134.Wheel of Fortune(ドライビングシミュレーション)<1>
『風牙の忍び』の配信を終えた翌朝。朝食を食べ終えた俺は、ヒスイさんと一緒にガーデニングを眺めていた。
今、特に野菜は育ててはいない。ヒスイさんが季節の花を適時植え替えていて、常に花が咲いている状態が保たれている。
また街に出て、ヒスイさんと一緒に種か苗から育てる植物を探すのもいいかもしれないな。
ちなみにマンドレイクのレイクは、プランターから抜け出してイノウエさんの上に乗っている。
あれ、時々やっているのを見るが、イノウエさんが土で汚れるから困るとヒスイさんが言っていたな。
別にお風呂に入れたりしなくてもいいのだから、気にしないでいいのにと思う。身体の汚れは、ナノマシン洗浄を使えばすぐに終わる。ちなみに猫は水を嫌う子が多いらしく、お風呂に入れるのは困難を極めると聞く。
さて、そんな二匹を観察していると、部屋にチャイムの音が響いた。この音は、荷物が届いた合図だな。
しゃがみこんでイノウエさんを見ていたヒスイさんが、すっと立ち上がり、玄関に向かう。
せっかくなので、俺も荷物を見にいくことにした。
玄関にある荷物の収納スペースから、ヒスイさんが箱を取りだして持ち上げる。
ここで「荷物持つよ」と言うのはNGだ。ヒスイさんは徹底して俺のお世話を焼きたがるので、雑事をしようとすると強い口調で止められてしまう。
ヒスイさんは箱を開封して、中から食品を取りだしていく。
そして、それらを時間停止機能のある食料保存庫に入れたり、冷やした方が美味しい物は冷蔵庫に入れたりする。
他にも自動調理器用の調味料カートリッジや、服をその場で仕立てて着せてくれるマイクロドレッサー用の繊維カートリッジをそれぞれの機器にセットしていく。
今日の荷物はそれで終わりだったのか、箱は空になった。
「以上ですね。では、ゴミを集めましょうか」
ヒスイさんはそう言って、自動調理器からゴミの入った透明な袋を取り出す。袋の中には乾燥した粉が入っている。これは、粉砕した生ゴミらしい。
さらに、マイクロドレッサーからも袋を取り出す。これの中身は、何度も服にしたりそれを解いたりして劣化した専用繊維だ。要は糸くずである。
それらの袋をヒスイさんは、荷物の入っていた箱に収める。
ヒスイさんがそんなことをしている間に、掃除ロボットが箱の中にゴミを固めたブロックキューブを排出していく。俺がこの部屋に住み始めたころから存在するロボットだ。俺がつけたニックネームは、T260G。
最後にヒスイさんは、先日までガーデニングに植えていた植物を箱に詰める。これは、花が枯れたから間引いたやつだな。
そして、ヒスイさんは箱を閉じて、玄関にあるゴミ回収用のスペースに箱を置いた。これで三十分もしないうちに、ゴミ回収ロボットがやってくるだろう。
一連の作業を終えたヒスイさんに、俺はあらためて礼を言うことにした。
「ヒスイさん、いつもありがとう。家事、助かっているよ」
するとヒスイさんは、はにかんで言葉を返してくる。
「いえ、この程度、21世紀の家事の作業量と比べれば、何もしていないのと同じです。家事が過酷だった21世紀と比べずとも、300年前の家事ロボットから見ても、今の私はほとんど仕事がないようなものです。現代には、便利な家電が多数存在しますからね」
「あー、マイクロドレッサーとかすごいよね。その場で服を仕立てるとか、どういうことって最初思ったわ」
「今ではマイクロドレッサーの服でないと、着ていて違和感があるという人が増えているそうですよ。体形にぴったり合わせますからね。さて、お茶を淹れてきます」
ヒスイさんはそう言って、キッチンに向かっていった。
ふーむ、しかし、商品を注文したら勝手に荷物を置いていってくれるのは、かなり面倒が少ないよな。21世紀にだって宅配ボックスが存在したが、それよりもはるかにスムーズな物のやりとりがされている。
うちの実家は農家だから、家族総出で畑に出ることが多くあった。なので、宅配ボックスは自宅に設置していたのだが……あれも自宅と一緒に次元の狭間に放り込まれてしまったのだろうか。
「どうぞ。今日は玄米茶です」
「おっ、ありがとう。ところでさ、一級市民の中に、宅配業者をやっているって人いるの?」
荷物のことをあれこれ考えていたので、俺はそんな話題をヒスイさんに振った。
「いえ、聞いたことはないですね。宅配サービスは高度に機械化されていますので、おそらく人間が介在できる部分は存在しないと思われます」
「そっかー。ああ、そういえば、乗り物は全部自動運転だから、トラック運転手とかももういないのか」
「いませんね」
「じゃあ、宇宙を股にかける運送宇宙船のキャプテンとかもいないのか」
「そちらはいますよ。運転は人の手で行ないませんが、宇宙船のオーナーとなり、乗り込んで惑星間やコロニー間の貨物の運搬をしている一級市民の方々が存在します」
「マジで!?」
「はい。ロマンあふれる仕事として、二級市民の憧れる仕事ナンバーワンとなっております」
「そりゃあ、宇宙船のキャプテンとか憧れるわ」
「宇宙船は高額ですので、なりたくてもなれない仕事ナンバーワンでもありますけれどね」
あー、まあ、そりゃあこの時代でも、宇宙船の値段は高いだろうな。
惑星間と言っても、太陽系みたいな範囲ではなく、もっと離れた星系と行き来するくらい高性能な宇宙船なのだろうし。
確か、この時代のワープ技術は、超能力のテレポーテーションをそのまま使っているんだったか。アルバイトの二級市民に遠隔で超能力を使ってもらって、超能力者が乗っていない船も転移を可能としているはずだ。
星系間のテレポーテーションには相当量のソウルエネルギーが必要だが、こちらもアルバイトの二級市民やソウルサーバに入っている魂だけの人間から抽出して、ソウルエネルギーを確保しているとヒスイさんから雑談時に教えてもらった。
「ヨシムネ様は、自分だけの宇宙船に乗りたいと思いますか?」
「うーん、マイシップは確かに憧れるところはあるけれど、現実的に考えたらいらないかな。荷物運びの仕事はちょっと面白そうだけど、継続的にやると、きっと飽きるよね」
「そうですか……。実は、運送屋になるゲームがありまして……。宇宙船も登場しますので、次の配信にどうでしょうか?」
「へえ、運送屋のゲームか。そういうの、結構好きだぞ。21世紀にいた頃も、トラック運転手になって荷物運びするシミュレーターとかやっていたし」
そういうわけで、次の配信内容は『Wheel of Fortune』というゲームをプレイすることに決まった。
◆◇◆◇◆
「どうもー。21世紀おじさん少女だよー。今日は荷物を運ぶぞー」
そんな口上から始まったライブ配信。
現在、SCホームの中ではなく、リアルの居間で撮影を行なっている。そして、俺は今、箱を持っている。宅配サービスに使われているセルロース製の箱だ。
「ヒスイさん、お届けものでーす」
「はい。ありがとうございます」
俺は横で待機していたヒスイさんに、箱をそっと渡す。
「判子かサインいただけますかー?」
「では、電子サインで」
ヒスイさんから俺の内蔵端末にショートメッセージが届く。中には、電子サインが同梱されていた。
「では、失礼しまーす」
そう言って、俺はヒスイさんから離れる。
そして、ヒスイさんは箱をゆっくりと開けた。すると、中からイノウエさんがにゅっと顔を出す。
「……というわけで、今日のゲームは運送屋になって荷物を運ぶ、ドライビングシミュレーションゲームだ!」
カメラ役のキューブくんに向かって、俺はそう言ってキメ顔を作った。
『なにいまの茶番』『うーん……』『これにはどういう意図が……?』『イノウエさん可愛い!』
視聴者達の反応は、いまいちである。イノウエさんに反応している人達はともかくとして。
「ですから、皆様には伝わらないと言ったではないですか……」
イノウエさんを箱の中から出してあげながら、ヒスイさんが言う。
「いやー、でも、あれが一般的な21世紀の宅配業者のやりとりなんだぞ。きっと今のやりとりに歴史的価値、あるよ!」
『何言ってんだ、こいつ』『そもそも判子って、あの古代の王様とかが持っていた判子のこと?』『いや、個人がみんな判子を所持していて、サインの代わりに判子を押す文化が一部地域で一時期あったみたいだ』『そんな文化があったのか。学習装置で習わなかったな』『サインの代わりにするには、誰でも押せてしまうから問題がない?』
「うむうむ。この反応を期待していた。判子は誰にでも押せるから、大事にしまっておくんだ。泥棒なんて入って判子と銀行の通帳をセットで盗まれたら、急いで対処しないと大変なことになるぞ」
『泥棒! ゲームでしか聞いたことない存在!』『まあ今だと、個人の部屋に侵入して何盗むんだって話だからな』『そもそもそこらにカメラがあって、AIが犯罪監視しているんだよなぁ』『部屋に無断侵入とか即警備ロボットがすっ飛んできそう』『そんな! 隣の家の幼馴染みが朝起こしに来るシチュエーションは、もう存在しないってのか!』『原始時代に作られたギャルゲーのやりすぎだ』
うんうん、視聴者コメント盛り上がっているな。あと、隣の家の仲がいい幼馴染みシチュは、原始時代の存在じゃねえよ。
「というわけで、前置きはここまで。あらためて、ヨシムネがライブ配信をお届けしていくぞ!」
「助手のヒスイです。よろしくお願いいたします」
「今日やるゲームは、こちら、『Wheel of Fortune』!」
「依頼を受けて荷物を運び、報酬を貯め、荷物運搬用の乗り物を少しずつアップグレードしていく運送ゲームです」
ヒスイさんはゲームの説明をしながら、空間投影画面にゲームパッケージを表示させる。
「架空の宇宙文明の惑星系が舞台となっており、この文明ではロボット技術やAI技術が発達していないため、人の手で荷物を運ぶ必要があります。そんな中、人々の依頼を受けて荷物を運ぶのが、運送屋の主人公の仕事となります」
「一つの惑星系を舞台に、乗り物を乗り回すゲームだそうだ。正直なところ、こういうゲームは何もない移動時間が大半になると思うので、今日は他の作業をしながら配信を横目で眺めるくらいでいいぞ」
『そんなー』『環境音として使わせてもらうわ』『結構本腰入れて見るつもりだったんだけどな』『生産作業しながら見ているぞ』『レベル上げでもすっかー』
「うんうん、それじゃあ、VR空間へゴーだ!」
そう言いながら、俺は居間を出て遊戯室に向かう。
さて、乗り物をアップグレードしていくとヒスイさんが言っていたが、最初はどんな乗り物から始まるのかな?
俺は農家のせがれとしていろいろ免許を取らされたので、マニュアル車はもちろん、トラックだって運転できるぞ!
でも、さすがに宇宙船の運転の仕方は解らない。ゲーム中で詳しく教えてくれるといいのだが……。
そんなことを思いながら、俺はソウルコネクトチェアに座り、意識をVR空間へと没入させるのであった。