1.あさおんから始まる未来世紀
朝起きると、女になっていた。
驚愕した。何か寝苦しいなと感じて目が覚めたのだが、身体がいつもの自分のものじゃなくなっていた。胸がある。
身体だけじゃない。服装も変わっている。Tシャツにルームパンツで寝ていたはずなのに、何やら見慣れない女物の服らしきものを着ている。
というか掛け布団がない。もう冬だというのに。
…………。
いや、待て。ここはどこだ。
見慣れぬ天井に、はっとなり、俺は寝たままだった上体を起こした。周囲を見渡してみると、昨夜就寝したはずの寝室じゃない。
病室のような窓のない真っ白な部屋。俺が横たわっていたのは掛け布団のない白いベッド。そして……胸のある自分の身体。
腕を上げて手の平を見てみると、これまた見覚えのないほっそりとした指先が見えた。農作業で日に焼けていたはずの肌も、透けるような白さになっている。
首の後ろに違和感を覚えたので手を当ててみると、伸びた髪の毛が手に当たった。これもおかしい。三日前に床屋で刈り上げにしてもらったばかりなのだ。
いったい、俺はどうしてしまったというのだ。
「お目覚めになりましたか」
背後から唐突にかかった声に驚いて、肩が跳ねた。
振り返ってみると、そこには若い女性が立っていた。
「気分はどうですか? 調子の悪いところは?」
女性が無表情でそう尋ねてくる。
俺はとりあえずこの状況に対し、何か手掛かりが掴めないものかと、背後の見知らぬ女性との対話を試みることにした。
「ええと、よく解りません。頭が痛いとかはないです。ええと……」
こちらも何か尋ねてみようと思ったが、聞きたいことがあまりにも多すぎて言葉に詰まる。
しばし逡巡し、そして思いつくままに言った。
「ここ、どこですか……?」
「惑星テラ第五十八国区ニホン、カナガワエリア、ヨコハマ・アーコロジー、第三実験区二十一多目的実験室です」
「…………」
よく解らないけれど、たぶん神奈川県の横浜……? 俺が住んでいるのは山形のはずだが……。
いや、それよりもエリアだの国区だのといった言い方はなんだろうか。普通に聞いたら、なに回りくどい変な言い方をしているんだ、となるけれど、今の俺は〝女になっている〟奇妙な状況なのだ。もしかすると、この言い方にも意味があるのかもしれない。
「ええと……日本国の神奈川県横浜市ではなくですか……?」
「はい。この惑星において、国家というものは宇宙暦元年に存在しなくなりました。今は国区という地区にその名残を残すのみとなっています」
「宇宙暦元年……?」
「はい。現在は西暦2630年。宇宙暦299年となっております」
「なに言ってんの……?」
西暦2630年……? ちょっと待って。ジョークだよな、さすがに。いくら俺が女になっているからといって、そんな未来にいるだなんて……。
「わたくしは、あなたの日常サポートを担当させていただく有機ガイノイド、ミドリシリーズのヒスイと申します。失礼ですが、あなた様のお名前をお教えいただけますか?」
「あっ、はい。瓜畑……瓜畑吉宗です」
「ウリバタケ様ですね。今から、ウリバタケ様にはとても辛いことをお伝えしなければなりません。心して聞いてください」
「はい……?」
「ウリバタケ様。残念ですが……あなたはお亡くなりになりました」
……マジで?
◆◇◆◇◆
ヒスイさんが言うには、俺は死んだらしい。
じゃあここは天国か何かか、と聞いたが、違うと言われた。そういえば普通に神奈川の横浜って言われてたな。
なんでも、俺はこの27世紀の時代から200年前の25世紀に行われた、『過去を覗く時空観測実験』の失敗で死んでしまったらしい。
「こちらが時空観測実験で干渉された直後の、21世紀のウリバタケ様の家屋跡となります」
そう言ってヒスイさんは、空中に画面のようなものを投影して見せてくれた。そこに映っていたのは、俺の住む家の敷地と、その中心にある見事なクレーター。
俺は家ごと時空に飲まれて死んでしまったようだ。
そして、失敗した時空観測実験が行われてから200年後の今現在。新たに行われた実験で〝次元の狭間〟とかいう場所を研究者が覗いたところ、俺が死体となって漂っていたらしい。そこをサルベージされ、死体から魂を引き出し、ガイノイド……女性型アンドロイドのボディに魂をインストールしたというのだ。
正直、信じ切れない。テレビのドッキリや映画の『トゥルーマン・ショー』を疑うところだ。
だが、今の俺は女になっている。たかがドッキリのために性転換などしていられないだろう。というか、身長すら変わっているので、手術で性転換しているわけじゃないのは解る。現代の技術ではおそらく不可能だ。
なので俺は、自分の死体を見せてもらうことで、この現実を受け入れることにした。
……死体はグロかった。なんかねじ切れていた。
口の部分は無事だったので、歯の治療痕で自分の死体だと理解できた。
というわけで、俺は27世紀の未来にタイムスリップして、女になってしまった。女というかアンドロイドだが……。
「バイオ動力炉搭載なので、食事もできますよ。機能選択で、ほとんど人間と変わらない生理現象も起こせます」
そうヒスイさんに言われたが、トイレとかの必要がなくなるならば、ボディの機能を人間に近づけすぎない方がいいな。
しかし、今後はどうしたものか……。今は保護をしてもらっている状態なのか?
そこのところをヒスイさんに聞いてみたのだが……。
「ヨシムネ様のご遺体は、21世紀の人類の医学的・考古学的な価値があるため献体され、その貢献が認められ一級市民の資格がヨシムネ様に与えられる予定です」
「えっ、俺の死体、研究とかに使うの?」
敬語は不要と言われたので、ヒスイさんにはタメ口だ。
代わりに、名前呼びをしてくれるよう頼んでいる。瓜畑ってなんかダサいからな。
「はい。ご不快でしたか? これ以上の研究を拒否し献体を拒むのでしたら、準一級市民に降格してしまうのですが……」
「あ、いや。俺、ドナーカードとかも持っていたし、医学とかの学問に貢献できるならいいかな。死体を墓に埋めるとか言っても、まだこうして生きているしね」
「現代の人類は魂だけとなっても生きられるため、ご遺体を墓地に埋めることは稀になっていますね」
未来人すげえ。
魂とかいうスピリチュアルな物が解明されているなんて、ファンタジーすぎると感じるが……それをアンドロイドにインストールするとか、ファンタジーじゃなくてSFだな。これがアンドロイドじゃなくてゴーレムだったら、完全にファンタジーだった。
「で、一級市民と準一級市民とか言っていたけど、何か違うの?」
「市民の階級は、月に配布されるクレジット……お金の額が違います。また、階級が高いほど惑星在住の許可が下りやすくなります」
「え、もしかしてスペースコロニーとかある系?」
「ありますね」
宇宙暦とか言っていたしな……。
「地球の人口が増えすぎて、宇宙に進出してる感じ? ちょっとワクワクしてきた!」
「惑星テラは自然環境保護の観点で、〝人の住まない土地〟を増やすために宇宙への入植が進みました」
「あ、地上が建物でみっちりとか、自然が破壊されすぎて酸の雨が降り注ぐとか、そういうのじゃないのね」
「宇宙に土地は有り余っていますからね。惑星テラを密集地にする必然性がありません」
600年後の未来か。想像もつかないな。
俺の居た21世紀から600年前の昔というと、どの時代だ? 戦国くらいか? 室町だったかもしれん。ともかく、生活様式が全く異なるくらい昔だ。馴染めるのかな、俺。
「で、一級市民とかいうものになった俺は、どんな仕事につけばいいんだ? 農家だったけれど、その知識は役に立ちそうか?」
「農家の知識は考古学的な価値があるかもしれませんので、後日、研究機関からアプローチがある可能性があります。ですが、仕事については、特にやる必要はありませんよ」
「え?」
仕事が、必要ない? 一級市民ってそんなにすごい階級なのか!
「21世紀とは違い、科学技術の発展の結果、宇宙3世紀の現在、人類は働く必要がなくなりました」
「えっ、人類単位?」
「はい、人類全てです。過去、技術的特異点に到達した人類は、機械にその全ての労働を任せ、またその監督も人工知能に任せるようになりました。そして人類は労働から解放され、いかに幸せに生きるかを追い求める生物へと進化しました」
「働かなくてもいい……あ、だからさっき言っていたお金の配布ってことね」
「はい。人類は二級市民、準一級市民、一級市民と階級が分かれていますが、最下級の二級市民でも、何不自由なく幸福な生活を過ごせるだけのクレジットが配布されます。一級市民に配布クレジットが多いのは、趣味で研究をする人が多いため、機材購入に資金がより必要になるからですね」
「はー、すっご」
働きたくないとは常日頃から散々思っていたが、誰も働かなくていい世界なんて想像もしたことがなかった。
「ヨシムネ様は、農学の研究職をご志望なさいますか?」
「あ、いえ……働きたくないです」
27世紀の農学を一から覚え直すなんて、絶対に嫌だ! 俺は勉強が嫌いなんだ!
「そうですか。では、日常の雑多なことは私にお任せいただいて、ヨシムネ様は生活を楽しんでください」
生活を楽しむか……。
俺の一番の趣味と言えば、テレビゲームだ。それを日がな一日中遊べる……なにそれ、幸せすぎる。
「ヒスイさん、今の時代、デジタルゲームってちゃんとあるよな? テレビゲームとも言う」
「はい。二級市民の人口の九割以上がゲームをして日々を過ごしていらっしゃいます。ソウルコネクトゲームというもので……そうですね、21世紀風に言うと……フルダイブVRゲームとでも言うのでしょうか」
「フルダイブ! すげえSFっぽい!」
「ふふっ、この時代ではサイエンスではありますけれど、フィクションではありませんよ。枯れた技術です」
そうして俺は、苦しくて仕方のなかった農作業から解放され、ゲームをするだけでいい生活を手に入れたのだった。
夢のような生活だが、21世紀に未練はある。両親は健在で、一緒に農家を経営していた。両親は偶然、家の外でドライブ中だったので、時空観測実験の事故とやらには巻き込まれていないだろうが、過去に残していくのは心配だ。
しかし俺の身体はすでになく、アンドロイドのボディに変わってしまった。
もし過去へ帰ることができるとか言われても、帰るに帰れないだろう。あさおん(朝起きたら女になっていた)は現実的に考えると厳しいのだ。家も消滅したし。
だから俺は、この未来世紀で生きていくことを決めたのだった。




