107.超神演義(対戦型格闘)<1>
その日、俺は朝から配信と関わりのない、趣味の時間を送っていた。対戦型格闘ゲームの『St-Knight』を遊んでいるのだ。モードはオンラインのランクマッチ。
なんでも、年末の年間王座決定戦に向けた選抜が始まっているらしく、ネット対戦が盛況になっていると超電脳空手の道場でチャンプに聞いたのだ。
そのチャンプは、道場の正式な門下生となった『St-Knight』プレイヤーのミズキさんに誘われて、数年ぶりに『St-Knight』年間王座決定戦への出場を目指すらしい。
そのため、通える日は通っている道場では自然と『St-Knight』の話題が多くなる。それに触発されて、俺もランクマッチに手を出してみたわけだ。
だが、オフラインのアーケードモードで最高難易度をクリアできる俺であっても、ランクマッチの廃人達による壁は高かった。
そもそも、VRゲームを始めて一年も経っていない俺が、上位陣に食いつけるわけがなかったのだ。
加速した時間でプレイを重ねてきたと言っても、条件は相手も同じ。さらに言うと、俺は格ゲーのみに遊戯の時間を費やしてきたわけではない。
俺はめげずに挑戦を続けるもむなしく、上級者とも言えない半端なランクで留まってしまった。
『St-Knight』での使用武器は相も変わらず打刀。慣れ親しんだ武器だが、慣れ親しむ程度では足りないのであろう。昔、漫画で読んだ、武器を己の身体の延長とする、とかのレベルでないといけないのかもしれない。
それと、俺のリアルはガイノイドボディだが、VR空間上では魂を持つ普通の人間なので超能力を使用できる。
この超能力が曲者で、『St-Knight』ではプレイヤー間の公平を期すために、一定以上の超能力強度を発揮できないよう制限されているのだ。
ゆえに、超能力ロボットゲーム『MARS』では無類の強さを発揮した俺の未来視も、このゲームでは全ての攻撃を回避できるというレベルでは使用できなかった。
「ふーむ」
VR空間を出て、俺はリアルのソウルコネクトチェアに座ったまま考える。
『St-Knight』では俺の飛び抜けて高い超能力強度を活用できない。では、別のゲームではどうなる? もしかしたら、活躍できるのではないか?
そう、『MARS』のように、超能力強度が制限されないゲームならば!
よし、思い立ったら即行動だ。
「ヒスえもーん、超能力強度が高くても制限されない格ゲーをやりたいんだー」
遊戯室を出て、俺はヒスイさんを探す。
すると、ヒスイさんはガーデニングの部屋でしゃがみこみ、宇宙植物マンドレイクのレイクと、猫型ペットロボットのイノウエさんを愛でていた。
俺の姿を見たヒスイさんは、立ち上がると嫌な顔一つせず対応してくれた。
「ヨシムネ様が持つ超能力を存分に使える格闘ゲームですね。こちらはどうでしょう」
ヒスイさんがそう言うと、俺の目の前に画面を空間投影してゲームの画像を見せてくれた。
「むむ、『超神演義』?」
「日本語での発音は、『超神演義』ですね。プレイヤーは仙人となり、超能力である神通力を使い戦います。東アジアの古代王朝『殷』の末期、いわゆる『殷周革命』が舞台となっています」
「仙人かー。『殷』ってことは、中国のゲームかな?」
「21世紀でいう中国の文化圏で作られたゲームのようですね」
「それじゃあ、次の配信はこのゲームにしようか。気軽にやりたいから、まずは録画で」
「了解しました。ゲームを購入しておきます」
というわけで、ヨシムネ、仙人になる!
◆◇◆◇◆
昼食を挟んで午後、俺は撮影準備を終えたヒスイさんと一緒に、VR空間であるSCホームまでやってきていた。
もはや俺の第三の実家と言ってもいい日本家屋の風景が、心を落ち着かせてくれる。
そんな中、俺はヒスイさんチョイスのチャイナ服を着て、さらには髪をお団子ヘアーにして、いかにもな中華娘となっていた。
もはや、俺は可愛い女の子の格好をしても、何も感じなくなっていた。俺のために用意されたはずの男ボディには、すでにロボット用簡易AIがインストールされて家の留守番役となっているし、はたして俺が男に戻る日はやってくるのだろうか……。
もう一生この女の子ボディでもいいやと思い始めているのだが、何か間違っていやしないだろうか。
そんなことを思いつつ、目の前で撮影開始のカウントが過ぎるのを待つ。そして――
「どうもー。21世紀おじさん少女だよー。今回は、新しい対戦型格闘ゲームをプレイする様子を配信していこうと思う」
「助手のヒスイです。対戦ゲームということで、今回もヨシムネ様の高い壁役として立ちふさがろうと思います」
「言ったな……? 今日は、ただの格ゲーじゃないぞ? なんと、超能力強度を制限されない、俺のためにあるようなゲームらしいぞ!」
「チョイスしたのは私ですけれどね」
そんな前口上を二人で述べて、ゲームの紹介に入る。ライブ配信ではないので、早足での進行だ。
「というわけで、今日プレイするゲームは、こちら!」
俺がそう言うと、ヒスイさんは手に持ったキューブ状のゲームアイコンを掲げてゲームを起動した。
そして、背景がタイトル画面に変わったところで俺はタイトルコールを入れる。
「『超神演義』!」
「『超神演義』は、紀元前の古代王朝『殷』を舞台にした対戦型超能力格闘ゲームです。プレイヤー達は仙人と呼ばれる超人となり、神通力と呼ばれる超能力を駆使して戦います」
「仙人! 神通力! アジア圏に住んでいた俺としては創作分野で馴染みが深い単語だけど、宇宙に飛び出した視聴者のみんなは知っているのかな?」
「どうでしょうか。仙人とは人が膨大な年月の修行を重ねることで、人を超えるに至った存在です。仙人の概念は道教と呼ばれる宗教と密接な関わり合いがあるのですが……、今回は省略しておきましょう」
「視聴者達も宗教にはそこまで興味がないだろうしな」
いや、神話とかのファンタジー要素はゲームの題材になることが多いから、知識だけなら意外と受け入れられたりするのか?
まあいいや。
「このゲームでは、オフラインのモードとして主にストーリーモードとアーケードモードがあります。今回は、このどちらかをやっていく形となりますね」
「さすがに、いきなりオンラインのランクマッチには挑む気はないからな。で、二つのモードの違いは?」
「ストーリーモードは仙人達が所属する『闡教』の道士、姜子牙となって、敵対する『殷』の武将や『闡教』とは別の派閥である『截教』の十天君などの仙人と戦うシナリオです」
「おー、やっぱり『封神演義』が元ネタのゲームなんだな」
『封神演義』という、『殷周革命』をモチーフとした中国の古典文学がある。人間達の戦争に介入した仙境の仙人達が、激しいバトルを繰り広げるファンタジー小説らしい。どうやら単語を聞くに、これはその小説を元にしたゲームのようだ。
「そのようですね。惑星テラの東アジア地域で、千年以上昔に書かれた古典『封神演義』がモチーフとなっています」
「『封神演義』は子供の頃、少年漫画雑誌で連載されていたのを読んだから知っているぞ。でも、主人公は太公望じゃないんだな」
「姜子牙は太公望の別名です」
「あ、そうなの」
マジか。そんな名前、漫画には出てこなかった気がするぞ。
「ちなみに太公望、姜子牙と呼ばれる人物は、『封神演義』オリジナルのキャラクターというわけではありません。『殷周革命』で東アジアの古代王朝『殷』を滅ぼした、『周』の武王に仕えたとされる軍師です」
「へー、歴史上の人物なんだ」
確かに、『封神演義』と関係ない釣り名人としても日本で知られていたな。
「そうですね。過去視を行なう歴史実験で、実在が確認されたようです。名前は姜子牙とは異なるようですが、立場が一致する人物がいるのだとか」
うわ、やっぱりすげえな、未来の技術。過去を直接観測して、正しい歴史を確認できるのか。
さらにヒスイさんは解説を続ける。
「太公とは父や祖父を指す言葉です。すなわち、太公望という名は『父が望んでいた者』という意味となります。姜子牙は、『周』の武王の父、文王が待ち望んでいた人物だったのです」
「あだ名かー」
面白い経歴持っているんだな、釣りバカ軍師こと太公望は。
「ストーリーモードはその太公望を中心とした物語です。一方、アーケードモードは、予め用意されている仙人の中から自由にキャラクターを選び、無作為に選ばれた仙人達と七回戦います。また、キャラクターエディットが可能で、エディットしたキャラクターにはプレイヤー自身が持つ超能力適性を反映させることができます」
「うん、それそれ。今回の目的はそのキャラクターエディットで、俺の未来視の能力をそのままゲームで使うことだ。ストーリーモードは放置して、アーケードモードに挑戦だな」
「では、そのように」
「おっと、ちょっと待った。アーケードモード挑戦の前に、一つやることがあるんだ」
「はて、なんでしょうか?」
予定にない、という顔をしてヒスイさんが頭に疑問符を浮かべる。
ふっふっふ、やるべきこと。それは――
「対戦モードで、ヒスイさんと超能力全開で勝負だ!」
俺がそう宣言すると、ヒスイさんは一瞬ぽかんとした顔になり、そして深い笑みを浮かべた。
「壁は高いですよ」
「超能力強度が超絶高い俺と、超能力が使えないAIのヒスイさん。この条件の差があっても、勝ち誇っていられるかな?」
「受けて立ちましょう」
俺達はタイトル画面を背景にして、視線を交差させ幻想の火花を散らした。
たとえ『St-Knight』でチャンプと互角の戦いができるヒスイさんであろうと、負けるつもりはこれっぽっちもないぞ!