114.Stella 大規模レイド編<1>
グリーンウッド閣下が『Stella』を始めた。
先日、閣下から「アクションゲームを練習できる面白いゲームを紹介してほしい」と相談されたのだが、いろいろ話した結果、では一緒にプレイできるオンラインゲームにしよう、ということになった。そこで紹介したのが、俺が以前からプレイしているMMORPGの『Stella』だ。
これまで俺は『Stella』をライブ配信に使うことがあまりなかった。どこからか視聴者達が寄ってきてしまうからだ。
だが、実はプライベートで頻繁に遊んでおり、絶景スポットを見にいった様子を撮影して動画としてアップすることは、しばしばあった。
ヒスイさんもキャラをそれなりに鍛えているようであったし、俺のキャラも育った。だから、閣下を後ろから見守りながら、アクションゲームの練習をさせるのにはちょうどいいと思ったのだ。
「完成したのじゃ! 長剣、重装鎧、乗馬のスキルで、肩書きは騎士になったぞい!」
チュートリアルを終えて、剣と魔法の『星』ファルシオンに降り立った閣下が、俺に合流すると同時にそう伝えてきた。
ふむ、予想通りのキャラメイクだな。
閣下なら機械操作や搭乗スキルあたりをとって、魔動アーマーなる魔法動力のロボットに乗る方向性もありなのだろう。
だが、今回の目的はアクションゲームの練習だ。直接肉体を使って戦闘する騎士が、彼女にとって趣味と実益を兼ね備えた最良のビルドだと言えた。
「種族は何にした?」
「竜人じゃ!」
閣下は、俺に初心者装備の背中を見せてくる。すると、そこには立派な翼と尻尾が生えていた。よく見ると、頭に角も生えている。
竜人か。きっと、ペンドラゴンかウェルシュ・ドラゴンあたりにちなんで選んだのだろう。
「ところで馬はどうやって手に入れるのじゃ?」
「クエストでも手に入るが、手っ取り早いのはクレジットショップでクレジットを払って、召喚アイテムを購入だな。マウント……騎乗ペットは移動にも役立つから、一つは買っておいた方がいいぞ」
「うむ、では買うとしようか」
さすが一級市民。クレジットを使うことに躊躇がない。
閣下は、手元にウィンドウを表示させ、悩みながら画面を凝視している。そのウィンドウの画面に何が表示されているかは、こちらからはうかがえない。まあ、当然だな。他人の操作画面を横から盗み見できるなど、プライバシーも何もあったものじゃない。
「よし、決めたのじゃ! 私の相棒は白馬なのじゃ!」
閣下はウィンドウへ向けて右手の人差し指を指す。おそらく購入ボタンを押したのだろう。
「ああ、クレジットショップを開いたついでに、アバター装備で何か鎧を買ったらどうだ? アバター装備は、防御力が存在しない、見た目だけのオシャレ外装のことだ。実際の防具とは別に着ることができる、ガワのことだな」
「ほう! では、とびきり可愛い鎧を選ぶとしようか!」
そうして閣下は、三十分近くかけて一つのアバター装備を選び、購入した。
かたわらに白馬をはべらせ、装飾の入った鎧を着込み、腰に初心者用の長剣を帯びる姿は、まるで……。
「騎士というか戦乙女見習いって感じだな」
「むむ、心外なのじゃ」
「そもそも見た目十歳くらいの少女って時点で、騎士っぽくは見えないだろ」
見た目の話をすると、『Stella』での俺だって、天の民という種族の特性でロリボディになっているのだけれどな。
「むむむ。配信も予定しているので、見た目は変えられないのう」
まあ形から入るのは諦めてもらおう。ただし、戦闘を練習して強くなれば、最強の騎士とか呼ばれる可能性がなきにしもあらず。
ちなみに今日の俺の格好は、猫耳猫尻尾の猫なりきりアバター装備だ。ヒスイさんが趣味で購入して贈ってきた品である。
そして、アバター装備の中身である防具は相変わらず何も着けていない。俺の『Stella』でのプレイスタイルはかたつむり観光客だからな。防具は背中装備しか許されないのだ。
「さて、騎乗ペットも用意できたので、戦士ギルドに登録してから初心者エリアへ狩りに行こうか」
そう俺が言うと、閣下は白馬の上にまたがろうと、ぴょんぴょんとジャンプしながら答える。
「騎士団とかないのかの?」
「少なくとも、このはじまりの町にはないなぁ」
とりあえず俺は閣下に、騎乗はアシスト動作を使ってやるよう教え、戦士ギルドへ登録に向かった。
そして、町の西門から外に出て騎乗ペットから降り、森へと入る。戦士ギルドオススメの初心者狩り場だ。
森とは言っても、木の生えている間隔はまばらだ。初心者が密集した木の中で武器を満足に振るえるとは思えないから、こうなっているのだろう。
俺達は、森の中で草を食んでいるウサギ型モンスターを見つけ、戦闘態勢に入る。
「大きなウサギじゃのう」
自分と同じくらいの体高を持つウサギを見ながら、閣下が言う。
「このゲームのモンスターは、基本的に膝より上の高さがあるぞ。VRだと、小さすぎる敵は攻撃しづらいからな」
21世紀のMMORPGの事を思い出してみるが、初心者用の雑魚モンスターは大きめのネズミや蛇、スライムなどだったな。見た目と同じ当たり判定ではないから、許されていた大きさだと思う。
そして、閣下は長剣でウサギに斬りかかっていった。明らかなへっぴり腰である。そもそもアシスト動作を使っていない。
だが、ここで口うるさくしては、閣下も嫌な気分になるだろう。むやみやたらに口出ししないというのが、MMO初心者に対する正しい態度だと俺は思っている。
閣下が教えてほしいと言ってこないなら、今日のプレイが終わる最後にでも、アドバイスとして少し教えるくらいでいいだろうか。
「やった! 勝ったのじゃ!」
ウサギと激戦を繰り返していた閣下が、見事に勝利を収めた。
生命力であるHPが四分の一ほど減っていたので、俺は聖魔法を使って閣下のHPを回復してやった。
戦いが終わったその場には、ウサギの死体が転がっている。
俺はそれに解体ナイフを当て、解体スキルで複数のドロップアイテムにばらした。
「よし、インベントリにドロップアイテムを入れておいてくれ。インベントリに物を入れておくと、インベントリスキルが成長してより重たい物を運べるようになるぞ」
「ふむ、ウサギ肉じゃの」
「こっちは毛皮を持っておくよ」
そうして、ウサギの死体は跡形もなく消えた。
「よし、この調子でウサギをいっぱい狩るのじゃ」
「鹿も出てくるから、いたら狙おう」
そして、初めはたどたどしく剣を振るっていた閣下も、二時間ほど戦う頃には、しっかりと剣を振り下ろすことができるようになっていた。
アシスト動作を使うことにはまだ慣れていないようだが、そちらはおいおいだな。
狩りの成果に満足した俺達は、町へ戻り戦士ギルドにドロップアイテムを納品した。
「楽しかったのじゃ! これは、ぜひライブ配信でもやりたいのう」
「ゲーム内に視聴者を集めて一緒に何かするかい?」
「人を集めるのか。どんなことをすればいいのじゃろう」
「俺は、みんなで山に登ってキャンプとか、無人島に行って海水浴キャンプみたいなことをしたな」
「面白そうじゃの。でも、私はどうせなら戦闘がしたいのう」
「となると、レイドボスを狙うか。うーん、でも俺、ボスに詳しくないんだよな。誰かに相談してみるか」
俺はヒスイさんを呼ぶかしばし悩んだ後、ふと思いついてフレンドリストを表示した。フレンドリストは、フレンドという連絡交換した相手を一覧表示し、相手がログインしているか、そして今どこにいるかを教えてくれる機能だ。
フレンドリストを確認し、目的の人物がログインしているか調べる。
「よし、いるな。『St-Knight』の方に行っているかと思ったが、今日はこっちにいるようだな」
「ふむ? 何をしているのじゃ」
「ああ、チャンプに連絡を取ろうと思ってな。彼ならこのゲームに詳しいし、いいレイドボスも紹介してくれるだろう」
レイドボスとは、1PTやソロで倒す通常のボスとは違い、複数のPTなどの大人数で挑むボスのことだ。
レイドボスのように、大人数で挑むコンテンツのことをレイドと呼ぶ。
「レイドか! 『MARS』でも、超巨大戦艦を大勢で倒す緊急ミッションがあるのじゃ」
「そうそう、そういう感じの。じゃあ、チャンプに連絡取ってみるぞ」
俺は、フレンドリストからメッセージ機能を呼び出し、チャンプにショートメッセージを送った。『今、ささやき会話大丈夫?』と。
すると、数十秒してチャンプから電話的な機能であるささやきが届いた。
『ヨシムネさん、どうかしました? 『Stella』で連絡してくるとは珍しいですね』
「ああ、チャンプ。実は今、閣下と一緒に遊んでいてな。それで、今後『Stella』でのライブ配信を予定しているんだが、視聴者からの参加が多くなりそうなので、レイドボスにでも挑もうと思っているんだ。だから、チャンプにいいレイドを紹介してもらおうと思って」
『ふむ、レイドですか……いくつかよさげなのがありますが、詳しい条件が知りたいですね。こちらに来られます?』
「どこまで行けばいい?」
『グラディウス星の帝都にある闘技場です』
「了解、すぐに向かうわ」
そうして俺はチャンプとのささやき会話を打ち切った。
「よし、チャンプに会いに行くぞ。グラディウスだ」
「ふむ、どうやって向かうのじゃ?」
「別の『星』……別の世界だから、チュートリアルを終えて出てきた星の塔から移動だ。大丈夫、グラディウスはクエストをクリアしなくても移動できるはずだ」
そうして俺達は新しい『星』グラディウスに向かうため星の塔を使い、次元を渡り石造りの町へと到着した。
「ここが帝都かな?」
俺は場所の確認をするため、この『星』のMAPを表示した。すると、今居るのはアウグストスの町で、帝都ロームルスは離れた場所にあることが読み取れた。
うーん、これは困った。
一度訪れたことのある大きな町なら、星の柱というオブジェクトで移動ができるのだが、俺も閣下もこの『星』に来たのは初めてだ。
俺はチャンプに再びショートメッセージを送った。
『アウグストスから帝都ってどうやって行くん?』
すると、すぐに返事が返ってきた。
『飛行船乗り場から高速飛行船に乗ってください。共通通貨がそのまま使えるようにしてあります』
文面を確認した俺は、周囲を見渡してお上りさん状態になっている閣下に向けて言った。
「高速飛空船で帝都に行けるらしい」
「おお、飛空船! ファンタジーらしくて、わくわくしてくるのう!」
そうして俺達はMAPを頼りに飛空船乗り場へと向かい、搭乗手続きをして高速飛空船に乗り込んだ。
利用料金は初心者にとっては高めだったので、閣下の分の料金も俺が払った。これでも俺は何ヶ月もこのゲームをプレイしているから、この程度の金額はたいしたことはない。
「うおー、速いのう! 風が当たるのじゃー!」
飛空船の上でキャッキャと喜ぶ閣下をかたわらに、俺は飛空船から見下ろす絶景を楽しんだ。
そして、闘技場があるという帝都に思いをはせる。
強者と剣闘の『星』グラディウス。この世界はそう呼ばれている。




