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幾度死んでも叶えたい夢  作者: 焔嵐
9/12

エピソード8:迅雷の道筋

「ううあ~……」

 机に突っ伏し、ミーナ・ヴェルデはうめいていた。

 昨晩の手紙を思い出す。

 都市外縁に住んでいる両親からの手紙だった。ミーナも今年で言葉に表せない年齢になる。だが、一人暮らしのうえ、浮いた話のひとつもないミーナを心配する内容だった。

『あんたもいい歳なのだから、いいかげん男の人の一人や二人、手玉に取ってみせなさい』

 とは、母の言。娘になんてことを言うのかと思うが、実際、若い頃の母は人気者で、男を同時に3人も囲ったことがあるとの話。よく刺されなかったものだと我が母ながら思ったものだが。

「大きなお世話よぉ」

 隣で妖精が心配そうに跳ねている。その頭を優しくなでつつ、ミーナは嘆息した。

 別に、そういうものに興味がないわけでもない。良い男がいれば、それはもう自分だってロマンスのひとつやふたつ。流行小説の類ではないが、そういう体験だってしたい。もちろんしたい。

 だが、この職場では、とんとそんな機会がない。

 奨励会の専属事務員であるミーナは、当然、週の半分以上を奨励会館で過ごす。事務員など他にはほぼいないので、自分一人で仕事をこなす。その関係で、なにげに忙しい。

 他の職員があまりいないということは、当然、出会いもない。奨励会員との出会いはあるが――彼らは決闘者だ。恋よりバトルの決闘脳。おまけに変人がものすごく多い。

「はぁ……。いい人いないかなぁ」

 死んだ目で入口を眺めていると、

「うーっす」

 一人の少年が入って来た。ヴァン・レクサスだ。

「あー、ヴァン君。いらっしゃーい」

「お、おう? どうしたんだ、ミーナ」

「どうって?」

「なんていうか……、死んだ魚みたいな目してるぞ」

「きっと日当たりが悪いせいよ」

「そ、そういうもんか?」

 窓の外を見る。確かに今日は曇り空だが、そういう問題でもあるまい。

「……ねえ、ヴァン君。ヴァン君は田舎から、決闘するために出てきたわけでしょ?」

「おう、そうだな?」

「田舎ってカッコいい男の人とかいない?」

「なんだそれ。ていうか、オレの住んでいた村なんて、いくらも人なんかいねえしなぁ」

「そっか。それはそうよねぇ……。はぁ、婚活イベントでも行くしかないかなぁ」

「婚活?」

「結婚活動。結婚したい男女が集まって、伴侶を探すってイベントよ。お子さまには縁のない悩み」

「結婚……。婚約、ってやつか?」

「そうそう。結婚の約束をするのが婚約ね。わかってるじゃ、ない?」

 ふと見れば、ヴァンは脂汗をかいていた。顔色もあまりよくない。

「どうしたの、ヴァン君?」

「いや。すっげー怖いこと思い出しただけ」

「怖いこと? ……婚活が?」

「いや、そうじゃなくて、婚約っての。いや、ありゃ約束ってわけじゃねえけど……。オレは認めてねえんだし」

「あれ、って? なに、もしかしてヴァン君、婚約者がいるの!?」

 ガタン、と椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。不肖ミーナ・ヴェルデ、他人の浮いた話を見逃すほど甘くはない!

「あ、いや、婚約者じゃねえんだって。ただ、田舎にいた時、つきまとってきてた女がいて……」

「女の子ってあれよね? ちゃんと女の子よね?」

「お前はオレをなんだと思ってんだ」

「……はぁ、ヴァン君に、婚約者」

「じゃねえっての」

 本人は否定するが、意外だった。それはもう意外だった。

 ヴァン・レクサスといえば、奨励会でもとびきりの決闘バカ。決闘以外には一切の興味がなく、つまるところ婦女子に興味を抱くようにも思えなかったのだ。良く言えば幼年学校の男児と同じ。ぶっちゃけガキ。

 なのに、なのになのに!

 婚約者!

「いやぁ、人は見かけによらないっていうか……。超意外」

「お、大きなお世話だっての」

 休憩スペースにどっかと座ったヴァンは、茶をすする。そうしていると、少しずつ奨励会員たちも集まってくる。

「よう、ヴァン」

「ヴァン、早すぎるわ」

 カンナ一門のゼル・ロッシェにシルビナ・ノワール。

「あ、ヴァンだー。やっはろー」

 レリウス門下のプリム・ローゼン。

「ヴァン! 今日こそ決着つけてあげますわよ!」

「こら、アリス、朝から野良試合を仕掛けない」

 ガリア門下のアリス・ヴァイスラントにライゼル・アズール。

「……不思議な子」

 門下の垣根を越え、彼には友人が多い。

 まだ奨励会に来て数カ月。なのに、もはや数年来の友人とばかり、仲良くしている。それは、彼の人徳とでもいうべきものだろうか。

 最初は常識知らずの、ただの決闘バカに見えていた。だが、先ほどの婚約者話ではないが、意外と彼の本性は別のところにあるのではないだろうか。

 あるいは――本性を見せていない?

「まさかね」

 ミーナがぽつりと漏らした時、

「あの」

「あ、はい」

 いつの間にか、受付の前に、見覚えのない少女が立っていた。

 雷のごとき金色のロングヘアに、質素なワンピース。柔和な笑顔を浮かべてはいるが、目つきが鋭いので、見方によっては恐ろしく感じるかもしれない。

「あの、こちらに知り合いがいると聞いて来たのですが」

「お知り合い、ですか? あの、会員の個人情報についてはお答えできかねますが……」

「そう言わず、教えてもらえませんか。実は、あたしの婚約者なんです」

「婚約者?」

 先ほどの話を思い出し、ミーナは思わずヴァンの方を盗み見た。自然、対面の少女もそちらを向き、

「あ! ヴァン!!」

「……? げっ!? エクレア!?」

 驚くヴァンめがけ、少女は突撃。そのまま跳びかかる。

「ヴァン! ヴァンヴァンヴァン! やったやった、やーっと会えた! もう、寂しかったのよずっと! なんであたし置いて都市になんか行っちゃうの探したのよもー!!」

「う、うるせ、てか離れろ! 息が、できねっ……!!」

 ヴァンへとヘッドロックをかます少女。と、シルビナが歩み寄り、その少女の首根っこをつかんで強引に引っぺがす。

「何、あなた? 私の弟弟子に何か用?」

「弟弟子? ふうん……、ヴァン、弟子入りしたんだ。あなた、誰の門下生?」

「カンナ師範よ」

「カンナ、カンナ……。ああ、あの相手の力をちょろまかすセコい決闘者」

 一瞬にして空気が張り詰める中、それでも少女は全く気にせず、平然と立ち上がる。

「あたし、エクレア・フレイガン。ヴァンの婚約者。よろしくね?」

「はぁ?」

 瞬間、空気が氷よりも冷たく張りつめ――妖精たちが涙目となった。


◇ ◇ ◇



 奨励会館二階、道場の間。

 なぜか中央で正座させられているヴァンの周囲を、皆が囲んでいる。隣にはエクレア・フレイガンと名乗る少女。対面には、シルビナ・ノワールと、どう見ても巻き込まれた感が強いゼル・ロッシェ。

「それで? ヴァンの婚約者というのは、どういうこと?」

「だから、オレはそれ、認めてねえんだっての。エクレアが勝手に言ってるだけ」

「そうなの?」

 シルビナが視線でうながすと、エクレアも答える。

「だーって、ヴァンはあたしの運命の人なのよ? ならもう婚約するでしょ? 普通のことでしょ!」

「運命の人……?」

「そう! あたしより強い人なんて、今まで誰もいなかったんだもん。なのに、ヴァンってば、あたしをあっさり蹴散らしちゃって。しかも、あたしと同じスタイルなの! これはもう運命でしょ?」

「……さっぱり意味がわからないわ」

 再び視線がヴァンに戻る。ヴァンは肩をすくめ、

「エクレアって、都市の出身なんだとよ。んで、都市で決闘してたらしいんだけど、自分と同じレベルの相手がいなさすぎて、決闘に飽きちまって……。で、田舎に来たんだとさ。そこでオレと決闘して、まあ、オレが勝っちまったんだが」

「それからずっと?」

「ああ。もうずっと。運命の人、運命の人って、つきまとわれてんだ」

 冷たい視線がエクレアに向かうが、少女はそんなことを意に介さない。

「ふふん、ようやくヴァンを見つけたんだもん。ほら、ヴァン、こんなところやめて、あたしと一緒に暮らそ?」

「嫌だよ……」

「なんでよぅ。あ、恥ずかしがってるの? 大丈夫、一緒にずっと遊べるから……」

 ゆっくりとヴァンににじり寄るエクレア。その首根っこを、シルビナがつかむ。

「ヴァンはカンナ先生の弟子で、奨励会の会員よ。勝手なことを言わないで」

「なによあなた、さっきから。邪魔ばっかりして」

「邪魔はどちらよ」

 バチン、と弾ける火花。その中で一人、ライゼルだけがうつむいている。

「……ライゼル? どうしたの?」

 隣に座る妹弟子が兄弟子の様子をうかがうが、

「いや、エクレア・フレイガン……。僕の記憶が正しいなら、たぶん……」

「……?」

 ぽつりとライゼルがつぶやいているが、ヒートアップした少女たちはそんなものに気付いてすらいない。

「気に入らないわ、あんた。ねえ、あんたも決闘者なんでしょ? なら、決着方法はひとつよね?」

 エクレアの肩に、妖精が絡みついた。蛇型の妖精は、ちろちろと舌を出す。

「そうね、叩き潰すわ」

 ひょこん、とシルビナの頭に猫が飛び乗る。

「転移!!」

 二人の姿が掻き消えた。はぁ、と嘆息したヴァンを筆頭に、他の面々も転移して行く。

 残ったのは、ライゼルとアリスの二人。

「ねえ、ライゼル。あなた、エクレアを知っているの?」

「……直接、対局したことがあるわけじゃない。でも、彼女もアマ決闘者だ」

「アマチュアの決闘者なんていくらでもいるでしょう。趣味でやる人だって」

「違うんだ。そんなのとはレベルが違う」

 ライゼルは首を振り、

「僕の記憶が正しければ……。彼女は、十年前のアマチュア名人だよ」


◇ ◇ ◇



 アストラルサイド。

 荒野の中で、エクレア・フレイガンとシルビナ・ノワールが対峙している。ゼルたち奨励会員は、その決闘を少し離れたところから観戦していた。

 エクレアの装備は簡素なものだった。両手にナイフを握り、長い髪は頭の後ろで結んでいる。全身を覆う衣は比較的露出が多いが、手甲と足先だけはしっかりと金属板がきらめいていた。

 対するシルビナはいつも通り、ブレストアーマーと片刃の剣を主体とした軽めの装甲。代わり、全身を強い魔力障壁で覆っている。

「実際、どんなもんなんだろな。てか、あの軽装備、奨励会員相手に舐め過ぎじゃねえか?」

「わっかんないよ~。あのヴァンの婚約者なんでしょ? もしかしてすっごく強かったりして」

「だから。オレは。婚約してねえ」

 強く言い切ったヴァンは、続けて言う。

「……それに、エクレアは強いぜ。オレと同じくらいにゃ強い」

「ヴァンと……、同格?」

 その言葉がにわかに信じられず、ゼルは首をかしげる。

「田舎ってそんなに強い奴だらけなのかよ……」

「いや、田舎で強ったのはオレとエクレア、それにおっさんくらいだ」

「真面目か」

 そんなことを話している間に、二人の準備が整っていた。

「後悔するなよ」

 ギラリと光る、猛禽のごとき瞳。ナイフを手に、エクレアはシルビナをにらむ。

「そちらこそ」

 対するシルビナも剣を構えた。同時、開戦の合図。

 鐘の音が鳴りやまぬ間に、エクレアは飛び出していた。まさに弾丸がごとき加速!

「ッ!?」

 シルビナは剣で応じる。ナイフと剣が激突し、火花が散った。

「よく受けたな!!」

 飛び跳ねたエクレアは着地と同時、さらに加速。

 縦横無尽にフィールドを駆け巡り、シルビナに猛攻を加える。

「こ、いつは……、まさか、局所型?」

「すごいわ。ヴァンの他にも局所型なんていたの?」

 驚く観戦者たち。そこに、ライゼルとアリスも転移してくる。

「ああ、始まっていたか……」

「どっちが優勢なの?」

 アリスの問いかけに、ゼルは答えられず、ヴァンも沈黙を貫く。

 かろうじて答えたのは、プリムだけだった。

「……エクレアのほうが良い。攻めてるのはどう見てもエクレア。シルビナは防御に魔力を使いすぎて、どんどん削られているみたい」

「やっぱり……」

 ぽつりと漏らしたのはライゼル。ゼルは先輩決闘者を見上げる。

「先輩、あいつのこと、知ってるのか?」

「ああ、うん。思い出した、と言うべきかな。アマチュア名人ってのは知っているだろう?」

「ああ、プロとか奨励会員以外が参加できる決闘のタイトルだろ」

「そう。本当のアマチュアだけが参加する大会さ。とはいえ、参加者の中には、プロにはならなかったものの、元奨励会員なんて人もざらにいる。その中で……、弱冠8歳にして優勝したのが、エクレア・フレイガンだ」

「ゆ、優勝!?」

 ライゼルは小さく頷く。

「みんなはまだ小さかったから覚えていないかもしれないけどね。僕は試合も見に行ったから覚えているよ。小さな体で、大人の決闘者すら蹴散らして……。ついた異名が“雷神”。雷神のエクレア」

「雷神……」

 今の戦いを見ていれば、その意味はよくわかった。

 まさに雷のごとく、瞬間的にどこにでも現れる。攻撃してきた次の瞬間には距離を置かれており、離れたところにいたと思えば目の前にいる。

 神出鬼没。それを可能にしているのは、足先に集中した魔力。ヴァンと同じ、超加速によるスピード戦法。

「彼女はアマ名人の決勝戦で、元奨励会の先輩を蹴散らして……。あげく、『つまらなかった』と言い残して、そのまま表彰式すら出ずに姿を消した。それ以降、公式試合で彼女が出たことは一回もない」

「その後、田舎に行っちまってたってことか」

 今ならばわかる。彼女がつまらないと言った意味。

 アマの決闘者では、間違いなく相手にならない。勝負とは、手ごたえがあって初めて意味を持つ。勝つと分かっている試合はただの作業だ。面倒でしかない。

 彼女にとって、決闘とはそういうものだったのだ。ヴァンと出会うまでは。

「シルビナには荷が重い……。いや、僕でも勝てるかどうか」

 冷汗を浮かべるライゼルのことを、ゼルはもはや笑えなくなっていた。


◇ ◇ ◇



「……早い」

 超高速の連撃。

 かろうじて目は追いつくが、一瞬の加速はあのヴァンすら上回るかもしれない。

 線で追いかけ、なんとか相手の突撃する先に剣を置いても、ナイフで防がれてしまう。しかも相手は二刀流だ。片手のナイフを抑え込んだところで、もう片方のナイフが自分を狙ってくる。

「ほらほらほらほら!! どうしたどうしたァ!!」

 とにかく早い。自分の剣では全く追いつかない。

 ならば、どうすれば。

「もう死ぬ!? それとも頑張ってから死ぬ!? どの道、あんたに勝利の目なんてありゃしないッ!!」

 吼えるエクレアは、そのままナイフの連撃でこちらの魔力をそぎ取っていく。

「くッ……!」

 こうなると、障壁によるガードは裏目になる。致命傷にはならないが、相手が消耗するよりも早く、こちらの魔力が削られてしまう。

 ガリガリと、やすりに乗せられているような気分。

「なら、ばッ!」

 シルビナは下腹に力を込め、一気に跳躍した。

「逃がすかッ!」

 追いかけてくるエクレア。その姿を視界に捉えつつ、シルビナは剣を握り直す。

 跳びあがれば……、追いかけるには、下から来るしかない道理!

「せぇい!!」

 剣を手に、全力回転。真下を狙った斬撃はエクレアのナイフと激突し、

「ばぁか」

 直後、腕を大きくひねられていた。空中での格闘技。

「なっ」

 驚く間もなく、

「おしまいだよ」

 ナイフを逆手に握ったエクレアは、大きく振りかぶっていた。

 そのまま上下が入れ替わり、落下する。地面に激突する寸前、振り下ろされるナイフ。

 落下の衝撃すら利用した刺突は、シルビナのガードも障壁も貫き、その胸をえぐっていた。


◇ ◇ ◇



「ふっふーん。あたしの勝ちー!」

 現世に戻り、拳を振り上げて快哉をあげるエクレア。その前で、シルビナは何も言えない。

「じゃあヴァン、デートしよっ」

「……おい。なんでそうなんだよ」

 心底から嫌そうに顔をゆがめるヴァンだが、エクレアはもちろんそんなことを気にしない。

「いいじゃんいいじゃん、決闘に勝ったゴホウビってことでー!」

「あ、おい!」

 エクレアはヴァンの腕をつかむと、そのまま引きずって行ってしまう。もちろん反論など通じない。

「なんていうか……、嵐みてえな女だな」

 あきれたゼルは肩をすくめる。

「だが、実際、彼女は強いよ。もし師匠がついて、奨励会に入ったら、きっともっと伸びる」

「あれよりか? 考えたくねえな……」

 話す男子勢を尻目に、プリムはシルビナの腕をつかむ。

「ほら、シルビナ」

「……何?」

「あたしにあれだけ言ったシルビナが何もしないなんて、そんなのありえないでしょ?」

「私は、別に……」

「そういうのはいいの! ほら、行こ!」

 プリムはシルビナを強引に立ち上がらせると、

「ほら、何してるの? アリスもよ!」

「なんで私まで!?」

「当然でしょ? こんなの放置するなんて女がすたる!」

「すたって結構……、ちょっとぉぉぉ!?」

 シルビナとアリス、二人の少女を引きずり、意外とパワフルなプリムは駆け去っていく。

 残されたゼルとライゼルは、

「……どうしよっか、先輩」

「心配ではあるけど、僕らができそうなこともないしね」

「じゃあ、決闘でもやる?」

「やろうか……」

 気持ちが乗らないまま、アストラルサイドへと転移した。


◇ ◇ ◇



 奨励会館から少し離れたところに、大きな河川が流れている。

 河原は広く、ジョギングしている人や、ペットの散歩がてら歩く人なども見かける。

 そんな河原に連れてこられたヴァン・レクサスは、深く嘆息した。

「ったく、なんなんだよ、エクレア。いきなりやってきて」

「いきなりって何よ。いきなりはヴァンの方でしょ? 何も言わずに出て行っちゃって」

「おっさんには言ったよ」

「えー!? だってゴドウィン、知らないって言ってたよ?」

「知るかよ……。てか、そうか、ゴドウィンか。やっと思い出した」

「……ヴァン、またゴドウィンの名前、忘れたの?」

「う、うるせえな。覚えにくいんだよ」

「どこがよ」

 ふふ、と笑ったエクレアは、ぎゅっとヴァンに抱きつく。

「でもま、いいんだ~。ヴァンと会えたし! ねえ、これから一緒に、たくさん遊ぼうね」

「嫌だっての」

「またまたぁ。ヴァンは決闘、とっても好きでしょ」

「……」

「あたしがたくさん決闘してあげる。朝も晩も、いつでもいいよ。たくさんたくさん決闘しよう。いっぱい遊んでね。いっぱいだよ? ふふふ……」

 薄く笑うエクレア。その視線の先にいるヴァンは、何の表情も浮かべていなかった。


◇ ◇ ◇



 一方。少し離れた草むら。

「ちょっとアリス、狭い」

「あなたが連れてきたんでしょう!?」

「しっ、見つかるよ」

「ぐぬぬ……。てか、てかてか! なんでミーナさんまでいるの!?」

「え? だ、ダメでした?」

「ダメじゃないけど~。意外っていうか」

「だって! あのヴァン君に婚約者よ!? こんな面白……、もとい、重要な案件、放置できるわけないじゃない!」

「そうよね、やっぱりそう思うよね!!」

「二人ともうるさいですわ!」

「ごめんなさい」

「ごめんね」

 がさがさと草を揺らす少女たち。その中で一人、沈黙を貫いているのは――シルビナだった。

「あの、シルビナ? 大丈夫?」

「大丈夫よ。私はとても冷静」

「その割に手、真っ白になってるけど大丈夫?」

 握りしめた拳を指して言うが、シルビナは首を横に振る。

「もちろん大丈夫よ。私は大丈夫」

「さっきから大丈夫しか言ってないけど?」

「大丈夫よ」

「……危ない」

「あ、見て、ヴァンが……」

 エクレアの方を見たヴァンに、一同ヒートアップ。一部寒冷化。

「……!!」

 四人がどきどきしながら見守る中で、ヴァン・レクサスの声が届く。

「……エクレア」

 ヴァンはエクレアの瞳をまっすぐ見つめる。エクレアの瞳に映る自分を見ながら、続ける。

「オレは、お前のこと、好きじゃない」

 はっきりと、きっぱりと告げる。

 徐々に、その意味がエクレアの中に染みわたっていく。

「どう、して?」

 開いた口は、思いのほか掠れた。

「オレは、決闘が好きさ。他にねえってくらい。オレが今も生きているのは、決闘のため……、アルウェズのためだ」

 名前を呼ばれ、ひょこり、と小さな少女が姿を現す。

 手のひらに乗るほどしかない少女はヴァンを見上げ、にこりと微笑む。

「オレにとっては、それが全部なんだよ。だから、決闘ってとても大事なんだ。だけど、お前はそうじゃない。お前にとって決闘は遊びで、自分の強さを誇示できるゲームでしかない。相手を打ちのめして叩き潰して、それで終わりだろ。それは、オレの目指す決闘じゃない」

「そ、それは」

「オレは強くなりたいさ。だけど、強いだけじゃ意味がない。お前の強さは、オレの目指す強さじゃない。決闘をバカにしているお前は……、嫌いだよ」

 はっきりと告げられ、ようようその意味も理解できたのだろう。

 エクレアは、目尻に涙を浮かべていた。

「ひどい、よ。ヴァン。あたし……」

「ひどいのはどっちだよ。お前、今までどれだけの相手を潰してきたんだ」

「うぐっ……、ヴァンのバカッ!!」

 パン、と乾いた音が響く。

 エクレアは立ち上がると、そのまま駆け出した。ヴァンは、追いかけなかった。

「……」

 おろおろとヴァンを見上げるアルウェズ。その頬を、ヴァンは優しくなでる。

「ごめんな。でも、オレ、やっぱり嘘はつけない。そのために、オレは生きているんだ」

 小さな少女はヴァンの手に乗り、その顔をじっと眺めていた。


◇ ◇ ◇



 ムチャクチャに駆け続けたエクレアは、列車の橋梁近くで足を止めた。

「はぁ、はぁ……」

 息が切れる。ここまで走ったのは久しぶりだ。

 アストラルサイドでは、この程度、どうということはないのだが。向こうでどれほど優秀であろうとも、現世では、普通の少女でしかない。

「はぁ……、うぐっ」

 拳を握る。その耳に、じゃり、と音が聞こえる。

 振り向けば、そこには怜悧な眼差し。

「無様ね」

 シルビナ・ノワール。その顔に、エクレアの中で怒りが沸騰する。

「何の用」

「私と決闘しない?」

 ひょい、と猫型妖精を肩に乗せ、シルビナは小首を傾げる。

「私たちには、これしかないの」

 静かに言うシルビナに、かえって怒りが湧いた。

「……今度は手加減しねえぞクズ」

 沸騰する気持ちを胸に、エクレアは腕を突き出す。そこに、妖精が絡みついた。

「転移!!」

 吼えると同時、世界が暗転した。

 意識は異空へ。

 アストラルサイドに転移したエクレアは、同じく続いてきた少女を前に、ナイフを握りしめる。

「今度は、ムチャクチャに切り刻んでやる!!」

 叫ぶと同時、突撃。遅れて開戦の合図が鳴り響く。

 突っ込むエクレアを前に、シルビナは剣を構えるのみ。

「はッ!」

 力任せに剣を弾く。がら空きの胴体に向かって、左のナイフを突き出す。

「……」

 腹に刺さる。そう思った直後、目の前の敵が消える。

「ッ!?」

 違う。半身にずらしただけだ。

 攻撃のタイミングを逃したエクレアは、反射的に距離を置いた。雷神の異名は伊達ではない。攻めるも自由なら、かわすも自由。全ての挙動、その優先権を握るエクレアにとって、相手の反撃など存在しない。

「さっきは驚いたけど、二度は通じないわ。私も奨励会員よ」

「だから、どうしたァ!!」

 奨励会。プロ。そんなもの関係ない。

 あたしは誰をも喰い尽くす!

 まさに猛獣の勢いで、エクレアは跳びかかる。ジグザグの挙動。だが、シルビナはそれを目で追いかけていない。

「あなた、スピードは速いけれど」

 エクレアの突き出すナイフの連撃。それを、今度は正確に受けてくる。障壁によるガードではない。剣と手甲を活用した格闘技だ。

「ヴァンと違って、挙動は直線。途中で変わりもしない。ただ早いだけ。目が慣れてしまえばかわせる……、手品の類と同じよ」

「ほざけッ!!」

「あなた、魔力をちゃんと見ている? ヴァンは魔力を踏み台に、挙動を途中で変化させる。だから読みにくいし、捉えられないのよ」

 ガンガンガン、と火花が飛び散る。だが、本体は捉えられない。

 エクレアの刃は、シルビナまで届いていない。

「それに、ヴァンはもっと冷静だわ。相手の攻撃、挙動、それらを見極め、最も可能性のある道をつかみ取る。だから、彼は強い……。どこまでも強くなる」

 シルビナの剣が動く。

 下からの斬りあげる一撃。突撃していたエクレアは回避しきれず、打点が重なる。なんとかナイフで防ぐが、パワーが足りない。

「ッ!」

 ナイフを弾かれ、足を止めたエクレア。局所型にとって足を止める行為は、自殺に等しい。

「ふッ!!」

「くッ!?」

 エクレアをつかんだシルビナは、力任せに少女の体を地面に叩きつけた。防御をしていないエクレアにとって、そのダメージは甚大だ。

「あがッ……!」

 口から血を吐き、初めての苦痛にエクレアはあえぐ。

「痛いでしょう、苦しいでしょう。決闘とはそういうものよ。私たちは、そんな戦いに魅せられた……、頭の狂った連中なのよ!!」

 シルビナの放つ、渾身の斬撃。地面に寝転がった体勢のエクレアはかわすこともできず、ナイフで受ける。

 静止はほんの一瞬。次の瞬間には鋼鉄のナイフが断ち斬られ……、エクレアの胴をまっぷたつにしていた。


◇ ◇ ◇



 現世へと強制転移させられたエクレアは、ぺたんと地面にしりもちをついた。

「負け、た……? このあたしが?」

「そうよ」

 見上げれば、あの怜悧な眼差し。

「……なんで、あたし、負けたの?」

「あなたは決闘に真摯じゃなかったから」

「真剣だったよ」

「足りないわ。あなたにとって、決闘は遊びなのでしょう? でも、私たちは違う」

 シルビナは顔をあげた。その視線は、河川の向こう――そこに広がる、都市の街並みを見つめている。

「あなたも都市出身ならわかるわね? 決闘は子供の遊び。趣味としてたしなむ人はいても、誰も本気になどならない。そんな、子供の遊びに……、本気で取り組んでいるのが、私たちよ」

「……」

 子供の遊び。そう揶揄されてしまえば、普通の人は真剣に向き合わなくなる。

 だが、それでも好きなものは好きなのだ。真剣に、ただ勝利だけを見据え、勝ちに行く。そのことに、どこまでも全力になれる者もいるのだ。

 それが、彼ら。決闘者。

「――負けた」

 ばたり、と地面に寝転がる。下草が頬を撫でる。

「あたしの負けよ。それでいいんでしょ?」

「じゃあ、ひとつだけお願いをするわ」

「何よ、もうヴァンに付きまとうなって?」

「それを言うべきは私ではないわ。私からのお願いは別。ヴァンのこと、教えてくれる?」

「……ヴァンのこと?」

 シルビナは小さく頷く。

「ヴァンは私たちのことをよく考えてくれているわ。決闘もすごく楽しんでいる。でも、昔の話や、どうしてそこまで決闘に入れ込むのか、そういうことは話してくれたことがない。でも、あなたは知っていそうだったから」

「なんであたしが、あんたなんかに教えなきゃいけないの」

「勝者の言うことは聞くものよ」

 シルビナの言葉に、エクレアは小さく舌打ちした。


◇ ◇ ◇



 河原から場所を移し、近くの茶屋へと移動したシルビナとエクレア。

 二人の前には湯気の立つティーカップがあったが、どちらも口をつけようとはしなかった。

 エクレアは対面に座るシルビナをにらみ、口を開く。

「アルウェズは知っているでしょう? ヴァンの連れている」

「ヴァンの妖精ね」

「違う」

 エクレアは首を横に振り、続ける。

「アルウェズは妖精じゃないわ。神様よ」

「神様……、えっ!?」

「やっぱり気づいてなかったのね。ま、普通は区別なんかつかないかもしれないけど。アルウェズは、ブリギットとかと同じ。治癒と薬草の神よ」

「でも……、神様を連れた人間なんて」

「普通はいない。それはね、神様側の理由よ。特定の誰かが妖精みたく連れている神様に、信者なんかできると思う?」

「……それは」

「神様にとって信者は生命線よ。信者はなんとしても増やしたい。だから神っぽくふるまうし、特定の誰かに入れ込んだりもしない。けど、アルウェズは別。アルウェズの信者は……、もうヴァンしか残っていないのよ」

「どうして?」

 エクレアは鼻を鳴らし、

「死んだのよ。みんなね」

「死んだ……?」

 エクレアは小さく頷く。

「アルウェズは治癒の神。もともと戦争でもあった時には、たくさんの信者がいたらしいわね。でも、現代じゃ戦時ほど怪我人なんて出やしない。それに、小さな怪我だって、薬草なんか使わず、魔鉱製品で作った医薬品を使うわ。いろんな動物や植物から抽出した成分を混ぜ合わせた薬。それはアルウェズのつかさどる薬じゃない。そんな薬が溢れて、本当に傷を癒すだけのアルウェズは、どんどん力を失っていった」

「……」

 ふと、シルビナの脳裏に、モリガン派の顔が浮かんだ。

 消えゆく神。現代において、それは思いのほか、多いのかもしれない。

「その中で、ヴァンと両親は、アルウェズの信者だったらしいわ。数少ない信者。アルウェズは、ヴァンの家族と共に過ごしていた。残った命を、自分の信者と共に過ごす……。弱った神としてはよくあることよ」

「それで?」

「まだ、あたしが田舎に行く前の話だから、聞いた話になるけど。ヴァンの住んでいた村はね、山の中にあるの。そして、ある時、長雨の影響で地盤が緩くなって……、土砂崩れが起きた。ヴァンの家も飲み込まれたわ」

「……ヴァンの両親は?」

「即死だったって」

「……」

 ヴァンも、両親を失っていたのだ。

 思えば、あんな無茶を、まっとうな両親が許すわけもない。泊まるところもなく、金も持たないまま、都市に行くなど。

 ヴァンには、止めてくれる人もいなかったのだ。

「ヴァンもまた、命を失いかけた。けど、かたわらには治癒の神であるアルウェズがいた。……後は、わかるでしょ」

「まさか……、神様の奇跡を?」

 神は、己のつかさどる分野に沿って、現世でも魔法を使うことができる。

 しかし、それは大きな力を持つ神様だからこそ。弱小神は、そもそも行使するだけの魔力を持っていない。

「アルウェズは奇跡を使い、自分の信者を助けた。それだけよ。問題なのは、アルウェズにいくらも力が残っていなかったということ。今となっては、あの妖精みたいな小さい姿を維持するのが精いっぱいなのよ。それこそ、いつ消えてもおかしくない」

「いつ、消えても……」

「だからヴァンは最強を目指しているのよ。強くなって、自分を真似する人が増えて、自分と同じ神様を信奉する人が出て……。信者さえ増えれば、アルウェズは力を取り戻すし、安定してこの世に顕現し続けられるわ」

 ようよう、合点がいった。

 ヴァンが最強を目指す理由。あそこまで決闘に入れ込む理由。

 さらに言えば――他人に親身になるのも、あるいは、決闘を好きになって欲しいからかもしれない。それは、さすがにうがった見方かもしれないが。

「……そう、じゃあ、改宗は? あなた、アルウェズの信者ではないでしょう」

 改宗とは、信奉する神を変える儀式のことだ。

 基本的に、生まれた子はみな、神様に祈りを捧げ、その信者となる。言うなれば、生まれた時に、信奉する神を決められているのだ。

 だが、生きていく中で、別の神を信奉したくなることはあるだろう。そんな時、神を変える儀式を、改宗と呼ぶ。

 対するエクレアは、

「あたしはブリギットの信者。それに、改宗なんて簡単じゃないわ。あれは、心の底から信奉する神が変わらなければいけないの。あたしはヴァンが好きだけど、別にアルウェズに対して特別な想いなんかない。そんなんじゃ改宗の儀式をしたところで成功しない」

「そういうこと……」

 都市で、改宗をする者は少ない。

 はっきり言ってしまえば、普通の人にとって、神様などたいした違いはないのだ。どの神を信奉していたところで生活には大きな影響などないし、神の加護は得られている。

 ましてや、弱小神であるアルウェズを信奉してくれと言ったところで、誰も耳を貸さないだろう。

 だからこそ――あの時、モリガン派の男たちは、争いを引き起こそうとした。改宗が簡単ならば、そうしていたはずだ。彼らには、あれしか方法がなかった。同じことだ。

「さ、もういいでしょ」

 エクレアは立ち上がる。長い髪を払い、シルビナを見据える。

「あんたが何を考えるのかは勝手だけど。簡単じゃない」

「わかってるわ。でも、ありがとう。話してくれて」

「……あんたは、ヴァンの夢、手伝うの?」

 エクレアの問いかけに、シルビナは頷いていた。自分でも意外なほど、素直に首が動いていた。

 そんな少女を前に、エクレアは鼻を鳴らす。

「ふん。あたしは、あんたが嫌いよ」

 続けて、明後日の方向を眺めながら言う。

「でも……、あたしじゃ、ヴァンの手伝いはできない。あたしの戦い方は、相手の心を砕くようなものだって言われたことある。相手が決闘をやめちゃうようじゃ、信者なんか増えない」

 だから、とエクレアはこぼす。

「ヴァンは、あんたに預ける」

「……エクレア」

「ヴァンの夢。叶えてあげて」

 机に小銭を置き、エクレアは店を出て行った。

 すっかり冷めてしまった紅茶を眺めながら、シルビナはぽつりとこぼす。

「――ありがとう」


◇ ◇ ◇



 シルビナも店を出ると、ちょうど通りを見知った顔が通りかかった。

「ヴァンってばあ~り~え~な~い~! 女の子を泣かすなんて!」

「だー、うっせ、うっせぇ! てかなんでお前ら揃ってんだよ!?」

「ヴァン君、そういうの男らしくないよ!」

 ヴァン・レクサスに、プリム、ミーナ、アリスの女子三人組。とはいえ、ハーレムとはなかなか言いがたい雰囲気。

「あ、シルビナ! 頼む、助けてくれよ! こいつらさっきからこの調子で……」

 本気で助けを求めているヴァンに、シルビナは思わずくすりと笑った。

 決闘の時はあんなにも頼もしいのに、今はこんなにも頼りないなんて。

「ほらヴァン、まだ話は終わってないよ!」

「オレは話なんかねえっての!!」

 喧嘩するヴァンたちをよそに、シルビナは笑いが止められない。

 ああ、認めよう。

 自分は――こんな少年から、離れられない。

「ヴァンにも事情はあったんでしょう」

「そ、そうだよ、そうなんだよ! てか本当のこと言っただけだぜ!?」

「あ、シルビナまでヴァンの肩を持つの!? ダメよそういうの、男を甘やかしちゃ!」

「知るかぁぁぁ!」

 叫ぶヴァンの手を取り、シルビナは少年を見つめる。

「大丈夫よ。私が味方してあげるから」

「シルビナ、弟弟子を贔屓するの!?」

「もちろん」

 いつしか、自然に笑えるようになっている。

 自分ですら気づかぬまま、シルビナはころころと笑っていた。

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