エピソード7:秘めた想い
アストラルサイド、スタンダードルール。
障害物など何もない荒野に、二人の少女が対峙している。
かたや、剣を構えた近接装備のシルビナ・ノワール。対するはプリム・ローゼンだ。
「……」
プリムの装備を見て、シルビナは眉をひそめる。
「どうしたの、シルビナ? なんか面白い顔してるよ?」
「……プリム。その格好は、どうにかならないの?」
「え? 何か変?」
プリムは己の格好を見返す。
先端がハートマークになった短杖に、ピンクとフリルを主体としたドレス。足元はリボンをあしらった靴に、太ももまで覆い隠すソックスはスカート丈と合わせてこだわりの逸品。
「いつも通りじゃない」
「いつもおかしいのよ」
決闘者の服装は自由だ。装備は自分でイメージする。そこに型はあれど決まりはなく、女の子は普段の自分と違う服装を楽しみたいがためにアストラルサイドへ来る者もいる。
それはわかっている、わかっているが――決闘者としてはどうなのだろうか。
「あなた、周囲を見てみなさい。あなたみたいな服装の決闘者なんていないでしょう」
「みんながおかしいのよ」
「……」
謎の自信。プリムはいつだって自信に満ち溢れすぎて、シルビナにはちょっとつらい。
「なら、せめてスカートはやめなさい」
「可愛いでしょ?」
「そういう問題でなく! ……決闘は格闘技よ? 跳ねたり、かわしたりする運動よ?」
「そうだね?」
「……どうしておかしいと思わないの」
どう説得すべきか、シルビナは頭を抱える。
「もう、シルビナってば、なんでこの格好に反対するのよ~」
「当然でしょう、だって……、その、色々と見えるのよ」
スカートでジャンプしたりすれば、当然、見えてはいけないものが見える。そんなところまで毎回違うものを顕現しているところには頭が下がる思いだがそれはそれとして。
「はしたないわ」
「え~? いいじゃな~い、可愛いんだし~」
「そういう問題でなく」
「それに、この格好でもちゃんと勝利数は稼いでいるじゃん? 問題ないない」
「男子にだけね……」
やはりと言うべきか、未成年の男子が多い奨励会。プリムの、決闘者としてはあまりにあまりな格好は、健全な男子諸君の動きを一瞬だけでも不自然にさせることが多く……、結果的に、プリムの勝率を上げる要因となっている。
「決闘者は結果が全て、そーでしょ?」
「はしたないし不健全だし、何より決闘者の姿勢としてはどうなのかと……」
「そんなことないってば。あ、開戦だよ」
「っ……、仕方ないわね」
きっさきを下げ、開戦と同時、シルビナは飛び込む。
「キラキラスプラ~シュ!」
無駄にキラキラと輝く光の奔流。飛び交う星は、それぞれが火炎弾のようなものだ。
シルビナは冷静に見極め、それぞれを剣で弾きながら距離を詰める。
「やるわね! それなら、これでどう!? いらっしゃい、にゃーちゃん!!」
「ッ、サモンモンスター!」
空から現れたのは、特大の猫。バカでかい三毛猫は、大きく飛び跳ね、シルビナを狙う。
「くッ!」
前足による攻撃を剣で回避。懐に飛び込み、その腹を思い切り蹴り上げる。
「にゃあああああ!?」
苦悶の叫びをあげる猫を尻目に、シルビナはプリムをにらむ。
「ドリームメロディ!!」
振り回す杖、その先端から虹色の音符が飛び出す。音符状になっている意味はさておき、触れれば爆発する厄介なガードだ。
プリムの戦闘スタイルは、見た目こそアレだが、内実はテクニカルな遠距離型。音符型爆弾を空中に浮かべて接近を阻み、星型の光線で遠距離攻撃を仕掛けてくる。小型のサモンモンスターを多数召喚し、こちらの注意をそらせたりもする。
それぞれは致命傷にならない。だが、数を重ねられると、まず先に集中力が途切れる。そして、大技で致命傷を喰らう。
外見に騙されがちだが、彼女とて奨励会に所属するプロの卵なのだ。
「いっくよー! ちゅー吉!!」
続くサモンモンスター。今度は小型のまるまるしたネズミだ。
「邪魔、くさい!!」
シルビナは切っ先に魔力を集約させると、全力で振り抜く。
余波が小型のサモンモンスターを弾き、切り裂き、スペースを文字通り切り開く。
「ふッ!」
生まれた余地に体を滑り込ませ、巨猫の前足を回避。そのまま、一挙に踏み込む。
「おーにさんこーちらー」
音符の爆弾を切り裂いた直後、聞こえた声は上。
「ッ!」
見上げれば、プリムがパラソルを手に浮かんでいる。杖を変化させた、これも意味があるのかはよくわからない、シールドだ。
「これでおしまいっ! キラキラスプラッシュ!」
降り注ぐ流弾、けれど、シルビナの目には、その間隙もしっかり見えていた。
「甘く、見ないで!」
星の間隙に向かって自ら突っ込む。
シルビナの持ち味は全身を覆う障壁。少々の攻撃など物ともしない重量級の突撃!
「わわわっ!?」
驚くプリムに肉薄、そのまま剣をぶつける。傘と剣が激突、火花が散る。
「せえい!!」
力ずくで押し込んだシルビナ。その剛腕に、プリムは地面へと叩きつけられる。
「いった~い!」
「そんなこと言っている暇はないわよ!!」
追撃。
空中に浮かんでいた音符爆弾を踏み台に、むしろ加速。剣を前に突進する。
「ッ!?」
傘を広げてガードするが、爆風と共に突っ込んだシルビナの突進力は、その防御力を上回る。
「あっ!?」
「終わりよ!!」
傘を貫いたシルビナは、己の剣と共に相手の傘をねじ伏せる。がら空きとなった体に拳で一発。
「せえ、のッ!!」
続くかかと落とし。容赦ない格闘技は、プリム・ローゼンを沈めきった。
◇ ◇ ◇
「も~、えげつない~」
現世へと戻ったプリムとシルビナ。道場の片隅で、プリムは悲鳴をあげる。
「だいたい女の子が蹴りとかパンチとか。可愛くな~い~」
「決闘者は結果が全て、なんでしょう」
「むう。もったいないよ、シルビナだって、元はいいんだから、ちゃんとした格好をすれば可愛いのに」
「えっ? わ、私が?」
「そうそう! こういう格好とか!」
プリムはくるりんと回ってみせる。アストラルサイドほどあざとい格好ではないが、やはり丈の短いスカートに、絶対のこだわりを持つニーソックス。髪をピンクのリボンで結わえ、ツインテールにした姿は、年齢以上に幼く見える。
「ぜ、絶対無理」
普段からズボンにシャツばかりを着ているシルビナにとって、スカートというだけでもハードルが高い。ましてや、そんな可愛い系の格好など……。
「いいじゃない。キュート系も。シルビナがそんなカッコしたら、普段のギャップもあって、絶対に男子たちも注目するって!」
「男子……」
ふと、シルビナは周囲を見渡した。休憩に入ったおかげで、周囲に人の姿はさほど多くない。
「あ、今、誰か探した? 誰のこと思い浮かべたのかな~?」
「だ、誰のことも考えてないっ」
「またまた~。シルビナってば、前より女の子っぽくなったよね。表情も豊かになったし。具体的にはなんたら君が奨励会に入ってから~」
「ヴァ、ヴァンのことは関係ないでしょう!」
「あれあれ~? あたし、ヴァン君なんて言ったかな~」
「うぐっ……!!」
顔を赤くするシルビナに、プリムは嬉しそうに笑う。
「あ、そうだ、シルビナもたまにはデート服とか買ったらどう? 勝負服よ、勝負服!」
「勝負って、公式手合に出る時の……」
「それは礼服! そうじゃなく、男子を落とす格好に決まってるでしょ!」
「だ、男子って」
「いいじゃんいいじゃん? シルビナがそんな女の子の顔をするなんて思いもよらなかったし! どうせ学校に行ってるわけじゃないんだから平日の午後って暇でしょ? 明日、あたしが学校終わった後、一緒に行こうよ!」
「ちょ、ちょっと」
燃えるプリムから逃げ切るには、シルビナのコミュニケーション能力が足りなさ過ぎた。
致し方ないことだ。
◇ ◇ ◇
翌日、ドムの日。
駅前で待ち合わせたシルビナは、いつも通りの黒っぽいジャケットにズボン。ショートヘアと相まって、中性的な印象を与える。
「まあ、今日のところはそんな格好でもよしとしましょう! これからか~わいい格好をするんだし?」
同行するプリムは、学校帰りの制服姿だ。ブレザーに、大きな赤いリボンを巻いている。
「……絶対に似合わないから」
「そんなことないって! ねえ?」
「というか、なんで私まで!」
二人の後ろをついて歩くのは、アリス・ラフィーネ・ヴァイスラント。光輝のお嬢様だ。
「いいじゃない~。一緒の方が楽しいし。というか、通りかかったのが運の尽き?」
「まったく……。私も決闘の修練が」
「私だって」
「二人とも、そんな年齢で決闘漬けの人生とか悲しくないの!? もっと華やかに生きなきゃ!」
無駄にきらきらと笑顔を振りまくプリム先導で入った店は、ティーンエイジ御用達の低価格で可愛い服が多いと評判の商店。
「ここ、学校でも評判なのよ~。種類も豊富だし、キュート系もクール系もあるのがいいのよね!」
「じゃあ私はおとなしいので……」
「絶対ダメ。シルビナはスカートね、これ決定」
「む、無理っ」
「無理じゃない! ほら、アリスも一緒に!」
「だから、なんで私まで……」
引きずられるようにして、二人は服を見比べていく。
「あら、こんなに安いんですのね」
「そうそう、なのに手抜きしていない感じがいいのよね。ほら、シルビナにはこれなんてどう?」
「む、無理っ!」
「さっきから無理しか言ってないじゃない。ほらほら、試着するだけならタダだし! これ着てみて!」
数着の服を選んだプリムは、シルビナの手に押しつけると、そのまま試着室に放り込んだ。試着室の中で懊悩する気配が感じられるが、気にしない。
「あんなに強引なことをしてよかったんですの?」
「いいのいいの。これくらいきっかけがなきゃ、シルビナがああいう格好をするなんてありえないんだから」
「それはそうかもしれませんけれど。……あら」
試着室のカーテンが開かれる。出てきたのは、色合いからして変わったシルビナだった。
青を主体に、白いラインの入ったミニスカート。フリルのついたブラウスに、頭を飾るリボンまで。遠慮のないキュートファッション。
「こ、この格好で往来を歩けと言うの……?」
「なんで裸で歩かされるみたいな顔してんの。可愛いよ、すっごく似合ってる!」
「む、無理……」
シルビナは首を振るが、
「あら、悪くないと思うわ。少し幼すぎる印象ではあるけれど。リボンよりも、帽子か何かを合わせた方が……」
「えー。キュートいいじゃん!」
「む、無理だって……」
消え入りそうなシルビナの声は風に消え。
いつの間にかノリノリになっていたアリスと、最初からノリノリのプリムは止まりそうになかった。
◇ ◇ ◇
一方その頃。
ヴァン・レクサスは両手で紙袋を抱え、大通りを歩いていた。
「すまないね、ヴァン。手伝ってもらっちゃって」
「いいっての。ライゼル一人じゃ、こんなに持てないだろ」
隣を歩くのはライゼル・アズール。奨励会での先輩決闘者だ。
二人の手には、多くの荷物がある。紙束やインク、それから茶葉など、事務職が消費するものが大半だ。
「てか、ライゼル、前からこんなことしてたんか?」
「ああ、まあね。ミーナさん一人じゃ買い出しは無理だし」
ライゼルは、以前からミーナに代わって、奨励会で使う事務用品の買い出しをしていた。女性のミーナが行くよりも遥かに効率的ではある、が。
「ライゼルも奨励会員だろ? 別に事務員でもなんでもなく」
「それはそうだけどね。手伝えることは手伝ってもいいんじゃないかな」
「おひとよし」
「ヴァンに言われるのは心外だね。君こそ随分とおひとよしに思えるけど」
「……んなことねえって。オレはみんなに決闘を楽しんで欲しいだけだからな」
「どうかな……、ん?」
ライゼルが足を止める。自然、ヴァンもそれにならう。
「どうしたんだよ」
「いや、あの人……。あ、やっぱりそうだ。レリウスさん!」
ライゼルの視線を追いかけると、一人の紳士が振り向いていた。
青年と呼ぶにはやや遅く、壮年と呼ぶにはまだ早い年齢。眼鏡の奥にあるまなざしは優しく細められている。
「ああ、ライゼル君。久しぶり」
「お久しぶりです、レリウスさん。王座防衛、おめでとうございます」
「実力じゃないさ。相手のミスに救われただけだよ。……おや、そっちの子は?」
「ああ、紹介します。ヴァン・レクサス。カンナさんの門下で、奨励会に入ったばかりの子です」
「ああ、カンナ君が弟子にしたっていう……。聞いているよ。僕はレリウス・クライムエッジ。一応はプロの決闘者さ」
「へえ、プロの。オレ、ヴァン・レクサス。よろしくな」
握手を交わす。決闘者としては非常に珍しいことに、レリウスは柔和な表情を浮かべ、人当たりもよい。
「レリウスさんは、これから奨励会館に?」
「ああ。普段、対局ばかりで、あまり顔を出せていないからね。そうだ、せっかくだし、二人からも色々と聞いてみたいな。最近の奨励会でのこととか、弟子のこととか」
「……弟子ぃ?」
◇ ◇ ◇
シルビナ・ノワールは、両手に紙袋を持たされていた。
その中身はおのずと知れた、衣服だ。
「プリム……。まだ行くの?」
「何を言ってるのよ。まだ2件しか行ってないじゃない」
「もう2件も行ったでしょう……」
すでにお疲れ気味のシルビナに対し、プリムとアリスはますます元気になってきている。
「やっぱりシルビナって元がいいよね~。スレンダーだけど、逆にそれが合うっていうか」
「すらっとしているからスカートも合いますわね」
「そうそう、やっぱりそう思う!? いいよねー、上背もあるし!」
自分のスタイルについて自分以外が盛り上がるという謎の現象。
シルビナは、幼い頃から家族と共に特殊部隊に所属していた。特殊部隊を抜けてからというもの、決闘漬けの日々。つまるところ、友達とこうして遊び歩いた経験が全くないのだ。
誰しも経験のないことは戸惑うものだ。
「あ、じゃあ次はここ行こ、ここ!」
プリムが指したのは、あろうことか、下着の専門店。
「む、無理っ!?」
下着など3枚いくらで売っているものしか買ったことのないシルビナにとって、こういうきらきらした、無駄にカラフルな店は敷居が高い。
「大丈夫だって、取って食べられることなんてないから」
「そういう問題でなく……」
「見えないところに気を遣うのも淑女のたしなみよ?」
「む、無理だってば……」
シルビナの弱々しい否定が通るはずもなく。
無事、二人の悪鬼に拉致されることが確定した。
◇ ◇ ◇
奨励会館へと向かう道すがら。
ヴァン・レクサスはレリウス・クライムエッジを見上げる。
「じゃあ、レリウスって、あのプリムの師匠なのか?」
「ああ、そうなるね」
レリウスはふわりと頷く。
「……なんていうか、あいつのスタイルと全く違う気がするんだけど」
「そうかな? まあ、プリムのスタイルは可愛い外見で相手を油断させていくスタイルだからね。初見には強いけれど、内実を知っていれば驚きは減るから、もっと内面を磨いたほうがいいと思うんだが」
「そういう問題じゃねえと思うけど……」
フリルたっぷりのキュート系ファッションが身上のプリム。なんとなくだが、本当になんとなくだが、師匠も同じような尖ったファッションセンスの人物を想像していた。そんな人間が歩いているはずもないのだが。
「ヴァン君は、田舎から出てきたんだってね。面白いスタイルで戦うと聞いているよ」
「面白いかどうかはわかんねえけど、田舎から出てきたのは本当だな」
「どうだい、奨励会は」
「面白ぇよ。いろんな奴がいるしな」
「はは、そうか。確かにね、決闘者は個性的な人が多い。それはね、みんな、自分のスタイルを貫いているからだ。他人の意見にいちいち左右されていては芯が通らない。確固たる芯があるからこそ、決闘者としてやっていけるとも言える」
「ま、変わり者は多いよな」
「君も大概だと聞くけどね。局所型なんだろう?」
「ああ、知ってるのか」
「カンナ君に聞いているからね。局所型なんてアマチュアでも珍しいのに、どこで覚えたんだい?」
「田舎だよ。おっさん……、そう呼んでた変なおやじがいてさ。そいつのスタイルを真似したのが始めだったな」
「へえ、局所型の使い手か」
「それに、オレだけじゃねえぜ? 都市から来たって奴も田舎にゃいるけど、そいつもオレと同じスタイルだしな。だからオレ、最初はこれが普通なのかと思ってた」
「ははは、局所型がそんなにいるのか。まあ狭いコミュニティだと、同じ戦型が流行することはよくあるね」
「そういうもんか?」
「ああ。友達同士、仲間同士のグループだと、せいぜい数パターンの戦型にしか出会わない。書物で見かけることはあっても、それを実践する者がいない。おのずから、最も強い人のスタイルが流行しがちさ」
「ああ、そういうもんかもな」
「そう、環境は大事だよ。周囲が強くなろうとすればするほど、グループの力は高められる。決闘は一人じゃできない。高め合うライバルがいて、初めて強くなれるんだ。そういう意味で、奨励会という場はすごくいい。同年代のライバルが簡単に見つけられて、互いに高め合うことができる。同じ目標を目指すから、衝突もするし、仲良くもなれる」
「同じ目標、か」
ヴァンは小さく頷く。
「オレは最強になるのが目標だ。他の連中は少し違うかもしれねえけど、強くなりたいのは同じだもんな」
「もちろんさ」
頷くレリウスを見上げ、ヴァンは言う。
「なんていうか、やっぱ、レリウスってプリムの師匠って感じしねえな。すっげー大人っていうか」
「そうかな?」
「ああ。でも、似ているとこもある。強いって感じじゃないのに、強いのがわかるっていうか……。気配が違うっていうのか?」
「……そうかな?」
小首を傾げるレリウスに対し、ライゼルは深く頷く。
「実際、レリウスさんは強いよ。ヴァン、王座ってわかるかい?」
「知らん」
「タイトルくらい覚えていてくれよ……。王座は7大タイトルのひとつさ。レリウスさんは、その王座戦で連覇している。一流決闘者だよ」
「へえ? ……なんだよ、レリウス。変な顔して」
目を丸くしていたレリウスは、ヴァンに問う。
「ヴァン君は、タイトルリーグも知らないのかい?」
「ああ、彼は田舎から出てきたせいか、決闘界に疎くて……」
ライゼルがこたえると、レリウスは笑い出した。
「はは、そうか、タイトルリーグも知らない子が奨励会にいるのか! それは面白い」
「な、なんだよ。笑うなよ」
「ははは、すまない。そういうつもりじゃないんだ。いやはや、本当に決闘者というのは面白いね……。色々な子がいる」
目尻に浮かんだ涙をぬぐったレリウスは、
「決闘者というのは本当に個性的でね。僕が決闘者を続けている理由でもある」
「そんなに変か、オレ?」
「ヴァンは十分に変わっていると思うけどね」
ライゼルも言うが、ヴァンにはいまいちピンとこない。
「うん、よかった。プリムにも楽しい仲間ができているようだ。……うん?」
レリウスは足を止めた。そこにあったのは、女性下着の専門店。
「なんだよ、レリウス。んなもの買うのか?」
「違うよ。ああ、やっぱりそうだ」
店員と会計を済ませ、出てきた少女たちを見て、レリウスはにこりと笑う。
「やあ、プリム」
「……!? せ、先生!」
驚くプリムだが、その後ろにいる人物はもっと驚いていた。
「ヴァ、ヴァン!?」
「お、シルビナじゃん。なんだ、お前も買い物に行ってたのか」
あっけらかんと言うヴァンだが、シルビナは顔を赤くしていいやら青くしていいやら。とりあえず袋の中身は見られまいと固く抱きしめる。
「あら、ライゼル。またミーナの手伝い?」
「アリスもか。友達と一緒なんて珍しいじゃないか」
「ひ、一言余計よ」
別にライゼルは揶揄するつもりなどないが、コミュニケーション能力が欠けている妹弟子としては反論の余地もない。
「僕たちはこれから奨励会館に行くところだけど、プリムたちは?」
「お、お買い物……、ですけど」
「ま、まだ買うの? いいかげん……」
視線をそらすプリムには、シルビナの弱々しい反論もとりあえず黙殺される。
「そうですわね、そろそろ休憩したいと思っていたところですし。ライゼル、まだ時間はあるんでしょう? お茶にでもしましょう」
代表するように言うアリスに反論できる者が、その場にいなかった。
◇ ◇ ◇
すぐ近くにあった喫茶店のオープンテラス。
ヴァンたち男3人と、シルビナたち女3人が向かい合って座る。
「どうだい、プリム。最近の調子は」
「……普通です」
答えるプリムの表情は硬い。ヴァンは少しだけ眉をひそめつつ、
「レリウス、プリムの師匠なんだろ? 知らねえの?」
「ああ、僕の弟子はプリムだけじゃないんだ。僕の場合は門下というより研修会という形でね。弟子も、現役プロを含めて8人いる。普段の対局も多いから、あまり一人一人の面倒を看てあげられないんだ」
「そういうもんか?」
「ああ。研修手合に来てくれればアドバイスもできるんだけど、プリムはなかなか来てくれなくて。忙しいのかな?」
「そ、そうです。悪いですか?」
「いや。研修手合そのものは自由参加だからいいんだけど……」
困ったように笑うレリウス。対するプリムは、つい、と顔をそむけてしまう。
「じゃあ、奨励会での成績はどうかな?」
「ミーナさんに聞いているんでしょう」
「勝敗の連絡は貰っているけど、対局の内容までは詳しく記録されないからね。そのあたりが知りたいんだが」
問われたプリムだが、答える気配はない。仕方なし、レリウスの視線が男性陣に向く。
「まあ、なかなかの成績だと思いますが。遠距離タイプの宿命か、近接には少し弱いみたいですけどね」
「ああ、あのキラキラした攻撃なー。アリスみてえに弾幕ってほどじゃないし、威力もそこそこだから、我慢して突っ込むことはできるだろうな。オレには無理だけど」
「ヴァンは防御しなさすぎだからね。普通の決闘者なら堪えて近づくことは不可能じゃありませんし、近接格闘は今後の課題じゃないでしょうか」
「なるほどね。だ、そうだけど?」
「知りません」
顔をそむけたままの弟子に、師匠も苦笑を浮かべる。
「でも、あの格好で格闘するのはいかがかと思いますわよ」
停滞した空気を破ったのは、アリスだった。
「あの格好って?」
「王座はご存知ありません? 遠距離型とはいえスカートで決闘するのはどうかと思いますわよ」
「スカート……?」
首をかしげるレリウス。と、バン、と机が叩かれる。
「そうですよ、スカートです。あたし、決闘衣装はいつもスカートで戦っています。悪いですか?」
「あ、いや、そういうわけではないけど……」
「じゃあいいじゃないですか! もう知りません!」
「あ、おい、プリム!」
立ち上がったプリムは、そのまま駆け出して行ってしまった。みんなの視線がアリスに集中する。
「え、わ、私? 何か悪いこと言った?」
「……タイミングが悪かったと言うべきかな。アリス、追いかけてくれるか」
「な、なんで私が」
「僕らじゃきっとプリムは話を聞いてくれない。女の子同士のほうがうまくできると思う。頼むよ、アリス」
「……仕方ないわね。なんだか私が悪者のようで釈然としないし」
遅れて立ち上がったアリスは、プリムが駆け去った方向へと様子を見に行く。
残された面々の空気は重い。その中で、レリウスが口を開く。
「ごめんね、気難しい子で」
「気難しい?」
「ああ。昔はそうでもなかったんだけど、最近は僕の顔もろくに見てくれなくてね」
「……レリウスさん。プリムがスカートで決闘していること、知らなかったんですか?」
シルビナだった。真剣なまなざしの少女に、レリウスは頷く。
「ああ。研修手合の時は……、なんというんだったか、半ズボンのような――」
「スパッツ?」
「ああ、そう、そんなのを着ていたと思うけど」
「そうですか」
シルビナも立ち上がる。その目は、静かに燃えていた。
「レリウスさん。もう少し弟子のことを見てあげてください。ちゃんと向き合ってあげれば、プリムはあんなこと言わないし、やらないはずです」
「向き合う?」
「失礼します」
頭を下げ、シルビナもアリスを追いかける。残された男性陣は互いに顔を見合わせた。
「ライゼル君、ヴァン君。なんだかわかるかい?」
「さあな」
「まあ……、その」
あっさり言うヴァンと、言葉をにごすライゼル。だが、ヴァンはきっぱりと言う。
「でもさ、言いたいことがあるなら、方法は決まってんだろ」
「方法?」
「あんたもプリムも決闘者なんだろ」
それが、ヴァンの答えだった。
◇ ◇ ◇
アリスは路地裏でプリムに追いついていた。
「ちょっと、プリム。どうしたのよ、いきなり」
「いいじゃない、放して!」
手をしっかりつかんでいなければ、そのまま逃げられてしまいそうだ。どうすべきか迷ったが、アリスはなんとなく、ここで放してはいけない気がしていた。
「ほら、戻りましょう。王座も心配しているわよ」
「心配なんかしてないに決まってるもん! どうせあたしのこと、子供にしか見ていないんだから!!」
アリスは口をつぐむ。コミュニケーション能力の欠如した少女には、何を言うべきかわからなかった。
「……先生は忙しいし、他の弟子もいるから、あたしにかまけてられないのはわかってるよ。でも、イヤなんだもん、そんなの」
「タイトルホルダーともなれば仕方ないわ。私だってお父様と稽古するのは年に数えるほどよ」
「そうだけど! そんなのわかってるけど……」
くちびるを噛むプリム。その前に、人影が立つ。
「……シルビナ」
「止めて欲しかったんでしょう」
その怜悧な眼差しは、プリムをまっすぐ捉えていた。
「そんなはしたないことをするんじゃない、と。あえて見せびらかすようにして」
「……」
「技に無駄が多いのも、叱られたかったんでしょう。そうすることで、あなただけを見て欲しかった。あなたの、本当の願いは――」
「やめて!! 知った風な口を利かないで!!」
「そうね、私はあなたではない。でも、あなたも口にはできないようだったから」
「うるさいっ! わかってるもん、全部わかってる……」
目元に涙を浮かべる少女に、シルビナは続ける。
「あなた、何を言っているの?」
「……え?」
「わかっていようがいまいが、口にしなければ伝わらない。欲するなら、思いは形にしなければ」
「それができたら……、苦労はないわよ」
「できるでしょう。あなたは何なの?」
きょとん、とプリムはシルビナを見返す。
「何、って?」
対するシルビナの答えは、決まっていた。
「あなたは決闘者でしょう。私たちには、これしかないわ」
ひょい、とシルビナの肩に妖精が飛び乗る。猫型の妖精をなでるシルビナを前に、プリムはうつむいた。
◇ ◇ ◇
「本当に、ここに来るのかい?」
「シルビナも行ったしな。たぶん来るよ」
そこは、奨励会館の横にある公園だった。
遊具など何もない、ただの広場になっている場所。そこに、男3人の姿がある。
ヴァン・レリウス。ライゼル・アズール。そして、レリウス・クライムエッジ。
「でも、シルビナ君たちが追いついたという保証は……」
レリウスは途中で口をつぐむ。その視線は、通りの向こうへと注がれていた。
奨励会館へとまっすぐ向かう、3人の少女。そのうち、先頭の一人が口を開く。
「……先生」
プリム・ローゼン。レリウスの弟子。
弟子は師匠の前まで来ると、つい、と指を振る。すると、プリムの足元に小さな兎がすり寄った。
否――兎型の妖精だ。
「ヴィオ」
名前を呼ばれ、妖精は長い耳をぴくぴくとさせながら顔を上げる。
「受けてくれますよね?」
プリムの、まっすぐな視線に、レリウスは小さく頷いて返す。続き、
「転移!」
掛け声と共に、意識は異空へ。
体は再構築され、周囲の景色は荒野へと変わる。
アストラルサイド、スタンダードルール。奨励会員が最もなじむ、最も実力の出るステージ。
レリウスの装備は特徴的だ。黒いスーツで全身を包み、腕に鎖を巻いている。眼鏡だけはそのままだ。
対するプリムの装備はいつも通り。可愛いドレスにシューズ、そして装飾過多なロッド。
「そんな格好で決闘していたのか」
「ええ、そうですよ。知らなかったでしょう。奨励会の試合は、一度も見学したことないですもんね」
くるりと回ると、スカートの裾がふわりと浮き上がる。
「さ、始めましょうか。あたしのキュートな戦い、見せてあげます!」
とん、とプリムは後ろへ跳んだ。同時、開戦の合図。
ロッドを天へと向け、プリムは叫ぶ。
「キュアシャボン!」
ロッドの先端から、無数の泡が飛び出した。それらは膨らみ、巨大化し、周囲を包む。
「……ほう」
透明度の低い泡は虹色に輝き、周囲に漂っている。当然、見通しは悪い。
「どれ」
レリウスは腕の鎖をたらすと、ひゅっと腕を振った。鎖が舞い、蛇のようにうねる。
鎖の先端で輝く刃が、泡のひとつを切り裂く。バチン、と弾け、小さく衝撃が走るが、それだけだ。爆発というほどの威力はない。
「目くらましか……」
レリウスは軽く腰を落とす。周囲を警戒すると、かすかな足音。
「ふッ!」
腕を閃かせ、チェーンが空間を薙ぐ。泡が次々と切り裂かれるが、
「どこを見ているんですか? こっちです!」
声は上から。見上げれば、ふわりと浮かぶ少女の姿。
「キラキラスプラッシュ!」
星の奔流がレリウスを襲う。だが、レリウスもまた、その時には鎖を引き戻している。
「はッ!」
回転するチェーンが星の奔流と激突、弾き合う。魔力の通った鎖はそれそのものが剣であり盾。攻防一体の武器は、プリムの魔法攻撃など寄せつけない。
「なら、これでどうですか? シャイニーコート!」
きらきらと輝く光は、プリムを覆う。
魔法の鎧。
「その程度じゃ、防げないよ!」
猛進する鎖。鎖刃がプリムの鎧を切り裂き、かすめていく。
「そら!」
腕を軽く動かすだけで、チェーンは行先を変える。プリムを覆うように跳ねた鎖は、その体を束縛し、動きを封じた。
「ッ……、さすがですね、先生」
「何を言ってるんだい。防御もせずに」
「したじゃないですか、防御魔法」
「僕の鎖は防いでも駄目だ。知っているだろう? 防げば束縛される。ガードではなく回避をすべきだ」
「ふふ、そうですね」
もはや勝敗は決している。だが、レリウスはとどめを刺せなかった。
「……プリム。君は」
「先生。遅いですよ」
レリウスの言葉に重ねるように、プリムは言う。
「あたしが先生の弟子になって、そこそこ強くなって。奨励会に入れるようになって、先生は言ってくれましたよね。もっと強くなれるよって。でも、あたし、本当は奨励会とかどうでもよかったんです。強くなることも、あんまり興味がなかった。ただ、先生に褒めて欲しかっただけなんです」
「……」
「ちっちゃな問題を起こしてみたりして。服装もできる限り可愛くして。おかげか男子に対する勝率は凄いことになっちゃいましたけど、まあそれは副産物で」
「プリム」
レリウスの手が、そっとプリムの頬に添えられる。
「僕は、君の気持ちには答えられない」
「そうですか」
くすりと笑ったプリムは、そのまま続ける。
「先生の気持ち……、なんとなく知っています。ライバルだって大勢います。でも、負けたくないんです。それが、あたしの決闘です」
まっすぐレリウスを射抜く瞳。その目に、青年は言葉を返せない。
「ずっと頑張ってきたんです。だから、簡単には諦めません。今度はプロにでもなって、先生と同じ土俵に立って、それから言うことにします。その方が、先生には合ってますよね」
「……確かに、いつか君はプロになるだろうね。そうなれば、僕と戦うことになる」
「はい。その時は、たっぷり愛してくださいね?」
にこりと笑う弟子に、師匠は小さく苦笑した。
◇ ◇ ◇
夕暮れの街並み。
その中を、4人の男女が歩いている。
「ねえ、置いてきてよかったの?」
アリスが問えば、
「おそらくは。決闘もできたようだしね」
ライゼルが返す。
「決闘者同士だからな。言いたいことは、なぐり合えば伝わるもんだろ」
ヴァンが言えば、
「……ヴァンが言うと信憑性が薄くなる気がするけど、その通りね」
シルビナが頷く。
4人の男女は、それぞれ帰路についていた。レリウスとプリムが現世に戻ってきたのを確認してから、それとなく別れたのだ。
「でも、これでプリムも、もっと伸びるかもしれないね」
「そうなの? ……まあ、私の敵ではないけれど」
「油断していると足元をすくわれるよ」
「私は最強よ」
アリスが胸を張ると、
「いや、オレが最強になる」
後ろからまぜっかえす少年が一人。
「ふん。確かに一度はあなたに負けたけれど、次はないわ」
「オレだって成長するぜ。アリスよりも強くなってやる」
「できるもんならやってみなさい」
「おー、やってやらあ。なんなら今から決闘するか?」
「はん、望むところよ!」
「アリス、あまり逸らない。ヴァンも、アリスを焚きつけないでくれないか」
がやがやと賑やかに通りを進む三人。その背中を眺めながら、シルビナは一歩、遅れて進む。
「……」
胸に落ちるのは、自分の言葉。
――欲するなら、思いは形にしなければ。
自分は、何を欲している?
答えが見つからない。
「おーい、シルビナ。置いてっちまうぞ」
「……今、行くわ」
両手で荷物を握り直し、歩みを早める。
その中身で着飾る日なんて、来るのだろうか。
そんなことを思った。




