106.クックマン・シミュレーター(シミュレーター)
「チャーハン作るよ!」
『急になんぞ』『わこつ』『わこっち』『あれー? いつもの口上はー?』『すでにゲーム画面だし……時間飛んだ?』
ライブ配信開始と同時に叫ぶと、視聴者達がいつもと違う展開に疑問の声をあげてくる。
定番の挨拶から始まるいつもの配信は安心感があるだろうが、たまにはこういうのもかまわないだろう。チャーハンを作るときに「チャーハン作るよ!」と宣言するのもまた様式美なのだ。21世紀初頭のインターネット上での偏った様式美だが。
「今日はお料理配信です!」
俺は視聴者に向けて、腕を組み仁王立ちしながら言った。
俺の背後には、今回扱うゲームのタイトル画面が表示されていることだろう。
「今回はリアルのキッチンは使わず、この『クックマン・シミュレーター』で料理をしていくぞ」
前回の配信に引き続き、今回もシミュレーターである。その名の通り、料理人になって料理をするシミュレーターだ。
『わざわざシミュレーターでやるのか』『チャーハンってそんなに手が凝った料理だっけ?』『リアルで刃物とか使うのをハラハラしながら見るのがいいのに』『料理できるヨシちゃんに料理シミュレーターっているの?』
「おいおい、みんな、今回は俺じゃなくて視聴者向けのゲームチョイスなんだぞ?」
事前に予測していた視聴者達の反応に、俺はニヤリと笑って言葉を返す。
「俺の配信で料理に興味を持った人も多いと思う。でも、リアルで料理するのは刃物とか火とか怖いし……それならば、まずはVR空間でシステムアシストを使わない料理に十分慣れてから、自信を持った後にリアルに移行すればいい。そんなとき役立つのがこの『クックマン・シミュレーター』だ!」
『ほうほう』『ヨシちゃん結構配信中に料理するから、そういう人もいるかも』『確かに段階を踏むのは大事だよな』『MMOの料理は確実にアシスト入っているだろうしね……』
うむ、理解してくれたようでなによりだ。
さて、それでは早速、話を進めていこうか。俺はタイトル画面からスタートを選び、シミュレーターを開始する。
まずは、扱うキッチンの種類を選ぶ。
チャーハンということで火力の出せる中華料理店の厨房的なキッチンを選んでもいいのだが、今回は21世紀風の一般家庭用システムキッチンを選ぶ。その理由は……。
「今日のテーマは男の料理! 俺にふさわしい料理だな! というか俺はそんなに料理詳しくないから、何か作ろうとすると自然と男の料理になるぞ!」
『男』『どこに男が?』『ヨシちゃんはもう女なんだよなぁ……』『格好からして女の子』『どこの民族衣装?』『性別を超越するといろいろ楽ですぞ』
「格好は……気にするな!」
今日の衣装は、黄色い和服の上に割烹着を着ている。古き良きお給仕さんスタイルである。
もちろん、いつも通りヒスイさんがプロデュースした衣装だ。
「ちなみに今日、ヒスイさんは試食担当なので、料理が完成するまでは登場しないぞ」
『えー』『残念』『しゃあないな、代わりに私がコメントでコンビを務めるよ』『いやいや俺が俺が』『俺が……俺達がヒスイさんだ!』
いや、さすがにヒスイさんそんなにいっぱいは、いらないかな……。
「というわけで男の料理だ。日本の独身男性の代表料理といえば、チャーハンだ。あとカレー。料理がろくにできないのに、男という生物はこの二つの料理を作ることに執着をしてしまうんだ」
『まことにー?』『21世紀人の生態ってやつ?』『今の時代は料理する人間なんて絶滅危惧種だからな……』『ヨシちゃんもチャーハンにこだわりあるの?』
「俺も21世紀の頃は日本の独身男だったからな、チャーハンはよく作ったぞ」
一人暮らししていた大学時代とか。実家に居た頃? 料理は母親に頼り切りだったよ!
さて、シミュレーターはすでに開始されている。背景は、食卓が一望できるシステムキッチン。食卓にはすでにヒスイさんが座って無言で待機している。視聴者に対してコメントを挟んでくるつもりはないようだ。
「材料取りだしていくぞー」
そう言いながら、俺はキッチンに備え付けられた冷蔵庫を開ける。すると、目の前に料理の材料の一覧メニューが表示された。
俺は、その一覧の中からチャーハンに必要な食材を取りだしていく。
「冷やご飯、卵、豚肉の細切れ、植物油、醤油、鶏ガラスープの素、塩胡椒……以上!」
『そんだけ』『まあチャーハンだしな』『21世紀の風俗詳しくないけど、油とか塩胡椒って冷蔵庫から出すもの?』『あれ、野菜は?』
「調味料の類も数を考えるとキッチンに並べきれないので、シミュレーターの仕様で全部冷蔵庫から出すようになっているな。ちなみに野菜は……いらん! 切るのめんどい!」
『お料理配信なのにめんどいとか言いだしたぞ、こやつ』『これが男の料理かぁ』『男の料理と、ものぐさなのって関係あるんですかね?』『ヨシちゃんいつもは、結構丁寧に料理していると思うんだけどなぁ』
だって、チャーハンだよ? そんなに真面目に作ってどうするの。
チャーハンを作ることに男はこだわると先ほど言ったが、俺自身はそんなに執着していないんだ。今回チャーハンを選んだのだって、配信で時間をかけずに手軽に作れそうだと思っただけだしな。
「んじゃあ、まずは手を綺麗に洗って……」
システムキッチンの蛇口から水を流し、備え付けのハンドソープを使って手を洗う。21世紀風システムキッチンなので、ナノマシン洗浄などという未来の世界の便利アイテムはついていない。
「まずは豚肉を切っていくぞー」
キッチン下部の収納を開けると、調理道具の一覧メニューが表示されるので、そこから包丁を取り出す。
さらに、壁際に置かれている食器棚から、皿を一枚取り出した。
そして、まな板に豚肉の細切れを置き、ほどよい大きさに切っていく。リアルではなくVR空間だからか、刃物を使っても視聴者の怖がる反応はない。
「包丁を使うとき注意するのは、にゃんこの手を心がけることだ」
『にゃんこの手』『なにそれ可愛い』『左手のこと?』『背景でヒスイさんが超反応したんですけど』
「ヒスイさんはスルーしておきましょう。にゃんこの手は、左手をこうやって丸めることで、指を包丁で切ってしまわないようにすることだ。結構大事なことだぞ!」
切る食材の形状によっては、にゃんこの手にできないことも多いのだが。まあ、心構えだな。
そうして俺が、二人分の豚肉を切り終え、皿に載せていく。次に移りたいが、肉を触ったので水で軽く洗う。
そして、卵を二個割ってお椀に入れ、箸でかき混ぜておく。
「はい、下ごしらえ終わり!」
『はえー』『野菜ないとこんなもんか……』『ネギすらねえや』『栄養偏るー』
チャーハンなんて、炭水化物摂取用の料理って割り切るくらいでいいと思うぞ!
「さて、次に取り出しますは中華鍋。ごつい! 重い! 正直フライパンでええやろって思うけど、雰囲気出るので中華鍋だ!」
黒光りする中華鍋をキッチン下部から取り出して、ガスコンロの上に置いた。
そしてガスコンロのスイッチをひねり火を点火し、中華鍋が温まったところで油を引き、豚肉を投入する。
豚肉を炒めて火が通ったところで、溶き卵、そして冷やご飯と鍋に入れていく。
さあ、チャーハン作るよ! お玉でご飯を炒めていく。
「ふーんふーんふーん……」
『ご機嫌な鼻歌だ』『今のヨシちゃんは鼻歌すらも綺麗に聞こえるなぁ……』『聞いたことない曲だ』『なんて曲?』
鼻歌を歌いながら手早く炒めていくと、視聴者が鼻歌に食いついた。まあ、適当に歌っていたわけじゃなくて明確にメロディがある鼻歌だったから、気になったのだろう。
「この曲は、『COOK・クッキング』っていう20世紀末の曲だな。テレビの料理番組のテーマソングで、俺が学校に通うようになる前の幼い頃毎日聞いていたんだ」
幼稚園に入るよりさらに前のことかなぁ。やけに耳に残っていて、そして大人になってからインターネット上でこの曲を見つけて、タイトルを初めて知ったのだ。
と、そんな会話をしているうちに、ご飯に火が通ったので、醤油、鶏ガラスープの素、塩胡椒で味付けをする。
「本当はチャーハンって、業務用コンロの大火力で一気に炒めた方が美味しいらしいんだけど、今回採用した家庭用ガスコンロじゃそんな火力は出ないので、じっくり炒めているぞ。さて、完成だ」
俺は火を止め、食器棚から大きめの深皿を二つ取り出し、中華鍋からお玉で深皿にチャーハンを盛り付けていく。
盛り付け終わったところで、食べるためのレンゲを深皿にそえ、キッチンから見える食卓に深皿を運ぶ。
「さて、いただこうかヒスイさん。味覚共有機能も今日はオンになっているから、視聴者のみんなも味わってくれ」
「はい、いただきます」
レンゲを手に取り、口にチャーハンを運ぶ。
うん。うん。うむ。
まあまあよくできたんじゃねえの?
「ヒスイさん、どうかな?」
「はい、そうですね。……普通です」
『可もなく不可もなく』『特別美味しいって感じではないな』『自動調理器や料理屋ほどの味はない』『悪くはないんじゃない?』
「おっ、野菜抜き男チャーハンとしては十分な評価じゃないか」
「……誰も褒めていませんよ?」
「それなりの味があれば俺は満足かなー。今回は、『クックマン・シミュレーター』の紹介がメインであって、美味しい料理を作ることが目的じゃないからな」
『えっ、そうなん?』『男料理の真髄を見よ! とかじゃないのか』『ヨシちゃんさてはチャーハンにこだわり持ってないな?』『チャーハンとカレーへの執着とはいったい』
「本格的に美味しい料理を楽しみたかったら、リアルで料理していたかなー。チャーハンだけでなく、中華スープとかも作ってさ。今回はあくまで、料理に興味を持っている人用にシミュレーターを教える回ってことで」
そんな会話をしていくうちに、すぐにチャーハンは深皿からなくなった。
ヒスイさんも食べ終えたようだ。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様でしたっと」
『こっちもごちそうさま』『今日はもう配信終わりかー』『短かったな』『アンコールで料理追加とかない?』
おっと、なんだか終わりムードになっているぞ。
「待て待て、配信はまだ終わりじゃないぞ。料理はまだ終わっちゃいない」
「もう一品ですか?」
と、ヒスイさんが少々驚いた顔で尋ねてくる。まあ、もう一品なんて事前の打ち合わせになかったからな。でも、そうじゃない。
「料理は食べて終わりじゃないぞ! 後片付けだ!」
『あーそういう』『めんどうくさそう』『21世紀風キッチンでの後片付けってどうすんの?』『自動調理器に食器突っ込んで終わりとかできないよね』
「蛇口の水と洗剤で食器を洗います! まな板も肉を置いたのでちゃんと洗剤で洗わなきゃいけないぞ。中華鍋はステンレスじゃない鉄鍋なので、これもまたお手入れが大変だ」
ナノマシン洗浄で一発とはいかないのだ。その点、料理に興味を持ってくれた視聴者への参考にはならないな。
「それじゃあ、21世紀のお片付けを見せていくぞー」
そうして俺は、視聴者に向けて食器洗いの光景を見せていくのだった。
本来はめんどうくさい料理の片付けも、配信でやるとなると楽しめるものだね。
そうして、今日の料理配信は大きなトラブルもなく、楽しい一時をお送りすることができたのであった。