131.風牙の忍び(ステルスアクション)<5>
『なかなか派手にやったようだな』
次のステージを開始すると、夜の草原にやってきた男忍者が開口一番、そのようなことを言ってきた。
『外道の巣窟でどれだけ殺そうが里は関与しないが、血に飢えて悪に落ちることだけはしてくれるなよ』
どうやら、前ステージでの所業で、どんな台詞が来るかが決まるようだ。
『だってよ、ヨシちゃん』『ちゃんと忍ぼうぜ?』『ゴリラは、はたして忍者になれるのか!』『戦うにしても忍術駆使してとかじゃなくて、正面からの斬り合いだからな……』
「OK、了解した。次は隠れながら殺す」
『結局殺すのかよ!』『今宵のヨシムネは血に飢えておるわ……』『でも、邪魔な見張りを処理するのは、ステルスアクションの華ですよ』『皆殺しとか言い出さなければ普通なのか……?』
「大丈夫大丈夫。俺が21世紀でプレイした忍者になって悪人を暗殺するゲームだって、道中の見張りを殺しまくっていたし。忍者なら普通のことだよ」
と、そんな無駄話をしていると、男忍者が懐から巻物を取りだしてこちらに突き出してきた。
次の任務だな。俺は巻物を受け取り、開く。
「……うん、相変わらずの達筆ですな」
まったく読めねえ。
『次の任務を伝える。家老の屋敷に忍び込み、藩主の住む城の見取り図を盗み出すのだ。城に我らの手勢を送り込むには、その見取り図が必要だ』
「藩主の城ねぇ……風牙忍者は藩主に仕えているってわけじゃないんだな」
正義とか言っているし、藩主が悪行を行なったときの抑止力として、幕府に雇われている設定とかかね。
『事前に潜入した者の報告によると、見取り図は家老が肌身離さず持っているとか。家老は始末してもかまわぬが、見取り図が血で汚れぬよう気をつけるのだぞ』
男忍者はそう言ってこちらに手を突き出してくる。はいはい、巻物ね。
「しかし、また屋敷の主のいる部屋に侵入か。やっぱり、今度は見つからないよう、隠密プレイに徹してみるかね」
『ヨシちゃんにできるかな?』『でも殺しはするんでしょう?』『隠密(皆殺し)』『仲間を呼ばれなければいくら殺してもよいのだ』
「いやまあ、死体を発見されて侵入が発覚とかありそうだし、ほどほどにするよ、ほどほどに」
そうして俺は、夜の草原から町に向けて走っていった。
『任務の参 家老から城の見取り図を盗み出せ!』
月の光が照らす夜の武家屋敷。家老の住処とあって、塀はずっと向こうまで続いている。
門に近づくと、これまた門番が二人、ちょうちんを持って周囲を見回し警戒している。
毎晩こんな灯りをつけて夜通し屋敷を守り続けるとか、灯り代も人件費も馬鹿にならないだろうと思うが、そこはゲームなので目をつぶっておく。戸締まりだけしてみんな寝静まっている建物に侵入とか、ステルスゲームが成り立たなくなってしまうからな。
さて、今回は正面突破をしないので、門番はスルー。念力鉤縄で塀を登り、敷地の内部を見渡す。
立派な日本庭園が広がっており、月光に照らされている。ところどころに設置された灯籠には火が灯されており、また、灯りを持った見回りがそれなりの数いるようだ。本邸はここからかなりの距離があり、侵入は一筋縄ではいかなそうだった。
足を止めて道を塞ぐ、見張りの類はいなさそうだ。ならば、隠れ身の術でどうにかなるだろうと算段し、俺は塀から敷地内に飛び降りた。
そして、進むことしばし。何やら、こちらに近づいてくる軽快な足音が……。
「って、やべえ、番犬だー!」
犬種は判らないが、大きめの体躯をした犬が、的確にこちらの位置に駆けてくる。
俺は、とっさに隠れ身の術を使った。
「…………」
この犬、俺の足元で、めっちゃ臭いかいでいるんだけど。
『見つかってますやん』『姿は消えても臭いは消えず』『もうこれやるしかないのでは』『やろうぜ!』
こんないたいけなわんこを傷付けるなんて、不謹慎なこと……やろうぜ!
俺は隠れ身の術を解除し、背中から忍者刀を抜いて、素早く犬の頭に突き刺した。
俺の姿を見て吠えようとしていた犬だが、頭を貫かれては鳴き声もあがらない。
犬は、ぐったりとその場に倒れ込んだ。
「ふいー、VRゲームだと野犬や狼モンスターって結構対処が困難なんだが、チャンプの道場で慣れておいて助かった」
『犬の何が難しいの?』『腰より低い高さの敵は、剣での攻撃が難しい』『槍なら突けるけど、懐に入られたらどうしようもなくなるな』『とっさに蹴りができる空手はやはり最強……』
うん、だいたいそんな感じだ。正直ゲームの中だと熊より犬の方が恐ろしい。見た目通りの当たり判定ってきつい。
さて、番犬は倒せたので、後はこれを見回りの目につかないよう垣根に隠して、と……。
庭園だから、隠せる場所や隠れる場所がいっぱいあって助かるな。
「よし、それじゃあ先に進むぞ」
俺は足音を忍ばせながら、奥に見える本邸に向けて歩いていく。
見回り達は巡回ルートがあるのか、ひとところに留まらずに移動を続けている。俺はそれを隠れ身の術で上手くかわしながら、少しずつ進んでいった。
庭園の石が並べられた道はそれほど広くなく、すれ違う際にぶつかりそうになり、少し冷やっとした。
避けるために芝生に入ると、隠れ身の術を使ってもその場に足跡がくっきり残るので、できれば道の上を歩きたいところなのだが。
そうして地味なゲーム進行を経て、ようやく本邸前に辿り着いた。
どこか侵入できる場所はないかと、ぐるりと周囲を回ってみたのだが、木窓は閉められ、縁側も鍵つきの雨戸で入れないようになっていた。
これは、どうやら正面から行くしかないようだ。俺は、本邸の正面入口までやってくる。
入り口前には、これまた門番が一人その場を動かず立っていた。
「これは……多分、かんしゃく玉を使えってことなんだろうが……」
俺は懐に手を入れ、目的の物を取り出す。それは、手裏剣。
『やるのか』『やっちゃうのか』『不殺とか、やってられねえぜー!』『今日の配信コメントはずいぶん物騒だな……』
やってやるさ! 仲間を呼ばれないよう、のどを狙う!
「天誅ー!」
離れた場所からのアシスト動作による投擲は、見事門番ののどに命中した。
それを確認すると、俺は素早く相手に近寄り、忍者刀で斬りつける。
すると、相手はうめき声をあげて仰向けに倒れた。
「よしよし。それじゃあ脇によけておいて、と……」
手裏剣を回収し、足を引きずり門番を目立たない場所に移動させる。と、そのとき門番の懐から何かが落ち、矢印が視界に表示されてその何かを示した。それは、一つの鍵だった。
「うーん、いかにも重要そうな鍵だが……」
俺は試しに、武家屋敷の入口の扉に鍵を挿して回してみた。すると……。
「開いた! え、門番が入口の鍵持ってんの? これ、不殺プレイだとどうやって侵入するんだ?」
『頭殴って気絶させるとか?』『ヨシちゃんが気づいていないだけで、他に入口があると思われる』『あー、ありそう』『ヨシちゃんのプレイ、ガバガバだからな』
く、確かに探索ゲームや脱出ゲームの経験は浅いが……。
いや、こうして正攻法で入れたんだ。気にすることではないぞ。
そうして、俺は屋敷の中を探索し始める。
部屋のいくつかは灯りがついており、まだ人が寝静まっていないことが判る。
俺は天井歩きと隠れ身の術を駆使し、屋敷内を移動する見回りを避けていく。この見回り役も、いかにもゲーム的な存在だな。扉を閉め切った屋敷の内部を巡回とか警戒しすぎである。
そんな感じで移動を繰り返し、頭の中で屋敷の地図を作っていたある瞬間、俺はふとあることに気づいた。
「……あそこ、天井の板が外れているな」
『天井裏!』『やべえ、忍者といえば天井の向こうって忘れてた!』『当然行きますよね?』『足音に気をつけて!』
視聴者達にうながされて、俺は板の外れた場所から天井の向こう側に移動する。
そこには、月の光が差し込まない薄暗い空間が広がっていた。薄暗いで済んでいるのは、真っ暗にならないようゲーム的に調整されているからだな。忍者だから、夜目が利くとかの設定でもあるのだろう。
それでも暗いものは暗いので、俺は火遁の術で指先に火を灯して光を確保した。
天井裏を進み、頭の中に構築した地図と照らし合わせ、まだ探っていない場所へと向かう。
すると、天井板に露骨な穴が空いており、光が漏れている箇所がある。
俺はそこから下の部屋をのぞく。
「……おっ、当たりじゃないか、ここ」
壺や金屏風が置かれたいかにも立派そうな部屋に、布団が敷かれている。しかし、布団の中には誰もいない。
よく見ると、部屋の隅に置かれた机の前に一人の年老いた侍が座っており、そこで何やら書き物をしていた。
彼が家老か、と思っていると、ふと老侍が振り返った。
『何奴!?』
老侍は、壁にかけられていた槍を手に取り、部屋の中央へと移動し、そして槍を天井に向けて――
『ふむ、気のせいか……』
「あ、危ねー!」
俺が下をのぞいていた天井板は、見事に槍で貫かれていた。とっさに屋根に向けて念力鉤縄を飛ばすことで回避できたが、あと一歩遅かったら槍の餌食となっていたことだろう。
だが、今の衝撃で天井板が外れかけている。チャンスだ。
俺は天井板をそっと外すと、「おりゃあ!」と気合いを入れて、部屋の中へと飛び降りた。
着地の音で老侍はこちらに振り向くが、その姿勢は机に向けて正座したまま。腰には刀も差しておらず、居合抜きなどをしてくる可能性はない。
俺は老侍の背後に飛びつき、左手で侍の口を押さえ、叫べないよう拘束する。
そして、クナイを老侍の右目に突き刺した。
「天誅!」
俺はそう叫び、クナイを引き抜き、拘束を解く。
『どんな悪いことをしていたか知らないけど、天誅』『何気にクナイさん初めての出番』『見事な手際だった』『見取り図は無事かな……?』
そもそもこいつが家老じゃなかったら、とんだお笑い草なのだが……と、物言わぬオブジェクトとなった老侍の懐を探ると、何やら卒業証書でも入っていそうな筒が出てきた。
俺はその筒のフタを開け、中に入っている物を確認する。すると、それはまさに城の見取り図であった。
『任務完了』
そんな文字が視界の中に表示される。
「なーんだ、あの男忍者め、思わせぶりなこと言いやがって。こんな筒に入っているなら、正面から斬りふせても見取り図は無事だったんじゃん」
まあ、腹を斬ったら、見取り図ごと真っ二つになっていただろうけれども。
「さて、それじゃあ、殺したのがバレないよう偽装工作をしてと……」
俺は筒に見取り図を入れ直し、懐に収める。そして、老侍を部屋の中央まで引きずっていき、布団の中に寝かせた。
さらに、机の上に灯っていた灯りを吹き消す。これでこの部屋に見回りが来ても、家老は寝ていると勘違いしてくれるだろう。
それから俺は、天井裏を伝うことなく部屋を出て、見回りをやり過ごして本邸を出た。入口には誰もいないままで、門番を排除したのはまだ周囲にバレていないようだった。
そこからまた俺は最初に来た道を注意しながら戻っていく。特に、犬がいないかは細心の注意を払う。
「番犬ならぬ番猫なんていたら、ヒスイさんはこのゲーム勧めてこなかっただろうな……」
『そういや野犬や狼は結構倒すけど、猫を倒すゲームは見たことないな』『ライオンなら……』『さすがにネコ科全般はヒスイさんもカバー範囲外だろう』『虎とかゲームでペットにすると可愛いんだけどな』
そんな無駄話をしている間に、俺は塀の近くまで辿り着いた。
そのまま塀の上に念力鉤縄で登り、屋敷の敷地から脱出することに成功した。
「よっしゃー! 隠密プレイ成功だぁー!」
俺は歓喜の叫び声をあげながら走り、屋敷から離れていく。
『よくやった!』『やればできるじゃん』『犬のおかわりなしかぁ』『こうしてヨシちゃんは、無事忍者と認められるのであった……』
ふふふ、俺だってステルスアクションくらいできるのさ。
『任務の参 達成!』
『隠密:○ 不殺:× 達成時間――』
『評価:優』