108.超神演義(対戦型格闘)<2>
キャラクターエディットはプレイヤー本人の読み込みを行なうお任せ設定を使うことですぐに終わり、そのキャラクターを用いて練習モードを開始する。
まずは、このゲームに採用されているシステムアシストのアシスト動作、すなわち、思考することによって自動で身体を動かしてくれる、VRアクションゲーム特有の機能を確認するのだ。
『St-Knight』は膨大な数のアシスト動作を組み込んでいることで有名だったが、このゲームまでその水準を期待するわけにはいかない。
俺は三十分ほどかけて、どのような動きができてどのような動きができないかを把握していった。
今回用意した武器は、打刀ではない。舞台は古代中国だ。日本刀があるわけがなかった。
なので、俺はヒスイさんが選んでくれた曲刀を使っている。打刀とバランスが違うものの、なんとか練習してまともに振るえるようになってきた。ま、こんなところだろう。
俺は、練習空間の離れたところで俺と同じように身体を動かしていたヒスイさんを呼び、対戦モードを起動してもらう。
キャラクター選択では、知らないキャラクターが何人も並んでいたが、俺はエディットキャラからヨシムネを選ぶ。
そして、ステージから崑崙山を選び、対戦を開始した。
視点が切り替わり、視点となるカメラが空を映す。霊峰と呼ぶべき美しい山。それを上から見下ろしている。
そして、カメラの視点は急速に下に向かって落ちていき、山肌の一角を映す。そこでは平らに整えられた地面があり、ヒスイさんと俺が向かい合っているのが見える。さらには、二人の間に白髭と白眉に被われた顔の老人がいた。
『魂を鍛え、神を超えよ!』
老人がそう言うと、視点が俺の肉体に戻ってきた。目の前にヒスイさんと老人がおり、老人はあぐらをかいた姿勢で宙に浮いている。
「誰このジジイ」
「審判役の元始天尊ですね」
「あー、なんだっけ。崑崙山の偉い仙人様だっけ」
「そうですね。ストーリーモードでは主人公の姜子牙を導く重要な役です。死した仙人や英雄の魂を封じて神とした『封神演義』と違い、『超神演義』では仙人同士の戦いを繰り広げることで、神仙を超えた存在を作り出すことを目的としていました」
「ヒスイさん、このゲームかなりやりこんでいない?」
「配信に使うゲームは、あらかじめチェックしておく主義ですので」
やべー、一つ不利な点が増えたぞ。だが、勝つのはこの俺だ。超能力者としての力を見せてくれる!
『よろしいかね? では始める。いざ、超神せよ!』
システム音声ではなくNPCによる号令という、初めて体験する試合の始まりを受けて、俺は咄嗟に曲刀を構える。背後から銅鑼の音が鳴り響いてきて、いかにも中華という感じの演出を感じさせた。
先手必勝とばかりに素手のままのヒスイさんが走り寄ってくるので、俺は未来視を全開にしてそれを迎え撃つ。
二秒先の未来。ヒスイさんは剣からビームを……ビーム!?
「うお、うおおおお!」
俺は、とっさに横に飛び、ヒスイさんの攻撃を回避した。そして、俺の横を極太ビームが通り過ぎていく。
「ヒスイさん、何それ!?」
俺は地面を転がりながら、なんとかヒスイさんの方を見る。
攻撃を振り切った格好のヒスイさん。素手であったはずのその手には、光る剣状の何かが握られている。
光の剣。刃も鍔も柄も全て光の塊で作られた、ファンタジー全開の剣だ。
たとえるならそう、『封神演義』の漫画版が連載されていた少年漫画雑誌に同じく載っていた、人気の霊界探偵バトル漫画に出てくる三枚目役が使う霊剣のような……。
「ヒスイさん、フォトンキネシス使えたの!? AIなのに!?」
ヒスイさんが使っているのは、明らかに光を操る神通力ならぬ超能力だった。だが、AIは魂を持たないため、超能力は使えないはずだ。もしかしたら、このゲームはAIでも擬似的に超能力が使えるのか……?
「いえ、これは宝貝です」
「宝貝! あるんだ! そりゃあ、あるよな、『封神演義』モチーフだもの!」
漫画知識によると、宝貝とは仙人が使う不思議な道具で、おおよそ戦闘用の武器として用いられる。ビームを放ったり、火を放ったり、ウィルスをばらまくものもあったりと、もとが古典小説ながらSFチックでファンタジーチックな兵器だった。
ヒスイさんは手の内の光の剣を出したり消したりして見せながら、解説を入れてくれる。
「このゲームにおける宝貝とは、仙人が自ら神通力を封じることで代わりに使用可能となる、強力な神通力が込められた宝物です。メタ的に言うと、超能力強度が低いプレイヤー向けに用意されている救済措置ですね。ですので、超能力が使用できない私達AIでも、宝貝ごとに設定された神通力を仮想的に使用することができます」
「ずるいぞ、ヒスイさん。キャラクターエディットの時、宝貝のことなんて一言も言ってくれなかったじゃないか」
「驚かそうと思いまして」
「驚いたよ! 驚きのあまり負けるかと思ったよ!」
「負けるかと思った、ではなく、ヨシムネ様は負けるのです」
「言ったな!」
改めて、俺達は戦闘を開始した。
そして――俺はボコボコにされて負けた。
「ずるい、飛び道具ずるい!」
「ヨシムネ様は宝貝に神通力を封印されていないのですから、時間系能力だけを使用するのではなく、サイコキネシスなりエレクトロキネシスなりパイロキネシスなりで、遠距離攻撃をすればよろしいのではないでしょうか」
「確かにそれらの超能力適性は人類の平均値付近だから使えなくもないけど、練習していないから無理!」
「そうですか……」
未来視と思考加速だけでは、まだまだ太刀打ちできる相手ではなかった。高い壁だな、ヒスイさん……。
「ところで、ヒスイさんの使っていた宝貝って何?」
「莫耶の宝剣という、剣の宝貝ですね。見ての通り、刃から光線が出ます」
「単純だけど恐ろしい武器だよなぁ。剣本体でも斬りつける攻撃ができるから、曲刀と普通に切り結べるし」
宝貝を使わない超能力者プレイヤーは、武器で殴るのではなく神通力で戦えということだろうか。
「それなら俺も超能力を封印して宝貝を。そうだ、雷公鞭で無双を……」
「雷公鞭、ですか? ……そのような宝貝はこのゲームにはないようですが」
「あれ? ないの? 広範囲に無数の雷を放つ感じの宝貝なんだけど……」
「ないですね。雷光と共に放たれる宝貝といえば打神鞭がありますが、違いますよね?」
「違う……。そんな……最強のスーパー宝貝ないのか……」
「残念ながら、見当たらないですね」
俺はがっくりと肩を落としながら、対戦モードを終えることにした。
仕方がない。気を取り直してアーケードモードをプレイしていこうか。
元始天尊はいかにも仙人って感じのジジイだったが、他の仙人はどんな見た目だろうか。
対戦モードでのキャラ選択時に見た限りだと、老人だらけということはないようだが。俺の知識におぼろげにある漫画のキャラクター達が、このゲームではどんな見た目になっているか、少し楽しみである。
さて、アーケードモードを開始する前に、難易度の選択だが……。
「ヨシムネ様もソウルコネクトの格闘ゲームには、ずいぶんと慣れてきたことでしょう。ですので、最高難易度の『神級』でいきませんか? 大丈夫です、時間加速機能を久しぶりに使いますので」
「そうくると思ったよ! 受けて立ってやる!」
いきなり最高難易度である。だが、この程度で弱気になっては、ヒスイさんのコンビは務められない。
オプションの変更をヒスイさんに任せ、アーケードモードを選択する。
まず表示されたのはキャラクター選択画面だ。俺は目の前に展開するキャラクター一覧が載った空間投影画面から『エディットキャラ』を選択する。すると、『ヨシムネ』と『ヒスイ』が作成されているので、『ヨシムネ』を選ぶ。
『ヨシムネ降臨!』
そんなシステム音声が鳴り響いた。
さらに、キャラクター一覧上でカーソルが縦横無尽に駆け巡っていき、やがてぴたりと止まって敵となるキャラクターを選択した。
おそらくランダムに敵を選出したという演出だろう。選ばれたのは、青髪の美丈夫。
『キンタ降臨!』
そんな音声が流れる。対戦相手の名前はキンタと言うらしい。
「キンタ、キンタかぁ」
「ヨシムネ様の知っているキャラクターでしたか?」
「いや、知らんけど、『金太の大冒険』って歌が昔あって、あれを配信で流したら、一体どうなるんだろうと思っただけだ」
「『金太の大冒険』……駄目です。これは流させません」
「まあ、そうだよな」
『金太の大冒険』とは、下品な歌詞で構成された下ネタギャグソングだ。21世紀にいた頃、大学の仲間とカラオケに行ったときに歌い始めた奴がいて、そこで知った。一発ギャグとして歌うには地味に曲が長いので、最初はみんな笑っていても、やがて場がいたたまれない空気になることもある。
あの曲を配信で歌うには、ちょっと配信者としての尊厳を賭けなければならない。そもそも下ネタ部分はダジャレっぽく並べられているので、翻訳された歌詞ではギャグとしてすら伝わらないだろう。うん、やらないぞ。
と、そんな無駄話をしている間にステージも決まり、画面が暗転する。
ステージは五龍山とかいう場所だ。
視界が晴れると、そこは水晶が多数露出した美しい洞窟だった。
目の前には、長い青髪をオールバックにした美丈夫が左右の腰に二本の剣を帯剣して立っており、その斜め横には審判のジジイこと元始天尊が、あぐらをかいた姿勢でふわふわと浮いている。
その審判が、高々と宣言した。
『ここに殺戒を犯し、神を超える魂を紡ぐ!』
その言葉と共に、対戦相手のキンタが抜剣する。双剣だ。
いかにも戦闘開始直前って感じだが、それよりも一つ気になったことがある。
「なにいまの台詞?」
『殺しを禁じる戒律を破って、戦いを繰り返し、神を超えようというこのゲームの目的の宣言ですね。ストーリーモードで詳しく語られます』
姿の見えないヒスイさんが、補足を入れてくれる。
なるほど、ストーリーモードクリア前提の演出ね。でも、今はそれほど、このゲームのストーリーモードをプレイする気にはなれていない。超能力を存分に駆使して遊びたいというだけで、別に『封神演義』モチーフのオリジナルストーリーを見たいというわけではないからな。
『よろしいかね?』
おっと、審判が先を促してきた。
『いざ、超神せよ!』
どこからか銅鑼の音が鳴り、俺とキンタは同時に正面に向けて駆けだした。
アシスト動作で超人的な動きをしたキンタによる剣の一撃が、こちらを狙う。無作為な一撃だが、最高難易度で適当な攻撃を敵がしてくるわけもない。
これはフェイントだ。本命は、右の蹴り!
俺は蹴りを回避し、同時に蹴り足を曲刀で切りつけた。
血を表わす複数の白いポリゴンの破片が相手の足から散る。
そして続けざまに斬りつけてやろうと振り切った曲刀を返すと、未来視で俺の今立っている場所に火柱があがるのが察知できた。
システムアシストに身を任せ、俺は大きくバックステップ。
すると、俺が先ほどまでいた場所に細い火柱が地面から吹きだした。火を操る宝貝使いか!?
『いえ、キンタは今、宝貝を使用していません。この炎は神通力ですね』
と、俺の思考にヒスイさんが返答してくる。
なるほど、宝貝は神通力を封じなければ使えないということは、俺と同じように宝貝を使わないという選択肢もありか!
ならば、後はどちらの神通力が優れているかの勝負だ!
キンタはアシスト動作による超人的な動きで双剣を繰り出してくるが、俺はそのことごとくを弾き、回避する。これでも俺は、超電脳空手の練習生だからな。単純な近接戦闘では、最高難易度の敵が相手だろうがそうそう負ける気はない。
敵は不利を悟ったのか、距離を取って発火の神通力で牽制しようとしてくるが、俺はとにかく前進して距離を詰める。
やがて、ステージ端まで相手を追い詰め、これ以上後ろに下がれないようにする。
洞窟の壁面を背にした相手に、俺は何度も曲刀で斬りつけた。
追い詰められたキンタは双剣を手放し、代わりに三つの金属の輪をこちらに投げつけてくるが、俺はそれを回避し連撃を放つ。
『勝負あり!』
強く斬りつけた胸元から勢いよくポリゴン片を吹きだしキンタが倒れ、それと同時に審判のジジイの終了宣言が洞窟内に響く。
倒れたキンタは、全身がポリゴン片へと変わっていき、やがてその姿は消えてなくなった。
「よし! よしよしよし、行けるじゃん、最高難易度」
『改めて見ると、恐ろしいほどの回避能力ですね』
「だろぉー? これをやりたくて、このゲームを選んでもらったわけだ」
『強力な遠距離攻撃に対処できるようになれば、ほぼ無敵と言ってもよいのではないでしょうか』
「対処できないからこそ、ヒスイさんには勝てなかったわけだな。ところで最後になんか輪っかを投げてきたけどなんだったんだろう」
『遁龍椿または七宝金蓮と呼ばれる宝貝ですね。手足を拘束する捕縛用宝貝で、命中していたら逆転もありえました』
「おお、怖い怖い。宝貝は所持していても、使わなければその間は神通力が使用可能なのか。注意しないとな。でも、この調子なら問題なく攻略できそうだ」
まだ一戦目が終わっただけだが、感触は十分にある。このまま順調に進むとよいのだが……。