118.Stella 大規模レイド編<5>
レイドの前提クエスト攻略のために、俺は『Stella』へログインし、ファルシオンの始まりの町にある星の塔に向かった。
ヒスイさんもついてきているが、どのみちレイドのライブ配信をするときは、ヒスイさんにも参加してもらおうと思っていた。なので、同行については特に問題ない。
時間通りに閣下とチャンプが集まり、挨拶を交わす。
そして、世界を移動するオブジェクトである星の塔から、砂漠と宝石の『星』シミターへと飛んだ。
到着した町は、砂塵が舞う乾いた地域であった。建物も砂色をした壁でできており、いかにも砂漠地帯の町って感じだ。
「独特のおもむきがある町並みだなー」
俺が周りを見渡しながらそう言うと、ヒスイさんが解説を入れてくれる。
「建物の建材に使われているのは、日干しレンガですね」
「日干しレンガ?」
「藁や枯れ草などを混ぜた粘土を成形し、天日で乾燥させて作る、焼かないレンガのことです」
「なるほどなー。焼かないレンガなんてあるんだ」
「焼いて作る焼成レンガは火をおこすための燃料が必要になりますから、おそらく樹木に乏しい砂漠の世界では大量に用意することが難しいのでしょう」
「燃料が足りないのか。じゃあ、この町の人はどうやって料理の煮炊きをしているんだろう」
「惑星テラの歴史だと、砂漠地帯では乾燥させた家畜の糞を燃やすなどしていたそうですが……」
うへえ、糞か。
「このゲームには糞尿は存在しませんよ。人も動物もモンスターも、用を足しません。ですので、建物にトイレがなかったりしますね」
横からそんな説明を入れてきたのは、チャンプだ。今日はいつもの革鎧の上に、何やらマントを羽織っている。オシャレ装備だろうか。
格好といえば、今日の俺は、ヒスイさんチョイスのアラビアンな踊り子衣装を着ている。もちろん課金アバター装備だ。
天の民はロリショタ種族なので、踊り子衣装がいまいち似合っていない気もする。踊り子と言えば巨乳と極端なくびれがいいと、俺は個人的に思っている。
「しかし、暑いのう。蒸さないだけマシじゃが、陽射しが辛いのじゃ」
昨日と同じ戦乙女風アバター装備に身を包んでいる閣下が、そんな愚痴をこぼす。
まあ、砂漠の国だからな。暑いのも仕方がないのだろう。ゲームだから暑くない、とはいかないのが本格的なVRらしさを感じる。
「作りたてのキャラクターなら耐暑スキルも初期値でしょうから、大変でしょう。そう思って、清涼マントを用意してきました。どうぞ」
「おお、助かるのじゃ」
閣下はチャンプが着ている物と同じマントをアイテムトレードで受け取り、それを装着する。清涼マントはおそらく防具扱い。上にアバター装備が被さっているので、閣下の見た目には反映されていない。
「ヨシムネさんとヒスイさんもいります?」
「いや、俺は熱帯雨林のある『星』に数日がかりで観光しにいったことがあるから、耐暑スキルはまあまあ育っているんだ。今後も厳しい環境に向かうだろうし、スキルをさらに育てるためにも遠慮しておくよ」
「私も必要ありません」
俺とヒスイさんがそう言うと、チャンプは手に持っていたマントをインベントリにしまい直した。わざわざ準備してくれたのにすまないね。
「熱帯雨林に行くのは、観光ではなく探検と言うと思うのじゃが……」
「絶景を見にいくのは全部観光扱いでいいんだよ。さて、前提クエスト攻略にかかろうか」
閣下の突っ込みを軽く流して、俺は話を先に進める。
レイドボス要塞鯨の前提クエストの内容は事前に調べてきてある。現在、動画撮影自体はしているのだが、別に事前情報なしの初見プレイをする理由もないので、スムーズな進行のために調べたのだ。
「隣町の食堂で受注だったよな。移動手段は砂上船が速いってあったが、砂上船ってなんだ? 字面から想像はつくが」
俺がそんな疑問をこぼすと、事情に詳しいチャンプが答える。
「砂漠を水の上のように進む魔法の船ですね。要塞鯨戦でも乗ることになりますよ」
「おお、やっぱりRPGとかでたまに出てくる、砂の上を進むあれか。ちょっと楽しみだな」
そうして俺達は、町の郊外にある砂上船乗り場に行き、砂上船に乗り込んだ。
「おおー、本当に砂の上を進んでいるのじゃ!」
「こりゃあ面白いな。一台個人的に欲しいくらいだ」
閣下と俺は、砂をかきわけて進む船の上ではしゃぎ回った。ヒスイさんとチャンプはそんな俺達を温かい目で見守っている。二人ももっと童心に返っていいんだぞ? 俺は元おじさんだが今は少女なので、童心に満ちあふれているのだ。
そうして船に乗ること十分ほど。俺達は隣町まで到着した。
もし砂上船に乗らなかったら、騎乗ペットを使っての移動で三十分かかるらしいから、だいぶ時間を省略できたな。
しかし、VR時代のMMORPGのMAPって、無駄に広いな。一度訪れた町には星の塔で瞬時に移動できるとは言え、町の移動に三十分って……。
おそらくだが、プレイヤーの大半がゲームしかやることがない二級市民で、MMORPGの中で毎日を過ごしているから許されている広さなのだろう。普通のRPGで移動に三十分とかやってられない。
それはさておいて、クエストを受注しに向かおうか。
「食堂か。どこにあるのやら。町が広いから迷いそうだな」
俺はそう言いながら、クエスト経験者のチャンプの方を眺めると。
「クリアしたのはだいぶ前なので、俺もどこにあるかちょっと記憶に自信がないですね」
そんなチャンプの答えが返ってきた。うーん、MAPを確認してもごちゃごちゃしていて、小さな食堂を見つけるのは難しいな。仕方ないから、ゲーム中に開ける外部接続用端末で攻略情報を確認するか?
などと考えていたら、ヒスイさんが前に出てきて言う。
「クエスト情報は完全に覚えてきました。こちらです」
ヒュー。さすがヒスイさん。一家に一人欲しくなる万能っぷりだ。
ヒスイさんに案内され、俺達は一軒の食堂の前までやってくる。一応看板はあるが、周囲の建物と同じ建材が使われているため、完全に周囲に溶け込んでいる。言われなければ目的地だと気づかなかっただろう。
「入りましょう」
ヒスイさんを先頭に、俺達は食堂へと入った。
『パーティー〝閣下と愉快な仲間達〟がインスタンスエリア〝ガララ食堂〟に入場しました』
と、そんなシステムメッセージが流れる。
インスタンスエリアとは、他のプレイヤーが入り込めない、個人およびPT専用に用意された場所のことだ。プライベートエリアなどとも言ったりするが、このゲームではインスタンスエリアと言うようだ。
「ここで正解のようですね。うん、思い出した思い出した」
同じPTに入っているため、同一のインスタンスエリアに入り込めたチャンプが、そんなことを言った。
町中にあるインスタンスエリアは、主にクエスト発行のために用いられる場所だ。
VRでのMMORPGにおいて、NPCはAIにより人格を持ち、自由な会話ができる個人として確立している。それはすなわち、あるプレイヤーが話している最中は、他のプレイヤーは話しかけられないことを意味する。
しかし、そのNPCが全プレイヤー共通のクエストを発行できるとしたら、過密チャンネルでは会話に順番待ちが発生してしまう。しかも、他のプレイヤーにお願いしたクエストをまた別のプレイヤーにもお願いするという、奇妙な状況ができあがってしまうのだ。
それを回避して丸く収めるのが、このインスタンスエリアだ。
他プレイヤーから隔離された場所なので自由に話しかけることができるし、誰かに依頼したクエストをすぐさま他の人間にも頼みこむということも起きない。
「いらっしゃいませー」
中年の女性店員が、入店した俺達四人を迎え入れた。
「ご覧の通り閑古鳥が鳴いているから、好きな席に座っていいよ。とは言っても、干し肉くらいしか出せる物はないけど」
促されるままに、俺達はテーブル席に着いた。
そして、注文することもなく料理が出てくる。店員の言った通り、干し肉と水だ。料金の前払いを求められたので、PTリーダーの俺が一括で払っておく。
「おや、珍しいね。共通通貨かい。もしかして旅人さんかい?」
店員がそう話しかけてきたので、リーダーの俺が代表して答える。
「ああ、他の『星』から来たばかりだよ」
「もしかして、戦いとか狩りとかもできたりするかい?」
「得意だぞ。しかも、ここにいるのはグラディウスの闘技皇帝陛下だ」
「闘技皇帝が何かは知らないけど、それなら頼みたいことがあるんだ。この町から北に行った場所にサボテンの森って場所があってね。そこで、食べられるサボテンとサボテンの実を収穫してきてほしいんだ。高く買い取るよ!」
「いいよ。行こう」
クエスト発行のウィンドウが目の前に出てきたので、すぐさま了承する。
「本当かい!? あそこはサボテンモンスターが出て、結構危険な場所なんだ。今、町の狩人達は怪我をしてて、食糧不足でね。大量に収穫してくれると助かるよ」
よし、クエスト受注成功だ。
俺達は早速、クエスト攻略に向かう……前に、出された干し肉を食べた。
「なかなか美味な干し肉だのう」
閣下が上品に素手で持った干し肉を噛みちぎるという矛盾した行為をしながら、そんなことを言った。
閣下の言葉に、俺を含めた他の三人が同意する。こりゃ美味えや。ビールが欲しくなってくる。
すると、店員が上機嫌になって言った。
「だろう? 当店自慢の要塞鯨の干し肉さ!」
ほう、要塞鯨。どうやら、レイドの前提クエストというのは間違いないようだな。
「この肉の燻製も食べてみたいのう」
……もしや閣下って、食いしん坊キャラなのではないか? この間も、闘技場でポップコーンをもりもり食べていたし。
「燻製なんて贅沢品、そうそう作れないよ! ここいらでは、油サボテンの絞りかすを乾燥させたチップを燻すのに使っているんだけど、さっきも言った通りサボテンの森はモンスターがいるんだ。大量には持ち帰れないのさ。あんた達みたいにインベントリがある渡り人なら、話は別だけどね」
渡り人とは、このゲームのNPCがPCを指して言う言葉だ。
NPCにはインベントリ機能が搭載されていないため、こんなことを店員は言ったのだろう。
「では、油サボテンとかいうアイテムも持ち帰ってくるのじゃ! そうしたら燻製を作ってくれるかの?」
「燻製の用意ができても、そうそうタイミングよく要塞鯨は狩られないさ。まあ、砂漠トカゲの肉でよければ燻製してあげるけどね」
「砂漠トカゲの肉は美味かの?」
「要塞鯨ほどではないねぇ」
「むむむ。となると、レイドを終えぬと美味なる燻製肉で酒を一杯とはいかぬのじゃな。これは、レイド戦が楽しみになってきたのじゃ」
閣下のやる気が出たようで、結構なことだ。
俺達は干し肉をたいらげ、水を飲み干すと、店員に行ってくると挨拶して店を後にする。そして、皆それぞれの騎乗ペットに乗り込むと、町から出て砂漠を北に進むのであった。