130.風牙の忍び(ステルスアクション)<4>
闇の中から突然現れた俺の姿に、門番は驚きの表情を見せる。
『な、何奴!?』
そう慌てるものの、門番は手に持った棒を構えることもなくぼんやり立っていた。なので、遠慮なく斬り殺させてもらう。
まずは一人。
右側の門番が物言わぬオブジェクトとなって倒れると、ようやくもう一人の門番が棒を構える。
『なんだお前は!? し、しんにゅ――ぐえっ!?』
門番が大声で叫ぼうとしたので、喉に向けてアシスト動作で手裏剣を叩き込んだ。それで相手は沈黙して倒れたので、俺はそいつに近寄って手裏剣を回収した。手裏剣は一個しかないからな。
さて、堂々と正面から門を開いて入ろう……と思ったのだが、門が開かない。反対側からかんぬきでもされているのか。
ただし、門の横に使用人用の通用扉があり、そちらは普通に開いた。門番が出入りするために、鍵がかかっていないのだろう。不用心だな。
通用扉から屋敷の敷地内に入る。
本邸は遠くに見えており、美しい前庭が目の前に広がっている。ううむ、本格的な武家屋敷って感じだな。
そして、その前庭では灯籠に火が灯され、さらにはちょうちんを持った見回りが複数巡回を行なっている。
本来なら、彼らをやり過ごすのに、頭を使ってステルスアクションするのだろう。
だが、今の俺は忍者ではなく、ただの人斬りである。
「しゃあ! かかってこいやー!」
俺は、灯籠に照らされる前庭に、忍者刀を構えて躍り出た。
『何奴!? なんと怪しい格好よ! 皆の者、盗人だ! 盗人が出たぞ!』
「盗人じゃないんだよなぁ。貰っていくのはお前達の命じゃー!」
俺はそう言いながら、集まってきた見回りに忍者刀で斬りかかる。
『このヨシちゃんノリノリである』『忍者とはなんだったのか』『悪鬼じゃ! 悪鬼がおる!』『たぶん一発刃をくらったら終わりなのに、よくやるね』
屋敷の敷地内なので、遠慮なく刃物を持ちだしているのだろう。見回り達は棒ではなく、槍を持っていた。
俺は囲まれないよう、上手く位置取りを調整する。そして、いまいち腰の入っていない突きをかいくぐって接近し、一人ずつ斬り倒していく。
『討ち入りだー! 出合え! 出合え!』
前庭は大騒ぎとなり、本邸の方角から次々と武装した人がやってくる。
そして、その中に、槍ではなく刀を腰に差した侍らしき男の姿が見えた。
「お、あれが悪代官か?」
そう思ったのだが、ヒスイさんが否定のコメントを飛ばしてくる。
『いえ、あれはただの用心棒ですね。本来なら屋敷の中で待ち構えている相手なのですが、騒ぎを聞きつけてここまできたようです』
状況に応じて敵の配置が変わるとか、やっぱり未来のゲームは高度なことしているな。インディーズゲームですら、ここまでするのか。
『おぬしら何をしておる! 囲め! 囲んで動きを止めるのだ!』
おっ、用心棒、なかなかいい判断をするな。
指揮を執られるとやっかいだ。というわけで……。
「お前から死ね!」
念力鉤縄を用心棒の胴体に吸着させ、鉤縄を縮小させて一気に接近する。念力鉤縄に引っ張られて用心棒は体勢を崩しており、肉薄した俺はその無防備な首筋を忍者刀でかき切った。
用心棒が倒れ、周囲の見回り達がうろたえる。その隙に、俺は倒れた用心棒から一つのアイテムを失敬する。
「打刀ゲット! やっぱり忍者刀より、これだよ、これ」
『こやつ、しれっと盗みおった』『やっぱり盗人じゃないか!』『家に押し入って、殺して奪うとかひどすぎる』『ヨシちゃんの貴重な悪人プレイシーン』
失礼な。こういうゲームでは、アイテムの現地調達は基本なんだぞ。なぜか手裏剣や煙玉とかが、そこらに転がっていたりするんだ。このゲームではそういう不自然な状況は今のところないようだが、代わりに相手の武装を奪えるようだ。
「打刀を手にした俺は無敵じゃー! みんなくたばれー!」
そうして、俺は前庭に集まったすべての敵を斬り倒した。
物言わぬオブジェクトとなった敵が、消えることなく地に横たわっている。
ちょうちんがそこらに落ちて散らばり、静まりかえった前庭をぼんやりと照らしていた。
「ふう、一発貰ったら終わりというのはなかなか緊張するな」
『あの数をしのいだ……』『ゲームジャンル違わないですかね』『忍者じゃなくて侍か浪人か』『忍者が侵入してきたというより、辻斬りが押し入ってきた図だな』
修羅じゃ、修羅になるのじゃ!
というわけで、前庭での戦いを終えた俺は、打刀を右手に握ったまま本邸へ向けて走っていく。
すると、本邸の門前には槍で武装した男達が多数待ち構えていた。
『来たぞ、侵入者だ!』
『あやつら全員やられたというのか!』
『おのれ、ここは通さぬぞ!』
俺はそんな集団のど真ん中に、火遁の術で火を付けた煙玉を放り投げた。
『なんだ!?』
『前が見えぬ!』
相手が混乱している間に、俺は槍の矛先から逃げるよう側面へと回る。
そして、煙が晴れて相手の姿が少しずつ見えてきたあたりで、一気に敵集団に接近した。
『ぐわっ!』
『いたぞ! そこだ!』
『くっ、槍が邪魔だ』
剣道三倍段という言葉があるくらい、刀に対して槍は有利だ。しかし、集団で密集すると、途端に取り回しが不便になるのが見て解る。
俺は、混乱する相手を一人ずつ斬り倒していった。
そうして敵は全滅し、俺は正面から堂々と本邸に侵入した。
この屋敷は、最初の任務の屋敷と比べて数倍の広さがある。さすがに町の高利貸しと、お偉い代官の屋敷が同等というわけにはいかないのだろう。
さらに、前のステージではあった矢印での誘導がないため、どこに悪代官がいるかが判らない。
しかたがないので、俺はしらみつぶしに部屋を探索していく。ときおり、待ち構えていた用心棒らしき相手が刀で斬りかかってくるが、一人ずつしかこないので問題なく対処できた。
そして、とうとうそれらしき部屋を俺は見つけた。
金箔で装飾されたきらびやかなふすまがあり、そのふすまがわずかに開けられている。中から何やら声がする。
『よいではないか! よいではないか!』
『おやめください! おやめください!』
こ、このシチュエーションは……!
『ああっ、あーれー!』
帯をくるくるして、あーれーってやるやつ!
まさか本当に見られるとは、ゲーム製作者さん、見事なり!
と、そこまで見て満足した俺は、ふすまを勢いよく開け放った。
『ぬっ!? 何奴!?』
忍び装束に身を包んだ俺の姿に、瞬時に顔を引き締めた悪代官は、壁際に飾られた刀を取りに向かおうとする。
だが、させない。俺は、手裏剣を懐から抜いて悪代官の背中に投げつけた。
『ぐわっ!』
手裏剣が当たりのけぞったところを俺は瞬時に近寄り、打刀で斬り伏せた。
すると、視界の中に『任務完了』との文字が表示される。こいつが悪代官で間違いなかったらしい。
「さて、残るはこの娘だが……」
『ヨシちゃんまさかその子も斬るの?』『悪鬼じゃ! 悪鬼がおる!』『無抵抗の相手を斬るのは……』『むしろ介抱してあげて』
「……くっ、俺には、悪代官の被害者である、純真な町娘を斬ることはできない……」
俺はそう言って部屋を立ち去ろうとする。そのときだ。
『チェストー!』
「あぶねえ!」
なんと、帯を解かれて襦袢姿になっていた娘が、短刀を抜いて腰だめに構え、こちらに襲いかかってきたのだ。
「なんで、この子が襲いかかってくんの!?」
『よくも、よくもこの人を……夫の仇!』
「悪代官と夫婦なのかよ!」
意外な事実に驚いた俺は、再び突進してきた娘の一撃を危うく食らいそうになる。
なんとか床を転がって回避した俺は、床にうつ伏せに倒れた悪代官にぶつかり止まる。すると、悪代官の背中に手裏剣が刺さったままだったので、俺はそれを抜いて娘に向けて投げつけた。
『うっ!』
手裏剣を腹に受けて、娘はその場で膝をつく。そして、立ち上がった俺は、打刀で娘の首を打ちすえた。
血の代わりのポリゴン片が飛び散り、娘は床に倒れた。
「今日一番の強敵だった……」
『連れ込まれた町娘か何かと思ったら……』『おやめくださいとか言っていたのに、ただのプレイかよ』『妻が仇討ちしようとするほど、この悪代官って愛されていたんだなぁ』『悪代官とはいったい……』
ふう、しかし、いたいけな娘まで手にかけてしまったな。
もう、後戻りはできない。こうなったら……。
「しらみつぶしに家捜しして、全員等しく斬り殺すしかない!」
『何言ってんのヨシちゃん!?』『悪鬼じゃ! 悪鬼がおる!』『今日のヨシちゃん飛ばしているなぁ』『善なる忍者とはなんだったのか』
それから俺は、屋敷内をくまなく探し回っては、見つけた相手を斬り捨てていく。
不思議と家人らしき人がおらず、出会う相手は武装した男達ばかり。おそらく、ゲーム製作者が、いたいけな一般人をできるだけ殺さないで済むような配慮をしたのだろう。俺みたいな皆殺しプレイじゃなくても、侵入の際に邪魔だったら殺して黙らせることくらい、普通にあるだろうからな。
そうして俺は、屋敷にいた全ての人間を倒し、堂々と正門から屋敷を後にするのであった。
『任務の弐 達成!』
『隠密:× 不殺:× 皆殺し:○ 達成時間――』
『評価:悪鬼羅刹』
ええっ、本当に悪鬼になったじゃないか!
この評価に、視聴者達は一斉に『悪鬼じゃ! 悪鬼がおる!』と盛り上がるのであった。