13.St-Knight(対戦型格闘)<4>
バッチリ目が覚めたので、続きをやっていこうと思う。
難易度ノーマル。その一戦目は相変わらず中華風の大男が登場した。
その結果は……。
「気功砲っぽいの飛ばしてきたけど、三次元的に動けるから遠距離での回避は難しくないな」
「でも、中距離では当たっていましたね」
「棍の先から出てくるから、不意に射程が延びてくる感じがあるんだよなぁ」
「ちなみに、あれは気功法の類ではなく、このゲームにおいては魔法扱いです」
「東洋っぽいのに魔法かぁ」
次のステージへ移る前にヒスイさんの解説を聞いて糧にし、負けを重ねつつも少しずつ勝ち進めていく。
『ステージ6 ヨシムネ VS. トウコ』
6戦目。ステージが学校の体育館のような場所に移り、敵が姿を現す。
「お、刀子さんじゃーん」
キャラメイク時にパンツを見せてもらった、セーラー服の打刀使いである。
イージーモードでは戦わなかったので、初の対戦だ。
そうとなると、俺の取るべき行動は一つ。
『ファイナルラウンド ファイト!』
「うおおお! 下段! 下段! 下段! 足払い! よっしゃあこけた! パンチラいただき!」
刀子さんが俺の足払いで転倒し、白いパンツがちらりと見えた。
「ふふーん、そんな短いスカートを履いているのが悪いんだってうおお魔法が飛んできた!?」
突然あらぬ方向からの襲撃! 格ゲーによくある乱入者かと思ったら、下手人は観戦していたヒスイさんだった。
遠くから炎の魔法を飛ばしてきたらしい。
「おふざけはほどほどに」
ヒスイさんはそう言って、魔法の炎を手から噴き出しながら、冷たい笑顔を向けてくる。
「あっ、はいすみません」
パンチラは健全動画的にまずかったかなー。でも、美味しいシーンだからヒスイさんはきっと動画に採用すると思う!
そして戦いは続き……。
「馬ぁ! 体力上がってんぞ、馬ぁ!」
俺はラストステージで苦戦していた。
「馬を倒せないなら、引きずり下ろすのを考えてみてはいかがでしょうか」
「引きずり下ろす……どんなアシスト動作で落とせるかな」
「馬が動いていない状態で試してみましょう。ゲーム中断。プラクティスモード起動」
ヒスイさんがそう宣言すると、戦場の背景が崩れ落ち、電脳空間を思わせる青い広間に切り替わった。
プラクティスモードは体力無限で対戦できる、練習用のモード。今までの戦いで俺が対戦相手に苦戦するたび、ヒスイさんはこのモードに変えて動作の練習に付き合ってくれていた。
そんなヒスイさん、なんと今回は馬に乗っている。
「キャラメイクにそんなのあったっけ……」
「イージーモードのクリア特典ですよ」
「そういうのもあるのかぁ。パンツの種類も増えるなら、セーラー服のパンチラに備えてコンプしないと」
「今日のヨシムネ様はやけにパンツに拘りますね……」
「セーラー服なんて見たから、学生時代の思い出が蘇っているんだと思う」
「学生時代ですか……今の時代、機械での学習となり学校という制度がないため、貴重な体験談が聞けそうですね。いつか尺を取って語っていただきましょうか。さて、今は練習です」
「うむ!」
そうしてヒスイさんの指導の結果、俺は難易度ノーマルのアーケードモードを制することができたのだった。
「クリアおめでとうございます。今日のプレイはここまでにしておきましょうか」
「あれ、今回は難易度ナイトメアクリアまでじゃなかったっけ」
「それはあくまで、今回の動画シリーズでの目標です。今日は、ノーマルまでクリアできたのなら上出来と言えるでしょう。おつかれさまでした」
「ヒスイさん……ようやく優しくなったね」
鞭ばかりじゃないのが、ヒスイさんの憎めないところだ。
「それに、そんなにたくさんプレイしても、動画の内容が詰め込みすぎになりますから」
「『-TOUMA-』は、ほぼ全編ダイジェスト編集だったからなぁ……」
「さて、このままゲームを終えてもいいのですが、長時間プレイしたので休息が必要でしょう。『sheep and sleep』で散歩でもしていきませんか」
「散歩! 寝るゲームなのに散歩とかできるんだ」
「よりよい眠りを追求するために様々なロケーションが用意された、牧歌的ゲームですから」
なるほどなー。
そうして俺達は、『sheep and sleep』に移動して、羊の背中に乗りながら大自然の中をのんびり巡ったのであった。
……自分の足で歩いていないから、散歩というか、ドライブというか。
「遠乗りですね」
なるほどなー。
◆◇◆◇◆
翌日、俺は朝食を食べ終わった後、ガーデニングの苗を観察しながら、昨日投稿してもらった『St-Knight』の動画コメントを確認していた。
まず最初に、俺の今のボディが、ヒスイさんの元ボディだったことについてのコメント。
『ままままマジで』『これはちょっとインモラルですわ』『二人は……うーん、身体を分かち合った姉妹?』『ヒスイさんがお姉様ですね解ります』『ヨシちゃんに妹属性が!』『熟年夫婦とか言ってる場合じゃなかった』
誰が妹だ、誰が。全く、いきなり飛ばしたコメントだらけで困るな。
そして次に、このゲームをヒスイさんがチョイスしたことについての反応はこちら。
『またマイナーゲームが来ると思ったのに、超有名ゲームじゃねーか!』『ヨシちゃんがナイト勢になるとか胸熱ですね』『もしかしてオンラインモードで待ってたらヒスイさんと手合わせできたりしない?』『ガチ勢の道を順調に歩んでおる……』『これって、宇宙で唯一の『-TOUMA-』出身プレイヤー誕生ってこと?』『ヨシちゃんさんならきっと刀を使う』
さすがMMOのプレイヤーを一堂に集めた格ゲーだけあって、知名度は高いようだ。しかし、知名度が高いということはそれだけ他に動画が投稿されているということで、再生数が伸びるか心配だったのだが……、そこは杞憂だったようだ。
ただ、最初からこのゲームを選択していたら、ここまで俺達の動画が有名になることはなかっただろう。
『-TOUMA-』を最初にチョイスしたヒスイさんはすごいってことだな。さすヒス!
さて、他のコメントも見ていこう。
『トウコのパンチラいただきました』『ヨシちゃんもスカート短いから、さっきからちらちら見えているんですけど』『さすが21世紀おじさん少女。あざといね(はぁと)』『俺、ランクマでヨシちゃんと会ったら、パンツ見せてもらうんだ……』
ランクマとはランクマッチの略で、オンラインモードで対戦してランクを付ける制度のことだ。『St-Knight』ではアルファベットでランクの高さを表わす仕組みだ。
しかしヒスイさん、しっかり刀子さんとのパンツシーンを動画に載せてきたな。
『ラスボスが馬に乗ってるとか吹くわ』『格ゲーとはなんだったのか』『実際に戦ってみたら解るけど、かなりやっかいだよこいつ』『地上に降りてランス捨てて剣を抜くまでに隙がありますから、そこ突けばだいぶ楽になりますよ』
ラスボスのアレクサンダーも意外性があって、未プレイの人には人気が高いようでコメントが多く寄せられている。
一方経験者は、その攻略の難しさが身に染みている様子。要するに、ラスボスとしていい感じだってことだな。
『ヒスイさんの寝顔!』『一緒に寝る二人可愛い』『このゲームいいですね。買おうかな』『めっちゃ安いよ。買った』『ヒスイさん寝ているはずなのに、カメラしっかり動いているのは謎』『羊ってなんだろと思ったけど、惑星テラの動物か。もこもこして可愛い』
動画には『sheep and sleep』で俺達が休憩する様子も収録されており、内容のマンネリ化を防ぐ役にも立っているようだ。
よし、コメントを見て気力チャージ完了。今日も撮影頑張ろう。
ゲームは難易度ハードへと進み、敵が劇的に強くなっていた。
時間加速した中で五時間『St-Knight』プレイして、八時間『sheep and sleep』で休息するというサイクルを繰り返すこと四回。この日は難易度ハードの五戦目まで進んで収録を終えることにした。
「『-TOUMA-』で覚えた動きをアシスト動作に任せるのは完全にできるようになったんだけど、もっとこう超人的な動きをするタイプのがイメージしきれんな」
「プラクティスモードで私が手本を見せますので、しっかり目に焼き付けてください」
「外から見てもいまいち。一人称視点もないと、イメージしきれないんだよね」
「私の視点を借りてみますか?」
「え、そんなことできるんだ」
そんな会話を挟みつつも、三日目に入る。
『ヨシちゃんガンバ!』『少しずつ上達してるよ!』『このゲーム、格闘のダメージ判定が意外と大きいですから、蹴りも覚えた方がいいのではないでしょうか』『蹴り習得とかパンチラ見たいだけすぎる……』『たまにはイメチェン希望』
そんな応援コメントにはげまされ、俺は再びゲームの世界に潜った。
ちなみにイメチェンしようとヒスイさんに服を選ばせたら、ゴスロリドレスになった。リアルでもたまにマイクロドレッサーを使って着せてくるんだよな、ゴスロリ……。こういうのが好きなのかな、ヒスイさん。でもヒスイさん自分で着ないしな。
難易度ハードをクリアし、難易度ベリーハードへ。録画内容は敗北シーンとプラクティスモードでの修練が大半となったので、動画は段々と『sheep and sleep』の尺が増えてくるようになってきた。
いや、『sheep and sleep』、意外と奥が深いんだよ。MAPが作り込まれていて、原始的な文明を持つ進化羊とかも登場するんだ。
それのどこに、よりよい眠りを追求する要素があるのか解らないが、とにかく興味深かった。
いつかファンタジー系のVRMMORPGを撮影することがあったら、このゲームみたいに広大なMAPを観光してみるのも面白いかもしれない。
そして九日目。俺は難易度ベリーハードを超えて、難易度ナイトメアに到達していた。
「すでにヨシムネ様は、システムアシストの使い手としても中級者の域を超えているでしょう」
プラクティスモードで敵の対策を練っていたら、そんなことをヒスイさんに言われる。
「もうそんなに? たいした時間プレイしていないと思うんだけど」
「上達する気のない姿勢で、何十年もただ漫然とゲームをプレイするよりも、明確な意志を持って適切な環境で短時間修練にはげむほうが、上達は早いということですね」
「なるほどなー。この場合、指導者の存在が大きいんだろうね」
「恐縮です」
難易度ナイトメアだが、ここにきて通常動作が解禁となっている。アシスト動作発動中に直接身体を動かすことで、変わった軌道の攻撃を繰り出すとかの小技も駆使する必要が、この難易度では出てきているのだ。
『-TOUMA-』でもおなじみのヒスイさんとの稽古をみっちりとこなし、難易度ナイトメアの攻略を進める。
そして。
『KO ユー ウィン』
「勝ったどー!」
ラスボス、アレクサンダーを倒すことに成功した。
感無量である。俺の修行生活が、これで終わりを告げたのだ。
『ニューチャレンジャー!』
「えっ!」
突如鳴り響いたシステム音声に、俺は周囲を見回した。
『エクストラステージ』
背景が切り替わる。そこは、プラクティスモードの青い電脳空間を緑色に変えたような場所だった。
「はっ、まさか、最後の仕上げとしてヒスイさんがラスボスとして立ちはだかって……!」
また周囲を見回すが、ヒスイさんは遠くで待機していた。武器も構えていないし、完全に観戦モードだ。
『ヨシムネ VS. サイキッカーヤチ』
だ、誰それ? そんなキャラ知らんぞ。
そう思っていたら、目の前に突如、ピチピチスーツを着た少女が現れた。
『ふふ、君、面白いね……』
そんなことを言いながら、少女はふわりと宙に浮く。手には、何も武器を持っていない。
「ど、どういうことだ!?」
「難易度ナイトメア限定のラスボスです」
「ええっ、まあラスボスの後に追加ボスは格ゲーあるあるだろうけど!」
来るとは思ってなかったから、心構えができてない!
『ファイナルラウンド ファイト!』
少女……サイキッカーヤチがこちらに手をかざすと、俺はその場から吹き飛んだ。
「く、サイコキネシス!」
肩書きを信じるなら、こいつは超能力者。武器は装備していないが、線も細いし格闘家ということはないだろう。つまり、接近してしまえば……!
と思ったが、低空飛行で飛び回って、なかなか捕まらない。そして電撃……エレクトロキネシスっていうのだろうか、それに絡め取られ、俺は見事に負けるのだった。
『ユー ルーズ』
戦いが終わり、ヒスイさんが近づいてくる。
「突如現れた新たなラスボス。理不尽の権化と呼ばれたその超能力少女に、ヨシムネ様は勝つことができるのか。次回へ続きます」
「あ、今日の動画もう終わるのね」
「はい、中断して、明日また挑戦しましょう」
「確かにクリアしたと思ったところでこの有り様だから、心ちょっと折れたかもしれん……」
そういうわけで、九日目はそこまでになった。
そして明くる日、少し育ってきたガーデニングの苗を愛でながら昨日の動画のコメントを見てみると……。
『ヨシちゃんさん負けたああああ!』『予定調和』『理不尽の権化が噂通り近接殺しすぎるわ』『ヤチから逃げるな』『ヨシちゃんなら勝てるって信じてます!』『これに勝てるなら、MMOでもPvP勢としてまあまあやっていけそうだな』『ミズチから逃げなかったヨシちゃんならきっとくじけない』
……よし、今日も気合い入ったぞ、ゆくぞー!
「どうもー、21世紀おじさん少女だよー。ホヌンの苗とペペリンドの苗は順調に育っているぞ。さあ、超能力少女に打刀を叩き込む仕事を始めようか」
「はたして今日一日で攻略は終わるのか、見守っていきましょう」
「いざとなったら、時間加速倍率上げて、今日中に倒す!」
そして始まるサイキッカーヤチとの戦い。
雷に炎にバリアーと、多彩な超能力を駆使する少女に、俺は大苦戦。浮遊しているので機動力が半端なく、近づくのも一苦労というありさまだった。
それを俺は、膨大な挑戦回数という力業で少しずつ攻略法を見いだしていく。
やがて……。
『ユー ウィン』
勝った。
勝ってやった。俺はただその場で打刀を高く掲げて、勝利の余韻に浸った。
そんな俺に、ヒスイさんが近づいてくる。
「おつかれさまでした」
「頑張ったよ。勝った感想としては、二度と戦いたくない、かな」
「ゲームの腕を鈍らせないために、定期的なプレイをお勧めしたいのですが……」
ヒスイさんの言葉に、俺は思わず渋面を作ってしまう。ヤチだけは嫌だ!
「システムアシストを駆使して移動しても、機動力が違いすぎる! もうぜってーやんねー!」
「そうですか……」
そういうわけで、俺の『St-Knight』攻略は終わった。
「これでこのゲームは終わりか。次回はどんなゲームにする?」
「いえ、まだ終わりではないですよ。オンライン対戦モードを楽しみましょう」
「おっ、対戦かぁ。そういえばやるんだった。……どこまで通用するかな?」
「せっかくですので視聴者の皆様から対戦相手を募集したいと思います。そこで、動画配信サービスの機能を使って、ライブ配信をしましょう」
「!? とうとうライブ配信! いよいよ、本格的にゲーム配信者らしくなってきたな!」
ライブ配信。録画ではなくリアルタイムで映像を流して、視聴者とコメントをやりとりしたりする配信方法だ。生放送とも言ったりする。
「もちろん、配信アーカイブに残る物とは別に対戦の様子は撮影し、後日動画編集して配信しますので、ライブ配信に来られない方も安心してください。日時は――」
そういうわけで、急遽組まれた予定に俺は胸を躍らせた。
視聴者との交流。これまでは互いに一方通行だったそれが、本格的に行なわれる時が来たのだ。
俺はそわそわとしながら自分の身だしなみを確認しようとして、PCの衣装がヒスイさんお勧めのゴスチャイナ服だったことに気づいて、ちょっとへこんだ。人前に出るっていうのに、はたしてこういう女を主張した格好でいいのか、俺! でも、ミドリシリーズのアバターは固定だから、女物の服を着る方が自然だし……。
そんなこんなで、放送当日まで俺は、衣装に思い悩む日々を送るのであった。