135.Wheel of Fortune(ドライビングシミュレーション)<2>
ゲームを起動する。
惑星を宇宙から見下ろす背景のタイトル画面で、ヒスイさんが説明を始めた。
「難易度はベリーイージーで行きます。これにより、依頼の報酬額が大幅に上がり、依頼の期限が延び、他にもミニゲームであるレースに勝ちやすくなります。難易度ノーマルですと、宇宙に脱するまでにプレイ時間が50時間ほどかかってしまいます」
「ああ、それだとノーマルはライブ配信向きじゃないな。一つの配信に何十日も時間をかけたくない」
『ヨシちゃんの配信は、短期間で次々とゲームをクリアしていくのが強みよね』『一つのゲームを徹底的にやる配信も嫌いじゃないですよ』『閣下とか最近はずっと『Stella』配信やっているし』『そうなると、クリアまで何十時間もかかる本格RPG配信は望み薄かな?』
「RPGを配信する時は、『ダンジョン前の雑貨屋さん』みたいなインディーズゲームか、もしくはメインストーリーが短めのオープンワールドゲームがいいかもしれないな」
「ちなみにこのゲームも、惑星系丸ごと一つがオープンワールドとなっているゲームですよ」
そんなヒスイさんの横からのコメントに、俺はゲームへの期待を高まらせた。
うん、運送ゲームと言えばオープンワールドがいいよな、やっぱり。
オープンワールドとは、MAPがすべてシームレスにつながっていて、自由に移動・探索が可能となっているゲームのことだ。
旧来的なゲームであれば、たとえば地域Aから地域BにはMAPの隔たりがあり、移動するには画面を完全に切り替える必要があった。だが、オープンワールドは全ての地域がつながっており、画面の切り替えをすることなく、自由に動き回ることができるようになっている。
さらにオープンワールドゲームによくある特徴として、メインストーリーを無視して各地に配置されたクエストを自由に攻略していける点がある。広大なMAPを利用した自由度が売りってわけだな。
運送ゲームやドライビングゲームはMAP上を延々と移動し続けることになるので、MAPの切り替えがないオープンワールドと相性がよかったりする。
「それじゃあ、ベリーイージーモードで始めていくぞー」
タイトル画面のメニューから『はじめから』を選ぶ。
すると、緑の惑星を映していた背景がだんだんと惑星から遠ざかっていき、複数の惑星を次々と画面に映していく。
そんな中、BGMが歌へと変わる。オープニングムービーか。
青色の惑星、赤茶けた惑星、土星のように輪がある惑星といくつか映していき、最後に恒星を中心とした惑星系全体を映し出す。
そして、再び緑の惑星に戻る。惑星の周辺には巨大な宇宙ステーションがあり、そこに複数の宇宙船が行き来している。
宇宙ステーションの下方には、軌道エレベーターがあり、画面がエレベーターへ沿うように惑星の地表へとどんどん近づいていく。やがて、地上に辿り着き、そこには高度に発展した都市が広がっていた。
高層ビルが建ち並び、車道には未来的なフォルムをした車が行き交っている。
歩道では人々が忙しなく移動しており、どこか21世紀の大都会の風景を彷彿とさせた。
すると、人々を映していた画面が突如、都市から高速で離れていく。都市から遠く離れた場所。そこは、緑の少ない荒野であり、都市よりも遅れた文化というか、古めかしい様式の家々が建っていた。
そんな田舎町の片隅、機械のパーツやぼろぼろの乗り物が多数積み上げられたゴミ置き場……いや、ジャンク屋らしき場所が画面に映る。
そのジャンク屋で、一人の赤髪の少女が何やら乗り物を組み立てている。それは、荷台つきの三輪の車。オート三輪ってやつだ。
そこで歌が終わり、画面が少しずつ暗くなっていく。
そして。
『キャラクターを作成してください』
そんな音声が流れ、視界が開く。俺は、ジャンクパーツの山の横に立っていた。隣にはヒスイさんの姿もある。
「と、キャラメイクか。これはいつも通り現実準拠でいいな」
「そうですね。今回は私もご一緒します」
「おっ、珍しい、ヒスイさんも一緒にプレイするんだ」
「乗るのは主に車ですから、助手席が空いています。地図の確認はお任せください」
「21世紀じゃカーナビがあったので、地図の確認要員とか新鮮だな……」
「なお、助手席を普通の搭乗席ではなくわざわざ助手席と呼ぶのは、旧日本国独自の文化だそうです」
「へえ、それは知らなかった」
そもそも助手席の助手が、なんの助手を意味しているかすら知らないな。
と、そんな会話をしている間に、キャラクターの作成が終わる。名前をヨシムネにして、と。
作成されたのは、ツナギ姿の俺であった。
『こういう服もたまにはいいね!』『メカニックヨシちゃん』『ヒスイさんとおそろいだな』『いつもは可愛い路線だけど、格好いい路線もありじゃない?』
俺の横では、同じくツナギ姿のヒスイさんが作成されていた。
ツナギか。昔通っていた東京の大学だと、畜産学科の人達がよく着ていたな。
実家で農業するときは、ツナギを着ることはなかった。農作業用に着るのはもっぱら、作業服とかを売っている専門店で買った服だった。
「んじゃ、ゲームスタートだ」
作成したアバターに意識が乗り移る。それと同時、オート三輪をいじっていた少女が声をあげる。
「できたー! ヨシムネ、ヒスイ、完成したよ!」
万歳をして、少女が立ち上がる。そして、こちらへと振り返った。
「ん? あれ、配信中だった? ええっと、私、ジャンク屋のシグルンだよ。よろしくね!」
おおう、NPCが配信に反応したぞ。『リドラの箱舟』でもこんなことあったな。
「今回は、高度有機AIサーバに接続してあります」
ヒスイさんが俺の横でそんなことを言った。そうか、だからNPCが柔軟な対応をしてくるんだな。
メタ発言が過ぎると、ゲームへの没入感が失われそうだが……そもそもライブ配信中に、没入感も何もあったもんじゃないな。視聴者コメントでメタ発言がバンバン飛んでくる。
「それよりも、ヨシムネの新しい相棒が完成したよ! 見よ、この立派なオート三輪を。名づけて『スレイプニル』!」
「三輪なのに八本脚の馬とか、全然名前合ってねーな」
ジャンク屋の少女シグルンの台詞に、思わず突っ込みを入れる俺。それを気にせず、シグルンは言葉を続ける。
「いずれ八輪車くらいになるよう、じゃんじゃん稼いでじゃんじゃん改造していってね! それじゃ、もうお代はいただいているから、この車はこれからヨシムネの物だよ。ようやく自転車とリヤカーのセットから卒業だね!」
「ゲーム開始前の俺、自転車で運送屋しておったんか……」
『自転車って実物見たことないなぁ』『博物館で見たぞ』『運動場で置いてあるところあるよ』『アンドロイドサイクリングをみんな知らないの?』
ああ、『メタルオリンピア300』でもサイクリング競技が一覧にあったな。プレイはしなかったけど。
「自転車とは比べものにならないほど行動範囲が広がるから、端末の依頼をよく吟味してね」
「端末? 何それ」
シグルンの言葉に、俺は疑問の言葉を返す。
すると、シグルンは笑って答えた。
「さては、説明書を詳しく見てないなー? ツナギの腰にくっついている端末があるよね? それに運送屋ギルドから依頼が提示されるから、引き受けられそうならその端末から受任するんだよ」
端末、端末……これか。
昔のトランシーバーくらいでかいアンテナつきの携帯端末が、腰にセットされていた。
端末脇のボタンを押すと、端末から空間投影画面が飛び出てきて、メニュー画面らしきものが表示された。
なるほど、ここでいろいろゲームの操作を行なうんだな。
「それと! 人力動力だった今までと違って、この車はガソリンで動くからね。ガス欠にならないよう、ガソリンスタンドの位置はチェックしておくこと!」
「おお、ガソリン車なのか」
『ガソリンってなんだっけ』『ガソリンは、昔の車を動かしていた石油の精製物だ』『一応、学習装置で少しだけ習っているはずだぞ』『人類がガソリン使っていた時期って、そんなに長くないからなぁ』『石油自体は息が長かったのに』
あー、俺が去った後の21世紀では、電気自動車が発達したりしたのかな? 核融合炉の発明を契機にして、第三次世界大戦が勃発したとは聞いたが。
「ガソリンスタンドへのナビゲーションは、私にお任せください」
そう胸を張って言うのはヒスイさんだ。
カーナビを入手するまでは道案内を任せることにしよう。カーナビあるか知らないけど。
「それと、都会はガソリンスタンドがほとんどないから、気をつけなよ。電気自動車か核融合エンジン車を手に入れるまでは、都会への仕事は受けないことをお勧めするよ」
「了解。じゃあ、早速、仕事を始めるとするか」
「あ、初仕事、実は私からあるんだけど、受けてく?」
シグルンがそんな提案をしてくる。
「何を運ぶんだ?」
「ヨシムネが乗っていた改造自転車を欲しがっている人がいてね。ちょっと町外れまで届けてほしいんだ。報酬は、ガソリン満タンを前払い!」
「これ、受けないと、ガソリン入れないままオート三輪を受け渡すってことか?」
「いやー、そこまで私もひどくないよ。ガソリンスタンドまで辿り着ける量は入れてあるよ。まあ、『スレイプニル』を買ったばかりのヨシムネの懐事情じゃ、ガソリン代も辛いと思うけどね!」
大枚はたいてオート三輪を買ったのか、この主人公。
まあ、自転車にリヤカーだと、ろくに物も運べなかっただろうし、英断だな。
「了解。その仕事受けるよ」
「わーい。ガソリン満タン入りまーす。あ、うちの店、ガソリンスタンドも兼ねているから覚えておいてね。町中のガソリンスタンドと違ってポイントつかないけど!」
シグルンはどこからか給油ホースを持ってきて、オート三輪に給油をする。
ゲームだからか、給油は一瞬で終わった。
「それじゃあ、行き先は端末を見てね! 行ってらっしゃーい」
シグルンにうながされ、俺は自転車をオート三輪の荷台に載せ、運転席に乗り込んだ。ふむ。左ハンドルか。慣れないな。
だが、内装はかなり現代的だ。21世紀風という意味での現代だが。オート三輪と言うから、もっと古めかしい内装を想像していたぞ。
『面白いキャラだったな』『ジャンク屋ならまた会いに来るだろうね』『ジャンク屋とか、うさんくさいおっさんの方が、それっぽい気がするんだけどなぁ』『他の町のジャンク屋ならそういうキャラもいるかもしれない』
そんなシグルンに対する視聴者達のコメントを聞きつつ、ヒスイさんが助手席に乗り込むのを待つ。ヒスイさんが座席に座り、シートベルトを締めると、俺の視界に『運転のチュートリアルを開始しますか?』と表示された。
だが、俺は『いいえ』を選ぶ。今更、自動車の教習とか受けてらんないな。
「マニュアル車か……だが、俺はオートマ限定男ではないのだ……」
農作物運搬用の軽トラとか、マニュアル車だらけだからな!
というわけで、車のキーを回してエンジンを始動させる。パーキングブレーキはかかっていないようだ。おそらく、車体を組む都合で、ブレーキを解いておく必要があったのだろう。
俺はクラッチを踏みこみ、ギアをローギアへと入れる。そして、アクセルを踏んでオート三輪を発進させた。
さあ、ドライビングシミュレーションゲーム、いよいよスタートだ!