143.食欲の秋
「いやー、秋だね」
そんな出だしで、今日のライブ配信は始まった。場所は、リアルの居間である。
『わこつ』『どうした、また口上を忘れたのか?』『わこわこ』『おじさん少女と言えっ!』
早速、視聴者達がコメントを入れてくるが、俺はそれをあえて無視して言葉を続けた。
「秋だなー。秋と言えば、芸術の秋、スポーツの秋……は、もうやったな。じゃあ、食欲の秋は?」
『またその謎のワードか』『リアルからの配信……食欲……なるほど理解』『つまりどういうこと?』『料理配信ですね!』
「はい、そこ、正解! 今日は秋の味覚、石焼き芋を作るぞー!」
そう言って、俺は居間からキッチンに移動する。
キッチンには、エプロンをしたヒスイさんが食材を用意して待ち構えていた。
俺もヒスイさんからエプロンを受け取り、服の上に装着する。今日の衣装は、読書の秋ということで、ヒスイさんのイメージする21世紀の文学少女風衣装だ。全体的におとなしめのファッションで、髪は三つ編みにまとめている。
一方、ヒスイさんは相変わらず行政区の制服を着ている。俺が強く言わないといつもこの格好から変えてくれないんだよな。
まあ、今回はこの服装のままで構わないだろう。
ナノマシン洗浄機で手を洗って、と。さあ、準備は完了だ。
「用意するのは、サツマイモ、石、鉄鍋、トング。以上!」
カメラ役のキューブくんが、キッチンのテーブル上に置かれた食材を映す。
今回使用するのは、丸々とした太いサツマイモが六個に、複数の綺麗な小石、そして大きめの鉄鍋と、調理用のトングである。
『石……石!?』『石焼き芋の石って、比喩表現じゃないのか』『石をどう使うんだ……』『想像つかんな』
あー、未来の世界じゃ、元日本系のコロニーとかでも石焼き芋の屋台とかもう存在しなさそうだ。
自動調理器に任せれば、十分美味しく焼き上げてくれるだろうからな。
「石焼き芋っていうのは、熱した石の上でじっくりサツマイモを焼き上げる料理のことを言うんだ。甘くて美味しいぞ!」
「使うのは芋ですが、どうやら甘味の一種のようです」
そんな追加説明をするヒスイさんの声色に、俺はわずかな期待感を察知した。
ヒスイさんは特に甘い物が好きというわけではないようだが、美味い物全般は好きなようだ。ならば、美味しく焼き上げてみせないとな!
「さて、それじゃあ、料理開始だー!」
俺はそう言いながら鉄鍋を手に取り、テーブルの真ん中に置いた。
そして、その中に石を敷き詰めていく。
『すごい光景だな』『鍋に石』『園芸でもするのかなー?』『事前に説明されていなかったら、石を食うつもりかとか突っ込んでいたわ』
まあ、鍋に石は普通入れないよな。だが、この石はただの石ではないのだ。
「この石は玉砂利っていって、角が丸い特別な石だ。なんか普通に、料理趣味の人向けのショップで注文できた」
「園芸店でも売っていますが、石焼き芋用にわざわざ料理ショップでも扱っているようですね」
「俺以外に石焼き芋を家庭で作ろうっていう人、この時代にいるのかな……」
そんなことを話している間に、鍋に石が敷き詰め終わる。すると、その石の上に、ヒスイさんがサツマイモを並べていく。
「玉砂利を使う理由は、サツマイモの表面を尖った石で傷付けないためだな。よし、これをコンロの上に載せて……」
この部屋のキッチンには、火がつくコンロを特別に用意してもらってある。俺が料理を趣味として楽しむために、行政区が粋な計らいで設置してくれたものだ。
「コンロの火力を弱火にして、鍋にふたをしてサツマイモをじっくり焼くぞ!」
『なるほど、これが石焼き』『変わった料理法だなぁ』『サツマイモって半端に甘くてあまり好きじゃないな』『どうして直火で焼かずに、わざわざ石で焼くの?』
「石で焼くと、サツマイモがめちゃくちゃ甘くなるからだな。理屈は……知らん! 美味けりゃいいんだよ、美味けりゃ」
そう言って俺は、キッチンタイマーをセットした。時間は三十分。
正直、ガイノイドとしての内蔵端末があれば時間なんて簡単に計れるのだが……タイマー使った方が雰囲気出るし、視聴者にも判りやすかろう。ヒスイさんが、配信映像にタイマーの文字を表示させているかもしれないが。
『三十分も焼くのか』『気が長いなー』『自動調理器様々だな……』『時間加速機能はすごいよね』
ふふふ、どうやら視聴者は勘違いしたようだな。
「焼くのは一時間だ! 三十分で一旦タイマーを鳴らすのは、一度サツマイモをひっくり返すための時間だな」
『長え!』『え、その間ひたすら待つだけ?』『前回のトラック運転より、高度な雑談回になってきたぞ……』『ヨシちゃんは、はたして一時間場をもたせられるのか!?』
うっ、何もネタを用意していないのに、雑談一時間は結構きつそうだな。
歌でも歌って誤魔化すか? まあ、それは思いつく話題が尽きたら考えよう。
「そういうわけで、一時間の雑談タイムだ。今回は石焼き芋だけど、本当は落ち葉を燃やして焚き火で焼き芋を作りたかったんだ。でも、ヨコハマ・アーコロジーって、街路樹がないから落ち葉もないんだよな」
「そもそも、アーコロジー内で焚き火などしたら、警備と消防が即座に飛んできますよ」
「警備も消防も見たことないなぁ……」
「犯罪率が低く、市内の監視もカメラで行なわれるため、警備の人員を見かけることはまれでしょう。消防に関しても、そもそも一般市民は火を使わないので、出火することもまれです」
「まれなだけで、起きることはあるんだな」
犯罪かぁ。痴情のもつれで殺人とか、刑事ドラマみたいなことは今でも起きそうだな。
「ちなみに、ヨコハマ・アーコロジーには居ませんが、ミドリシリーズは各地のアーコロジーやスペースコロニーで警備員として配属されることが多いですね」
「へー、そうなんだ」
「男性型業務用アンドロイドのアオシリーズと比べて、女性型の見た目が市民に威圧感を与えないという理由での採用です」
「男女の見た目での職業の差って、未来でも残っているんだなぁ……」
「AI自身は男女の差による差別等を気にしないので、ヨシムネ様のいた21世紀初頭よりも、見た目で決まる仕事は多いでしょうね。必要ならば、仕事に合わせて見た目を変えればいいのですよ」
「そんな社会情勢になっているのか……」
『一方で人間は、いつでも性転換なり、アンドロイドボディ化なり、異性アバター使用なりできるから、男女の違いって結構あやふや』『でもヨシちゃんには女ボディでいてもらいたい』『解るー』『格好いいヨシちゃんより、可愛いヨシちゃんを私達は求めている!』
「そこでエロいのを求めている、とか言われなくて安心したわ……」
俺がそんなことをつぶやくと、また視聴者達が反応する。
『配信にエロは求めないよ』『エロ分野は専用のソウルコネクトゲームで満たされるからね』『女性配信者に視聴者が求めるのは、エロさよりも可愛さだと言われているね』『ヨシちゃんにはゲームのスーパープレイも期待しているよ!』
「スーパープレイはチャンプの配信動画あたりで我慢してくれ。『-TOUMA-』を二年近くプレイしたと言っても、リアルじゃまだVRゲーム一年生なんだ」
「システムアシストを活用したアクションゲームを時間加速機能で二年ほどプレイしますか?」
視聴者の抽出コメントと会話していると、ヒスイさんが横からそんな恐ろしいことを言ってきた。
「勘弁して……ゲームの長期プレイ自体は苦痛じゃないけど、その日のうちに視聴者からレスポンスが貰えないのが、結構辛い身体になってしまったんだ……」
どうやら俺は、承認欲求が強くなってしまったらしい。
『これはいけない! みんな、ヨシちゃんを褒めたたえて活力を分けてあげるんだ!』『ヨシちゃん可愛いよ(はぁと)』『エプロン似合ってる!』『今日の髪型可愛いね』『やっぱりミドリシリーズは最高なんだなって』
よせやい、そんなに褒められると、制御できない笑みが止まらないじゃないか。今、俺絶対、不細工な感じでニヤニヤしている!
そんな感じで三十分間だらだらと雑談を続けていると、タイマーが鳴った。
俺は鉄鍋のふたを開け、トングを使いサツマイモをひっくり返す。そしてまたタイマーを三十分セットだ。
と、そこで部屋にチャイムの音が響いた。この音は、荷物の到着ではなく来客だ。
「誰か部屋に人が来たみたいだ。ヒスイさん、すまないけど対応お願い」
「かしこまりました」
ヒスイさんはエプロン姿のまま、キッチンを出て玄関へと向かう。
『珍しいな。ヨシちゃんの配信でこういうアクシデント』『ヨシちゃんの部屋の住所って公開されていないよね?』『いないね』『そうなると、ヨシちゃんの知り合いか。配信に関係ある人の可能性が……』『ハマコちゃんかな?』『私は観光局で仕事中ですよ!』
ハマコちゃん、相変わらず仕事中なのに俺の配信見ているのな……。
などと、鍋を見守りつつ視聴者のコメントを聞いていると、突然部屋の中に「おじゃましまーす」という声が響いた。
そして、小走りでキッチンに近づいてくる足音が聞こえてくる。
「お姉様、お久しぶりです!」
姿を現したのは、茶髪のガイノイド。なんと、ミドリシリーズのサナエだった。
「サナエ……お前、仕事は?」
サナエは普段、ヨコハマ・アーコロジーの実験区で仕事をしているはずだ。
今だって、ヒスイさんと同じ行政区の制服を着用している。実験区所属ではなく、行政区からの出向という形を取っているのだ。つまり、公務員さんである。
「お姉様が手ずから料理を作ると聞いて、ご相伴にあずかるために休暇をいただいてきました!」
「ええー……」
「実験区の人達、物わかりいいですね。21世紀の料理風景をこの目で撮影してきますって言ったら、一発で休暇申請が通りましたよ」
「サボるのは、ほどほどにな……」
「むしろ働きすぎ? 私って製造されたばかりで趣味がまだないので、普段は休日返上で働いているんですよ」
「休めるときは休んでおけよ。農家は休みたくても休めなかったくらいだぞ」
「早く趣味を見つけます! あ、お姉様、私にもエプロンください」
サナエはそう言って、俺の前に両手を突き出してきた。
エプロンっていっても、皮つきの芋焼いているだけだから、別に必要はないんだけどな。俺とヒスイさんが着ているのは、配信向けのただのファッションだ。
「エプロンのあまりどこいったかな……ヒスイさーん」
俺は、キッチンに戻っていたヒスイさんに頼ることにした。
すると、即座にヒスイさんは棚からエプロンを取りだして、サナエに手渡した。そして、ヒスイさんが言う。
「今後は、配信中に割りこんでくることのないようにしてください」
「えー、せっかく同じアーコロジーにいますのにー」
ライブ配信中に自宅凸は予定が狂うので、あまりやってほしくないな。
予定なんて、普段ほとんど立てずに配信しているけれども。
『この子もキャラ濃いなぁ』『配信に乱入とかありなのか……』『誰だっけ』『ミドリシリーズの新しい子』
「あ、視聴者の皆さんこんにちはー。ミドリシリーズのサナエです。お久しぶりの人はお久しぶりです」
サナエはエプロンを着けると、そう言ってキューブくんに向けて手を振った。
「で、お料理配信ということで期待して来たんですけど……芋を焼いているだけとかどういうことですか?」
サナエは腕を組んで、俺に向けてそう言ってきた。
ははは、こやつめ、石焼き芋を甘く見ているな。いや、甘くないと思っているな。
「文句は食べてから言ってくれ。石焼き芋はマジで甘くて美味しいぞ」
「その言葉、信じますからね!」
……火加減間違っていたらごめんな?
そんなこんなでサナエも加わって、わいわいと雑談をすること三十分。俺は鳴り響くキッチンタイマーを止め、コンロの火を消した。
そして、鉄鍋のふたを取ると、ふんわりと香りが漂ってきた。
「おお、この香りは、ちょっと期待できますね」
『おおー、かぐわしい』『昔のニホン国区はこれが屋台で売っていたのか』『こりゃ人を惹きつけるだろうな』『クレジット節約したいのに、スポーツジムの帰りに焼肉屋の横とか通ると、匂いに釣られてつい入っちゃう』『店で料理食うとか何年もやってないな……』
サナエと視聴者達は、焼き芋の香りに魅了されているようだ。今日の配信は料理回なので、味覚共有機能と嗅覚共有機能をオンにしている。俺がこの焼き芋を食べれば、視聴者も一緒に味を楽しめるってわけだ。
さて、あとは食べるだけだが、その前に一つのアイテムを用意しよう。
俺は、キッチンの棚に隠しておいたそのアイテムを取りだし、キッチンの上に置いた。
「? お姉様、それは?」
「ふっふっふ、これは新聞紙だ!」
「ええー、なんでそんな物がここに!?」
期待以上のリアクションありがとう、サナエ。
『新聞紙って、あのかつてのニュースメディア?』『どこからそんな化石アイテムを』『紙の新聞が廃れて何百年経っているんだ』『待て、新聞の日付、ちょっとおかしいぞ』『2020年……?』
うむ、視聴者もいいリアクションを取ってくれたな。
「これは、俺が元々いた21世紀の新聞だ。日付は俺が次元の狭間に飛んだ2020年の12月26日。まあ、複製だけどな」
「あっ、なんだ、複製ですか」
あからさまにがっかりするサナエ。
「ヒスイさんの伝手で実験区に頼んで、俺が飲み込まれた次元の狭間から、実家の建物と一緒にサルベージされた新聞を特別に複製してもらったんだ」
俺がそう言うと、サナエは目を細めてこちらをじっと見てきた。
「あれー? おかしいですね。実験区に今いるのは私なのに、なんで私じゃなくてヒスイに頼んでいるんですかねー?」
「いや、だって、ヒスイさんすぐそばにいて頼みやすいし……それよりも、実食だ! 焼き芋は熱いから、この新聞紙にくるんで手に持つんだ」
俺はトングを手に取り、熱々の焼き芋を新聞紙の上に置く。そして、新聞紙で焼き芋を包んでいった。
「はい、サナエ」
「ありがとうございます!」
「はい、ヒスイさん」
「ありがとうございます」
「そして俺の分、と。さあ、いただこうか」
新聞紙から半分頭を出した焼き芋。上手に焼けているかドキドキものだな。
「これ、皮をむかずに、このままかぶりつけばいいんですか?」
サナエが焼き芋を前に困ったように言う。
「おう。皮は食っても食わなくてもどっちでもいいぞ。俺は皮ごと食う。あと、かぶりつくのが恥ずかしければ、こうやって割って食べてもいいぞ」
俺はそう言いながら、熱々の焼き芋の上部分を素手で割った。すると、甘い香りがあたり一面に広がった。
そして、割った小さい方の芋を一口パクリと食べる。
うーん、甘い。上出来じゃないか。
『何これすごく甘い』『サツマイモって、こんなに甘くなるのか』『確かにこれは甘味だわ』『飲み物は何が合いますかね……』
視聴者の評判は上々だ。そして、割らずにサツマイモへ豪快にかぶりついたサナエはというと。
「ふもー!」
焼き芋を咀嚼しながら、興奮していた。
そして、ヒスイさんは一人黙々と、小さく割った焼き芋を食べている。
どうやら、みんな気に入ってくれたようだな。
特別なことは何もしていないのにここまで甘いとか、もしかして特別甘い品種だったりするんだろうか。数百年にも及ぶ品種改良は、ただ焼き芋として美味しくするためだけに……。さすがにそれはないか。
やがて、俺達三人は焼き芋を一個ずつ食べ終わり、二個目に突入した。
すると、一個目よりもゆっくりと食べているサナエが、ふと言葉をもらした。
「甘いですねぇ。なんでこんなに美味しいのか……よし、お姉様、決めましたよ!」
「ん? 何を?」
「私の趣味、甘味巡りにします! 芋煮会の時に食べた料理よりも、この焼き芋の方が好みに合ったので、私って甘い物が好きなのかもしれません!」
「おー、そうかそうか。よかったじゃないか」
「次から休日はしっかり休んで、まずはヨコハマ・アーコロジーの料理屋を巡りたいと思います!」
「おう、頑張れよ。俺も、甘い物を料理することがあったら、部屋に呼んでやるよ」
「わー、ありがとうございます!」
そうして、俺達は計六個の焼き芋を食べ終えるのであった。
三で割れる数を用意しておいてよかったな。下手したら、ヒスイさんとサナエで争いが起きていたかもしれない。
「というわけで、今日は簡単料理の石焼き芋をお届けしたぞ。みんなどうだったかな」
『凝った菓子にはかなわないけど、素朴な味がよかった』『今日もヨシちゃんの雑談がいっぱい聞けて満足』『次の料理回も期待』『火の扱いは今後も気をつけてくださいね』
「また気が向いたら料理配信はやるぞ。予定は未定だけど。以上、21世紀おじさん少女のヨシムネでした」
「準備はしましたが料理本番ではほとんどやることのなかった、助手のヒスイでした」
「私の名前、覚えていってくださいね。サナエがお送りしました!」
そこまで言い切ったところで、キューブくんの撮影中を示すランプが消え、配信が終わった。
すると、サナエがエプロンを脱いで、「また来ますね」と帰ろうとする。
俺はそんなサナエの腕をつかんで引き留めた。
「待て、片付けするまでが料理だ」
「ええー、面倒臭いですね。甘味巡りの他に甘味作りもしようかと思いましたけど、やめておきますかね」
サナエは渋々と戻り、使い終わった新聞紙をまとめていく。
業務用ガイノイドのAIにも面倒臭いという感情は存在するんだなと、初めて知ったそんな秋の一日であった。