122.Stella 大規模レイド編<9>
今回、著作権の切れている歌の歌詞を掲載しています。
十分ほど艦上での要塞鯨との戦いが続いた。要塞鯨は幾度となく艦に体当たりをしてきたが、俺がまた艦の外に放り出されることはなかった。
「よーし、だいぶ弱ってきたぞ!」
よく通るギルドマスターの声が、こちらまで聞こえてきた。
「拘束杭、発射用意!」
ギルドマスターがそう宣言すると、砂上軍艦の船首から巨大な杭が姿を見せた。
いや、杭というか銛だな、ありゃ。一度刺さったら抜けないように、エグい形の返しがついている。
「撃てー!」
号令と共に杭が発射され、要塞鯨の横っ腹に命中し深く食い込んだ。杭の後ろにはどでかい鎖がついており、砂上軍艦とつながっている。
さらに、他の四隻の軍艦からも杭が発射され、要塞鯨は砂の上で動きを止めた。要塞鯨は激しく抵抗するも、五本の鎖で引っ張られ、その動きは完全に拘束された。
「よし、全弾命中! さあ、勇敢な狩人達よ、ここからが勝負どころだ! 艦を降りて総攻撃せよ!」
ギルドマスターが号令を出すと、BGMが派手なメロディへと切り替わり、視界に砂上軍艦の昇降口に向かう道順が表示された。
俺とヒスイさんは、はぐれないよう迷子紐でつながりながら、軍艦を降り、砂の上に足を踏み入れる。
砂の上で、五つの杭に縫い止められた巨大な鯨が暴れている。俺は長弓をしまい短弓を取りだし、要塞鯨のそばへ行くために走り出す。確実に当てられる状況ならば、用意した武器の攻撃力の関係で、短弓の方が強いのだ。
ただ、当てるにはできるだけ近づく必要がある。危険だが、男は度胸。女は行動力。接近して矢を撃ちまくってやる!
「うおー!」
要塞鯨に向かって全力で駆ける。その間も横ではヒスイさんが迷子紐を握っている。
格好いいBGMが流れているのに、どうにも締まらない光景である。
しかし、なんだな。
「なんつーか、『英雄の証』がBGMとして流れそうな光景だな……!」
「『英雄の証』ですか?」
隣を走るヒスイさんが、俺のつぶやきに聞き返してくる。
「21世紀の有名な巨大モンスター狩猟ゲームのメインテーマだ」
『出たー! ヨシちゃんの視聴者置いてきぼり古典トーク!』『知らない曲だ……』『今かかっている曲もかっこええよ』『このゲーム、音楽のクオリティ高いからな』
そんな視聴者のコメントを聞きながら走っていると、俺達二人に近づく者がいた。閣下とラットリーさんだ。やっと合流できたか。
「ヨシムネ! ようやく一緒に戦えるのじゃ!」
「おう、支援は任せろ!」
俺が閣下に向けてそう言うと、それにラットリーさんが待ったをかけた。
「私、ヒーラー兼バッファーのビルドなんです。お仕事取らないでくださいよー」
ヒーラーとは仲間を回復する役のことで、バッファーとは仲間を強化する役のことだ。そうか、完全支援ビルドなんだな。
だが、俺だって負けていないぞ!
「ふっふっふ、作りたてのヒーラー兼バッファーにできるのはPTメンバーの支援のみ。だが俺は、レイド参加者全体に支援をかけるぞ! 行くぞ、ヒスイさん。聖歌だ!」
俺がそう号令をかけると、ヒスイさんはインベントリに武器をしまい、代わりに楽器のトランペットを取りだした。
「みんな聞いてくれ! 『Amazing Grace』!」
ヒスイさんが演奏スキルを使ってトランペットを吹き始めると、それに応じるようにBGMの音量が小さくなった。
そして、演奏に合わせ俺は高らかに歌い出す。
「Amazing grace how sweet the sound. That saved a wretch like me!」
『うわー、聖歌スキルだー!』『なんぞそれ』『聞こえている範囲全体に強力な補助効果をばらまくスキル』『何それ強そう』『強いけど、歌っている間は他の事ができないから、めっちゃ無防備になる』『なんだってー!』『参加者のみんなー! ヨシちゃんを守れー!』
すると、いかにも盾職ですといった感じの鎧姿のPCが複数やってきて、俺の周囲を固める。
歌っている最中でお礼が言えないので、俺は片手を上げて謝意を表わした。
「ほう、聖歌とか久しぶりに聞いたの」
閣下が感心したようにそう言った。
聖歌スキルの中には、リアルに存在する聖歌を歌う技もある。プレイヤーにはあまり好まれていないようだが、俺はこの『Amazing Grace』のメロディが好きなので、秘かに練習を重ねてきたのだ。
そして、ヒスイさんがしているように、楽器による演奏があると相乗効果でさらに聖歌スキルの効果が上がる。
それを知っているプレイヤーが他にも多数いたのか、楽器を取りだし演奏に合わせる者達が出始めた。
さらに他に聖歌スキル持ちがいたようで、俺に合わせるように歌声を戦場に響かせた。
『まさかレイド戦でヨシちゃんの歌を聴けるとは』『閣下は歌わんの?』『聖歌スキルまだ持っていないだろうから……』『見ろ、悔しがっておる』『今度別の配信でお歌を聴かせてね!』
そんな視聴者達のコメントが文字に切り替わって流れる中、合奏、合唱の効果でぐんぐんと周囲のPC達のステータスが上昇していく。
やがて、歌が終わり、余韻を残して演奏も終了する。
すると、次の瞬間、神々しいエフェクトが戦場にいる全てのPCを包み込んだ。
聖歌スキルは歌唱中に周囲のPCへ補助効果がかかるが、真骨頂は歌い終わった後にある。歌唱中と比べて何倍ものステータス上昇効果が、歌を聴いた全PCにかかったのだ。
「よーし、突撃だー!」
BGMの音量が元に戻ったのを皮切りに、俺達は要塞鯨にさらなる攻撃を仕掛けた。
矢が飛び、攻撃魔法が炸裂し、刃が表皮を削り、傷ついた仲間を聖魔法が癒す。
俺もヒスイさんも、そして閣下も懸命になって攻撃を繰り出し続ける。
そんな中、突如ギルドマスターの声が周囲に響いた。
「要塞鯨が砂のブレスを撃つぞ! 奴の正面から逃げろ!」
正面って……今、俺達がいるところじゃん!
俺達は必死になってその場から逃げ出す。
要塞鯨は大きく息を吸い込み続け、やがて息を吐こうかとした瞬間。大きな炸裂音と共に、要塞鯨の口が上を向いた。
そして、ブレスは正面でなく空に向かって吐き出された。
「な、なんじゃ!?」
閣下が驚きの声をあげるが、俺も驚いた。
あれは、要塞鯨の規定の動きではなく、何かに吹き飛ばされたような感じだった。そもそも拘束杭があるから、要塞鯨は上を向きたくても向けない状況にあったのだ。
『チャンプがやりおった!』『む?』『なに?』『チャンプがスーパーアーツで、要塞鯨の下あごを殴り飛ばした!』『ヒュー!』『あのでかいの殴り飛ばせるんか』『きっとロマン砲の類を撃ったんだろうな』
ああ、チャンプ、要塞鯨戦やったことあるって言っていたから、敵がブレスを撃つタイミングをうかがっていたんだろうなぁ。
そして、ブレスを空に放った後の要塞鯨は、なにやらぐったりとしている。
おそらく、大技を放った後は隙ができるという仕様なのだろう。攻撃チャンスだ!
「よーし、俺もスーパーアーツだ!」
「では、私も」
気合いを入れて弓に矢をつがえたところ、ヒスイさんも要塞鯨に肉薄して大剣を大上段に構えた。
そして、一気に決め技を放つ。
「【ミリオンスター】!」
一本の矢を放つと、それを追従するように魔力の矢が無数に出現して、最初の矢を追うように飛んでいく。それはさながら、ほうき星のようであった。
矢の彗星は、要塞鯨の眉間に深々と突き刺さる。
さらに、ヒスイさんが溜めに溜めた力で、大剣を真っ直ぐに振り下ろした。
他のPC達も思い思いの技や術を放ち、派手な攻撃エフェクトが要塞鯨の周囲に舞った。
「ああ、ずるいのじゃ。私はそのすごい技、まだ何も覚えておらぬ!」
「あらー、閣下はまだそこまでしか育ってないんですかー? 私も聖魔法のスーパースペル行きますよー!」
ラットリーさんは閣下をあおるように言うと、聖魔法のスーパースペル、【ヘブンズメロディ】を発動した。
これは、広範囲のPCにHP自動回復、MP自動回復、スタミナ自動回復の効果を与える術だ。スーパーアーツやスーパースペルを使って消耗していたPC達は、これで即座に万全の状態へ戻れるだろう。
「ぐぬぬ、ラットリー、そなた、いつの間に」
「お仕事しながらでもマルチタスクでゲームに接続できるのが、私達アンドロイドの強みですからー」
ああ、それ、ヒスイさんもよくやっているやつだ。でも、スーパースペルって生半可なスキルの習熟度では習得クエストを受けられないのだが、どれだけ廃プレイしたんだ……。
スーパーアーツとスーパースペルは一人三つまで習得できるが、まさか三枠全部埋まっているとは言わないよな? 言いそうだなぁ。
と、そんなことがありつつも、俺達は要塞鯨を数の暴力でタコ殴りにしていった。
そして、要塞鯨はとうとう、切ない断末魔の叫びをあげて動かなくなった。
「よっしゃー! 俺達の勝利だー!」
「勝ったのじゃ!」
そう宣言すると、参加者達は一斉に勝ちどきをあげたのであった。
◆◇◆◇◆
「これが今回のあんたたちの取り分だ!」
インスタンスエリアの軍港にて、ギルドマスターがそう言って俺達の前に運んできたのは、とにかく巨大な肉塊と、要塞鯨の皮、搾り取った鯨油に、これまた大量の宝石だった。宝石は胃の中から出てきたらしい。砂肝みたいなことでもしているのか?
「はー、どうすんだこれ?」
俺は、肉塊の前で頭を抱えた。すると、ギルドマスターが呆れたように言った。
「あんたユニオンリーダーだろう? メニューのユニオンの項目で報酬の分配ができるから、もめないように分けな。肉も自動で適切なサイズに分割されるよ」
「おお、そんな機能が」
俺は、早速、分配機能を使って、2315人のPC達が平等な扱いになるよう報酬を振り分けた。
『報酬がインベントリの搭載可能重量を超過しています。報酬は自動で倉庫に送られます』
お、おう。鯨肉があまりにも多すぎたせいで持ちきれず、PCが一人一つ持てる倉庫の中へ自動で送られることになったようだ。初めて聞いたぞ、こんなシステム音声。
「今回はいい仕事ができたよ。また何かあったら、紹介状を持って狩人ギルドに来な」
ギルドマスターがそう言うと、レイドクエストがクリア状態になった。そして、インスタンスエリアから放り出され、俺達は町へと転送された。
「よし、今回のレイドは大成功だったな!」
「うむ、一度も死なずにすんだのじゃ」
クエストも終わったので、俺と閣下はライブ配信の進行に戻る。
三分ほど今回の感想を言い合い、ころあいと見て最後の締めにかかることにした。
「以上、また機会があれば、みんなで集まって何かしたいと考えている、21世紀おじさん少女のヨシムネでした!」
「グリーンウッド家のウィリアムがお届けしたのじゃ!」
いつもの台詞で締めると、ラットリーさんがサムズアップして配信の終了を知らせてきた。
そして、俺は周囲にいる参加者達に向かって言った。
「今日は参加してくれてありがとうな! 先ほども言ったけど、また何かすることもあるかもしれないから、今後もよろしく! 以上、解散だ!」
そうして参加者達は町を去ったりログアウトしたりで、少しずつ減っていく。
俺達も今日の用事は全て終わり……ではないのだよな。
「よし、ヨシムネ、次に行くのじゃ!」
「ああ、待って、チャンプが来るのを待て」
しばらく俺、閣下、ヒスイさん、ラットリーさんの四人でその場に待機していると、クランメンバーと別れたチャンプが一人で俺達のもとへとやってきた。
「お待たせしました。では、向かいましょうか」
「うむ!」
そうして俺達はまず倉庫施設に向かい、先ほどのクエスト報酬の鯨肉を適量取りだして、インベントリの中に改めてしまう。
倉庫は各町に存在しており、どこからアクセスしても同じ倉庫を使うことができる。つまり、今ファルシオンに向かったとして、そこにある倉庫でも鯨肉が取り出せるという仕組みだ。
さて、次に向かったのは、前提クエストを受けたあの食堂だ。
食堂に入ると、今回はインスタンスエリアに入ったというアナウンスが流れなかった。
食堂の中にはお客が入っており、先日と同じ店員が料理を運んでいた。
「いらっしゃい! おや、あんた達は……」
「どうも、鯨肉食べにきたぞ」
俺がそう言うと、店員は楽しそうに笑った。
「ああ、聞いたよ! どでかい要塞鯨を大集団でボコボコにしたって!」
クエストクリアの情報が、すでにこのNPCに共有されているようだった。
インスタンスエリアではないというのに、柔軟な対応だな。
「うむ、大勝利だったのじゃ。それで、今回はその要塞鯨の肉を持ってきたでの。燻製肉にしてほしいのじゃ」
「あいよ。……うん、いい肉だね」
閣下から麻袋に入った鯨肉を渡され、店員はいい顔で答えた。
「燻製肉は持ち帰りもできるけど、どうする? ここで食べるならいい酒を安くしておくよ」
「ここで食べていくのじゃ!」
店員は肉を持って店の奥へと入る。そして、数十秒ほどすると、皿一杯の燻製肉を持ってやってきた。早いな。さすがゲーム。いや、リアルの自動調理器も早いけどな。
店員は皿を空いたテーブル席に置くと、「ほらほら、なにやっているんだい。座りな」と言って俺達に着席をうながしてきた。
そしてさらに、酒の入ったガラスのコップも運んでくる。
「これが当店自慢の酒、プルケだよ! 今回に限り、料金は後払いでいいよ」
「プルケ? 閣下、知ってる?」
俺は聞いたことのない白い酒の名に首をかしげ、閣下に尋ねてみた。
「うむ。リュウゼツランという植物のしぼり汁を発酵させて作る、醸造酒なのじゃ」
「へえ、見た感じ度数はそこまで高くないのかな」
「そうじゃな」
そうして、俺達はコップを手に取って、乾杯をすることにした。
「では、配信の成功を祝して、乾杯ー!」
俺が簡単にそう言って、皆でコップを軽く打ちつけあった。
さて、肝心の燻製肉の実食にかかろうか。
味は……なにこれ美味え。肉のうま味はもちろんのこと、嗅いだことのない燻製の風味が鼻の奥に香ってきて、味わい深い。
確か、乾燥した油サボテンで燻すとか言っていたな。肉もどでかいモンスター鯨だし、これはリアルに存在しないファンタジー料理だな。
「俺、鯨食べたの初めてですよ」
燻製肉をかじりながら、しみじみとチャンプが言う。
俺は……どうだったかな。ああ、確か一度、食べたことがあるな。
「缶詰に入っている、調理済みのやつを食べたことがあるぞ。味は覚えていないから、そこまで飛び抜けて美味しくはなかったんだろうな」
「私も鯨は初めてだのう。ヨシムネがいた21世紀と違って、私が生まれた頃はもうオーガニックな水産物は全て養殖で、旧来の漁業は廃れておったしの」
閣下も鯨は食べたことがないらしかった。
確かに、鯨なんてでかい生き物、そう簡単に養殖できるはずもないか。
そんな、リアルでは口にできない食材をいくらでも食べられるのは、VRの強みだな。
そして、本当の命を持たないゲームの中のデータでしかないので、21世紀でごちゃごちゃ言われていた面倒な事情は考慮しなくてもよいのである。
「うむ、酒にも合うのう。本当に、今回の配信は大成功じゃな!」
「閣下、ゲームの中で満足したからと言って、リアルでの食事は抜かないようにしてくださいよ?」
と、横からラットリーさんが閣下にそんな注意をした。
閣下って食いしん坊かと思っていたけど、リアルで食事を抜くとかする人なんだな。VRでの食事って、満腹中枢は刺激しないようできているから、いくら食べようとも腹がすくんだけどなぁ。まあ、閣下はガイノイドのボディを持つので、空腹程度カットできるのだろうが。
「むむむ。ゲームの中の方が、食べたことのない食事ができて楽しいのじゃ」
「料理長が聞いたら泣きますよ、それ」
「ただの業務用自動調理器ではないか! もう、あやつのレパートリーは、すべて味わいつくしたのじゃ」
メイドを雇っているような閣下の家でも、料理は自動調理器頼みなんだよな。まあ、自動調理器には時間操作機能とかがデフォでついているから、人間の料理人では効率の面でどうしても負けてしまう。
その後もラットリーさんから次々と明かされる、閣下の赤裸々な生活事情を聞きながら、俺達は燻製肉をたいらげていった。
しかし、大量に倉庫にぶちこまれたクエスト報酬の鯨肉、どう処理したものかね。全部燻製にしても食べきれる気がしないぞ。
俺は白い酒プルケを口にしながら、料理人プレイヤーが集まるクランを頭の中にリストアップしていくのだった。急募、多彩な鯨肉料理を作ってくれる凄腕料理人!