隣の隣の部屋の事情
彼は宿木なのだ。
私は小鳥。やんちゃにあちこちを飛び回る。
「彼氏さん、いるんでしょ?俺とこんなことしてていいの?」
ベッドの上で聡は私の髪をくるくると指で弄る。
「いいの。心で繋がってるんだもん。あんたは遊びなんだから。それだけは承知しといてね」
”分かってるって”軽い調子で返事をした聡は、ベッドからぴょんと飛び降りた。
「どっかいくの?」
「どっかって、大学の講義。昨日言ったじゃん」
聡はズボンを履きながら、唇を尖らせる。
ズボンを履き終えると私にブラジャーを差し出した。
「ということで、美咲さんも早く出ていく準備をよろしく」
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「たっだいまー」
ドアを開けると、甘い香りがした。
これは多分クレープだな。
「……」
リビングから、顔だけを出して、孝弘が手を振る。
私も手を振り返す。
「クレープ焼いてるでしょ?」
私がズバリそう言うと、彼は嬉しそうに頷いた。
私は脱ぎずらいヒールと格闘しながら、むくんだ足に文句を垂れる。
ふと、鼻についた聡の家のシャンプーの香りに不安を覚える。
一瞬の内に硬直した私の身体は、甘いクレープが焼ける匂いと心地よいフライパンの返す音で元通りになった。
緩くなった涙腺以外は。
(きっと大丈夫。孝弘はこんなことじゃ傷つかないもん)
私はようやくにして、窮屈なふくらはぎを開放して、軽くマッサージを始めた。