139.Wheel of Fortune(ドライビングシミュレーション)<6>
町中をゆっくりと走る。
ただでさえ慣れていない左ハンドルだというのに、10tトラックという巨大なモンスターを操るのである。いつ接触事故を起こしてもおかしくはない。
ジャンク屋もテストコースを用意してくれればいいのに。まあ、こんな辺境の田舎町にサーキットなんてあるわけもないか。
と、後ろから車が近づいてきた。クラクションを鳴らされたので、俺は仕方なくアクセルを踏みこんだ。
核融合エンジンは伊達ではないようで、すぐに速度が上がる。
後続の車をすぐに引き離し、十字路まで辿り着いた。とりあえず、右折してみようか。
ウインカーを出して、ハンドルを右に切る。
「うおお、車体の右側面の距離感がつかめん……」
大型車輌に関しては、完全にペーパードライバーだったからな、俺……。21世紀では、軽トラにばっかり乗っていた。
そして、前方に自転車。こいつは、あの改造自転車の男だな。注意して追い越す……と思ったら、対抗心を燃やしたのか急加速してすっ飛んでいった。なんなんだ、いったい……。
気を取り直してアクセルを踏んだところで、建物の陰から急に別の自転車が飛び出してきた!
ぬあああああ!
途端、時間の流れがゆるやかになる。身体を動かすのもおっくうな遅い世界で、俺は必死にブレーキを踏みこんだ。
スポーツでよくあるゾーン状態……ではない。超能力で魂に干渉し、思考を加速させただけだ。
トラックが急停止し、世界が元に戻る。
自転車は驚く様子も見せず、道を横切っていった。
自動車教習所の運転シミュレーターじゃないんだから、こういうのやめてくれよ!
「くそっ、そんなに死にたいのか! 異世界転生させっぞコラーッ!」
過ぎ去る自転車に向けてクラクションを鳴らしながら、俺は叫んだ。
『びっくりした』『よくひかなかったな今の』『異世界転生……?』『転生が何か関係が?』
「俺がいた21世紀初頭の日本だと、死んだ日本人が異世界に転生するって小説が流行っていたんだが、その死因の定番がトラックにひかれることらしい」
心を落ち着けながら、視聴者の疑問にそう答えた。
『トラックに次元転移パワーが……?』『並行世界観測でさえ、今の技術じゃぎりぎりだってのに』『トラックは神器か何かで?』『このゲームは人死なないから、ヨシちゃんが痛い目見るだけだな』
俺だけ痛い目見るとか、圧倒的歩行者優先力を感じる……! いや、人をひいても無事で済むっていうのは本来なら喜ばしいことなのだが……高度有機AIサーバに接続していると言えども、ゲームのNPCだしなぁ。
気を取り直して俺は町中をぐるぐると回っていく。うん、免許を取ったときの感覚をおおよそ思い出してきたな。
よし、じゃあ早速、都会に向けてゴーだ。
「ヒスイさん、適当に都会方面の依頼選んで」
「はい。では、芋の出荷を。都会の手前の森林地帯への配送です」
「ああ、あの芋農家さんね。了解」
道順はすでに覚えてあるので、ヒスイさんの案内なしで郊外の農家に到着する。
視界にアイコンが表示される指定された倉庫前に、トラックを停めて降車する。
「おおー、ヨシムネ、よく来てくれたな。いよいよお前も、この町を出て行ってしまうんか」
「依頼があればいつでも帰ってくるよ」
農家夫婦の夫の方と話をしつつ、俺は荷物の積みこみをスキップする。
「ヨシムネさん、うちの芋で芋餅を作ったんだぁ。小腹がすいたら、つまんでちょうだいね」
奥さんから何やらプラスチック容器を渡される。中には、黄金色に焼けた北海道の郷土料理、芋餅が入っていた。
「ありがとう! ……ヒスイさん、このゲーム空腹度とかあるの?」
「いえ、食事は単なるフレーバー要素ですね」
「そっか。おばちゃん、運転中に美味しくいただくよ」
「ああ。気をつけてなぁ」
そうして俺達は、トラックに再び乗り込んだ。
クラッチを踏みこみギアチェンジし、パーキングブレーキを解く。
「芋餅かぁ。結構好きなんだよな、俺」
「初めて聞く料理ですね」
おや。そういえば、ヒスイさんが食卓に芋餅を出したことはなかったな。
「茹でたジャガイモを潰して、片栗粉を混ぜて団子にする。それを焼くと、もちもちした芋団子の完成だ。またの名を芋餅とも言う。バター醤油で食べると美味いぞ」
『ほう』『餅は食べたことあるけど、芋が原料のは初耳だなぁ』『材料が単純だから、自動調理器で作れそうだな』『ちょっと味覚共有機能オンにして食べてみてよ』
「残念ながら、今回の配信は味覚機能を申請出してないんだ。ちなみにレシピのジャガイモをカボチャに変えると、カボチャ団子になるぞ。もうすぐでハロウィンだから、カボチャ料理を食べたい人にお勧めだ」
『あー、うちのMMO、すでにハロウィン装飾始まってるわ』『季節のイベントを過剰に祝うMMOあるある』『カボチャは甘いから、米のおかずに合わないんだよなぁ』『カボチャ団子は醤油につけて食べるみたいだから、多分米にも合う』
カボチャは甘いから、白米と一緒に食べられないって人、結構いるらしいな。
「ま、食べるのは、もう少し後にしよう。今は次の町に向かって爆走だ」
町の外の荒野は道がない代わりに、周りになんにもなくて見通しがいいから、アクセル全開にしても問題がないのがいいんだよな。
ただ、荷物を運んでいるので、車体を揺らしすぎるのは厳禁だ。石に乗り上げて振動でも起こしたら、せっかくの芋が傷んでしまう。元農家としてそれは許せない。
「じゃ、ここから音楽タイムだ。ヒスイさんラジオつけてー」
「では、20世紀後半の音楽チャンネルなどを」
ヒスイさんがセンターコンソールのカーラジオをいじると、電子音が鳴り始める。これは『Radio Ga Ga』だな。
うーん、いいね。
「この曲を演奏しているバンドの伝記的映画があって、『Bohemian Rhapsody』っていうんだけど、映画館で観たらすげー面白かったんだよな。今度機会があれば、『キネマコネクション299』にあるか探して、みんなで観ようか」
『この間の映画配信で味を占めたな?』『今度は真っ当な映画であることを望むよ』『『R.U.R.』は私達にとってホラー映画過ぎたんだよなぁ』『面白いのか。でも、ヨシちゃんお勧めだしなぁ』
「いや、マジでいい映画だって。これは実在バンドの映画だけど、架空の歌手の一生を描いた『The Rose』とかもいい映画だぞ」
そんな会話をしている間にも、曲が切り替わる。お、これは、『君の瞳に恋してる』じゃないか。英語の曲だけど、原題は忘れた。
車内に流れる音楽に合わせて、俺はトラックを加速させる。そして、サビに入ったところで、俺は曲に合わせて歌い出した。
『歌うのかよ』『サビしか歌えないのか』『ヨシちゃんがラブソング歌っている……』『めっちゃ印象に残るメロディーだな』
名曲は、いつの時代でも名曲には変わりない。まあ、この時代の人にとって20世紀の曲は、かなり古くさく感じるかもしれないが。
そうして荒野を走っている間に、前方に草地が見えてきた。
どうやら水が貴重な地域は抜けたようだ。草原が広がっており、そこに一本の道のようなわだちが、真っ直ぐ遠くへと伸びている。
草原を十分ほど走ると、大きな川が前方に見えてきた。幅が50メートルはありそうな川だ。そこに、立派な橋がかかっている。
「おおー、橋だ。川を無理やり渡ることはないんだな」
「未開文明の地域を走るのではないのですから、橋くらいはありますよ」
ヒスイさんのそんな突っ込みを受けるが、だが甘い。
「昨日話した、ロシアの雪解け道で木材を運ぶゲーム、川に橋なんてまずないんだよなぁ。川を強引に進んで、途中でエンスト起こして立ち往生とか起こすんだ」
『ハードすぎない……?』『困難を切り開くゲーム、嫌いじゃないよ』『このゲームでそれやったら、荷物バラバラになりそう』『今回の芋も、時間停止とかされていないだろうしなぁ』
リアルでの時間停止能力を受けた荷物は、サイコバリアにある程度の強度があり、揺れに強かったりするらしい。そして、箱のふたを開けると、簡単に時間停止が解除されるようにもなっている。
だが、今回の芋は、オート三輪や軽トラで受けた時の依頼を見るに、単純に木箱に詰めているだけだ。どうもこの文明には超能力が存在していないっぽい。
芋は果物などと違って、簡単に潰れることはないが……。農作物である以上、俺が乱暴に扱うことはない。
そして、トラックは草原を進み、橋へと進入する。
おお、初めて感じる整備された道の感触。こりゃあ、進みやすい。
橋を渡り、川の向こうに着くと、そこにはアスファルトで舗装された道路が一本通っていた。
「むむ、この道が都会への道かな?」
「そうですね。その手前の、森林地帯の町へとつながっています」
「それじゃ、行くぞー」
左ハンドルなので、道路の右側車線に位置取り、トラックを走らせる。もう路面状況が悪いことはないはずなので、アクセルをベタ踏みにする。
スピードメーターがぐんぐんと傾いていき、やがて時速200キロメートルに達した。
「すげー。まだまだ速度出るぞ。さすが核融合エンジン」
「車通りが全くないわけではありませんので、衝突にはお気をつけください」
ヒスイさんがそんな忠告をしてくる。まあ、ちょっと今のは、調子に乗りすぎていたかな。
そうして走っていると、道路の向こう側から一台のトラックが走ってくるのが見えた。辺境に荷物を届ける同業者だろうか。
だんだんと近づいてくるそのトラックを見て、俺ははっとなった。
「デコトラ! うわ、デコトラじゃん!」
「デコトラ、ですか?」
「デコレーショントラック! 色鮮やかなランプをたくさんつけたり、荷台に絵を描いたり、ゴツゴツしたパーツをつけたりして着飾ったトラックのことだ」
そのデコトラが俺のトラックとすれ違う。荷台の側面に描かれていた絵は、見事な麒麟であった。
「はー、ああいうのも面白いよな。昔、デコトラ運転手になってレースをやるゲームも、やったことあるんだ」
『ヨシちゃんって働いていたはずなのに、いろいろゲームやっているよね』『デコトラかぁ。初めて存在を知ったよ』『荷台を飾るならトレーラーじゃできないな』『ああ、荷台ごと納品するからか』
そんな邂逅がありつつも、窓から見える景色はだんだんと変わっていく。道路脇に木々が増え、まるで森の中を進んでいるような感覚になった。
そして、とうとう町が見えた。荒野の町から出発して三十分はすでに経過していた。
「やっと着いたかー。まずは依頼を終えてしまおう」
ヒスイさんにナビゲートしてもらい、町の郊外にある倉庫街へとやってくる。
そして、その倉庫の一角にトラックを停め、芋をスキップ機能で納品する。さて、次の依頼を受ける前に、まずは燃料チェックだ。
「水、全然減ってないな……」
「核融合のエネルギー効率を考えますと、トラック一台動かすのに燃料はほぼ消費しないかと」
「だよなぁ。水入りのポリタンク、無駄なウェイトになっていないか?」
「核融合のパワーを考えますと、誤差かと」
「すげえな、核融合!」
『現代からすると枯れた技術なんだけどね』『でも、車に縮退炉とか過剰だしなぁ』『核融合ですら過剰』『このゲーム世界の技術レベルは判らんが、リアルだと乗り物はバッテリーで余裕』
ガソリン車とか普通にある文明レベルだから、リアルほどバッテリーの性能は高くないんじゃないかな?
まあ、核融合エンジンとか出回っている割には、辺境に電気スタンドがほとんど存在しないといういびつさがある文明だけど。それとも、あそこのジャンク屋に核融合エンジンがあったのは、奇跡のような状況だったのかね。
「さて、次は首都に向かう仕事だ。ヒスイさん、いい依頼はある?」
「ちょうど手紙の届け先である、ジャンク屋への配達依頼があります」
ヒスイさんに案内されて向かったのは、中古車販売店。
店主の話を聞くと、ただで手に入れたボロバイクを首都のジャンク屋に売りたいらしい。品を見てみると、明らかに事故車であった。フレームがひん曲がっているバイクが三台。
俺はそれをトラックの荷台に載せると、わずかな時間しか滞在していなかった森の町を後にし、首都へと向かうのであった。