119.Stella 大規模レイド編<6>
騎乗ペットに乗って砂の道を進む。
場所が砂漠なので、今日は気分を出してラクダを用意してある。もちろん課金アイテムだ。
閣下は先日買った白馬、ヒスイさんは空飛ぶ絨毯、チャンプは象に乗っている。
「チャンプの騎乗ペットすげーな」
俺がそう言うと、チャンプは笑って言葉を返してくる。
「これ、闘技皇帝専用の戦象です。そこそこ強いですよ」
「戦象とか久しぶりに聞いたわ……」
地球の歴史上、実際に使われていたんだったか。ただ、でかいイコール強いとは、なかなかいかなかったようだが。
砂の上をのしのしと歩く象を見ながら、俺はその戦いぶりを頭の中で想像した。
……どう攻撃するんだ? 鼻でなぎ払うのか? あとで戦い方見せてもらおうかな?
さて、象のことはそこまでとし、俺は周囲の景色を楽しむことにした。雰囲気あるよなぁ、一面の砂漠って。
今も、陽光の下、新雪のように光を反射し輝いている。
「……うん? 砂が妙にキラキラしているけれど、砂漠ってこんなもんなの?」
俺の疑問に、今度はヒスイさんが答えた。
「この『星』の砂漠の砂には、小さな宝石の粒が含まれているそうです」
ああ、砂漠と宝石の『星』ってそういう意味なのか。つまりこれは、この世界特有の幻想的な光景ってことか。
すると、チャンプもヒスイさんの説明に追従するかのように言った。
「砂中を探せば、稀に大粒の宝石も見つかりますよ」
「マジで!?」
「ええ、砂から宝石が豊富に産出されるので、この『星』を拠点にしている細工スキル持ちのプレイヤーもそこそこいるそうです」
はー、アメリカのゴールドラッシュみたいに、宝石を求めた山師的なNPCが大量にいそうな『星』だな。
そんな会話をしている間に、俺達はサボテンが大量に樹立している場所へ到着した。ここまでかかった時間は町を出て三分ほど。
こんな近場にモンスターが出る狩り場が存在するのであれば、町が危険にさらされそうなものだ。だが、そこはゲーム的な事情で安全は確保されているのだろう。MMORPGでは町のすぐ外に、自発的に襲ってくる敵であるアクティブモンスターがいることなど、珍しくないのだ。
「ふう、やっと着いたのじゃ。乗馬も慣れんといかんの」
道中ずっと無言だった閣下が、馬から下りてそんなことを言った。
彼女はキャラクターメイク時に三つ選べる選択スキルとして、乗馬スキルを持っている。乗馬スキルや騎乗スキルはシステムアシストの助けを借りて乗るスキルなので、まだその動作に慣れないのだろう。
「公爵であった閣下なら、スキルに頼らずとも乗馬できそうなものですが」
そうチャンプが言うのだが、閣下は笑って否定をした。
「私が貴族をしていた三百年前は、自然環境が崩壊しておって草食動物の馬などほとんど飼育されておらんかったよ。今は、野生の馬がアーコロジーの外で群れを作っておるだろうがの」
当時すでにテラフォーミング技術が確立していたというのに、劣悪な環境だったらしいからなぁ、太陽系統一戦争直前の地球って。
しかし、一つ気になることがある。
「21世紀の頃のイギリス……後のブリタニア国区といえば、競馬がすごく盛んだったんだけど、競馬も廃れていたのか」
「うむ。じゃが、私が経営するアミューズメントパークでは、競馬を復活させておるぞ。一度来てみるといいのじゃ」
「そうだなー。いつか旅行に行ってみるよ」
競馬を運営していても馬には乗れないんだな。まあ、そんなものか。
それはさておいて、クエスト攻略に移ろう。
「いろいろなサボテンがあるが、どれが食べられるサボテンなのじゃ?」
閣下の疑問に、チャンプが困ったように言う。
「どうでしたかね……見た目で判別できるらしいですが、攻略ページでも見ます?」
ふふふ。二人とも困っているな。だが、大丈夫だ。
「植物知識というスキルを育てているから、俺に任せてくれ」
「ヨシムネさん、そんな珍しいスキル覚えているんですか?」
チャンプが驚きの表情を見せる。このスキル、そんなに珍しいのか?
「自然を観光しているときに、食べられる植物を見分けるのに便利だぞ? 現地調達で料理するのが、なかなか面白いんだ」
「料理スキルは育てていますが、それは盲点でしたね。リアルでなら、食べられる野草やキノコは見分けられるのですが」
「そっちの方がすごくね!?」
「ははは。野山に一人で着の身着のまま放り込まれる修行を何度もやらされたら、嫌でも見分け方を覚えたくなりますよ」
来馬流超電脳空手のリアルサイド、一体どうなっていやがるんだ。
まあ、それはいいか。
「植物知識は俺とヒスイさんがそれぞれ持っているから、二手に分かれて集めようか。俺がチャンプと、ヒスイさんが閣下と組むのでいいか?」
俺がそう提案すると、ヒスイさんがうなずいて言った。
「了解しました。それぞれヨシムネ様とグリーンウッド卿をお守りする形ですね」
そういうことだ。俺は貧弱すぎてHPが低いし、閣下は作ったばかりの新キャラだ。ここにはモンスターがいるというので、誰かに守ってもらう必要がある。
「じゃあ分かれるってことで――」
「この黄色いサボテンは食べられるのかのう」
って、閣下が一人で先に進んでいやがる。
しかも、そのサボテンなにやら脈動しているぞ。いかにも怪しいのに、閣下はサボテンを剣で切断しようとした。
「ぎゃー! 刺されたのじゃ!」
斬りつけられたサボテンが閣下に反撃をし、彼女は悲鳴をあげた。
さらに、周囲にいた他の黄色いサボテン達が地面から足のような根を持ち上げ、閣下に向けて走り寄ってきた。
「ぬわー! 集まってくるでない!」
「あー、閣下。黄色いサボテンはノンアクティブですが、リンクモンスターですよ」
チャンプが閣下に向けて走りながらにそのようなことを言う。
ノンアクティブとは向こうから襲ってこないモンスターの性質のことで、リンクとは一体を殴ると他の同一モンスターが襲ってくるようになる性質のことだ。
まるでモーニングスターのような、とげとげのついた腕を振り回した黄色いサボテンが、複数で囲んで閣下をタコ殴りにする。
急いで俺達は助けに向かったのだが、追いつく前に閣下はHPを全損させて死亡した。
閣下の死亡を皮切りに、サボテンたちは周囲に散り、足を砂地に差し込んで再び脈動しながら直立状態に戻った。
「ああ、やられてしまいましたね」
あと一歩で間に合わなかったチャンプが、失笑をもらしながら言った。
うーむ、さすが作りたての新キャラ。HP低いな。
「おーい、閣下。復帰ポイントに戻るなよ。蘇生するからな」
俺はそう閣下に呼びかけて、彼女のかたわらに移動する。そして、聖魔法の蘇生術である【リザレクション】を唱えた。
激しいエフェクトが閣下の死体を包み込み、やがて閉じていた閣下の目が開いた。
「ひどい目にあったのじゃ……おのれサボテンめ」
起き上がりながら閣下が悔しそうに言う。
ここで最初に死ぬポジションが俺じゃないあたり、このかたつむり観光客キャラも成長したんだなぁ、と実感できて感慨深いな……。いや、そもそも俺はまだ戦闘を行なっていないのだが。
「閣下の動きはやはり鈍いですね。ヨシムネさん、これまでどれくらい閣下と一緒に戦いの練習をしました?」
「始まりの町の隣にある森で二時間狩りしただけだな。アシスト動作はまだ上手く使えていない」
「そうですか。それならちょっと俺が指導しますね。分かれてアイテムを集めるのは後にしましょう」
そう言って、チャンプは閣下の前に立った。
「ここにはアクティブモンスターの殺人サボテンが出ますので、負けないようちょっと練習していきましょう。攻撃の的は普通のサボテンが十分にありますので、ちょっと身体を動かしてみましょうか。大丈夫です。システムアシストは〝思った通りに身体を自動で動かしてくれる機能〟なので、自分の身体をロボットに見立てて操縦するのと同じですよ」
「ロボット操縦と同じとな……」
それからチャンプは三十分ほどかけて、閣下にシステムアシストの指導を行なった。
だいぶ動きがスムーズになってきたところで、チャンプは彼が言うところの殺人サボテン、真っ赤な身体の歩くサボテンを一匹釣ってきて、閣下に対応させた。
閣下は的確にアシスト動作を使って殺人サボテンに攻撃を当てていき、そして無事に勝利を収めた。
「できたのじゃ!」
嬉しそうに閣下が言う。
そんな彼女に聖魔法の回復術をかけながら、俺は言った。
「閣下のHPを回復できるのは聖魔法を鍛えている俺だけだろうから、四人一緒に集めようか。ポーション投げは勿体ないし」
そうして、俺達は食用サボテンと、燃料用の油サボテンを収穫していった。
「ヨシムネ様、こちらにサボテンの実があります」
「おっ、どれどれ……へえ、赤いんだ」
「むっ、それはドラゴンフルーツではないか」
閣下が横からサボテンの実を覗いてきて、そんなことを言った。
「へー、ドラゴンフルーツの正体って、サボテンの実だったんだ」
知らなかったわ。食べたことすらないな……。元農家だからといって、あらゆる作物に精通しているわけではないのだ。
「アメリカ国区では一般的なフルーツじゃの。どれ、これも集めるとしようかの」
そうして俺達はインベントリ一杯に、サボテンとサボテンの実を詰め込んだのだった。
「うむうむ、順調じゃの」
サボテンの実を果物ナイフで割ってつまみ食いしながら、閣下が満足そうに言った。
「それじゃ、帰りますか」
この中で一番インベントリ重量に余裕があるチャンプがそう言いだしたので、俺達は再び騎乗ペットに乗って町へと帰還した。
そして、食堂に行き、インベントリから大量のアイテムを食堂のテーブルに並べていく。
「こんなにかい! こりゃあ、店で出す以外にも市場に流す分までありそうだ。町のみんなも喜ぶよ!」
店員さんはそう言って、俺達に結構な額のシミター専用通貨を払ってくれた。後で、いくらか残して共通通貨に換金しておくことにしよう。
「それじゃあ、せっかくだから当店自慢のサボテン料理を食べていっておくれ!」
店員さんがそう言うと、店の奥から複数の男達がやってきて、テーブルの上の食材を回収していった。
そして、待つことしばし。
「サボテンのステーキだよ!」
ナイフとフォークを添えて出されたそれは、俺が初めて目にする料理だった。
「おお、アメリカ国区の珍味じゃな。どれ、どんな味付けかの」
我先にと閣下が食器を手に取り食べ始めたので、俺もステーキを食べ始めた。
これは……アボカドみたいにねっとりした食感だな。ソースがいいのか、口の中にさわやかな味が広がった。
「うむ、美味じゃの。特にこのソースが絶品じゃ」
閣下も俺と同じ意見だったのか、手放しで料理を褒めたたえた。
すると、店員は得意げな顔をして言う。
「そのソース、サボテンの実を熟成させて作っているんだよ。一皿でサボテン全体を味わえるってわけさ!」
チャンプとヒスイさんも気に入ったのか、皿はすぐに空になった。
「ごちそうさま」
そう店員に伝えると、店員は「ありがとさん」と言って皿を下げた。
そして、店から退出しようとしたところで、店員が待ったをかけてきた。
「そういえばあんた達、サボテンの森で怪我はなかったのかい?」
「ああ、この通りぴんぴんしているよ」
俺はそう答えたのだが、実際は閣下が一度死んでいる。
「そうかい。最近あの森はモンスターが増えているって言うから、あんた達はかなりの強さを持っているんだろうね」
「そうだな。結構強い方じゃないか?」
「それなら、食糧不足の町のためにもうひと肌脱ぐつもりはないかい? 新鮮な肉が足りていないんだ。もし人をたくさん集められるなら、要塞鯨狩りができる。興味あるかい?」
「あるある、めっちゃある」
よし、レイドクエストが無事始められそうな感じだぞ。
「じゃあ、人を十人以上集めて、この紹介状を持ってこの町の狩人ギルドに向かいな。要塞鯨狩りのための砂上船を手配してくれるよ」
紹介状を渡され、俺はインベントリにそれをしまった。すると、紹介状はインベントリ内の『大事な物』欄に収められた。
大事な物欄は、なくしてはいけない重要アイテムが入る場所だ。インベントリの重量制限にも換算されない。
そうして用事を全て終えた俺達は、改めて食堂を退出することにした。
インスタンスエリアを出て、食堂の前で俺達は立ち止まる。
「これで前提クエストはクリアかの?」
閣下がそう言うと、チャンプが答える。
「そうですね。後は当日、参加者を集めて狩人ギルドに向かうだけです」
「では、今日は解散でいいかの? ラットリーのやつが、夕食を早く食べろとメッセージでしつこいのじゃ。機械の身体で一食抜いたところで、なんともないというのにのう」
ああ、ブリタニア国区はそんな時間なのか。時差は未だに慣れないな。21世紀で俺がやっていたオンラインゲームは、完全に日本国内で完結していたから国際感覚がつちかわれていない。
「では、解散しますか」
チャンプがそう言うと、他の俺達三人は一様にうなずいた。
そして、ログアウトしようとすると、閣下がはっとなって言った。
「ライブ配信の細かい打ち合わせは、夕食を食べたらヨシムネのSCホームでするのじゃ! 他の事にかまけるでないぞ」
「はいはい、了解」
そうして、改めて俺達は解散したのであった。
打ち合わせとか細かいことは残っているが、後は本番当日を待つのみだ。レイドボス戦、はたしてどのような戦いになるのだろうか。