に使う効果がこめられているって点だね。巻物は自分のために使って、杖は敵と戦うために使う。そんな感じで覚えておけばいいよ。ちなみに杖は、鑑定の巻物を使うまで正式名称は不明のままだ』
ふーむ、今持っている巻物で杖を鑑定できたら、モンスター戦で役立つかもしれないな。
俺はインベントリを開き、『血の色をした巻物』を取りだした。そして、巻物の封を切り、中身を読む。巻物にはよく判らない文字が書かれており、それに目を通すと同時に巻物はボロボロになって崩れ去った。
すると次の瞬間、腰に吊り下げていた短剣が銀色に光り輝いた。
そして、不思議な声がまた聞こえてくる。
『どうやら武器強化の巻物を引いたようだね。その巻物は、武器の命中力か攻撃力のどちらかを少し上昇させる効果があるよ。それと、武器が呪われていた場合、武器の呪いを解く効果もある。今回は命中力が上がったようだね』
「やっぱりあるのかー、呪い。食べ物が呪われていたりしたら怖いな」
すると、今度はヒスイさんがコメントを入れてくる。
『この『入門者の迷宮』では、呪われているアイテムは武器と防具だけです。食べ物を手に入れたら、安心して使用してください』
「そうなのか。それは助かるな」
呪われた酒を飲んで、吐いて餓死するとかは起こらないようだ。
その後、俺は探索を続けて下り階段を発見した。
「まだMAPが埋まっていないな。探索を続けるか」
そうして、まだ通っていない通路を進み、次の部屋に向かう扉を開けた瞬間のこと。
扉の向こうには、3メートル×6メートルの小さな部屋に、みっしりとモンスターが詰まっていた。
「げえっ!」
『ぷぎゃー!』『たった二階でモンスターハウス引いたのか』『どうする? さあどうする?』『さすがに笑った』
「こ、これがモンスターハウスか。出会ったら死ぬとよく聞いたものだが……」
モンスターが大量に存在する部屋をローグライクゲームではモンスターハウスと呼ぶらしい。俺が昔やっていたMMORPGでもそれに倣って、モンスターが自動POPで大量に溜まった場所をモンハウって呼んでいたな。
かたつむり観光客の元ネタのゲームでは、雑魚モンスターは基本的に一方的に虐殺していくものだったので、モンスターハウスを引いたところでたいした被害はなかった。
だが、この迷宮のゲームバランスでモンスターに囲まれたら、即死してしまうだろう。
「とりあえず、通路に引いて一匹ずつ倒そう」
俺は一歩後退し、通路にやってきたゴブリンと対峙する。難なく勝利。
そして、次に来た大蛇と戦う。これにも勝利。
次にやってきたこうもりを……って、残りHPがやべえ!
「これは……階段まで逃げる!」
『お、ようやく判断したな』『それが正解だな』『アイテムそろっていないうちにモンスターハウスは無理ですね』『ローグライクを見るのは初めてなので、なにがなんだか』
俺はこうもりに追いかけられながら、階段のある部屋まで急いで逃げた。
急ごうが、ターン制なので俺が一歩動けば相手も一歩動くのだが……。
そして、なんとか階段に辿り着き、俺は第三階層まで逃げることに成功した。
「ふう、やれやれ……」
俺は、その場でしばし心を休め、あらためて第三階層に挑むことにした。
減ったHPを回復させつつ、二部屋目へ行く。すると、床になにやら怪しい物が落ちていた。
な、なんだこれは……。
そのマス目に止まると、俺の手にそれが飛びこんできた。その正体は、粘菌の塊。最初はモンスターかと思ったが、名前が表示されていないので違うようだ。
困惑している俺に、不思議な声が届く。
『珍しいアイテムを見つけたようだね。それはスライムモールド。食料の一種さ』
「食料!? これが!?」
『空腹度の回復量にばらつきがある普通のパンと比べて、スライムモールドは空腹度の回復量が安定して高い水準にあるんだ。美味しいから、思い切って食べてみるといいよ』
「いやいやいや、キノコじゃないんだから、これは無理だろ……。キノコだって生食は危ないが……」
『食べてみて』『気になるわ』『チュートリアル様が食べ物って言っているんだから、食べ物だろ』『そろそろお腹すいてこない?』『さあ、勇気を出して!』
無慈悲な視聴者のコメントが聞こえる。お前ら絶対楽しんでいるだろ!
く、見た目が明らかに食い物じゃないぞ、これ。黄色い粘菌だぞ……。
『ヨシムネ様。このゲームをプレイしていく以上、空腹度の問題は常に壁となって立ちはだかってきます。そのときに、『食べられません』では済みません。ここは、慣れる意味もこめて、この場で食べてみてください』
ヒスイさんまでそういうこと言うの!?
『大丈夫です。ちょっとだけ色が違う、海苔の佃煮のようなものと思えば』
海苔の佃煮……そう、これは黄色いだけの海苔の佃煮だ。
ええい、ままよ!
「……んぐ。んぐぐ……」
『本当に食べよった!』『味覚共有機能オンの配信じゃなくてよかった……』『いや、味覚共有機能って視聴者側でいつでも切れるからな?』『でも、ヨシちゃんを煽ったからには、拒否するのはちょっと』『で、お味の方は?』
「あれ、めっちゃ美味いぞ、これ。さわやかな味のする果物で作ったジャムみたいな感じ」
『本気かよ』『正気か!?』『いや、でも空腹度を大量に回復させる食料だし、味もいい方が納得するというか……』『気になるけど、自分が食べろと言われたら遠慮する見た目だわ……』
いや、本当に美味いんだって。
そんなことを思っていると、ヒスイさんの声が再び響く。
『ちなみに『Rogue』でも空腹度を回復させるレア食料の名前は『slime-mold』となっており、非常に美味な扱いですので、ローグライクゲームとしてリスペクト精神にあふれたアイテムと言えるでしょう』
「見た目はリスペクトしてほしくなかったなぁ……」
粘菌だぞ、粘菌。キノコを取って巨大化する赤と緑の兄弟のゲームが実写映画化されていて、子供の頃にそれを観たことがある。その映画のキノコを食べるシーン、キノコというより粘菌っぽくて、ちょっと精神にダメージを受けたりした。
「まあ、美味かったから全て許すが、通常の食べ物がまた変な見た目だったら、制作会社を絶対に許さないよ」
『チュートリアルさんがパンって言っていたから大丈夫でしょう……』『出てくるまで安心できないけどな』『それでもヨシちゃんなら食べてくれるって信じてる!』『変なパンってどんなんだろ』
実はインベントリに、最初からパンが一個入っていたんだけどな。
さて、気を取り直して次に進もう。この部屋の隅にアイススタチューがいて、ずっと気になっていたんだよな。
空腹度の心配もなくなったことだし、倒して経験値に変えることにしよう。
「死にさらせー!」
俺はアイススタチューの横に移動して、短剣で突く。攻撃は相手の顔に命中し、顔が欠ける。
次に、アイススタチューの攻撃が俺に命中する。すると、俺の身体が氷に覆われていく。
くっ、また凍結か。だが、HPは満タンなのでまだ大丈夫。
そう思ったのだが、さらにアイススタチューの攻撃が俺に加えられると、凍った身体にヒビが生えていき、短剣をにぎった右腕が割れて落ちた。
そして、身体の内側からきしむ音が聞こえてきて、足が消失する感覚と共に俺の視界が急に低くなり……。
『ヨシムネは氷となって息絶えた』
そんなメッセージが視界に表示され、俺は気がつくと自宅の魔法工房に敷かれた魔法陣の上に横たわっていた。
「はっ! いったいなにが……」
身体を起こし、身体を確認する。リングメイルや短剣はなくなっており、俺のアバターはやぼったい村娘風の服装に戻っていた。
『アイススタチューの攻撃は、低確率で即死効果を引き起こします。運悪く即死効果を引いたようですね』
そんなヒスイさんの声が聞こえた。即死、即死かぁ……。
「運、悪すぎね?」
『ローグライクとは運の悪さに幾度となく見舞われながら、経験を蓄積して乗り越えていくゲームです。なお、アイススタチューはモンスターハウス以外では、こちらから手を出さなければ向こうから攻撃したり動いたりしてくることはありません』
「マジかよ……無駄に手を出して死んだってことかぁ」
溜息をつきながら立ち上がると、今度は視聴者コメントが聞こえてくる。
『祝! 初死亡!』『ようこそ、ローグライクへ!』『見事なまでの死にっぷり』『ここにヨシちゃんの墓を建てよう』『まさかたった三階で死ぬとは、予想していなかった』
「……嬉しそうだな、みんな!」
ぐぬぬ、次は上手くやって視聴者達を見返してやる。
『大丈夫ですよ。これから幾度となく死にますので、そのうち皆さんも、いちいち死んだ程度では騒がなくなります』
「マジかよ……」
俺は転移門を前にして、これから待ち受ける試練に身を震わせた。
これは、気合いを入れて挑まねばなるまいな……。