11.St-Knight(対戦型格闘)<2>
まずは、最低難易度のイージーモードから挑戦することにした。
この時代に来てから動画配信開始するまでの三ヶ月間。いろいろなゲームをしたが、対戦型格闘の類はプレイしていない。つまりは、人間サイズの敵とシステムアシストを使って戦うということには、まだ慣れていなかった。
「んー、ちょっと試しに、システムアシストなしでやってみるか」
「おや、『-TOUMA-』をクリアして、自信がつきましたか?」
「『-TOUMA-』をプレイしたのは14000時間ほど。実年数にして二年もいかない。だから剣の腕前は、せいぜい素人に毛が生えた程度だろうと思っているけどな」
「いえいえ、達人とまでは言いませんが、上級者の域には十分達していますよ」
「そっかー。まあ、ちょっとやってみよう」
「では、オプションでシステムアシストオフにしますね」
ヒスイさんがその場でオプションを変更してくれる。つくづく気が利く人である。
「では、アーケードモードスタート!」
宣言と共に効果音が鳴り、背景が切り替わる。
『キャラクターセレクト!』
そんなシステム音声が聞こえ、俺は古代ローマのコロッセオのような場所に立っていた。
コロッセオには、三十人くらいの戦士達がそれぞれポーズを取りながら無言でたたずんでいる。
なるほど、この中から使用キャラを選ぶのか。
「ふーむ」
キャラ達は皆、思い思いの武器を持っている。剣に槍、ハンマーに斧。ショーテルを持っている奴もいる。
「お、刀使いはセーラー服の女の子か」
『-TOUMA-』で慣れ親しんだ武器だ。ちょっと見てみよう。
俺はセーラー服の女の子に近づくと、その容姿をまじまじと眺めた。
「ふーむ」
とりあえず屈む。お、白パンツ。
「ふーむ」
立ち上がり、胸を触る。
だが、ビープ音と共に腕が弾かれた。くっ、駄目か。
「何をしているのですか、ヨシムネ様は」
後ろで待っていたヒスイさんの冷たい言葉が突き刺さる。
「いやー。つい、ね」
「ガイノイドにソウルインストールされて、人間の頃のような性欲の類は消えているはずですが……」
「様式美かなって。でも、ハラスメントガードがあるなら、格闘家は女性キャラの胸にパンチができないんじゃないかな」
「対戦中は弾くタイプのハラスメントガードではなく、硬質化するタイプになるようですね」
「固くても触れればいいんじゃいって思うセクハラ男が湧きそうだな」
「オンライン対戦モードではAIがプレイを監視していますので、そういう類のよこしまな思考が感知されたら試合が中断されるそうですよ。ちなみに、この場合の思考読み取りは適法です」
「うへえ、俺、人間のままだったら、露出度高いPC相手に絶対引っかかっていたわ」
ガイノイドの身体ってすごい! ゲームで遊ぶ以外はリアルでそこそこの禁欲生活を送っていると思うが、何も辛くないからな。
今は習慣として取っている食事も睡眠も、本来は取らなくても問題ないし。
まあ、できれば睡眠は取れとヒスイさんに言われているが。
「じゃあ、とりあえずこの刀女子を使うかな」
「いえ、キャラメイク機能があるのでそちらで」
「え、キャラメイクできるんだ。格ゲーなのに」
そういえば、元の時代でも武器を使って戦う3D格ゲーに、キャラメイクできるものがあった気がする。
「自分の身体を動かすゲームの多くは、キャラメイク機能が用意されていますよ。身長体重体型は、現実準拠の方が動きやすいですから」
「そういうもんか。では、キャラメイクを。……どうやんの?」
「キャラメイクしたいと念じてください」
「はいよ。説明書読まないタイプの人だと、俺みたいにキャラメイク機能に気づかない場合もありそうだ」
「ゲーム初心者以外は、こういったゲームにはキャラメイクがあると知っているので、大丈夫です」
「ゲーム初心者ですみません……」
そして、えいやと念じると、コロッセオのキャラ達が消え、キャラメイク画面が表示される。中肉中背の男が立体ホログラムとして目の前に出てくる。これを見ながらキャラの外見をいじれってことだな。
外見の設定項目が多い。『-TOUMA-』のときよりも項目が多いのではないだろうか。
「他ゲームからの外見コンバート機能なんて物もあるな」
「複数のMMOにいるPvPプレイヤー達を集めるのが目的ですから、MMOのPCと同じ見た目を使えるようにという配慮ですね。そして今時のMMOは、ホーム画面のアバターにできるようにと、PCの外見をローカルに保存できるようになっているのです。このゲームのメーカーが運営しているオンラインゲームに関しては、ローカルに保存する必要すらなくコンバートできます」
なるほどなあ。だが、俺にはそのあたりは不要だ。
「とりあえず現実準拠っと」
見た目をミドリシリーズのガイノイドのそれに変える。
うむ、ゲームの中で一年半近く慣れ親しんだ姿だ。リアルでは四ヶ月程度しか経過していないが。
「服装はどうすっかなー」
いろいろ用意されているようだが、しばし悩んだ後、セーラー服を着ることにした。さっき刀女子が着ていたので印象に残っていたのだ。
「ヒスイさんが毎朝マイクロドレッサーで、俺の服を嬉々として選んでいるから、女物の服を着るのも抵抗がなくなったな……。拒否すると悲しそうな顔するから、断るに断れなかったし」
マイクロドレッサーとは、服をその場で作りだして自動で着せてくれる機械だ。マイクロドレッサーで作られた服を着た状態だと、自動で着ている服を回収して素材に戻したりもしてくれる。
体形に合わせて服が作られるので、すごく服の着心地がいいんだよな。着心地がいいからこそ、女物の服にも違和感なく慣れてしまったと言える。
意外と未来でも、服装の傾向が俺のいた21世紀と大きく変わらないというのが、ヒスイさんの着せ替え人形になっていて少し驚いた点だ。ファッションは数十年周期で巡っているとか聞いたことあるな。
ともあれ、俺が着せられているのが女物だという理解はあったわけだ。自分の知らない間に勝手に女物を着せられている、という状況でなかったのはよかったのかどうか。
そういうわけで、今回の俺は女物のセーラー服だ。靴はしっかりしたブーツを選んだ。
「さて、次は使用武器」
武器の項目を選択すると、背景が切り替わる。武器庫だ。
「うへえ、いろいろあるなぁ」
古今東西のあらゆる近接武器が揃っているようだ。
こういうの、わくわくするよな。性欲が消えているのに男心は消えていないとか、ガイノイドボディは不思議である。
「私はエナジーブレードで」
「あれ、ヒスイさんもキャラメイクしているんだ」
「アーケードモードはヨシムネ様一人でクリアしていただきますが、オンラインモードでは私もプレイする機会があるかと思いまして」
「なるほど、見本的な」
企業向けハイエンドガイノイドのAIがゲーム世界に殴り込み! いったいどうなってしまうんだ……。
レギュレーションとかどうなっているんだろう。
「武器は何にするか、お決まりになりましたか?」
「うーん、やっぱり打刀かな。侍の携帯武器とはいえ、結局これが一番手に馴染む」
打刀が欲しい、と思うと視界にガイドが表示された。武器庫は広いため、検索機能があったらしい。
ガイドに従い、打刀を手に取る。
すると、これで決定しますかという画面が表示される。
二刀流にする必要はないので、「はい」を押し、打刀一本を使用武器に決定する。
すると、また背景が切り替わる。
石造りの神殿の内部のような部屋だ。割と広めである。部屋の真ん中には、カカシのような物体が設置されている。
そして、目の前にまた画面が表示される。なになに。
「超能力設定……超能力!?」
「現代の人類は、21世紀人と違って超能力を使えますからね」
「そういえばテレポーテーション通信とか言っていたものなぁ。これ、どう設定すればいいの」
「ヨシムネ様はまだ現実で超能力の使い方を習っていませんよね」
「ああ、まあね。ずっと付きっきりのヒスイさんなら解っているとは思うけど」
「では、超能力の利用はなしで」
「ええー、なしかぁ」
「現実で使えないなら、ゲームの中でも発動できませんよ。システムアシストがあってでもです」
「超能力にもアシスト効くんだ……」
利用なしを選択っと。すると、今度はまた別の設定画面がでてきた。
「魔法設定。ヒスイさん、27世紀のリアルに魔法ってないよね?」
「ありませんよ。当たり前じゃないですか」
当たり前……超能力はあるのに。
「じゃあこれは完全な架空要素かな」
「そうですね。MMOのPvPでは魔法を用いている方もいらっしゃるでしょうし、作品コンセプト的に必要な要素でしょうね」
「魔法も利用なしにするかな。近接武器で戦いたい」
「『-TOUMA-』でも呪術は回復の術以外は覚えていらっしゃいませんでしたね」
「魔法にもそのうち慣れる必要あるのかなぁ」
「魔法はゲームによって仕様が様々ですので、統一した修練というものはしにくいですね。射撃という面ではすでに『-TOUMA-』で和弓を修めていらっしゃいますし」
なるほどね。利用なしを選択っと。そして、設定画面が別の物へと変わる。
「システムアシストの設定項目か。種類がいろいろあるけど、とりあえずスタンダードセットを選択すればいいかな、ヒスイさん」
「いえ、全部で」
「え?」
「全部で」
「大丈夫なのそれ」
「大丈夫ではないでしょうね。誤作動が多発するでしょう」
マジかよ。またスパルタ修練の匂いがビンビンとしてきたぞ。
「システムアシストの極みとは、したい動きを明確に想像すること。それさえしっかりしていれば、誤作動は起きません。それを体感するため、全動作を発動するようにしておきましょう」
「ヒスイさんの要求レベルが相変わらず高すぎる件について」
「以前も言いましたが、他のプレイヤーが何十年とゲームを遊んで習熟していた期間に、短時間で追いつかなければなりません。期待していますよ」
「や、やってやらあ!」
そういうわけで、俺はシステムアシスト道の茨の道を全力疾走することとなったのだった。
まあ、最初はアシストなしでのイージーモードプレイだけどな!