133.風牙の忍び(ステルスアクション)<7>
『四階の階段前に、見張りがいます。先日、急に配置されたのですが……』
部屋を出て、階段を降りようとした時、おトメさんがそんなことを言った。
正規ルートを通って来たならば、階段前の見張りはなんらかの手段で排除してあるのだろうが、あいにく俺はショートカットを使ってこの五階まで来た。姫というおまけをつけた状態でどうにか突破しなければならないな。
俺達二人はとりあえず、階段前まで足を忍ばせてやってきた。
「うわ、階段傾斜すげえ」
傾斜五十度を超えていそうな急な階段だ。踊り場はなく、一直線に下の階へと続いているようだ。
そして、下の階を降りたところに、見張りが一人立っている。腰に刀を差した侍だな。お侍さんがこんな夜中に見張りとか、ご苦労なこった。
「でも、こちらに背を向けているなら、いくらでもやりようがある」
俺は慎重に足音を立てないよう階段を一人降りていき、階段の周辺に他の人間がいないことを確認する。そして、左手で侍の口をふさぎ、忍者刀を背中から突き刺した。
心の臓を一突きされた侍は、ぐったりと力をなくす。それを俺は担ぎ上げ、五階まで運んだ。
『お見事!』『ステルスアクションっぽくなってきたな』『隠れてやりすごすのもいいけど、さっくり黙らせるのも醍醐味だよね』『返り血でひどいことにならないのはゲーム的だな』
うむ。視聴者も今の一連の動作には、満足してくれたようだ。
「排除したのがバレないように、さっきの部屋にでも運んでおくか」
『いえ、手間よりも早く脱出する方を選びましょう』
「了解。早速、下に降りよう」
急な階段を静かに降り、四階へ。
廊下に明かりは灯されておらず、格子窓から月明かりが照らしている。人の姿はなく、次の階まで難なく移動できそうであった。
視界に見取り図を表示させ、三階への階段へと向かおうとした、そのときだ。
『お待ちを。この階でやらねばならぬことがあります』
「……早く脱出するんじゃなかったのか?」
『見逃せぬ毒婦が、この城にはおります。天誅を下さねばなりません』
「……うん、俺は手伝わないから頑張って?」
『ありがとうございます。こちらです』
おトメさんは静かに廊下を歩いていき、一つの部屋の前で立ち止まる。そして、部屋のふすまを勢いよく開け放った。
灯りのついた部屋の中では、床置きの化粧台の前で一人の美しい女性が鏡を眺めていた。
『!? 何者です!』
『年貢の納め時ですよ、キヌ様』
『ま、まさか、お前は大根足! その格好は……』
『……天誅ー!』
大根足と呼ばれたおトメさんは一瞬で女性に近づくと、組み敷いて口をふさぎ、クナイで首筋をひとなでする。
ポリゴンの欠片をまき散らして、女性は物言わぬオブジェクトと化した。
『さあ、行きましょうか』
特に血もついていないクナイを手ぬぐいでふきながら、おトメさんが言う。
「……今の誰?」
『藩主の側室ですね』
「ええっ……偉い人を殺めるのは、風牙的にやばいんじゃなかったのかよ」
『しょせんは側室。藩主でなければ問題ありません。あの娘は市井の出で、藩主が見初めて娶っただけの町人です。見た目がいいからと、普段から調子に乗っていたのですよ。それでいて、私よりも容姿が劣っているからと普段から辛くあたってきて……』
『こえー。この姫様こえー』『いじめられたからって殺し返したぞ』『童話の未修正版じゃないんだから……』『明らかに私怨で、天誅じゃないんだよなぁ……』
俺からは何も言うまい。どんな台詞が返ってくるか、怖いからな。
そうして、俺達は三階へ。四階と三階の間には踊り場があり、慎重に見張りがいないかを確認していく。
階段前の見張りはいなかったが、廊下を巡回する見回り役が一人いたので、おトメさんと二人で隠れ身の術を使ってやり過ごした。見事切り抜けるのに成功したおトメさん、満面の笑みである。
『可愛いな』『いいキャラデザしているなぁ』『これで性格がアレじゃなければな』『ちょっと復讐心が強いだけだって!』
俺からは何も言うまい。
そして、三階から二階に降り、廊下を進もうとしたそのときだった。何やら、上の階から複数の足音がした。
『風牙の姫が姿を消したぞ!』
『探せ! まだ城の中におるかもしれぬ!』
そんな声が聞こえてきた。
「おおう、バレたか」
『!? 廊下の向こうから人が来ます!』
「上の階からも降りてくるぞ。やばい、はさまれるぞ」
『キヨコ、こちらの部屋へ!』
おトメさんは一つの部屋を開け放ち、中へと俺を誘導する。
障子を閉め、おトメさんは部屋の中を進む。この部屋は物置か。箱やつづらがところせましと並べられている。
『確かこれが……』
おトメさんはおおきなつづらのふたを開ける。すると、中には布団が入っており、彼女は中からそれを取りだしていく。
『さあ、キヨコ。この中へ』
おトメさんにうながされ、俺はつづらの中に入った。
おトメさんも後からつづらに入ってきて、中からふたを閉めた。
それと同時、障子が開け放たれる音が響いた。
『どうだ、いたか?』
そんな男の声が聞こえる。
『いや、ちょっと待て……』
足音が聞こえてきて、周囲を探る物音がする。
『このでかいつづらは怪しいな』
やべえ!
そう思ったとき、隣のおトメさんの姿が消えた。そうか、隠れ身の術!
俺は、その場で息を止めた。
おトメさんと密着した状態で、じっとその場で待つ。
そして、つづらのふたが開けられ、月明かりが中に差しこんだ。
『……いないな』
そんなつぶやきとともに、そっとふたが閉められる。
それからしばらくして、障子が閉まる音がした。男達は、無事に部屋から出ていったようだった。
『……ふう、どうにかなりましたね』
俺の隣で、おトメさんは、ほっと息を吐く。
俺は、中からつづらのふたを開けて、美少女との密着シチュエーションから脱した。
思うことは、一つ。
「やっぱりダンボール的アイテムは隠れるのに最適やなって」
『ダンボール……?』『何それ』『21世紀に使われていた梱包用の箱だね』『なぜ隠れるのに、梱包用の箱が出てくるんだ?』
ステルスアクションといえば、ダンボールなんだよ!
さて、俺達は廊下から足音がしないことを確認すると、そっと障子を開けて階段へと向かう。
一階へ降りようとしたが、どうも廊下の見回りの数が多い。等間隔で巡回を続けているため、俺は一人ずつ倒して二階へ運んでいき、一階の見回りを全滅させた。
『見事な腕前ですね』
そんな称賛がおトメさんの口から出る。いやあ、殺している時点で、忍者としてはどうかと思うけれどな。
さて、一階に出たものの、入口付近は多数の人が固めている。どうするか……。
『キヨコ。この階まで来たなら、もう高さは問題ありません。窓から脱出しましょう』
おトメさんはそう言うと、廊下の格子窓の窓枠に手をかける。
『ふんっ!』
鈍い音がして、窓が外れる。
『怪力過ぎる……』『ゴリラオブゴリラ』『ヨシちゃん程度をゴリラとか言っている場合じゃなかった』『姫とか言われているけど、要は忍者の一番すごい血筋ですよね』
忍者の血筋と怪力は関係ないと思う……。
そして、おトメさんは窓枠というか、四角い穴に足をかけ、乗り越えようとする。だが、その動きは途中で止まった。
『……あの、意外と高いので、やめにしません?』
「いいから降りろや」
俺は、その場で無理矢理おトメさんを抱きあげ、念力鉤縄を窓枠につなげながら、天守閣の外へとおどり出た。
そして、そのままゆっくりと下へと降りていく。人を抱えた状態ではアクロバティックな動きはできないが、堀に降りるくらいは問題ないようだ。
『ひええ……』
「おトメさん、水遁の術と風遁の術は使えるか?」
『ああ、はい……もちろんです』
「じゃあ、堀の中に水路があるので、そこから脱出するぞ」
そう言って、俺は石垣から跳躍し、堀の水面にダイブした。
もうここまで来たらこそこそ隠れる必要もない。
おトメさんを抱えたまま、俺は水路まで泳いでいく。
『あの……一人でも泳げますから』
「向こうの堀を登るときに、また高いとかなんとか言いそうだからこのままだ」
『そんなぁ……』
おトメさんの反応面白いな。インディーズゲームだから、高度有機AIサーバには接続されていないというのに。
そして、水路を通り、城郭の外へと辿り着く。
水面から顔を出し、正門から離れた場所で念力鉤縄を使い、堀を登る。俺達はとうとう、城を脱出することに成功した。
『最終任務 達成!』
『隠密:○ 不殺:× 達成時間――』
『評価:優』
『総合評価:良』
リザルト画面を経て、俺達は草原へと移動した。
すると、草原にはいつもの男忍者が待ち受けていた。
『姫様……よくぞご無事で……!』
『あなたは確か……タツオでしたね』
『はっ、中忍のタツオでございます』
あー、そういえばこいつ、そんな名前だったな。
『キヨコよ……よくぞやってくれた』
「ふふん。ステルスアクションマスターの俺にかかれば、こんなもんよ」
『誰がマスターだって?』『全ステージ合計の評価は良止まりなんだよなぁ』『ヨシちゃんには普通のアクションが向いているよ』『皆殺ししているときが、一番生き生きしていましたよ』
「やめろよ、まるで俺が辻斬り大好き人間みたいじゃん……」
『さあ、里に帰りましょう』
俺の台詞を無視して、おトメさんがそう締めくくると、視界がだんだんと暗くなっていく。
そして、真っ暗になったところでナレーションが入った。
『里に姫が戻り、風牙は藩の抑圧から解放された。藩主の悪行をつづった姫の上書は幕府に届き、精査の末、藩主には切腹が言い渡された。そして、風牙は幕府お抱えの忍びとなる』
幕府ってことは、江戸時代が舞台だったんだろうか。
『キヨコは風牙の中忍として、その後も活躍を続ける。しかし、忘れてはならない……キヨコの心には悪鬼羅刹が宿っていることを』
「っておい、ここであの評価引っ張るのかよ!」
『悪鬼じゃ! 悪鬼がおる!』『悪鬼おじさん大興奮』『人は己の過去を消すことはできない……』『全ステージ皆殺ししたらどんなエンディングになるんだろう……』
「やらないからな!」
そんなやりとりをしていると、画面に製作者の名前が表示され、『完』と達筆な白い文字が書かれた。
エンディング曲の類はないようだ。
そして、少しすると視界が開けてきて、夜の草原へと戻る。『風牙の忍び』というタイトルが表示されているので、タイトル画面に戻ったようだ。
ゲームクリアとなったようなので、俺はゲームを終了させ、SCホームへと戻る。
キヨコから元の姿に戻った俺は、紅葉に彩られた庭園に立つ。隣には、ずっと姿を消していたヒスイさんがいる。
「というわけで、インディーズゲーム『風牙の忍び』クリアだ。皆殺しエンドが気になる人は、自分で購入してプレイしてみてくれ」
『無理じゃね?』『ヨシちゃん死ななかったけど、たぶん一回斬られたら死亡でしょう?』『この配信見た凄腕ゲーマーの人の動画を待つしかないのか』『私やってみましょうかね』『マジで』
「うむうむ。ゲームをやってみた感想としては、ステージ数が四つと長すぎず、任務もそれぞれ異なるので、RTAが盛り上がりそうな内容だと思ったな」
RTAとはリアルタイムアタックの略で、ゲームのスタートからクリアするまでに経過した現実の時間の短さを競う、ゲーム競技やプレイスタイルのことだ。だが、この時代では時間加速機能が存在するので、現実の時間ではなくVR空間上での時間で計測するようになっているようである。
「現在、このゲームのRTA動画をアップしている方はおりませんので、誰でも第一人者になることができますよ」
ヒスイさんが、俺の感想にそんなコメントを追加してきた。
「俺はチャートを考えるだけの気力がないからRTAはやらないが、動画を見ること自体は好きなので、できる人には、ぜひやってみてもらいたいな」
そんな感じで話を締め、俺は二日に渡った配信を終えるのであった。
そして、その後のSCホームで、ヒスイさんが言う。
「ヨシムネ様、一応聞きますが、刃物を持って暴れたくなることはありませんよね? ミドリシリーズの身体能力でそれをやると、被害が甚大になってしまいますが……」
「ヒスイさん、ゲームとリアルを混同するの、やめよう!」
ヒスイさんはゲームに触れて一年も経っていないから理解していないようだが、ゲームで悪いことしたからって、現実でも悪いことしたくなるとかありえないからな!
俺は極めて清らかな心の持ち主のつもりだ。自称善なる忍びの風牙忍者と違って、善良な一般市民だぞ!