127.風牙の忍び(ステルスアクション)<1>
VR空間から出て、俺はソウルコネクトチェアの上で伸びをする。
今日は、積んだゲームを消化するプライベートな日だ。つい先ほどまで、インディーズゲームをいくつかつまみ食い的にプレイしていた。いずれも、以前バーチャルインディーズマーケットで手に入れたゲームだ。これらはヒスイさんに、配信には向いていないと判断されたゲーム群である。
ソウルコネクトチェアから立ち上がろうとすると、ヒスイさんが遊戯室に入ってきた。手には、湯気を立てるマグカップが握られている。
「どうぞ。カフェオレです」
「おっ、ありがとう」
マグカップを受け取り、匂いをかぐ。うん、カフェオレのいい香りだ。
俺はソウルコネクトチェアに座りながら、一息入れることにした。この椅子、座り心地がすごくいいんだよな。
「ソウルコネクトってさぁ。なんでソウルコネクトなの?」
俺はカフェオレを飲みながら、雑談としてそんな話題をヒスイさんに振った。
「どのような意味の質問でしょうか?」
「いやさ、コネクトって動詞だろう? 本来ならソウルコネクションじゃないの?」
キネマコネクション299を先日配信していて、ふと浮かんだ疑問だ。
「ああ、それですか。コネクトは動詞ではありませんよ。固有名詞です」
「うん?」
「コネクトという、旧式VR機器のヒット商品がかつて存在しました」
ヒスイさんはそう言いながら、俺の前に空間投影画面を開いた。その画面には、何やら格好いいリクライニングチェアが映っている。
「旧式VRとは、脳と機器で直接信号をやりとりして、フルダイブVRを可能とする技術です。意識を閉じずに使用できるので、今でも味や食感を楽しませる外食産業で需要があります」
そういえば、以前『ヨコハマ・サンポ』をプレイした際、観光に寄ったヨコハマVRラーメン記念館で、その技術が使われていたな。画面に映るリクライニングチェアみたいな機械じゃなくて、建物そのものがVR機器という場所だったが。
「コネクトは爆発的な売上を誇ったヒット商品だったそうです。そして、魂を機器と接続する新式VRが生まれた際に、その名機にちなんで新式VRはソウルコネクトと名付けられました。つまりコネクトは固有名詞です。つづりは、こうですね」
『Soul-CONNECT』と空間投影画面に文字が映る。
「なるほどなー。母親が子供の遊ぶゲーム機のことを全部ファミコンと呼ぶようなものか」
俺は特定年代にしか通じないネタをヒスイさんに向けて言った。ヒスイさんは、当然のように困惑顔。
まあ、それはさておいてだ。
「脳とやりとりするって、なんだか危険がありそうだよな」
腕を動かそうと思ったら、実際には腕は動かずゲームの中の腕が動く。これって、脳からの信号を遮断していることになるよな。それとも、夢の中にいるような状態になっているのだろうか。夢の中で腕を動かしても、リアルの身体は動かないからな。
「確かに、旧式VRが誕生してからしばらく経つと、粗悪な機器が横行し健康被害が起きたそうです」
フルダイブVRゲームでのデスゲームアニメが、21世紀では流行っていたことを思い出す。
あれは脳とのVR機器のやりとりが危険というわけではなかったが、人体に悪影響を及ぼす機器が悪意をもって作られ、人の命が失われたという内容だった。
「脳は繊細なので、旧式VRの機器が登場した当初、インディーズのゲームなどは厳しい審査を受ける必要があったようです」
インディーズゲームで審査か。21世紀のPCゲーム販売サイトや同人ゲーム販売サイトでも、同じように審査は行なわれていたのだろうか。俺は作り手側じゃないので詳しくない。
「ですが、ソフトウェア面とハードウェア面の両面で脳との安全なやりとりを確立したコネクトの登場で、インディーズのVRゲーム文化が華開きました。バーチャルインディーズマーケットが開催されるようになったのも、コネクトの登場が契機だったと言われています。西暦2200年代前半のことですね」
「へえ、それで今のバーチャルインディーズマーケットは、あんなに盛況だったわけだな。よし、それじゃあ次の配信はインディーズゲームにしようか。ヒスイさん、インケットで手に入れたゲームでよさげなやつ、何か残ってる?」
「そうですね……では、こちらの忍者ゲームなどはいかがでしょうか」
「忍者! そういえばあったな!」
忍者のゲームか。いろいろ気になるぞ。本格忍者でもよし、忍法忍術を使う忍者でもよし、勘違いなんちゃって忍者でもよしと、配信的に美味しい限りだ。
「忍者になって屋敷に忍び込み、忍術を駆使して任務を達成するステルスアクションです」
「いいねいいね、それにしようか!」
俺はテンションを上げて、残ったカフェオレを一気に飲み干した。
◆◇◆◇◆
翌日、いつものようにライブ配信を開始して、いつも通りに前口上を言い、皆が盛り上がる。
今日の俺の格好は、セクシーくノ一衣装だ。
少し雑談を交わしてから、SCホームでゲームの説明をすることにした。
「今日のゲームはこちら、『風牙の忍び』!」
「『風牙の忍び』は、今年夏のバーチャルインディーズマーケットで初めて発表された、ステルスアクションゲームです。主人公は忍者と呼ばれる、惑星テラのニホン国区の過去に実在したスパイ的存在になり、悪人の住む屋敷に忍びこみ任務を達成します」
「忍者! 忍者だぞ! みんなは知っているかな?」
俺がテンションを上げて、視聴者に尋ねる。
『もちろん』『職業が豊富なMMORPGにはまずあるよね』『シミュレーションRPGとかでも時々見る』『忍法を使うぞ!』
おお、忍者もずいぶんとワールドワイドになったもんだ。いや、ワールドというかユニバースか。
だが、知らない人もいると思うので、一応の説明をする。
「忍者は、惑星テラのニホン国区にかつて存在した、特殊技術を持つ秘密の職業だ。大名という領主的存在につかえて、敵対勢力相手に諜報活動や破壊活動を行なったとされている。主に戦国時代に活躍したらしい。ゲームタイトルの忍びというのも、忍者って意味だな」
俺もそれほど忍者に詳しいわけではないので、頭の中から言葉をなんとかひねり出す。
「忍者は任務を達成するために、様々な秘密道具を扱ったと言われている。投擲武器の手裏剣、踏んだ相手の足裏を傷付ける逃走道具のまきびし、打刀のそりを真っ直ぐにして携帯性を向上させた忍者刀などが有名だな」
忍者刀は実在したか怪しいらしいが。
「そして、逃げる際に使われた技術を遁術と言うらしい。火薬を使って敵を驚かせたり、火をつけてひるませたりしている間に逃げる技を火遁、水に潜って姿を隠したり、水面に石を投げて注意を向けさせたりして逃げる技を水遁と呼ぶ」
『俺の知ってる火遁と違う!』『え? 印を組んで火を放つのは?』『巨大蛙を乗り回すのは?』『分身の術!』
「あんな昔に超能力者が大量にいるわけないだろ! 忍術や忍法は架空の存在です!」
俺がそう主張すると、視聴者達は『そんなぁ』と一斉に落ち込んだ。うーん、このノリのよさよ。
「でも、俺だって、忍術や忍法使う忍者は好きだぞ。そして、このゲームはそんな架空の忍術を使う忍者ゲームらしい」
すると、視聴者達が一斉に盛り上がった。今日は本当にノリがいいな、コメント抽出機能!
「そういうわけで、『風牙の忍び』、始めていくぞー」
俺がそう言うと、ヒスイさんがゲームアイコンを掲げてゲームを起動させた。
タイトル画面は現れず、真っ暗なままでナレーションが始まった。
『風牙。世を忍び陰から人を助ける、善なる忍者の里である』
善なる忍者ってなんだよ。
そんな突っ込みが口から漏れそうになるが我慢する。
『弱きを助け、強きをくじく。そんな風牙の忍者の中に、二人の中忍がいた』
視界が開け、月明かりに照らされた夜の草原が目に映る。その草原で、二人の男女が戦っていた。
忍び装束に身を包んだ忍者である。二人は忍者の武器の一つであるクナイで、激しい斬り合いを行なっている。
『タツオとキヨコ。風牙の里に生まれた双子の忍者である』
そのナレーションと共に、和風のBGMが流れ、白い筆字のタイトルが中空に表示される。
そして、『はじめから』『つづきから』『設定』の三項目が書かれた簡素なメニューが開いた。
背景では、まだ二人の忍者が戦っている。
「んじゃ、はじめからで」
俺がメニューから『はじめから』を選択すると、戦っていた忍者二人が大きく距離を取り、互いに前方へ跳躍し、クナイを振るって交差した。
そして、互いに着地したところで時が止まる。
『操作する風牙の忍びを選んでください』
そんな音声が流れ、目の前に男忍者タツオとくノ一キヨコのどちらかを選択する画面が表示された。
「んじゃ、キヨコで」
キヨコを選択すると、止まっていた時が動き出し、男忍者が地に倒れた。
『今ヨシちゃん、ノータイムで女キャラ選んだな』『マジか。マジだ』『昔は男を選ぼうとしてヒスイさんに止められていたのに』『ヨシちゃん女の子になじんできた?』
「はっ!? いや、ちげーし。どうせなら可愛い女の子にした方が、視聴者も喜ぶと思っただけだし!」
俺がそう言うと、横にいるヒスイさんが言った。
「そうですね。喜ばしいことです」
「喜ぶと喜ばしいはだいぶ違うよ!」
そんなやりとりをしている間に、くノ一が男忍者に近づいていく。
くノ一が口を開く。
『兄さん……』
すると、男忍者は半身を起こし、腹を押さえながら言う。
『……キヨコ。お前の勝ちだ。お前が今回の任務を受けるのだ』
男忍者の服は破れたりしていない。きっとクナイはみねうちだったのだろう。いや、どうみても両刃のクナイだが、そこは刃が研がれていないとかで。
『……私にできるかな』
『自信を持て。お前は俺に勝ったのだ』
『……うん』
そこまで会話すると、男忍者は立ち上がり、くノ一に背を向けどこかに去っていく。
すると、くノ一はそれと反対方向に向けて走る。
その方向には、月夜に照らされた古めかしい時代劇風の町が広がっていた。
『任務の壱 高利貸しから借金の証文を盗み出せ!』
そんな音声が聞こえてきたと同時に、くノ一が塀に囲まれた日本屋敷の前に辿り着く。
すると、それを上空から見下ろしていた俺の視界が切り替わり、くノ一から見る視界となった。プレイヤーとして、くノ一キヨコに乗り移った形だ。
「よし、それじゃあステルスアクションゲーム、ミッションワンだ。おっと、声はひそめなければいけないか」
『大丈夫ですよ、ヨシムネ様。オプションで配信用に、声を出しても人に気づかれないよう設定してあります』
「お、ありがとうヒスイさん。やっぱ思考読み取りでのやりとりより、声に出して会話したいからな」
『いつもの声と違うけどな』『この女忍者、格好エロくないな』『くノ一はエロくてなんぼなのに』『ヨシちゃんの配信チャンネルは健全なチャンネルです!』『健全だからこそ可愛い格好をだな……』
俺は、暗色の忍び装束に身を包んだキヨコの身体で腕を組むと、視聴者に向けて言った。
「ステルスゲームだっつってんだろ! 闇夜に忍ぶんだよ! お色気バトルアクションじゃねえ!」
そんなぐだぐだな会話と共に、俺の忍者なりきりプレイが始まるのであった。