141.Wheel of Fortune(ドライビングシミュレーション)<8>
「シグルンの紹介か。金払いのいい客は大歓迎だぜ!」
ガレスと名乗った爺さんにシグルンからの手紙を渡すと、彼はそんなことを言って「がはは」と笑った。
うん、ジャンク屋というと、シグルンよりもこういうキャラの方がしっくりくるな。
ここまで運んできた壊れたバイクをガレスに納品すると、彼は急に「トラックの点検をさせてくれ」と言いだした。
見せても特に問題はないので、俺は快諾した。
すると、シグルンがしていたようにガレスは高速で動き、トラックの周囲をチェックして回る。
そして、動きを止めると彼はひげを右手で撫でながら、満足そうに言う。
「あいつもいい腕になりやがったなぁ。……よし、おい、お前、ヨシムネだったな?」
「ああ、運送屋のヨシムネだ。こっちはヒスイさん」
「実はよ、シグルンの奴、宇宙船用のエンジンを組み立てているみてえなんだ。興味あったら奴から買い取って、うちに持ってきな。とびっきりの宇宙船を作ってやるよ。有料だがな!」
「おお、宇宙船。で、おいくらで……?」
「おう、端末に見積もり送ったぞ」
俺は腰の携帯端末を取りだし、内容を確認する。
貨物宇宙船。お値段は……今まで稼いだ額と桁が違うな。
「ヒスイさん、これどれくらいで稼げる?」
「そうですね。物価の高い首都を中心に稼げば、ベリーイージーですと三時間ほどでしょうか」
「今日中には無理そうだなぁ」
『別に連日配信してもいいのよ?』『今日はひたすら運送業だな』『ヨシちゃんのトークが続くなら継続大歓迎』『ヨシちゃんとヒスイさんのかけあい好きだぞ』
「ああ、ありがとな。じゃあ、稼ぐかー。爺さん、また来るよ」
「おう! トラックを浮遊車にしたくなったら、虎の子の反重力装置出してやるぜ!」
浮遊車か。興味あるけど、それよりも宇宙船だな。
「じゃ、ヒスイさん、とりあえず町中の依頼を見つくろってみて」
「はい。では、こちらのコンビニエンスストアの配送代行はどうでしょうか。町中にあるコンビニエンスストアをいくつも巡って、商品を納品していきます」
「コンビニかー。町中の観光にもなるし、それで行こうか」
『コンビニエンスストアとはなんぞや』『生活に必要な一通りの雑貨や食品が並ぶ小さなお店。だいたいチェーン店。20世紀に生まれた概念だな』『解説兄貴助かる』『なんだか今回のゲーム、昔の文化にやたらと触れるな……』
このゲーム世界は、ロボットやAIが発達しなかった宇宙文明らしいから、20世紀や21世紀に近い部分があるんだろうなぁ。
そんなことを思いつつ、俺はトラックを発進させ、コンビニの配送センターに向かうのであった。
◆◇◆◇◆
首都を中心とした依頼を続けて配信を終えた、その翌日。
また昨日と同じ時間に、俺とヒスイさんはライブ配信を開始した。
「昨日の後半はずっと都会をのろのろと走っていたけど、今日は辺境に戻るために、高速道路を飛ばすぞー!」
『わあい!』『ゆっくり運転も楽しかったよ』『歩行者の飛び出しにキレるヨシちゃん面白かった』『でも、一回も事故起こさなかったのは偉い!』
辺境への配達依頼として、大量の衣料品をトラックの荷台に詰め込んだ俺は、視聴者の抽出コメントを聞きながら高速道路に入る。
さて、ここからまた一時間半の移動だ。のんびりやっていこうか。
「長時間走るけど、動画投稿版だとカット多用されて、めっちゃ短くなっているんだよな」
「そうですね。ほとんどの運転シーンがカットしてあります」
俺の言葉に、ヒスイさんがそう答えた。
今回のようにライブ配信をした場合、後からヒスイさんが配信内容を編集して、15分から20分程度で見られる動画にして配信チャンネルに投稿をしている。
なので、ライブ配信を見逃しても、後からでも問題なく配信内容が解るようになっているのだ。
「それじゃあ、せっかくなので、昨日の動画についた面白コメントを読み上げていこうかー」
そんな無駄話をしながらトラックを走らせること一時間と三十分。一度の休憩を挟んで、俺は無事に辺境の町へと帰還した。
まずは、農家に寄ってプラスチック容器を返却する。
「あらあらあら。わざわざありがとうねぇ。今度からは、捨ててもいい容器に入れるとするよ」
農家の奥さんがそう言って、今度はポテトチップを紙袋に入れて渡してくれた。これは、ありがたい……。
そして、ここまで運んで来た荷物である衣料品を倉庫街まで運び、依頼料を確保する。さすが、一時間半かけて運んだだけあって、かなりの金額になった。
ほくほくしながら、俺はジャンク屋へとトラックを進めた。
見覚えのあるジャンクの山の横で、停車する。
「待ってたよ! さあさあ、見てよ、私の最高傑作!」
トラックを降りたところで、ぐいぐいとシグルンが俺の腕を引っ張ってくる。
「はいはい、解った、解った」
うながされるままに、俺はジャンク屋にある工房へと入っていく。
すると、そこにあったのは、軽トラくらいのサイズがある巨大な機械が二つ。
「どう、見事でしょ! 大型核融合エンジンと、超光速ドライブ装置だよ!」
「あーうん、でかすぎるが、トラックに載るのか? これ」
「それなんだよねぇ。一度おおまかにバラして、師匠に組み立ててもらうしかないかー。バラせば10tトラックなら、二つとも載るでしょ」
そう言って、シグルンは高速で動いて、二つの機械を分解していく。
「よし、後は手順書を師匠の端末に送って、と。あ、ここまでしておいてなんだけど、ヨシムネ、ちゃんとお金用意してきてあるよね?」
「ああ、大丈夫だ」
「代金引いておくね。よし、荷台に積みこもうか」
「はいはい、スキップ」
スキップすると、目の前に置かれていたパーツの山が消えてなくなる。問題なくトラックに積みこめたようだ。
「じゃあ、はい。また手紙の配達もお願いね」
シグルンはそう言って、封筒を手渡してきた。
「筆まめだなぁ」
「師匠はこういうアナクロなの好きだからね。自分は筆不精で全然手紙よこさないっていうのにさー」
シグルンとそんなやりとりをして、俺とヒスイさんはトラックへと向かう。
トラックに乗り込もうとしたところで、シグルンから声をかけられた。
「それじゃ、宇宙に行くならもう戻ってこないかもしれないけど、気が向いたらまた寄ってね。さよなら!」
「……ああ、さよなら」
『そっか。もう辺境には用がないのか』『さらばヒロイン!』『言われてみれば、確かにヒロインポジション』『俺達にはヨシちゃんというヒロインがいるから、別れても寂しくはないさ』
ゲームのNPCと解ってはいても、こうも人間らしいといろいろ思うところがあるな。
いや、高度有機AIサーバに接続しているので、人間らしいというかほぼ人間と同じ思考をしているのだろうが。
そうして俺達は手をずっと振り続けるシグルンと別れ、ポテトチップを食べながら首都に舞い戻るのであった。
◆◇◆◇◆
そしてまた一時間半後。俺とヒスイさんは、首都郊外のジャンク屋に到着した。
「おう、よく来たな。宇宙船の準備はできているぜ。支払いが終わったら、早速取りかかるぞ」
「それよりも、シグルンから手紙だ」
「おっ、ありがとな。今読むからちょっと待ってろ」
ジャンク屋のガレスは封筒を素手で乱暴に破くと、中から便せんを取りだして読み始めた。
「かーっ! エンジンの組み立ても俺がやるのかよ! まあ、そりゃそうだよな。トラックの荷台なんかに丸ごと載るわけがなかったわ。がはは!」
ガレスが手紙を読んでいる間に、俺は携帯端末で宇宙船製造の発注をしておく。料金は前払いのようで、あれだけ貯めたお金が一気になくなってしまった。
「それじゃあ、製造に取りかかるぜ! と言いたいところだが、宇宙船は基本、軌道エレベーターより上で使うもんだ。軌道エレベーター近くの宇宙ステーションに普段は停めておいて、必要な時、業者に頼んで軌道エレベーターまで持ってきてもらう運用の仕方だな。なので、製造は軌道エレベーターにある俺の工房でやるぞ!」
うわ、この人、軌道エレベーターに工房なんて持っているのか。実はすごい人なんじゃないか?
「そこで、お前に仕事だ。ここにある宇宙船の材料を軌道エレベーターまで運ぶんだ。何往復にもなるが、軌道エレベーターからの帰りにこの店まで資材を運んでくれるなら、手間賃くらいは払ってやる」
「おっけー。今、懐が寂しいからな。仕事は大歓迎だ」
携帯端末に来た依頼を俺は了承する。
「んじゃ、まずはそのトラックに積んである、核融合エンジンと超高速ドライブ装置をそのまま運んでくれや。俺はバイクで先に行っているぜ」
ガレスは一方的にそう言い、ごっついバイクに乗ってこの場を去っていった。
シグルンに似た濃いキャラしているよなぁ。
「それじゃあ、今日の配信は宇宙船を完成させるところまでやろうか」
「そうですね。それでだいたい配信時間が四時間ほどになります」
「今日は首都と辺境を一往復したから、あまりお金が稼げていないのに長いプレイになったなぁ」
「核融合エンジンの輸送は、ただ働きですからね」
そんな会話をしつつ、トラックに乗り込む俺達二人。
そして、軌道エレベーターに真っ直ぐ向かった。
軌道エレベーターには車を直接乗り入れる道が通っており、ゲートがあってそこで係員が入退出のチェックを行なっていた。
「ガレスに入場チケットの類、何も貰ってないぞ……」
『まさかの入場拒否?』『さすがにそれはないだろ』『本当にNPCのうっかりだったりして』『MMOとかだとたまにガチで、NPCがうっかりかますからな』『それ、演出だよ。人間っぽいって言ってもAIだから、物事を忘れたりはしない』『そうだったんですね』『忘れるな、ヒスイさんの空亡ラストアタック』
あー、じゃあ、もし入場拒否されてもイベントの一環ってことだな。あと、空亡のことは、いいかげん忘れてあげて?
そんなことを考えつつ、俺はゲートに向けてトラックを進めた。
係員が寄ってきたので、窓を開けて声が聞こえるようにする。
「ガレス様の工房の所属ですね。どうぞお通りください」
「うわ、ヒスイさん、ガレス様だってよ」
「サブイベントを進めれば判明しますが、彼は軌道エレベーターを建てた技師の代表者です」
『マジかよ』『さすがドワーフ』『シグルンちゃんもすごい人の弟子なんだな』『核融合エンジンとか組み立てられる子の師匠が、すごくないわけがなかった』
ゲートをくぐり、軌道エレベーターの内部に入る。徐行しながら進むと、車両用昇降機がずらりと並んだ場所に出た。
そこでまた係員がやってきて、「1289番昇降機にお乗りください」と言ってくる。AIやロボットがいない文明だから、このへん人力なんだなぁ。
俺はヒスイさんの案内で、1289番昇降機という場所にトラックごと乗り込む。すると、ドアマンだかエレベーターボーイだかの制服を着た係員が壁のパネルを操作し、昇降機が上へと登り始めた。
「おー、ヨコハマにも軌道エレベーターがあるけど、まさかゲームの方で先に体験するとは思わなかった」
「私もヨコハマ・スペースエレベーターの昇降機は利用したことがありません」
「あれ、ヒスイさん未経験? 意外だ」
「そもそも、ヨシムネさまの担当になるまで、ヨコハマ・アーコロジーを出たことすらありませんでしたね」
「80年くらい稼働しているのに、本当に意外だ……」
『今時そんなもんよ?』『ソウルコネクトで擬似旅行とかできるから、リアル旅行する人はそこまで多くない』『旅行はクレジットかかるからなぁ』『でも閣下が、アミューズメントパーク経営は順調だって言ってたぞ』『あそこは安価で惑星テラの自然を体験できるから、超人気スポットだね』
そんなやりとりをしている間に、昇降機は止まる。巨大な扉が開いたので、徐行してそこから出ていくと、ガレスが仁王立ちして待っていた。
「おう、こっちだこっち!」
そう言って案内されたのは、あのジャンク屋からは想像もできない、綺麗な工房であった。
「よし、エンジンとドライブ装置のパーツを下ろすぞ!」
「はいはい、スキップスキップ」
スキップをして一瞬でトラックから積み下ろしが終わる。
「おう、じゃあ。これを組み立てている間に店行って、部品運んでこい。倉庫にまとめてあるから判るはずだ。ついでに、そこに置いてあるジャンク品を店まで運んでくれや」
言われるままに、俺は工房とジャンク屋を何往復もした。
工房に来るたび、宇宙船がだんだんと形になっていくのが見える。
やがて……。
「完成だ! 名づけて『プリドゥエン』だ!」
幅30メートルほどの大きさの宇宙船が、とうとう完成した。
それを見ながら、俺は言う。
「微妙に言いにくい名前だな」
「ちなみに『プリドゥエン』とは、アーサー王伝説に登場する、アーサー王が所持する魔法の盾です」
ヒスイさんが横からそんな解説を入れてきた。
「『スレイプニル』の北欧神話の次は、アーサー王伝説かよ。師弟そろって、思春期特有の病気でも患っているのか」
『ちなみにガレスっていうのも、アーサー王伝説の登場人物の名前な』『何それ、閣下が喜びそう』『閣下好きだもんなぁ、アーサー王伝説』『ヨシちゃんは好きな神話とか伝説とかないの?』
「俺? あー、地味に桃太郎が好きだな。桃太郎っていう物語が好きってわけじゃなくて、桃太郎っていうキャラクターが、他の創作物で偉大な鬼殺しとして登場する感じのパターンが好き」
『桃太郎……知らない物語だ』『童話の類なのか』『うちは旧日本国系の流れを持つコロニーらしいから、養育施設で読み聞かせしてもらったぞ』『三匹の動物をお供にニホン国区風オーガの群れを退治する話』
そんな感じで、俺の宇宙船はとうとう完成した。
早速乗り回したいところだが、今日の配信はここまで。また明日、プレイを頑張ることにしよう。