エピソード8:迅雷の道筋
「ううあ~……」
机に突っ伏し、ミーナ・ヴェルデはうめいていた。
昨晩の手紙を思い出す。
都市外縁に住んでいる両親からの手紙だった。ミーナも今年で言葉に表せない年齢になる。だが、一人暮らしのうえ、浮いた話のひとつもないミーナを心配する内容だった。
『あんたもいい歳なのだから、いいかげん男の人の一人や二人、手玉に取ってみせなさい』
とは、母の言。娘になんてことを言うのかと思うが、実際、若い頃の母は人気者で、男を同時に3人も囲ったことがあるとの話。よく刺されなかったものだと我が母ながら思ったものだが。
「大きなお世話よぉ」
隣で妖精が心配そうに跳ねている。その頭を優しくなでつつ、ミーナは嘆息した。
別に、そういうものに興味がないわけでもない。良い男がいれば、それはもう自分だってロマンスのひとつやふたつ。流行小説の類ではないが、そういう体験だってしたい。もちろんしたい。
だが、この職場では、とんとそんな機会がない。
奨励会の専属事務員であるミーナは、当然、週の半分以上を奨励会館で過ごす。事務員など他にはほぼいないので、自分一人で仕事をこなす。その関係で、なにげに忙しい。
他の職員があまりいないということは、当然、出会いもない。奨励会員との出会いはあるが――彼らは決闘者だ。恋よりバトルの決闘脳。おまけに変人がものすごく多い。
「はぁ……。いい人いないかなぁ」
死んだ目で入口を眺めていると、
「うーっす」
一人の少年が入って来た。ヴァン・レクサスだ。
「あー、ヴァン君。いらっしゃーい」
「お、おう? どうしたんだ、ミーナ」
「どうって?」
「なんていうか……、死んだ魚みたいな目してるぞ」
「きっと日当たりが悪いせいよ」
「そ、そういうもんか?」
窓の外を見る。確かに今日は曇り空だが、そういう問題でもあるまい。
「……ねえ、ヴァン君。ヴァン君は田舎から、決闘するために出てきたわけでしょ?」
「おう、そうだな?」
「田舎ってカッコいい男の人とかいない?」
「なんだそれ。ていうか、オレの住んでいた村なんて、いくらも人なんかいねえしなぁ」
「そっか。それはそうよねぇ……。はぁ、婚活イベントでも行くしかないかなぁ」
「婚活?」
「結婚活動。結婚したい男女が集まって、伴侶を探すってイベントよ。お子さまには縁のない悩み」
「結婚……。婚約、ってやつか?」
「そうそう。結婚の約束をするのが婚約ね。わかってるじゃ、ない?」
ふと見れば、ヴァンは脂汗をかいていた。顔色もあまりよくない。
「どうしたの、ヴァン君?」
「いや。すっげー怖いこと思い出しただけ」
「怖いこと? ……婚活が?」
「いや、そうじゃなくて、婚約っての。いや、ありゃ約束ってわけじゃねえけど……。オレは認めてねえんだし」
「あれ、って? なに、もしかしてヴァン君、婚約者がいるの!?」
ガタン、と椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。不肖ミーナ・ヴェルデ、他人の浮いた話を見逃すほど甘くはない!
「あ、いや、婚約者じゃねえんだって。ただ、田舎にいた時、つきまとってきてた女がいて……」
「女の子ってあれよね? ちゃんと女の子よね?」
「お前はオレをなんだと思ってんだ」
「……はぁ、ヴァン君に、婚約者」
「じゃねえっての」
本人は否定するが、意外だった。それはもう意外だった。
ヴァン・レクサスといえば、奨励会でもとびきりの決闘バカ。決闘以外には一切の興味がなく、つまるところ婦女子に興味を抱くようにも思えなかったのだ。良く言えば幼年学校の男児と同じ。ぶっちゃけガキ。
なのに、なのになのに!
婚約者!
「いやぁ、人は見かけによらないっていうか……。超意外」
「お、大きなお世話だっての」
休憩スペースにどっかと座ったヴァンは、茶をすする。そうしていると、少しずつ奨励会員たちも集まってくる。
「よう、ヴァン」
「ヴァン、早すぎるわ」
カンナ一門のゼル・ロッシェにシルビナ・ノワール。
「あ、ヴァンだー。やっはろー」
レリウス門下のプリム・ローゼン。
「ヴァン! 今日こそ決着つけてあげますわよ!」
「こら、アリス、朝から野良試合を仕掛けない」
ガリア門下のアリス・ヴァイスラントにライゼル・アズール。
「……不思議な子」
門下の垣根を越え、彼には友人が多い。
まだ奨励会に来て数カ月。なのに、もはや数年来の友人とばかり、仲良くしている。それは、彼の人徳とでもいうべきものだろうか。
最初は常識知らずの、ただの決闘バカに見えていた。だが、先ほどの婚約者話ではないが、意外と彼の本性は別のところにあるのではないだろうか。
あるいは――本性を見せていない?
「まさかね」
ミーナがぽつりと漏らした時、
「あの」
「あ、はい」
いつの間にか、受付の前に、見覚えのない少女が立っていた。
雷のごとき金色のロングヘアに、質素なワンピース。柔和な笑顔を浮かべてはいるが、目つきが鋭いので、見方によっては恐ろしく感じるかもしれない。
「あの、こちらに知り合いがいると聞いて来たのですが」
「お知り合い、ですか? あの、会員の個人情報についてはお答えできかねますが……」
「そう言わず、教えてもらえませんか。実は、あたしの婚約者なんです」
「婚約者?」
先ほどの話を思い出し、ミーナは思わずヴァンの方を盗み見た。自然、対面の少女もそちらを向き、
「あ! ヴァン!!」
「……? げっ!? エクレア!?」
驚くヴァンめがけ、少女は突撃。そのまま跳びかかる。
「ヴァン! ヴァンヴァンヴァン! やったやった、やーっと会えた! もう、寂しかったのよずっと! なんであたし置いて都市になんか行っちゃうの探したのよもー!!」
「う、うるせ、てか離れろ! 息が、できねっ……!!」
ヴァンへとヘッドロックをかます少女。と、シルビナが歩み寄り、その少女の首根っこをつかんで強引に引っぺがす。
「何、あなた? 私の弟弟子に何か用?」
「弟弟子? ふうん……、ヴァン、弟子入りしたんだ。あなた、誰の門下生?」
「カンナ師範よ」
「カンナ、カンナ……。ああ、あの相手の力をちょろまかすセコい決闘者」
一瞬にして空気が張り詰める中、それでも少女は全く気にせず、平然と立ち上がる。
「あたし、エクレア・フレイガン。ヴァンの婚約者。よろしくね?」
「はぁ?」
瞬間、空気が氷よりも冷たく張りつめ――妖精たちが涙目となった。
◇ ◇ ◇
奨励会館二階、道場の間。
なぜか中央で正座させられているヴァンの周囲を、皆が囲んでいる。隣にはエクレア・フレイガンと名乗る少女。対面には、シルビナ・ノワールと、どう見ても巻き込まれた感が強いゼル・ロッシェ。
「それで? ヴァンの婚約者というのは、どういうこと?」
「だから、オレはそれ、認めてねえんだっての。エクレアが勝手に言ってるだけ」
「そうなの?」
シルビナが視線でうながすと、エクレアも答える。
「だーって、ヴァンはあたしの運命の人なのよ? ならもう婚約するでしょ? 普通のことでしょ!」
「運命の人……?」
「そう! あたしより強い人なんて、今まで誰もいなかったんだもん。なのに、ヴァンってば、あたしをあっさり蹴散らしちゃって。しかも、あたしと同じスタイルなの! これはもう運命でしょ?」
「……さっぱり意味がわからないわ」
再び視線がヴァンに戻る。ヴァンは肩をすくめ、
「エクレアって、都市の出身なんだとよ。んで、都市で決闘してたらしいんだけど、自分と同じレベルの相手がいなさすぎて、決闘に飽きちまって……。で、田舎に来たんだとさ。そこでオレと決闘して、まあ、オレが勝っちまったんだが」
「それからずっと?」
「ああ。もうずっと。運命の人、運命の人って、つきまとわれてんだ」
冷たい視線がエクレアに向かうが、少女はそんなことを意に介さない。
「ふふん、ようやくヴァンを見つけたんだもん。ほら、ヴァン、こんなところやめて、あたしと一緒に暮らそ?」
「嫌だよ……」
「なんでよぅ。あ、恥ずかしがってるの? 大丈夫、一緒にずっと遊べるから……」
ゆっくりとヴァンににじり寄るエクレア。その首根っこを、シルビナがつかむ。
「ヴァンはカンナ先生の弟子で、奨励会の会員よ。勝手なことを言わないで」
「なによあなた、さっきから。邪魔ばっかりして」
「邪魔はどちらよ」
バチン、と弾ける火花。その中で一人、ライゼルだけがうつむいている。
「……ライゼル? どうしたの?」
隣に座る妹弟子が兄弟子の様子をうかがうが、
「いや、エクレア・フレイガン……。僕の記憶が正しいなら、たぶん……」
「……?」
ぽつりとライゼルがつぶやいているが、ヒートアップした少女たちはそんなものに気付いてすらいない。
「気に入らないわ、あんた。ねえ、あんたも決闘者なんでしょ? なら、決着方法はひとつよね?」
エクレアの肩に、妖精が絡みついた。蛇型の妖精は、ちろちろと舌を出す。
「そうね、叩き潰すわ」
ひょこん、とシルビナの頭に猫が飛び乗る。
「転移!!」
二人の姿が掻き消えた。はぁ、と嘆息したヴァンを筆頭に、他の面々も転移して行く。
残ったのは、ライゼルとアリスの二人。
「ねえ、ライゼル。あなた、エクレアを知っているの?」
「……直接、対局したことがあるわけじゃない。でも、彼女もアマ決闘者だ」
「アマチュアの決闘者なんていくらでもいるでしょう。趣味でやる人だって」
「違うんだ。そんなのとはレベルが違う」
ライゼルは首を振り、
「僕の記憶が正しければ……。彼女は、十年前のアマチュア名人だよ」
◇ ◇ ◇
アストラルサイド。
荒野の中で、エクレア・フレイガンとシルビナ・ノワールが対峙している。ゼルたち奨励会員は、その決闘を少し離れたところから観戦していた。
エクレアの装備は簡素なものだった。両手にナイフを握り、長い髪は頭の後ろで結んでいる。全身を覆う衣は比較的露出が多いが、手甲と足先だけはしっかりと金属板がきらめいていた。
対するシルビナはいつも通り、ブレストアーマーと片刃の剣を主体とした軽めの装甲。代わり、全身を強い魔力障壁で覆っている。
「実際、どんなもんなんだろな。てか、あの軽装備、奨励会員相手に舐め過ぎじゃねえか?」
「わっかんないよ~。あのヴァンの婚約者なんでしょ? もしかしてすっごく強かったりして」
「だから。オレは。婚約してねえ」
強く言い切ったヴァンは、続けて言う。
「……それに、エクレアは強いぜ。オレと同じくらいにゃ強い」
「ヴァンと……、同格?」
その言葉がにわかに信じられず、ゼルは首をかしげる。
「田舎ってそんなに強い奴だらけなのかよ……」
「いや、田舎で強ったのはオレとエクレア、それにおっさんくらいだ」
「真面目か」
そんなことを話している間に、二人の準備が整っていた。
「後悔するなよ」
ギラリと光る、猛禽のごとき瞳。ナイフを手に、エクレアはシルビナをにらむ。
「そちらこそ」
対するシルビナも剣を構えた。同時、開戦の合図。
鐘の音が鳴りやまぬ間に、エクレアは飛び出していた。まさに弾丸がごとき加速!
「ッ!?」
シルビナは剣で応じる。ナイフと剣が激突し、火花が散った。
「よく受けたな!!」
飛び跳ねたエクレアは着地と同時、さらに加速。
縦横無尽にフィールドを駆け巡り、シルビナに猛攻を加える。
「こ、いつは……、まさか、局所型?」
「すごいわ。ヴァンの他にも局所型なんていたの?」
驚く観戦者たち。そこに、ライゼルとアリスも転移してくる。
「ああ、始まっていたか……」
「どっちが優勢なの?」
アリスの問いかけに、ゼルは答えられず、ヴァンも沈黙を貫く。
かろうじて答えたのは、プリムだけだった。
「……エクレアのほうが良い。攻めてるのはどう見てもエクレア。シルビナは防御に魔力を使いすぎて、どんどん削られているみたい」
「やっぱり……」
ぽつりと漏らしたのはライゼル。ゼルは先輩決闘者を見上げる。
「先輩、あいつのこと、知ってるのか?」
「ああ、うん。思い出した、と言うべきかな。アマチュア名人ってのは知っているだろう?」
「ああ、プロとか奨励会員以外が参加できる決闘のタイトルだろ」
「そう。本当のアマチュアだけが参加する大会さ。とはいえ、参加者の中には、プロにはならなかったものの、元奨励会員なんて人もざらにいる。その中で……、弱冠8歳にして優勝したのが、エクレア・フレイガンだ」
「ゆ、優勝!?」
ライゼルは小さく頷く。
「みんなはまだ小さかったから覚えていないかもしれないけどね。僕は試合も見に行ったから覚えているよ。小さな体で、大人の決闘者すら蹴散らして……。ついた異名が“雷神”。雷神のエクレア」
「雷神……」
今の戦いを見ていれば、その意味はよくわかった。
まさに雷のごとく、瞬間的にどこにでも現れる。攻撃してきた次の瞬間には距離を置かれており、離れたところにいたと思えば目の前にいる。
神出鬼没。それを可能にしているのは、足先に集中した魔力。ヴァンと同じ、超加速によるスピード戦法。
「彼女はアマ名人の決勝戦で、元奨励会の先輩を蹴散らして……。あげく、『つまらなかった』と言い残して、そのまま表彰式すら出ずに姿を消した。それ以降、公式試合で彼女が出たことは一回もない」
「その後、田舎に行っちまってたってことか」
今ならばわかる。彼女がつまらないと言った意味。
アマの決闘者では、間違いなく相手にならない。勝負とは、手ごたえがあって初めて意味を持つ。勝つと分かっている試合はただの作業だ。面倒でしかない。
彼女にとって、決闘とはそういうものだったのだ。ヴァンと出会うまでは。
「シルビナには荷が重い……。いや、僕でも勝てるかどうか」
冷汗を浮かべるライゼルのことを、ゼルはもはや笑えなくなっていた。
◇ ◇ ◇
「……早い」
超高速の連撃。
かろうじて目は追いつくが、一瞬の加速はあのヴァンすら上回るかもしれない。
線で追いかけ、なんとか相手の突撃する先に剣を置いても、ナイフで防がれてしまう。しかも相手は二刀流だ。片手のナイフを抑え込んだところで、もう片方のナイフが自分を狙ってくる。
「ほらほらほらほら!! どうしたどうしたァ!!」
とにかく早い。自分の剣では全く追いつかない。
ならば、どうすれば。
「もう死ぬ!? それとも頑張ってから死ぬ!? どの道、あんたに勝利の目なんてありゃしないッ!!」
吼えるエクレアは、そのままナイフの連撃でこちらの魔力をそぎ取っていく。
「くッ……!」
こうなると、障壁によるガードは裏目になる。致命傷にはならないが、相手が消耗するよりも早く、こちらの魔力が削られてしまう。
ガリガリと、やすりに乗せられているような気分。
「なら、ばッ!」
シルビナは下腹に力を込め、一気に跳躍した。
「逃がすかッ!」
追いかけてくるエクレア。その姿を視界に捉えつつ、シルビナは剣を握り直す。
跳びあがれば……、追いかけるには、下から来るしかない道理!
「せぇい!!」
剣を手に、全力回転。真下を狙った斬撃はエクレアのナイフと激突し、
「ばぁか」
直後、腕を大きくひねられていた。空中での格闘技。
「なっ」
驚く間もなく、
「おしまいだよ」
ナイフを逆手に握ったエクレアは、大きく振りかぶっていた。
そのまま上下が入れ替わり、落下する。地面に激突する寸前、振り下ろされるナイフ。
落下の衝撃すら利用した刺突は、シルビナのガードも障壁も貫き、その胸をえぐっていた。
◇ ◇ ◇
「ふっふーん。あたしの勝ちー!」
現世に戻り、拳を振り上げて快哉をあげるエクレア。その前で、シルビナは何も言えない。
「じゃあヴァン、デートしよっ」
「……おい。なんでそうなんだよ」
心底から嫌そうに顔をゆがめるヴァンだが、エクレアはもちろんそんなことを気にしない。
「いいじゃんいいじゃん、決闘に勝ったゴホウビってことでー!」
「あ、おい!」
エクレアはヴァンの腕をつかむと、そのまま引きずって行ってしまう。もちろん反論など通じない。
「なんていうか……、嵐みてえな女だな」
あきれたゼルは肩をすくめる。
「だが、実際、彼女は強いよ。もし師匠がついて、奨励会に入ったら、きっともっと伸びる」
「あれよりか? 考えたくねえな……」
話す男子勢を尻目に、プリムはシルビナの腕をつかむ。
「ほら、シルビナ」
「……何?」
「あたしにあれだけ言ったシルビナが何もしないなんて、そんなのありえないでしょ?」
「私は、別に……」
「そういうのはいいの! ほら、行こ!」
プリムはシルビナを強引に立ち上がらせると、
「ほら、何してるの? アリスもよ!」
「なんで私まで!?」
「当然でしょ? こんなの放置するなんて女がすたる!」
「すたって結構……、ちょっとぉぉぉ!?」
シルビナとアリス、二人の少女を引きずり、意外とパワフルなプリムは駆け去っていく。
残されたゼルとライゼルは、
「……どうしよっか、先輩」
「心配ではあるけど、僕らができそうなこともないしね」
「じゃあ、決闘でもやる?」
「やろうか……」
気持ちが乗らないまま、アストラルサイドへと転移した。
◇ ◇ ◇
奨励会館から少し離れたところに、大きな河川が流れている。
河原は広く、ジョギングしている人や、ペットの散歩がてら歩く人なども見かける。
そんな河原に連れてこられたヴァン・レクサスは、深く嘆息した。
「ったく、なんなんだよ、エクレア。いきなりやってきて」
「いきなりって何よ。いきなりはヴァンの方でしょ? 何も言わずに出て行っちゃって」
「おっさんには言ったよ」
「えー!? だってゴドウィン、知らないって言ってたよ?」
「知るかよ……。てか、そうか、ゴドウィンか。やっと思い出した」
「……ヴァン、またゴドウィンの名前、忘れたの?」
「う、うるせえな。覚えにくいんだよ」
「どこがよ」
ふふ、と笑ったエクレアは、ぎゅっとヴァンに抱きつく。
「でもま、いいんだ~。ヴァンと会えたし! ねえ、これから一緒に、たくさん遊ぼうね」
「嫌だっての」
「またまたぁ。ヴァンは決闘、とっても好きでしょ」
「……」
「あたしがたくさん決闘してあげる。朝も晩も、いつでもいいよ。たくさんたくさん決闘しよう。いっぱい遊んでね。いっぱいだよ? ふふふ……」
薄く笑うエクレア。その視線の先にいるヴァンは、何の表情も浮かべていなかった。
◇ ◇ ◇
一方。少し離れた草むら。
「ちょっとアリス、狭い」
「あなたが連れてきたんでしょう!?」
「しっ、見つかるよ」
「ぐぬぬ……。てか、てかてか! なんでミーナさんまでいるの!?」
「え? だ、ダメでした?」
「ダメじゃないけど~。意外っていうか」
「だって! あのヴァン君に婚約者よ!? こんな面白……、もとい、重要な案件、放置できるわけないじゃない!」
「そうよね、やっぱりそう思うよね!!」
「二人ともうるさいですわ!」
「ごめんなさい」
「ごめんね」
がさがさと草を揺らす少女たち。その中で一人、沈黙を貫いているのは――シルビナだった。
「あの、シルビナ? 大丈夫?」
「大丈夫よ。私はとても冷静」
「その割に手、真っ白になってるけど大丈夫?」
握りしめた拳を指して言うが、シルビナは首を横に振る。
「もちろん大丈夫よ。私は大丈夫」
「さっきから大丈夫しか言ってないけど?」
「大丈夫よ」
「……危ない」
「あ、見て、ヴァンが……」
エクレアの方を見たヴァンに、一同ヒートアップ。一部寒冷化。
「……!!」
四人がどきどきしながら見守る中で、ヴァン・レクサスの声が届く。
「……エクレア」
ヴァンはエクレアの瞳をまっすぐ見つめる。エクレアの瞳に映る自分を見ながら、続ける。
「オレは、お前のこと、好きじゃない」
はっきりと、きっぱりと告げる。
徐々に、その意味がエクレアの中に染みわたっていく。
「どう、して?」
開いた口は、思いのほか掠れた。
「オレは、決闘が好きさ。他にねえってくらい。オレが今も生きているのは、決闘のため……、アルウェズのためだ」
名前を呼ばれ、ひょこり、と小さな少女が姿を現す。
手のひらに乗るほどしかない少女はヴァンを見上げ、にこりと微笑む。
「オレにとっては、それが全部なんだよ。だから、決闘ってとても大事なんだ。だけど、お前はそうじゃない。お前にとって決闘は遊びで、自分の強さを誇示できるゲームでしかない。相手を打ちのめして叩き潰して、それで終わりだろ。それは、オレの目指す決闘じゃない」
「そ、それは」
「オレは強くなりたいさ。だけど、強いだけじゃ意味がない。お前の強さは、オレの目指す強さじゃない。決闘をバカにしているお前は……、嫌いだよ」
はっきりと告げられ、ようようその意味も理解できたのだろう。
エクレアは、目尻に涙を浮かべていた。
「ひどい、よ。ヴァン。あたし……」
「ひどいのはどっちだよ。お前、今までどれだけの相手を潰してきたんだ」
「うぐっ……、ヴァンのバカッ!!」
パン、と乾いた音が響く。
エクレアは立ち上がると、そのまま駆け出した。ヴァンは、追いかけなかった。
「……」
おろおろとヴァンを見上げるアルウェズ。その頬を、ヴァンは優しくなでる。
「ごめんな。でも、オレ、やっぱり嘘はつけない。そのために、オレは生きているんだ」
小さな少女はヴァンの手に乗り、その顔をじっと眺めていた。
◇ ◇ ◇
ムチャクチャに駆け続けたエクレアは、列車の橋梁近くで足を止めた。
「はぁ、はぁ……」
息が切れる。ここまで走ったのは久しぶりだ。
アストラルサイドでは、この程度、どうということはないのだが。向こうでどれほど優秀であろうとも、現世では、普通の少女でしかない。
「はぁ……、うぐっ」
拳を握る。その耳に、じゃり、と音が聞こえる。
振り向けば、そこには怜悧な眼差し。
「無様ね」
シルビナ・ノワール。その顔に、エクレアの中で怒りが沸騰する。
「何の用」
「私と決闘しない?」
ひょい、と猫型妖精を肩に乗せ、シルビナは小首を傾げる。
「私たちには、これしかないの」
静かに言うシルビナに、かえって怒りが湧いた。
「……今度は手加減しねえぞクズ」
沸騰する気持ちを胸に、エクレアは腕を突き出す。そこに、妖精が絡みついた。
「転移!!」
吼えると同時、世界が暗転した。
意識は異空へ。
アストラルサイドに転移したエクレアは、同じく続いてきた少女を前に、ナイフを握りしめる。
「今度は、ムチャクチャに切り刻んでやる!!」
叫ぶと同時、突撃。遅れて開戦の合図が鳴り響く。
突っ込むエクレアを前に、シルビナは剣を構えるのみ。
「はッ!」
力任せに剣を弾く。がら空きの胴体に向かって、左のナイフを突き出す。
「……」
腹に刺さる。そう思った直後、目の前の敵が消える。
「ッ!?」
違う。半身にずらしただけだ。
攻撃のタイミングを逃したエクレアは、反射的に距離を置いた。雷神の異名は伊達ではない。攻めるも自由なら、かわすも自由。全ての挙動、その優先権を握るエクレアにとって、相手の反撃など存在しない。
「さっきは驚いたけど、二度は通じないわ。私も奨励会員よ」
「だから、どうしたァ!!」
奨励会。プロ。そんなもの関係ない。
あたしは誰をも喰い尽くす!
まさに猛獣の勢いで、エクレアは跳びかかる。ジグザグの挙動。だが、シルビナはそれを目で追いかけていない。
「あなた、スピードは速いけれど」
エクレアの突き出すナイフの連撃。それを、今度は正確に受けてくる。障壁によるガードではない。剣と手甲を活用した格闘技だ。
「ヴァンと違って、挙動は直線。途中で変わりもしない。ただ早いだけ。目が慣れてしまえばかわせる……、手品の類と同じよ」
「ほざけッ!!」
「あなた、魔力をちゃんと見ている? ヴァンは魔力を踏み台に、挙動を途中で変化させる。だから読みにくいし、捉えられないのよ」
ガンガンガン、と火花が飛び散る。だが、本体は捉えられない。
エクレアの刃は、シルビナまで届いていない。
「それに、ヴァンはもっと冷静だわ。相手の攻撃、挙動、それらを見極め、最も可能性のある道をつかみ取る。だから、彼は強い……。どこまでも強くなる」
シルビナの剣が動く。
下からの斬りあげる一撃。突撃していたエクレアは回避しきれず、打点が重なる。なんとかナイフで防ぐが、パワーが足りない。
「ッ!」
ナイフを弾かれ、足を止めたエクレア。局所型にとって足を止める行為は、自殺に等しい。
「ふッ!!」
「くッ!?」
エクレアをつかんだシルビナは、力任せに少女の体を地面に叩きつけた。防御をしていないエクレアにとって、そのダメージは甚大だ。
「あがッ……!」
口から血を吐き、初めての苦痛にエクレアはあえぐ。
「痛いでしょう、苦しいでしょう。決闘とはそういうものよ。私たちは、そんな戦いに魅せられた……、頭の狂った連中なのよ!!」
シルビナの放つ、渾身の斬撃。地面に寝転がった体勢のエクレアはかわすこともできず、ナイフで受ける。
静止はほんの一瞬。次の瞬間には鋼鉄のナイフが断ち斬られ……、エクレアの胴をまっぷたつにしていた。
◇ ◇ ◇
現世へと強制転移させられたエクレアは、ぺたんと地面にしりもちをついた。
「負け、た……? このあたしが?」
「そうよ」
見上げれば、あの怜悧な眼差し。
「……なんで、あたし、負けたの?」
「あなたは決闘に真摯じゃなかったから」
「真剣だったよ」
「足りないわ。あなたにとって、決闘は遊びなのでしょう? でも、私たちは違う」
シルビナは顔をあげた。その視線は、河川の向こう――そこに広がる、都市の街並みを見つめている。
「あなたも都市出身ならわかるわね? 決闘は子供の遊び。趣味としてたしなむ人はいても、誰も本気になどならない。そんな、子供の遊びに……、本気で取り組んでいるのが、私たちよ」
「……」
子供の遊び。そう揶揄されてしまえば、普通の人は真剣に向き合わなくなる。
だが、それでも好きなものは好きなのだ。真剣に、ただ勝利だけを見据え、勝ちに行く。そのことに、どこまでも全力になれる者もいるのだ。
それが、彼ら。決闘者。
「――負けた」
ばたり、と地面に寝転がる。下草が頬を撫でる。
「あたしの負けよ。それでいいんでしょ?」
「じゃあ、ひとつだけお願いをするわ」
「何よ、もうヴァンに付きまとうなって?」
「それを言うべきは私ではないわ。私からのお願いは別。ヴァンのこと、教えてくれる?」
「……ヴァンのこと?」
シルビナは小さく頷く。
「ヴァンは私たちのことをよく考えてくれているわ。決闘もすごく楽しんでいる。でも、昔の話や、どうしてそこまで決闘に入れ込むのか、そういうことは話してくれたことがない。でも、あなたは知っていそうだったから」
「なんであたしが、あんたなんかに教えなきゃいけないの」
「勝者の言うことは聞くものよ」
シルビナの言葉に、エクレアは小さく舌打ちした。
◇ ◇ ◇
河原から場所を移し、近くの茶屋へと移動したシルビナとエクレア。
二人の前には湯気の立つティーカップがあったが、どちらも口をつけようとはしなかった。
エクレアは対面に座るシルビナをにらみ、口を開く。
「アルウェズは知っているでしょう? ヴァンの連れている」
「ヴァンの妖精ね」
「違う」
エクレアは首を横に振り、続ける。
「アルウェズは妖精じゃないわ。神様よ」
「神様……、えっ!?」
「やっぱり気づいてなかったのね。ま、普通は区別なんかつかないかもしれないけど。アルウェズは、ブリギットとかと同じ。治癒と薬草の神よ」
「でも……、神様を連れた人間なんて」
「普通はいない。それはね、神様側の理由よ。特定の誰かが妖精みたく連れている神様に、信者なんかできると思う?」
「……それは」
「神様にとって信者は生命線よ。信者はなんとしても増やしたい。だから神っぽくふるまうし、特定の誰かに入れ込んだりもしない。けど、アルウェズは別。アルウェズの信者は……、もうヴァンしか残っていないのよ」
「どうして?」
エクレアは鼻を鳴らし、
「死んだのよ。みんなね」
「死んだ……?」
エクレアは小さく頷く。
「アルウェズは治癒の神。もともと戦争でもあった時には、たくさんの信者がいたらしいわね。でも、現代じゃ戦時ほど怪我人なんて出やしない。それに、小さな怪我だって、薬草なんか使わず、魔鉱製品で作った医薬品を使うわ。いろんな動物や植物から抽出した成分を混ぜ合わせた薬。それはアルウェズのつかさどる薬じゃない。そんな薬が溢れて、本当に傷を癒すだけのアルウェズは、どんどん力を失っていった」
「……」
ふと、シルビナの脳裏に、モリガン派の顔が浮かんだ。
消えゆく神。現代において、それは思いのほか、多いのかもしれない。
「その中で、ヴァンと両親は、アルウェズの信者だったらしいわ。数少ない信者。アルウェズは、ヴァンの家族と共に過ごしていた。残った命を、自分の信者と共に過ごす……。弱った神としてはよくあることよ」
「それで?」
「まだ、あたしが田舎に行く前の話だから、聞いた話になるけど。ヴァンの住んでいた村はね、山の中にあるの。そして、ある時、長雨の影響で地盤が緩くなって……、土砂崩れが起きた。ヴァンの家も飲み込まれたわ」
「……ヴァンの両親は?」
「即死だったって」
「……」
ヴァンも、両親を失っていたのだ。
思えば、あんな無茶を、まっとうな両親が許すわけもない。泊まるところもなく、金も持たないまま、都市に行くなど。
ヴァンには、止めてくれる人もいなかったのだ。
「ヴァンもまた、命を失いかけた。けど、かたわらには治癒の神であるアルウェズがいた。……後は、わかるでしょ」
「まさか……、神様の奇跡を?」
神は、己のつかさどる分野に沿って、現世でも魔法を使うことができる。
しかし、それは大きな力を持つ神様だからこそ。弱小神は、そもそも行使するだけの魔力を持っていない。
「アルウェズは奇跡を使い、自分の信者を助けた。それだけよ。問題なのは、アルウェズにいくらも力が残っていなかったということ。今となっては、あの妖精みたいな小さい姿を維持するのが精いっぱいなのよ。それこそ、いつ消えてもおかしくない」
「いつ、消えても……」
「だからヴァンは最強を目指しているのよ。強くなって、自分を真似する人が増えて、自分と同じ神様を信奉する人が出て……。信者さえ増えれば、アルウェズは力を取り戻すし、安定してこの世に顕現し続けられるわ」
ようよう、合点がいった。
ヴァンが最強を目指す理由。あそこまで決闘に入れ込む理由。
さらに言えば――他人に親身になるのも、あるいは、決闘を好きになって欲しいからかもしれない。それは、さすがにうがった見方かもしれないが。
「……そう、じゃあ、改宗は? あなた、アルウェズの信者ではないでしょう」
改宗とは、信奉する神を変える儀式のことだ。
基本的に、生まれた子はみな、神様に祈りを捧げ、その信者となる。言うなれば、生まれた時に、信奉する神を決められているのだ。
だが、生きていく中で、別の神を信奉したくなることはあるだろう。そんな時、神を変える儀式を、改宗と呼ぶ。
対するエクレアは、
「あたしはブリギットの信者。それに、改宗なんて簡単じゃないわ。あれは、心の底から信奉する神が変わらなければいけないの。あたしはヴァンが好きだけど、別にアルウェズに対して特別な想いなんかない。そんなんじゃ改宗の儀式をしたところで成功しない」
「そういうこと……」
都市で、改宗をする者は少ない。
はっきり言ってしまえば、普通の人にとって、神様などたいした違いはないのだ。どの神を信奉していたところで生活には大きな影響などないし、神の加護は得られている。
ましてや、弱小神であるアルウェズを信奉してくれと言ったところで、誰も耳を貸さないだろう。
だからこそ――あの時、モリガン派の男たちは、争いを引き起こそうとした。改宗が簡単ならば、そうしていたはずだ。彼らには、あれしか方法がなかった。同じことだ。
「さ、もういいでしょ」
エクレアは立ち上がる。長い髪を払い、シルビナを見据える。
「あんたが何を考えるのかは勝手だけど。簡単じゃない」
「わかってるわ。でも、ありがとう。話してくれて」
「……あんたは、ヴァンの夢、手伝うの?」
エクレアの問いかけに、シルビナは頷いていた。自分でも意外なほど、素直に首が動いていた。
そんな少女を前に、エクレアは鼻を鳴らす。
「ふん。あたしは、あんたが嫌いよ」
続けて、明後日の方向を眺めながら言う。
「でも……、あたしじゃ、ヴァンの手伝いはできない。あたしの戦い方は、相手の心を砕くようなものだって言われたことある。相手が決闘をやめちゃうようじゃ、信者なんか増えない」
だから、とエクレアはこぼす。
「ヴァンは、あんたに預ける」
「……エクレア」
「ヴァンの夢。叶えてあげて」
机に小銭を置き、エクレアは店を出て行った。
すっかり冷めてしまった紅茶を眺めながら、シルビナはぽつりとこぼす。
「――ありがとう」
◇ ◇ ◇
シルビナも店を出ると、ちょうど通りを見知った顔が通りかかった。
「ヴァンってばあ~り~え~な~い~! 女の子を泣かすなんて!」
「だー、うっせ、うっせぇ! てかなんでお前ら揃ってんだよ!?」
「ヴァン君、そういうの男らしくないよ!」
ヴァン・レクサスに、プリム、ミーナ、アリスの女子三人組。とはいえ、ハーレムとはなかなか言いがたい雰囲気。
「あ、シルビナ! 頼む、助けてくれよ! こいつらさっきからこの調子で……」
本気で助けを求めているヴァンに、シルビナは思わずくすりと笑った。
決闘の時はあんなにも頼もしいのに、今はこんなにも頼りないなんて。
「ほらヴァン、まだ話は終わってないよ!」
「オレは話なんかねえっての!!」
喧嘩するヴァンたちをよそに、シルビナは笑いが止められない。
ああ、認めよう。
自分は――こんな少年から、離れられない。
「ヴァンにも事情はあったんでしょう」
「そ、そうだよ、そうなんだよ! てか本当のこと言っただけだぜ!?」
「あ、シルビナまでヴァンの肩を持つの!? ダメよそういうの、男を甘やかしちゃ!」
「知るかぁぁぁ!」
叫ぶヴァンの手を取り、シルビナは少年を見つめる。
「大丈夫よ。私が味方してあげるから」
「シルビナ、弟弟子を贔屓するの!?」
「もちろん」
いつしか、自然に笑えるようになっている。
自分ですら気づかぬまま、シルビナはころころと笑っていた。




