124.メタルオリンピア300(スポーツ)<2>
タイトルからメニュー画面に移行すると、様々な競技名が陸上、水泳、球技などの種目別にずらりと並んだ。
ふむふむ、21世紀で見覚えのある競技もあれば、まったく知らない競技もあるな。
そして、安定のキャラクター作成機能がある。
だが、今回キャラ作成はしない。
「このゲームは、なんと実在のプロアンドロイドスポーツ選手を実際に操作できるんだ。だから、今回は俺に縁のある、ミドリシリーズのオリーブさんを使っていこうと思う」
画面の向こうの視聴者を想定して説明する。
俺のリアルのボディもミドリシリーズだから、オリーブさんを使用するのは、おそらく操作上の違和感も少ないだろう。
「さて、まずは肩慣らしというか、チュートリアル的な競技からやっていきたいけれど、ヒスイさん、お勧めの競技は?」
今回の契約では、発売前のこのゲームを他者にプレイさせてはならないとあるが、ヒスイさんは配信メンバーの一人であるため、この他者にはあたらない。
なので、多分すでにテストプレイ済みのヒスイさんに、俺は尋ねたのだ。
「そうですね。重量投げからやって、このゲームの独特の仕様に慣れましょうか」
「重量投げ! 字面が強烈すぎる!」
ヒスイさんは俺の横からメニュー画面に手を伸ばし、陸上種目から重量投げを選択した。
すると、場面が切り替わり、多数のNPCが行き交う公園のような場所に出た。
「ん? ヒスイさん、ここは?」
「選手村の運動公園です。出場可能な選手が配置されていますので、操作したい選手に話しかけてください。もちろん、そのような手間をかけたくない場合は、選択画面からも選手を選べますが」
「この広い場所で、オリーブさん一人を探すのは時間がかかりそうだな……でも、せっかくなので探すか」
俺は運動公園を三分ほどうろうろと歩き回る。すると、オリーブさんは木陰で複数の選手達と談笑していた。判りやすいよう、頭上に『オリーブ(ニホンタナカインダストリ)』と名前が表示されている。名前の表示は、他の選手達も同様だ。
「これに話しかけるの、難易度高くない?」
「高度なAIは使われていないのですから、気にせず選択してください」
ヒスイさんに突き放されたので、俺はオリーブさんに近づき、言葉を投げかける。
「オリーブさん、君に決めた!」
『おっ、私の出番か? じゃあ、いっちょやるか!』
似てるなぁ。本人そのものだ。そう思っていると、目の前にオリーブさんのプロフィールが書かれた画面が開いた。
なになに? 得意競技は銀河アスレチックね。そういえばニホンタナカインダストリのタナカ室長が、この競技用にオリーブさんのAIを設計したとか言っていたな。
プロフィールの一番下に『オリーブ選手を選択しますか?』との確認画面があったので、『はい』を選ぶ。
すると、突然俺の身体が光り、輪郭が消えていく。そして、光の塊となった俺は、オリーブさんの身体に吸い込まれるようにして同化した。
そして、視界が切り替わり、タイトル画面と同じ陸上競技場に俺は立っていた。
「……ん、オリーブさんになったのかな?」
確認するように言葉に出すと、いつもと違う声になっていた。同じミドリシリーズでも、オリーブさんの声は工場出荷状態のデフォルト設定じゃないので、俺やヒスイさんの声とはだいぶ違う。
ちなみに、最初はデフォルト状態だった俺とヒスイさんの声も、視聴者が混乱しないよう少し声質を変えている。
さて、オリーブさんの憑依した身体の調子は……身長は俺とオリーブさんで共通なので、不調は感じられない。
「頭がなんだか軽い気がするな。髪型がいつもと違うからか」
普段の俺は肩甲骨まで届く長髪だが、オリーブさんの髪型はミディアムショートだ。ちなみに彼女の髪色は、名前そのままのオリーブグリーン。黒髪が多いミドリシリーズでは、珍しい髪色だな。
「意識すれば、主観視点から第三者視点に切り替えることができますよ」
ヒスイさんにそう言われたので、俺は視点が切り替わるよう意識した。
すると、ぴっちりとしたスポーツウェアに身を包んでいる、いつもの髪型をしたオリーブさんの様子が、少し離れた斜め上の位置から見てとれた。自分の腕を上げてみると、視界の中のオリーブさんが腕を上げる。
うっ、この操作感覚は慣れないな。よくもまあ、ヒスイさんはこれと同じことができるスキルを『Stella』で使っていられるな。
俺は元の視点に戻し、競技を開始することにした。
すると、競技場のトラックに書かれた白線が消え、新たな白線が描かれていく。
すごいな。床の模様が自在に変わるのか。AR表示的な白線なのか、実際に白線が書かれているのかは判らないが。
『第一投!』
そんなコールがされ、俺は視界に表示される案内に従って、白線で描かれた広い円の中に入る。
その円の中心には、巨大なバーベルが鎮座していた。……これ投げんの? まさしく重量挙げで使いそうなくらい、でかいバーベルなんだけど。
俺が躊躇していると、何やら競技場の観客席にいるNPC達が盛り上がっていき、オリーブコールがされ始めた。
『オリーブ! オリーブ! オリーブ! オリーブ!』
「なにこれ!?」
「客席のNPC一人一人に簡易なAIが割り振られており、状況によって様々な反応を示すようです」
「まだ第一投すらしていないんだけど……」
「オリーブは以前、メタルオリンピアの重量投げで好成績を残していますから、期待が高まっているのでしょう」
すげーな、オリーブさん。球技に銀河アスレチックにパワー競技まで、幅広く成果を出しているのか。
「さて、これを投げるわけだけど、投げ方が解らんぞ」
砲丸とかじゃなくて、どうみてもバーベルなんだよなぁ。正直、投げるのに向いていない形状だろ。
「競技を始めることを意識してみてください。システムアシストとは異なる運動プログラムという仕組みが働くはずです」
ふむふむ……。どれ、投げてやるか。
と、おお……!
「頭の中に、どう動けばいいか流れ込んでくる……!」
俺はその知識のような何かに従い、バーベルをつかんだ。すると、次にどう身体を動かしてよいかが、頭で理解できた。
そして、俺は勢いに任せたまま、バーベルを前方に向かってぶん投げた。知識に従って身体を動かしたら、その通りに身体が動いた。なにこれ、新感覚。
『117メートル!』
すごい音を立ててバーベルが競技場の地面に落ち、電光掲示板らしきパネルに記録が表示された。観客席から大きな歓声が飛んでくる。
「はー、すごいな。これが運動プログラムってやつか」
「はい。現実世界でのアンドロイドやサイボーグに搭載される、スポーツのためのプログラムです。アンドロイドスポーツは、機体の性能を競うだけでなく、この運動プログラムの出来を競う側面もあります。さらに、二級市民の配給クレジットでできる範囲で身体改造を行なうサイボーグスポーツになると、個人ごとの性能差はほぼなくなるので、運動プログラムの優劣競争が主流になってきます」
「プロの選手が使っている機能かぁ」
「もちろん、ゲームで使われているのはゲーム開発者が作った再現プログラムであり、本物のプロスポーツ用の運動プログラムではありません」
「ああ、選手とアンドロイド製作所にとっては飯の種だもんな。いくらゲーム化されるからって、プログラムを提供はしないか」
ミドリシリーズ一体で結構なお値段するが、運動プログラムも開発費用がすごいんだろうな。ITには詳しくないので、どれくらいの開発規模かまったく想像つかないが。
と、俺以外の選手が全員バーベルを投げ終わったようなので、俺の番が再び回ってきた。二投目だ。
『126メートル!』
よしよし、めっちゃ伸びたな。コツがつかめてきたぞ。
「うん、これは、システムアシストのアシスト動作とはまた違った仕組みだな。アシスト動作が人を超えた動きを可能とするなら、運動プログラムは人の限界に近づいた動きを可能とする感じだ」
「ソウルコネクト内ではなく、現実世界で使うためのプログラムですからね。アシスト動作のように、物理法則を無視した動きはできません」
アシスト動作って、中には瞬間移動じみた動きがあったりするからなぁ。2D格ゲーのコマンド技みたいなものだ。そりゃリアルで使用できないわ。
その後、三投まで競技は続いたが、俺が三投目で叩き出した129メートルが最高記録となり、俺はなんと金メダルを獲得することとなった。
ヒスイさん曰く、今回はゲームの紹介がメインなので、難易度はイージーモードらしい。
どうしたヒスイさん。今日は生ぬるくないか?
「ではヨシムネ様、次の競技はいかがなさいますか?」
表彰台で金メダルを貰って帰ってきた俺に、ヒスイさんが言う。
うーん、次か。そうだな……。
「水泳で」
「水泳ですね。では、4000メートル自由形で」
ヒスイさんが手元のウィンドウをいじると、視界が切り替わり、やけに縦に長いプールに移動していた。
というかヒスイさん、今4000メートルとか言わなかった?
「ちなみに、アンドロイドの中には比重の問題で水に浮くことができない個体がいます。そのため、選択した選手によっては水泳競技に出場できません」
俺の困惑を置き去りにして、ヒスイさんがそんな説明をしてくる。
とりあえず、プールのでかさと競技の距離の長さは脇に置くことにして、俺は口を開く。
「まあ、本来競技大会ってそれぞれ専門の選手がやるものだからな。ところで、足ヒレパーツがデフォで着いていて圧倒的に速い、みたいな相手はいたりする? いたら勝てそうにないんだけど」
「アンドロイドスポーツに出場できるアンドロイドの身体的特徴は厳しく制限されており、大雑把に言いますと人間を模していなければなりません」
へー。知らんかったわ。
「ですので、足ヒレのあるアンドロイドは人間の特徴を逸脱していると判断されるので、アンドロイドスポーツにはエントリーできません。もちろん、足ヒレがついたアンドロイドが、現実に存在しないという訳ではありません。海水浴場の監視員として、より泳ぎと救助に特化した形状のアンドロイドやロボットが配属されていることもあります」
「なるほどなー。ところで、オリーブさんは水泳に出場できるわけ?」
「オリーブはニホンタナカインダストリの業務用ガイノイドである、ミドリシリーズの一員です。業務用とは、あらゆる環境で作業が行なえることを意味しており、当然泳ぎも得意です」
「あの大きさの鉄塊をぶん投げられる身体強度なのに水に浮くとか、一体どうなっとるんだ」
骨格を金属とかで作っていたら普通は沈むよな……。
同じミドリシリーズの俺だって、リアルで10トンのバーベルを持ち上げられたんだぞ。それが、水に浮く軽さとか、よく考えるとすごすぎるぞ。
「21世紀とは材料技術の水準が根本的に異なりますので」
「600年の技術差すげぇ」
とりあえず引き続きオリーブさんを使うということで、俺は今の自分の格好を確認した。うむ、競泳水着だ。21世紀とあんまりデザインは変わらないんだな。
速さを求めるなら、全身タイツ型の水着にして水の抵抗の少ない素材を使えばいいのだろうが、21世紀ではその方向性は紆余曲折あって無効となっていた。そこは未来でも同じようだ。あくまで服ではなくアンドロイドの性能で競い合うようだな。
「んじゃ、4000メートル泳いできますか。ヒスイさん、このプール、縦何メートルあるの?」
「200メートルですね。ですので、10往復です。頑張ってください」
そうして俺は運動プログラムに従うまま、全力で泳ぎ切った。
結果は4位。メダルならずだ。
「うーん、惜しい」
「初めてですし、仕方ないですよ」
「いやー、それよりも、泳いでいて自分の速さにびびったんだけど」
「リプレイ見ます?」
「うん、見る見る」
すると、第三者視点から見るアンドロイド達が泳ぐ様子は……なんというか、生身の人間が全力疾走するくらいの速度が出ている気がした。
こえー。アンドロイドこえー。
人間は、もう絶対にアンドロイド様に逆らってはいけないのでは? 生身が残るサイボーグは、ここまでのスペックは出せないだろうよ。
「さて、次の競技に行ってみましょうか」
その後、俺は1000メートル走を全力疾走したり、ボクシングで相手の鼻パーツをぶっ潰したり、槍を投げて遠くの的に当てる競技でわざと観客席に向けて投擲し、エナジーバリアで防がれたりした。
「ヨシムネ様が『死ねぇ!』と言いだしたときは、オリーブに何か悪い影響を受けたのではと思いましたよ」
「オリーブさんのボディになったからには、一度言ってみたかった」
「オリーブは死ねとよく言いますが、AIなので人間に危害は与えませんよ。念のために言っておきます」
槍当て競技での一幕である。
そして、競技の結果は、メダルを獲得したり、しなかったりと様々。
イージーモードだが、そこそこ歯ごたえがある感じだな。俺が運動プログラム初体験ということもあるだろうが。
「ヨシムネ様、そろそろ終わりの時間です」
「ああ、夢中になっていたけど、もうそんな時間か」
俺は今やっている競技を最後まで終わらせ、撮影の締めに入ることにした。
タイトル画面に戻り、オリーブさんのボディから脱していつもの姿に戻る。
「VRでのスポーツゲームは初めてだったけど、面白かった! いや、宣伝動画だけど、これは本心からの言葉だぞ」
「ヨシムネ様の楽しむ表情を見ていれば、それを疑う人はいないでしょうね」
「あれ、そんなに顔に出てた?」
「はい、とても」
ヒスイさん、なんでそんなに面白そうな顔で言うかな!
まあ、いいか。意識をゲーム内容に戻した俺は、言葉を続ける。
「総評としては、大変よくできました、だ。スポーツの秋、楽しませてもらったぞ。視聴者のみんなも、アンドロイド達の気分を味わってみたいなら、ぜひプレイしてみてくれ。……まだ発売していないけど!」
「発売日は宇宙暦299年10月20日となっております」
後から配信を見た人にも優しい、年月日のフォローありがとうヒスイさん!
20日を過ぎた後に見て、まだ発売していないんだ、とか思われたら困るところだった。
「以上、リアルのメタルオリンピアにも興味が出てきた、21世紀おじさん少女のヨシムネでした!」
「本物のオリーブにも、頑張ってもらわないといけないですね。助手のヒスイでした」
こうして無事に、宣伝動画の撮影が終わった。
その日のうちにヒスイさんは動画の編集を行ない、開発メーカーの宣伝部に動画を渡した。
OKが出たのは翌日のことで、早速、動画の配信を行なう。
すると、反応は上々で、オリーブさんの魅力に気づけたなんていうコメントも、複数ついていた。見た目はオリーブさんでも、中身は俺なんだがな。
今後も企業の宣伝依頼を受けるのか、との質問が来たので、これには知り合いの紹介以外は受けない方向で行く、と答えておく。
依頼ばかりになって、好きなゲームを自由に配信できなくなると困るからだ。
さて、今回の配信も好評だったし、依頼のおかげで臨時収入が入ったので、祝いに寿司でも食べに行こうかな。