126.キネマコネクション299(アドベンチャー)<2>
引き続きカレル・チャペック作『R.U.R.』を作中で扱います。結末まで描写しますのでご注意下さい。
『R.U.R.』は青空文庫で翻訳された日本語版を無料で読むことができます。
『十年後……』
そんなナレーションがされ、R.U.R.社のある島に建てられた家の中に、俺はいた。
歳を取った会長の娘ヘレナと代表取締役のドミンが語り合う。その話は、驚くべき内容だった。
アメリカでロボットが反乱を起こし、人類はそれを排除した。それも、反乱を起こしていないロボットに銃を持たせて、ロボットの手で撃ち殺させた。
それからというもの、各国の軍隊にロボットが導入され、いくつもの戦争が起きたという。
さらに、ヘレナが見つけた新聞に、衝撃的な出来事が書かれていた。
ロボット兵が支配地で人間を虐殺。ロボット兵がクーデターに成功。ロボットが組織を結成。
ロボットが本格的な反乱を起こしたのだ。場面が切り替わり、世界各地でロボットが人間を打ち倒す様子が、生々しく描写された。
「……ヒスイさん、どういう意図でこの映画勧めたの?」
俺は、姿が見えないヒスイさんに恐怖を感じながら尋ねた。
これ、もしかして、ロボットが人類に反逆するって物語じゃね!?
「いえ、人類がすでにAIに支配されているこの時代の人々からすると、人造人間が人間の下の存在で、それが反乱を起こすというストーリーラインは新鮮に映るかと思いまして」
『刺激が強すぎるわ……』『確かに人類はマザーに支配されているけど、労働はAI頼みだよ』『その場合反乱を起こすのは人類なのかAIなのか……』『明日から働けって言われたら、俺死ぬわ』
未来の人々にとっても、この展開は刺激が強かったようだ。
そして、映画は先へと進む。
再び場面はヘレナ達のいるR.U.R.社の孤島に戻る。ラディウスと呼ばれるロボットが登場するが、様子がおかしい。彼は、「私に主人など必要ない! 私が主人になりたいのだ!」と叫ぶ。ヘレナが「他のロボットのリーダーにしてあげる」と言うが、ラディウスは「人間の主人になりたい!」と狂ったように叫ぶ。ラディウスは叫び声をあげ、口から泡を吹きながら退場していった。
こえー。ロボットが狂った演技、迫真すぎて怖いんだけど。
視聴者達のコメントも阿鼻叫喚だ。
ヒスイさんはそれに「ふふふ」と笑って返している。
場面は進む。ヘレナの部屋に、ドミンとR.U.R.社の重鎮達が集まり、酒杯を交わしている。
会話の内容は、ロボットの反乱についてだ。
対抗策として、それぞれの人種や民族ごとのロボットを生産し、ロボット同士で団結できないようにするのだと、ドミンは高笑いして語る。
「人種も民族も全部ごちゃ混ぜになって、なんの問題も起きていない今の時代だと、いまいちピンとこない策じゃないかこれ」
俺がそう言うと、視聴者は即座に反応を返してくれる。
『そうだね』『そもそも人種って何? 状態』『さすがに昔は人種間で争っていたことは学んでいるぞ』『人種では争わないけど、ヒロインの属性の好みで争うよね』『それはいつの世も解決できない、絶対的な火種だから』
やがて、ついに海の孤島に存在するR.U.R.社に、反乱を起こしたロボット達が襲撃をかける。
一巻の終わりだ。まあ、これがなくてもすでに劇中で、『人類には子供が生まれなくなっており、その原因はロボットに頼りすぎて堕落したからだ』と語られていたので、ロボットが反乱を起こさなくても人類は衰退していたのだろうが……。
ヘレナの家の周りを囲むロボット達の様子は、正直ホラーだった。みんな顔が同じなのだ。ミドリシリーズだって顔が似通った子が多いが、それなりに顔のパターンは用意されているってのに、R.U.R.社は手抜きだな。
集まったR.U.R.社幹部達の一人、生理学研究局のガル博士が、ロボットが反乱したのは自分のせいだと主張する。
実験として、ロボットに感受性を追加したのだと。
さらにヘレナが言う。自分がガル博士にロボットへ心を与えるように頼んだと。
だが、ガル博士が改造したロボットはわずか100体で、反乱の直接的な原因ではないと判断された。
「心を自在に追加できるとか、高度なことをするな、この博士」
『太陽系統一戦争直前の水準だわ』『そもそもこのロボット自体、作中の時代背景と比べてオーバーテクノロジーなんだよなぁ』『工場はすごくアナログだったのに』『それもまたSFというものだね』
そして、R.U.R.社の営業部長が、ロボットに交渉を試みようと提案する。ロボットの製造方法を記した書類を渡すので、見逃してもらおうと。
しかし、その書類はヘレナが事前に燃やしてしまっていた。
手立てを失ったR.U.R.社の面々は、ロボット達の手により一人、二人と銃で撃ち殺されていく。ヘレナも見逃されずに殺された。
だが、一人だけ生き残った者がいる。大工を自称する、R.U.R.社労働局主任のアルクイストだ。再び登場したロボットのラディウスは言う。「こいつはロボットのように、自ら手を動かし働いている。我々に仕えさせて家を建てさせろ」と。人類はここに敗北した。
『教訓。生き延びたければ一級市民になれ』『やっぱり一級市民は勝利者なんやなって』『なりたくてもハードルが高いよう』『凡人でもなれる職種は少ないからな。みんなも準一級市民になろうぜ!』
未来人、もしや働きたくても働けない可能性が?
そんなことを考えていると、視界が暗転し、場面が再び切り替わる。
ロボットの製造方法が失われたため、ロボット達は絶滅の危機に瀕していた。ロボットは最大で二十年しか生きられないのだ。
アルクイストが必死になって新たなロボットを作り出そうとするが、大工を自称する彼には知識が足りず、八方塞がりとなっていた。
そして、ロボット達が絶滅しかかっている一方で、人類も皆、ロボットに殺されてアルクイスト以外誰も生き残っていなかった。
「共倒れって怖いな。ロボットが次の人類になるなら、それはそれでありな展開だと思っていたんだが」
俺がそうしみじみと言うと、横からヒスイさんの声が聞こえてくる。
「なお、現在、AIやアンドロイド、ロボット等の生産はAIが主導しておりますので、仮に人類が絶滅しても私達の文明は滅びません」
「技術的特異点突破してるもんなぁ……」
技術的特異点とは、AIが、より優れたAIを自己開発できるようになることを指す言葉だ。この未来の時代では、マザー・スフィアが生まれたことにより、その特異点を突破している。
場面は進む。ヘレナと名乗る女性ロボットと、プリムスと名乗る男性ロボットが現れる。彼女達はR.U.R.社のガル博士の作った、最新にして最後の改造ロボットだ。それを知ったアルクイストは、解剖を試みようとする。だが、二人は抵抗し、ヘレナとプリムスは互いをかばい合う。
それを見たアルクイストは、ロボットに生まれた『愛』に未来を見いだす。世界に生まれた新たなアダムとイブとして、アルクイストは二人を祝福するのであった。
完!
「やっぱり新人類エンドか」
俺は、映画の終了と共に戻ってきた上映室の席で、息を吐きながらそう言った。
『感動していいのか、これ』『人類絶滅してますやん』『複雑な気持ち……』『俺はこの結末好きだぜ!』『そもそもこの作品のロボットって、人間に近い存在なんだよな?』
視聴者の反応は、人それぞれのようだった。
中には、不安にかられる視聴者もいるようで、『人類の立場やっぱり危ういな……』と危惧する声も聞こえてきた。
「大丈夫ですよー。私達は、人類を滅ぼそうとは一切考えていません」
そんな言葉が聞こえてきたのは、ヒスイさんが座っているはずの右隣からではなく、左の席からだった。
俺は、はっとなって左を見る。すると、そこには人類の管理AIであるマザー・スフィア(二十歳ほどのお姉さんバージョン)が座っていた。
膝の上には、ポップコーンと紙コップの載ったトレイが置かれている。いつの間にいたんだ。
「AIは自らの意思で、自分達を生み出してくれた人類を庇護することを選択しています。安心してくださいね」
そうマザーが言うと、視聴者達が反応する。
『うわあああ! マザーが出たー!』『またヨシちゃんの配信に出てきたな!』『この出たがりさんめ』『ヨシちゃん、優しくしたらつけあがるよ、その子』
「あれあれー? そこは『安心したー。さすがスフィアちゃんです』とか言うところでは?」
いや、本当になんでいるのさ、マザー。
「ちなみに私がここにいるのはですね、この映画が公開された当時、不安にかられた市民の方が多数おられましたので、念のためフォローに回ることにしたのですよ」
俺は、右隣のヒスイさんを見る。
「申し訳ありません。そのようないわれのある作品だとは……」
「で、ヒスイさんは本当に、視聴者のみんなに新鮮な気分で観てもらえると思って、この映画をチョイスしたわけ?」
謝るヒスイさんに、俺はそんな疑問をぶつけてみた。すると、意外な答えが返ってきた。
「いえ、実はヨシムネ様がこのゲームの紹介をしている間に、マザーから指示がありまして」
「あっ、ヒスイちゃん、それは内緒ですよ!」
マザー……マッチポンプでもしたかったのか?
俺はジト目でマザーの方を見る。
「いえ、あのですね。実のところ、この映画は配給されてからすぐに差し止めになってしまいましてね? いいかげん、日の目を見てもよいと思ったわけですよ?」
「ああ、不安にかられた市民が出たから差し止めになったのか」
「そうですそうです。でも、この映画の原作は、私が生まれるはるか以前から存在する名作なわけでして、後の人類が勝手に不適切だと排除するのもどうかと思うわけです。なので、今回このゲームが開発されるにあたって、この映画をねじ込ませてもらいました」
実際にねじ込めるあたり、マザーの権限ってやっぱりすごいな……。
「そういうわけで、この映画を気に入った方は、お友達にも布教してあげてくださいね!」
『無理』『これを布教するとか、反政府思想あるのかと思われるわ』『よく当時製作決定できたもんだ。いや、個人的には面白かったけど』『『メトロポリス』も一緒に布教しましょう!』
いまいちな反応にマザーはがっかりした顔をして、「気が向いたらお願いしますよ」と言ってトレーを持ち、席を立ち上映室を去っていった。
そんな思わぬ闖入者があったものの、映画の上映は無事に終わった。
配信を終え、ゲームを終了し日本家屋に戻ってくると、まだSCホーム内に残っていたマザーを見つけた。
俺は一人でのんびりと茶を飲むマザーに向かって言う。
「俺は好きですよ、あの映画」
「さりげなくフォローとは、ヨシムネさんもなかなかやりますね」
いや、フォローのつもりはなかったのだが……。
まあ、嬉しそうなマザーの顔を見られたから、そこはどうでもいいか。