服部さんがシュークリームを食べ終わるまで、少々お待ちください③
「ところで、其には愛するものはあるだろうか」
彼女が突然そんなことを言うので、僕は飲んでいたお茶を吹き出しそうになった。
「どうしたの、急に」
「我にとっては、自身とこの手にある洋菓子が、そう言える。勿論他にもある」
「自分を愛するのはいいことだね」
「あと、そうだな。”おおよそ愛を注ぐ価値はある”という項目に其が該当される」
「愛されてはなかったのか」
彼女は手に持ったシュークリームを見つめるだけで食べようとはしない。
「さあ、質問に答えたまえ。愛するものは何だい?」
「突然言われても、即答は難しいな」
「それは”数が多いので、選定に時間がかかる”ということかな?それならば節操の無い男だ」
「節操が無いとは、ひどい」
どうやら彼女の言う”愛している”というのは、男女関係のあれそれのことでは無いようだ。
そうなると”好き”なものをただただ言えばいい のかしら。
しかし、それでは彼女の意図に沿わないような予感がする。
ここは、もしかしての可能性にかけて……
「そうね、服部さんとか……かな?」
僕が弱気な声でそう言うと、彼女は少しの間黙り込んだ。
「とか……とはなんだ?」
「いや、服部さん。”とか”ってのは、照れ隠しだよ」
「なんだ、其は我のことを愛しているのか?」
「そう面と向かって聞かれると、照れるな」
「……まさか、適当に話している訳ではないだろうね」
「全然。まさか。服部さんのことはちゃんと好きだ。男女的な意味合いでは無いかもしれないけど」
僕が内心あたふたしてしまっていることに彼女は気づいているだろうか。
そして彼女の様子を見るに、こんな催しを期待していた訳ではなさそうだ。
こうなれば、直接聞いてしまうことにしよう。
「どうして、僕にそんなこと聞いたのさ?」
「実はね。これは、話の導入だったんだよ。君の愛するものが知りたかったという意もあるがね」
「そうなんだ。それなら適度に対応するべきだったね。僕は」
「何が適度なのかは知るに及ばないが、我に好意を伝えることは適度とは言えなかった訳か」
「恥ずかしいよ、やっぱり。気持ちを告白するのは」
それにしても導入とは、何だろう。
「導入を聞いたなら、本題も聞いておかないとね」
「うむ。勿論、今から言うつもりだった。だが、その前にもう一つ質問をさせてほしいんだが」
「いいよ、どうぞ」
「ああ、早速。では、其は”愛するものであっても受け入れられないことがある”というのは真理だと思うかい?」
「……」
今回は質問の意図をしっかりと理解できた。
僕にとって、これは当然でありたいものだ。
「それは、もう”お腹一杯でシュークリームを食べられません”ってことかい?」
「其は鋭いな」
彼女はそう言って、微笑んだ。