138.Wheel of Fortune(ドライビングシミュレーション)<5>
『Wheel of Fortune』のプレイ二日目。今回は、リアルの居間から配信を始めた。
「どうもー。21世紀おじさん少女だよー」
「助手のヒスイです」
カメラ役のキューブくんに手を振ると、視聴者達が『わこつ』と開幕の挨拶を伝えてくる。
「今日はゲームを始める前に、一発芸を見せるぞ!」
『ほう』『ヨシちゃんが芸とな』『歌とダンス以外で何かできるの?』『アンドロイド芸だと首取り外すとか定番だよね』
首外れるアンドロイドいるの!?
つけたり外したりを繰り返していたら接触面ガバガバになって、勝手に首が落ちそうだな。
「さて、ここに用意しましたのは、デジタル時計」
俺は、居間のテーブルの上に置いてあった、デジタル式の小さな置き時計を手に取る。
『時計……?』『時計持っている人初めて見た』『インプラント端末に標準搭載だからなぁ』『ヨシちゃんそんなオシャレインテリアなんて持っていたのか』
「いや、これは今回の芸のために取り寄せたやつだ。これに、ハンカチを載せます」
今日の服である森ガール風衣装のポケットからハンカチを取りだし、左手のデジタル時計の上に被せる。
「そして三秒数えると、時計が姿を変えます。3・2・1、はいっ!」
左手のハンカチを勢いよく外す。
すると、手の平に載っていたのは、デジタル時計ではなく黒い箱であった。
「じゃじゃーん、時計が箱になりましたー」
『おおー』『すごい!』『んん?』『この黒いやつって……』『うわ、ヨシちゃん、時間制御能力使えるようになったんだ』
「あー、先にネタバレされた! はい、この箱は、超能力で時間を停止した際に発生する、サイコバリアの膜です! ヒスイさん、解説よろしく!」
俺は、隣でじっと立っていたヒスイさんに、そう話を振った。
「はい。超能力の時間適性が高いと、一定範囲の空間に流れる時間を操れるようになります。ですが、直接空間の時間制御をすると外界との時間的矛盾が生じるため、変化させた時間が元の時間の流れに戻ろうとします。その結果、超能力の維持に莫大なソウルエネルギーが必要となってしまいます」
『時間の修正力とか言われたりするあれやね』『実際には修正力なんて存在しないんだけど、見た目の挙動はまさしく修正力だ』『学習装置でもさらっと触れるだけで、詳しい法則は知らないな』『ヨシちゃんの配信らしからぬ学術的な開幕だな……』
らしからぬ言うなや。まあ、俺も正直このあたりの理屈はまったく解らないんだけど。
そんな俺と違って、賢いヒスイさんは説明を続ける。
「しかし、実際のところ、私達の日常生活では、食材の鮮度維持などで身近に時間停止能力が使用されています。これを実現させるために用いられているのが、サイコバリアです。サイコバリアで密閉空間を作ることで、内界と外界を概念的に遮断します。これにより、内界の時間を操作しても、外界から影響を受けなくなるため、少ないソウルエネルギーでも時間停止が可能となります」
「つまり、この黒い箱の内部は、外とは別の世界になっているって感じかな?」
「そう解釈しても問題はないでしょう」
サイコバリアで囲んで中身を停めろ、としかヒスイさんに教えられなかったので、初めて理屈を知ったぞ。
「ま、そういうわけで、俺もとうとう生身で時間制御能力が使えるようになったぞ。だからなんだって話だけどな。普段は家電が勝手にやってくれることだから」
俺がそう言うと、ヒスイさんは「違いますよ」と横から言葉を挟んできました。
「家電の時間制御機能は、アルバイトをしている二級市民の超能力者が、遠隔から時間制御能力を発動することで動いています。サポート用の機械が勝手に超能力を発動させるため、アルバイトをしている本人に超能力使用の自覚はありませんが、仕組み上は人力です」
「あー、そんなことを実験区の人が言っていたような。通信回線や宇宙船の移動に活用されている、テレポーテーションと同じか。なんつー力業」
『クレジットが欲しいときは、ソウルエネルギーや超能力を売るにかぎる』『働かなくても勝手に能力使用されるから、ゲームしながらできるアルバイトだ』『精神的に疲れるからあまりやりたくないけどな……』『ヨシちゃんもやってみれば? 惑星テラ丸ごと一個分の時間制御機能が、一人でまかなえるんじゃない?』
「あ、疲れるならパスだわ。疲れた状態で配信やりたくないからな。もし配信をやっていなかったら、日々の仕事としてありかと思うけど。チャンプの空手道場に通い続けているのだって、肉体的に疲労しないからだし」
俺はそう言いながら、重さを感じない黒い箱を勢いよくつついた。すると、サイコバリアが破壊されて時間停止が解除され、中からデジタル時計が姿を現した。その時刻は、俺の内蔵端末の時計機能からは数分遅れている。
視聴者はそれぞれの場所で現在時刻が違うはずなので、デジタル時計の横に空間投影画面でこちらの現在時刻を表示さてみせた。
「と、このように時間停止は成功していたぞ。以上、一発芸終わり! ゲームをやるぞー!」
デジタル時計をテーブルの上に置くと、俺は遊戯室に向かった。
さあ、『Wheel of Fortune』の続きをやっていこうか。
◆◇◆◇◆
昨日の配信後半は、軽トラを使って辺境の町々をめぐり、運送依頼を何件もこなした。
おかげで、お金はたんまりと貯まっている。
ならばと、俺達二人はジャンク屋に寄って、軽トラを改造してもらうことにした。
「よく来たね! 改造かな?」
飛ぶようにやってきたジャンク屋の少女シグルンが、元気よくそう言った。
「おう、予算はたんまりあるぞ」
ベリーイージーモードなので、お金は簡単に貯まるのだ。軽トラは余裕で卒業できるだろう。
「じゃあ、どういう方針でいく?」
「それなんだけど、そろそろこの辺境から遠くに行きたいんだ。確か、都会はガソリンスタンドが少ないんだよな?」
「あー、ヨシムネも、とうとうこの町を出ていっちゃうんだ」
「いや、仕事があれば、いつでも戻ってくるぞ」
「そう? それはよかった!」
シグルンは、にぱーっと笑顔を浮かべた。
うーん、ゲームスタート位置にこの子を配置するとか、ゲーム製作者の狙いが見てとれるようだな。ちなみにガソリンスタンドの店員は、イケメンのお兄さんだった。
「で、都会ね。都会といえば電気自動車! 電気スタンドがそこらにあって、代わりにガソリンスタンドがほとんどないんだ。でも、ずっと都会に滞在しないなら、今度は田舎町で電気スタンドを見つけるのが難しくなるね。そうなると、やっぱりハイブリッド車! ガソリンと電気の両方で動くよ!」
まくし立てるようにシグルンが言い、俺は感心してつぶやく。
「おー、ハイテクだな」
『電気ってハイテクかなぁ』『確かに私達の文明は、未だに電気に依存しているけれども』『キャリアーも電気動力が多いらしいぞ』『どうせなら核融合エンジンとかの方が』
キャリアーとは、アーコロジーやコロニー中を移動するために乗る、自動運転の乗り物だ。無料で乗れるタクシーみたいな感じだ。
ヨコハマ・アーコロジーだと、あちこちにキャリアー乗り場が用意されている。乗り場の数は、京都のバス乗り場以上の多さだ。
そして、連絡すれば乗り場じゃなくても目の前にキャリアーがやってくる。だから、未来人は、近場の移動でも自転車に乗ったりはしない。200メートル程度を移動するのにも、わざわざキャリアーに乗っている人とかも見たことがある。
「へー、そっちの世界でも電気が使われているんだね。それよりも、核融合エンジンって今、誰か言ったね? 実は、うちにも一台あるんだよ」
「おっ、本当か? じゃあ、核融合でいこう」
「即決だね! 毎度ありー」
そしてシグルンはどこかに走っていったかと思うと、台車に一つの機械を載せて戻ってきた。
「これが核融合エンジン! 燃料は水で、水は電気スタンドでもガソリンスタンドでも補給できるよ。ガソリンと違って安全だから、ポリタンクにでも入れて荷台に確保しておくのをお勧めするよ。この周辺だと雨があんまり降らないから、水はちょっと高いけどね」
『ポリタンクって何?』『ポリエチレン製のタンクのこと』『ポリエチレンがそもそも解らん』『石油からできる合成樹脂の一種だよ。今でいうセルロース樹脂のポジション』
未来人は機械で直接脳に情報を叩き込んで学習をすると聞くが、全員がなんでも知っているわけではないんだなぁ。
「じゃあエンジンはこれで決まり! 車体はどうする? トラック? それともトレーラー?」
「あー、どうするかな……」
『また用語解説プリーズ』『トラックは荷台が車体とくっついている貨物自動車、トレーラーは荷台が切り離せる貨物自動車だ』『どういう違いが?』『荷台が切り離せると、荷台ごと荷物を貰って荷台ごと納品ってできるよ』『詳しいな……』『このゲームやったことあるからね!』
抽出コメント、今日もテクニカルなことやっているなぁ。
ちなみに、トレーラーとは本来荷台部分のことを指し、エンジンのついた牽引車部分は、トレーラーヘッドとかトラクター、トラクターヘッドなどと呼ぶ。
これとは別に、農業用の牽引車もトラクターって呼ぶから、ちょっとややこしいんだよな。まあ、どっちも牽引車には変わりないんだが。
「よし、トラックにしよう。そして、八輪車にするぞ。でかいのを頼む。ただし、町中を走れるレベルでな」
「とうとう、八本脚のスレイプニルの本領発揮だね!」
「エンジンも変えて外装も変えてって、もう完全にテセウスの船状態だけどな……」
テセウスという英雄が乗った、とある木造船があるとする。この船の古くなった木材を少しずつ新しい木材に入れ替えていくと、やがて最初に船を構成していた木材は、一つもなくなってしまう。
全ての木材を入れ替えた船は、はたして同じ船と言えるのか。そして、入れ替えた古い木材で船を作ったとき、どちらがテセウスが乗った船なのか。
そういうパラドックスをテセウスの船という。
機体カスタマイズが自在なゲームで、よく起きる現象だな。
「私がスレイプニルと呼んだ車体が、それすなわちスレイプニルだよ。というわけで、見積もりできたから端末チェックしてね」
「俺の車なのに、シグルンが決めるのかよ……と、どれどれ」
携帯端末に表示された完成予想図は、見事なまでの大きさの10tトラックであった。タイヤの数もしっかり八輪ある。燃料である水も最初から満タンまで入れてくれるようで、さらに水入りのポリタンクが四つついてくる。
そして、特に注文していないのに、キャビンの天井部分にルーフという寝るための空間が設置されていた。
「ルーフ、いるのか?」
「ヨシムネ、まだ説明書を読んでないのー? 運転時間が長くなると、運転手には疲労値が溜まっていくんだ。疲労が溜まりすぎると運転中に寝落ちちゃったりするから、定期的に運転を止めて休まなくちゃいけないんだよ」
そんな説明をシグルンがしてくる。NPCがゲームシステムを説明してくるとかメタにもほどがあるが、正直助かる。そして、シグルンの説明に一つ思いあたることがあった。
「そういえば昨日の終盤、ヒスイさんが運転を代わってくれたけど、ヒスイさんが運転をしたかったわけじゃなくて、俺を休ませるのが目的だったのか」
俺はそう言ってヒスイさんに視線を向けると、ヒスイさんは無言でうなずいた。
さらにシグルンが説明を続ける。
「それでね。疲労の回復に一番いいのはホテルに泊まることなんだけど、疲れたときに都合よくホテルがあるとは限らないよね? だから、ルーフで寝るといいってわけ」
「なるほどなー。じゃあ、いい寝具の用意も頼む」
「うちは家具屋じゃなくてジャンク屋だよ! と言いたいけど、車関係の製品だから仲介も請け負っているんだよねぇ。寝心地よさそうなのを選んでおくよ」
シグルンがそう言うと、端末の見積もり一覧に寝具が追加された。
「よし、それじゃあこれで頼む」
「おっけー! 任せてよ! 生まれ変われー、スレイプニル!」
シグルンがそう叫ぶと、彼女は分身でもするかのごとく高速で動き始め、軽トラは瞬く間に分解された。
ジャンクの山から部品を次々と用意したシグルンは、部品を磨き、組み立て、板金を加工していき、やがて、どでかいトラックがその場に誕生した。
「完成ー! いやー、ヨシムネ、いい買い物したよ。これは会心の出来だよ」
「それはよかった。じゃあ、早速、試運転だ」
「あ、ちょっと待って。もし軌道エレベーターのある首都にまで行くなら、郊外にあるジャンク屋に手紙を届けてほしいんだ。私の師匠がやっている所なんだけど、たまには私から『元気にやってます』って知らせないと」
携帯端末に依頼が来たので、俺は即座に受けた。
すると、シグルンはすでに用意をしていたのか、封筒に入った手紙をこちらに手渡してくる。
「端末がある今時に、アナログな手紙もどうかと思うんだけど……師匠はこういうの好きだからねー。なくさないでね!」
「コンソールボックスにでも入れておくよ」
コンソールボックスは、運転席と助手席の間にある収納スペースのことだ。
「じゃ、行ってらっしゃい!」
そして、今度こそ俺とヒスイさんはトラックに乗り込んだ。
シートベルトを締めてキーを回すと、ダッシュボードとセンターコンソールに光が灯る。ガソリンエンジンやディーゼルエンジン特有の振動は返ってこない。ほう、これが核融合エンジンちゃんですか。
「それじゃあ、ヒスイさん、行こうか」
「はい、まずは試運転でしたね」
「10tトラックとか教習所以来だから、まずはゆっくり運転だな……」
俺はおそるおそるアクセルを踏み、ジャンク屋から町中へとトラックを進ませるのであった。
『そんなでかい車よく運転できるなぁ』『曲がるときとかどうなるんだか』『事故起こしたらみんなでなぐさめてやろう』『ヨシちゃんがんばれー!』
おう、がんばるぞー!