103.マーズマシーナリー・シミュレーター(シミュレーター)<1>
「あー、マーズマシーナリー動かしたいなー」
『わこつ』『わこわこ』『いきなりどうした』『いつもの口上は?』
本日のライブ配信。俺は、配信開始と同時に小芝居を始めていた。
「マーズマシーナリー動かしたい! でも『MARS』ばっかりは飽きるなー」
『飽きるほどやってから言え!』『エースランク目指して。役目でしょ』『心臓熱くして?』『ストーリーもまだ一周だよね』
そんな視聴者のコメントを無視して、俺は続ける。
「そんなときは、このゲーム! 『マーズマシーナリー・シミュレーター』だ!」
俺は、手元にゲームアイコンを出現させると、それを頭上に掲げゲームを起動した。
日本家屋の背景が崩れていき、赤茶けた荒野へと変わる。その荒野には、一台のマーズマシーナリーが立っていた。
「改めて、どうもー、21世紀おじさん少女だよー。今日はマーズマシーナリーのシミュレーターをやっていくぞ!」
『はい』『うん……』『今の茶番はなんだったの?』『ヒスイさんは?』『つまんね』
「小芝居の評判悪い! あ、ヒスイさんはちゃんといるぞ。不可視になってもらっていただけで」
俺がそういうと、俺の隣にヒスイさんが出現する。
「助手のヒスイです。皆様、うちの妹が申し訳ありません」
「何か俺、謝らせるようなことしたかな?」
「開幕からすべりました」
「それくらいで謝らなくていいから!」
『コメディ番組かな?』『私知ってる。これ漫才っていうんでしょう』『ヒスイさんのいないヨシちゃんは駄目だな』『ゲームはー?』
おっと、いかんいかん。ゲームのことを忘れていたぞ。
ゲームは今、タイトル画面で止まっている。背景の荒野では、青いマーズマシーナリーがただ立つのみだ。説明書を読む限りでは、この荒野は300年以上前の惑星マルスのはずだ。今回は事前にちゃんと説明書を読みこんでいる。
「じゃあマーズマシーナリーを動かすシミュレーター、始めるぞー」
タイトル画面でゲームスタートを選択。すると、ステージ選択画面が出てきた。
アバターの見た目を決定する項目はない。説明書の説明だと、SCホームで使っているアバターがそのまま適用されるようだった。
俺は山、谷、平地等の簡素な名前が並ぶステージ選択画面から、一番上の項目であるチュートリアルを選んだ。
『今更チュートリアル?』『『MARS』で操作方法は解っているでしょ』『別に全部見せる必要ないのよ?』『いやまあこのゲームの独自要素があるかもしれんし』
ふっふっふ、視聴者達はまだ気づいていないようだな。このシミュレーターがどのようなゲームかというのを。
背景が切り替わり、俺はどこかの倉庫の中へと移動した。
俺とヒスイさんのアバター衣装は、作業服に変わっている。
『マーズマシーナリーに乗り込もう!』
そんなシステム音声が流れる。
倉庫の中には、プレイヤーの人数だけ用意してあるのか、二台のマーズマシーナリーが壁際に待機している。
青い塗装がされた機体だ。
「あれは確か、北アメリカ統一国製のスピカだよな?」
「そうですね。『MARS』におけるスノーフィールド博士の初期機体です」
『スピカええやん』『戦争初期の機体がチュートリアル機か』『敵は球体戦闘機あたりかな?』『私はベニキキョウの方が好き』
とりあえず、チュートリアルを進めよう。
俺とヒスイさんは、それぞれの機体の足元に近づいて、爪先のパネルを操作してコックピットのハッチを開け、搭乗用のロープを下ろした。
『あれ、ヒスイさんもやるの?』『AIでもマーズマシーナリーを操作できるゲームか』『マザー大歓喜やん』『ねえこのゲームってもしかして……』
おっと、気づいちゃった視聴者がいるかな? でももう少し黙っていてくれよ。
俺は作業服のベルトについている腰のカラビナをロープのフックにつけて落ちないようにする。そして、ロープの先についている足用のフックに右足をかけ、手元のスイッチを押す。すると、ロープが巻き上げられ、コックピットまで移動した。
ロープのフックからカラビナを外し、ハッチを閉め、そしてコックピットの座席に座る。
それと同時に、チュートリアルのミッションが次に進んだ。
『マーズマシーナリーを歩かせてみよう』
「さて、作業開始だ!」
俺は、様々な計器や操作盤、左右のレバー、そしてフットペダルのついた複雑なコックピットを前にしてそう気合いを入れた。
『えっ、何これ』『何この……何?』『俺の知っているコックピットと違う!』『マザーの顔より見たマーズマシーナリーのコックピットが……』
思った通りの視聴者の反応に、俺の顔はにやける。
「そりゃあそうさ。このゲームは、重機としてのマーズマシーナリーのシミュレーターだからな!」
俺がそうネタばらしをすると、視聴者達は『ああそういう……』と反応を返してくる。マーズマシーナリーは超能力を使って操作するため、コックピットはかなり簡略化されている。だが、超能力操作化以前の、重機として使われていたマーズマシーナリーは違う。
俺は笑いながら、視界に表示されるARに従って機体の核融合エンジンを起動。さらに、通信機のスイッチを入れ、ヒスイさんの機体と通信を開始した。
「ヒスイさん、ヒスイさん、聞こえているかな?」
『こちらヒスイ。感度良好です』
「じゃあ、ゲームの解説をよろしく」
『はい、『マーズマシーナリー・シミュレーター』は、サイコタイプに改造される以前の作業用マーズマシーナリーを動かすシミュレーターです。かつての惑星マルス、火星にてマーズマシーナリーを動かし、当時行なわれていた開拓工事を体験します』
「シミュレーターは、実在する何かを再現して疑似体験させるソフトウェアのことだな。職業訓練に使ったりする。俺がいた21世紀の自動車教習所では、事故回避の訓練用として自動車運転のシミュレーターがあったりもしたな」
『重機のシミュレーターかぁ』『シミュレーター界は奥が深い……』『自動車のシミュレーターを興味本位でやったことあるけど、レースゲームの方が面白かったな』『シミュレーターってゲームとは違うの?』
「純粋な訓練用のシミュレーターもあるし、遊ぶためのゲームの一種であるシミュレーターもあるぞ。マーズマシーナリー・シミュレーターは後者だな」
俺は、AR表示されるコックピットの機能を一つ一つ頭の中に叩き込みながら、そう視聴者に答えた。
「ゲームとしてのシミュレーターといえば、21世紀ではドイツで愛好されていたらしいな」
『ドイツってどこ?』『おいおい世界史忘れたのかよ』『第三次世界大戦以前に存在したヨーロッパ国区の国だ』『大ヨーロッパ連合のもとになった国は、細かすぎて忘れちゃうんだよね』
この時代の人達は脳に情報を叩き込んでくれる機械を使って教養や常識を学習するらしいが、それでも忘れることってあるんだな。ちなみに俺はヨーロッパにあるどの国がどの位置にあるか全然覚えていないぞ! 日本列島の都道府県の位置も怪しい。
『このマーズマシーナリー・シミュレーターは、ヨーロッパ国区に本社があるゲームメーカーによって製作されました。昔でいう、ドイツがあった場所のアーコロジーですね』
「ドイツ製かよ! 国民性変わってなさそうだなぁ……」
この時代の日本人もVRギャルゲーとかいっぱい作っていそう。アメリカ人は過激なゲーム作っていそう。完全に偏見である。
「ちなみに俺は21世紀だと、そこそこフライトシミュレーターをプレイしてきたぞ。フライトシューティングじゃなくてな。個人用軽飛行機を飛ばすやつとか、航空旅客機を飛ばすやつ」
『21世紀の航空旅客機……』『昔の飛行機とか列車は事故が大規模すぎて怖い』『自動車事故の数もすごいぞ!』『この時代に生まれて本当によかった……』
あー、事故ね。本当に多かったよな、乗り物の事故。人類の文明が進んだ代償だとか21世紀にいた頃は思っていたが、さらに文明が進んだこの時代だと事故はほとんどなくなったというから、単純に過渡期だったんだな。
「さて、おしゃべりはここまでにして、チュートリアルをクリアしてしまおう。歩かせればいいんだよな。これはフットペダルで……」
右のフットペダルを踏み込むと、俺の乗っているマーズマシーナリー、スピカが前進した。
よし、ミッションクリアだ。
『作業用ブレードを手に持とう!』
すると、次なるミッションが音声案内された。
コックピットのモニターの中に、『MARS』で武器として使われていたブレードが見えている。
俺はブレードの前まで機体を歩かせ、手元の操作盤を動かしてモニターの中のブレードに指示マーカーをつける。
そして、右のレバーを動かして右腕を操作し、マーカーの位置に右腕の先を誘導。ブレードが近づいたところで、スピカは自動でブレードの柄を握った。
ふむ、さすが24世紀の重機。サイコキネシスが無くても、ある程度自動で操作がなされるってわけか。
『ブレードで石材をカットしよう!』
その音声と共に、倉庫の中に突然石材が出現する。
次のミッションは、加工か。
俺は、スピカを石材の前に移動させ、モニターに映る石材の切り取りたい部分にラインマーカーを引く。そして、右レバーを動かし機体がブレードを振るうと、石材はラインマーカーの位置通り、綺麗に切れた。
『チュートリアルクリア!』
「おおー、すぱっと切れたな」
『マーズマシーナリーのブレードは高振動カッターだからね』『サイコバリアで保護していなくても金属板くらいは切れる』『だからって兵器転用して近距離戦するのは頭おかしいと思うの』『わざわざ遠距離から攻撃できる利点を捨てるからな……』『捨てるだけの価値はある』『ブレード威力高過ぎ問題』
確かに、ゲームじゃなくてリアルの未来の戦争で、近接攻撃が使われていたってよく考えるとおかしいよな!
ロボットゲームやロボットアニメに毒されすぎていたが、戦争は遠距離から一方的に攻撃できる方が強いのをすっかり忘れていた。
でも、ロマンはあるよな、ロボットが剣を使うのって。太陽系統一戦争でブレードが使われていたのは、ロマンではなく攻撃力が理由のようだが。
『ヨシムネ様、こちらもチュートリアル完了しました』
と、ヒスイさんから通信が入る。
よし、それじゃあいよいよ工事を開始していこう。
火星を開拓したという名重機マーズマシーナリーが、どう活躍したのか確かめてみよう!