144.芸術の秋
SCホーム内の日本家屋にある縁側で、和服のアバター衣装を着こみ、のんびりとお茶を飲みながら紅葉を楽しんでいたときのこと。俺の隣に、惑星マルスで歌手をやっている、ミドリシリーズのヤナギさんが座った。遊びにでも来たのだろうか。
「スポーツの秋、食欲の秋。ヨシムネさんは、惑星テラの秋を満喫しているようですね」
と、ヤナギさんは唐突にそんなことを言いだした。
「……? ああ、そうだな。ヤナギさんも、ちゃんと配信見てくれているんだな」
「はい、もちろんです。ところで一つ、忘れていることがありませんか?」
「うん? ヤナギさん関連で、最近何かあったかな……」
「そう、それは、芸術の秋! ヨシムネさんは芸術の秋を忘れています」
そうか。何を言っているんだろうか、この人気歌手は。
俺の困惑をよそに、ヤナギさんは言葉を続ける。
「絵画に陶芸、彫刻もいいでしょう。しかし、それらは気軽に手を出せるでしょうか? やはり、芸術と言えば音楽です」
あ、そういう話の持っていき方をするのね。
「というわけでヨシムネさん、カラオケをしましょう」
「おっけー。じゃあ、久しぶりにカラオケルームを開放するかー」
俺は縁側から立ちあがると、日本家屋の中の一室に向かい、部屋の奥のふすまを開いた。
すると、その向こうに見えたのは廊下でも部屋でもなく、カラオケボックスのロビーであった。
『いらっしゃいませー』
店員のAIが入店の挨拶をしてくる。これは、高度有機AIではない簡易AIだな。
さて、なぜSCホームの日本家屋の中にカラオケボックスがあるかというと、これは『アイドルスター伝説』のクリア特典で貰えるSCホーム用の設置物なのだ。
この時代のゲームは、クリアしたりなんらかの要素を満たしたりすると、SCホーム用の設置物やアバターの衣装を貰えることがある。
実績解除やトロフィーといった文化がなくなった代わりに、そのようなおまけの貰えるやりこみ要素が用意されているわけだな。
まあ、大抵はプレイに義務感を覚えさせないために難しい条件はつけていないらしいが。
『1番ルームへどうぞー』
店員からマイクを受け取り、俺達はカラオケルームに移動した。
カラオケルームのテーブルの上には、分厚い冊子が二冊と番号入力用の端末が置かれている。
『アイドルスター伝説』は20世紀末が舞台のゲームなので、カラオケ機材への曲の入力方法もその時代に合わせてちょっと面倒臭い。
タッチパネルの端末で曲を検索して入力するとは行かず、冊子で曲を探して、曲に対応した番号をリモコンみたいな端末で入力しなければいけないのだ。まあ、実は空間投影画面を開いて、そこから曲の入力ができるのだが。
俺はとりあえず座席に座って、ヤナギさんの出方を待った。さて、今日のカラオケはどんな感じの流れになりそうだろうか。
そんなことを俺が内心思っているとは知らずに、ヤナギさんは空間投影画面を開いた。
「実は、21世紀のアニメソングをいっぱい練習してきたんです。アニメソングを歌いましょう」
アニソンかー。
それはちょっと俺には難しいぞ。
「ごめん。俺、ほとんどテレビでアニメを見ない人間で……ゲーム原作のアニメはたまに見るんだけど」
そう、俺は自分のことをオタクの類と思っているが、ステレオタイプなアニメオタクとはまた違うのだ。完全にゲームジャンルに偏った、ゲームオタクである。映画好きの母に付き合って、アニメ映画を観ることはあったが。
「ええっ、どうしましょうか……」
「ヤナギさんは、練習してきた曲を歌ってくれ。俺が聞いたことある曲もあると思うからな。俺はゲームソングを歌う」
「そうですね。そうしましょうか!」
そういうわけで、曲の選択をしようか。
俺達二人は隣同士に座り、空間投影画面を前方に展開して曲選びに没頭する。冊子は使わない。あの冊子、『アイドルスター伝説』の作中年代の曲までしか書かれていないのだ。
一方で、このカラオケボックスは、宇宙2世紀あたりの曲まで完備してあり、空間投影画面から曲を入力することで自由に歌うことができる。そして、著作権の保護期間が切れていない宇宙3世紀の曲も、安価で購入して導入することができる。
正直、それだけで一つのソフトとして売り出してもよいくらいだと思うのだが、あくまでゲームのおまけで貰えた、ただの設置物である。
そして、歌う歌を決めてカラオケ機材へ入力しようとしたそのとき、カラオケルームの扉が急に開いた。
おかしいな、店員は特に呼んでいないはず。
そう思いつつ扉の方に目をやると、そこにはヒスイさんが立っていた。
「困りますね。ヨシムネ様とヤナギのカラオケほど、配信に向いたネタはないのですよ。撮影を開始します」
ヒスイさんはそう言いながらカラオケルーム内に入ってくると、俺の隣に静かに座った。
「あらあら、せっかくヨシムネさんと二人きりで、カラオケができると思ったのですが」
「私のことはお構いなく」
ヤナギさんとヒスイさんがそんな言葉を交わした。なんだか、俺を挟んで座っている二人の視線に火花が散っていそうな、喧嘩腰の声色だったぞ。
うーん、二人の気持ちになって考えてみよう。
ヤナギさん。妹と二人きりで遊びたい。
ヒスイさん。自分を通さず妹と遊ぶのは許さない。
こんな感じかな。こりゃ、相容れないわ。いや、そもそも俺は、二人の実妹ではないんだけどな!
そこでふと、俺にいたずら心がめばえる。ここで、片方に肩入れする歌を歌ったらどうなる?
そんな思いから、俺は一つの曲を入力してしまった。
カラオケ機材が曲番号を受信し、モニターに曲名が映る。その曲名は、『二人はいつも一緒だから』。直球すぎて、こりゃやべえ。だが、もう後戻りできない。
「ヒスイさん、デュエットしよう!」
俺はマイクを持って立ち上がりながら、そう言った。
「えっ!?」
「解りました。ご一緒します」
ヤナギさんが驚愕の顔を見せ、ヒスイさんが嬉しそうにもう一つのマイクを持って立ちあがる。
そして、俺とヒスイさんはデュエット曲を歌った。
この曲は、人形に命を吹き込んで一緒に戦うミュージカルRPGの二作目の曲だ。喧嘩をした二人が仲直りして絆を深めるといったシチュエーションで歌われた。男女の恋の歌ではなく、女の子の親友二人の友情曲である。
それを見事に歌いきったのだが、ヤナギさんの様子がやばいことになっていた。
「ヨシムネさんは、やっぱり私となんて一緒にいたくないのですね……」
「いや、ごめんごめん。ジョークジョーク。ほら、次は俺とヤナギさんでデュエットしよう」
俺がそう言うと、ヤナギさんは、ぱあっと日が照るような明るい笑顔を見せた。
さて、デュエットと言ったが、他にゲームソングでデュエット曲って何があったかな。
思い浮かぶのはラブソングしかないが……他に考えつかないし、もうこれでいいか。
そうしてモニターに映った曲名は、『こころ語り』。先日の『Wheel of Fortune』の雑談中に話題になったヒュムノス語を用いた、愛の告白の歌である。
主人公の男がヒロインの女に歌で愛を語り、女も歌でそれに応える告白シーンで歌われる曲だ。
ラブソングだが、愛という単語はあっても恋という単語はないので、家族愛の歌として受け取ってもらおう。
そんなことを思いながら歌うと、ヤナギさんはニッコリと笑い、恋慕の情ではなく妹に接する姉のような声色で歌を返してきた。さすがは歌手。俺の歌声にこめられた想いを汲み取るくらいは、朝飯前だったらしい。
やがて歌は終わり、俺は大きく息を吐いた。
よかった、なんとかなったな。ヤナギさんもヒスイさんも二人とも笑顔だ。
「さあ、デュエットはここまでにして、適当に歌っていこうか。俺はゲームソング、ヤナギさんはアニメソング、ヒスイさんはどちらでもって感じで」
「では、私からいきますね」
そう言ってヤナギさんが入力したのは、『星間飛行』という曲名だ。
どんな曲だろうと思ったが、イントロで全部思い出した。確か、宇宙に進出した地球文明の超巨大宇宙船が舞台のアニメで、アイドルになったヒロインの一人が歌う曲だ。
高校生くらいの見た目をしているミドリシリーズには、ちょうどいい曲だろう。
ヤナギさんは黒髪の美少女だが、今日は髪型をツーサードアップにして特に若さがあふれているから、アイドルソングを歌うのには相応しい。実年齢はいくつか知らんが。
そうしてヤナギさんの歌が終わり、俺の番となる。
俺が入力したのは、『THIS IS MY HAPPINESS』。マイホームを持つ人が、一緒に住んでいる自分のパートナーに愛を語るラブソングである。そんな歌だが、この曲をエンディング曲としているゲームの方は、かなりぶっとんだ世界観だった。
未来の地球に宇宙人やロボットが攻めてきて、リズムに合わせてステップを踏むことでそいつらを倒す、という音楽ゲームである。正直かなり好きなゲームなので、似たようなゲームがないかこの時代でも探してみたのだが、未だに見つかっていない。
俺は適当な振付けで踊りながら、曲を歌う。英語の歌詞なので、あまり上手く歌えているとは思えないが、それでも好きな曲なので歌っていて楽しい。
歌い終わると、ヒスイさんとヤナギさんが拍手をしてくれた。照れる。
次はヒスイさんが歌う。曲名は『Pursuing My True Self』。ああ、これは知っている曲だ。
TVアニメにもなったRPGのオープニング曲である。アニメとゲーム両方で使われていたはず。俺とヤナギさんの条件を同時に攻めてくるとは、ヒスイさんもなかなかやるな。
そうして三人で三時間ほど歌い、ヤナギさんが満足したところでカラオケを終えることにした。
途中で店員に注文していたジンジャーエールを全て飲み干し、カラオケルームを後にする。
ロビーを出て日本家屋に戻ってきたところで、ヤナギさんが言った。
「ヨシムネさん、いつ歌のお仕事を受けてもいいように、練習をかかさずにしてくださいね」
ええ……どういう意味の言葉だ?
「俺って歌手じゃなくて、ゲーム配信者なんだが……」
「マザーはどうやら、そう考えてはいないようです。詳しいことは、まだ言えないですけれど……」
そういえば、マザーが芋煮会の最後に、宇宙暦300年を記念する催し物がどうこう言っていたが、もしかしてそれか? 俺、祭典か何かに、歌手として呼ばれたりするんだろうか? もしそうだとしたら、かなりすごいことなんだが……。
「宇宙暦300年関連で何かあるとか?」
「ふふっ、さて、どうでしょうか。では、私はこれで失礼しますね」
ヤナギさんはそんな思わせぶりな態度でSCホームを去っていった。
き、気になるー。核心に何も迫らないのに、それっぽいこと言って去るの、やめてくれませんかね!?
「ヒスイさん、何か聞いている?」
「いえ、私は何も」
「なんだったんだろう」
「ネットワークで尋ねても知らぬ存ぜぬを貫いていますね。ただ、事情を知っていそうな態度を取るミドリシリーズが数名いますので、詰問しておきます」
「喧嘩はしないようにな……」
そんなこんなで、いまいちすっきりしないまま、芸術の秋を楽しむ一日は終わったのであった。