エピソード6:岐路の行く末
奨励会の手合後。
今日も今日とてたくさんの決闘を重ね、ほくほく顔のヴァンは、階下に降りてきた。
奨励会館の1階は事務スペースと休憩所になっている。そのうち、休憩所の方に、ゼル・ロッシェの姿があった。
「よう、ゼル」
同門の仲間は、声に顔をあげる。
「よう、ヴァンか」
「なんだよ、それ」
ゼルが視線を落としていたのは、一枚の紙。頭の方には進路調査票とあり、下には六つの枠がある。
「これか。進路調査票っていって、学校に将来なりたいもの――やりたい仕事を書いて出すんだよ」
「なんだお前、学校に行ってたのか」
「お前みたいな決闘バカと一緒にすんじゃねえよ」
ゼルの手元にある進路調査票には、まだ何も書かれていない。白紙の状態だ。
「やりたい仕事って、プロになるんじゃねえの?」
「まあ、プロ決闘者もひとつの選択肢だけどな……」
そう言って、ゼルは薄く笑う。いつもの元気な笑みとは違った、少し陰のある笑い方だった。
「実はさ、迷ってるんだよ」
「迷うって、プロになるかどうか、ってことか?」
「そうそう。そりゃ、決闘で食っていけるなら最高だけどさ。プロってそんなに甘いもんじゃねえし。師匠はなんだかんだで上位だから食べていけてるけど、プロでも底辺の方は食べていくことも難しいんだぜ」
「そうなのか?」
「そりゃそうさ。プロの収入、主な部分は決闘手合だ。公式試合に出て、勝てば報奨金が貰える。けど、負けちまえば何も得られない。勝ち続けなきゃ、生活もままならねえんだ」
「勝てばいいじゃん」
「簡単に言うなよ。プロ同士の決闘だぜ? 常勝なんてそう簡単にできることじゃない。それに、決闘者ってのは自営業扱いだからな。大きい商会に所属する連中と違って、病気でもしたら一発アウト。手合には出られないから収入もなくなるし、生活の保障なんてなくなるんだ。大きい病気をして生活できなくなって、プロをやめる人もいるくらいなんだぜ」
「ふうん。そうなのか」
「そうなのかって……。まあお前は決闘バカだからそういうの考えないかもしれないけどな」
ゼルは手持ちの紙切れをひらひらとあおぎ、
「悩むだろ、そりゃ。一生のことだぜ。そりゃ俺だって学校の成績が良いわけじゃないけど、どこか大手の商会に入ることだってできなくない。ちょうど分岐路ってことだよな」
そう言うゼルの横顔は、いつもと少しだけ違って見えていた。
◇ ◇ ◇
夜。カンナの家に居候しているヴァン・レクサスは、同居人と共に夕食の卓を囲んでいた。
夕食を作るのはいつも通り、シルビナの担当だ。彼女の作る料理は素朴だが旨い。ヴァンには好きな味だった。
その席で、ヴァンは己の師匠を見やる。
「……なあ、カンナ」
「どうしました、ヴァン」
「生活するって、そんなに大変なのか?」
「……? どうでしょう。生きていくだけならば、難しくはないかもしれません。都市は豊かですから」
「でも、飯を食べるにも、都市では金が必要なんだよな」
ヴァンとて、毎日都市で生活をしていれば、少しずつ事情も理解できてくる。
田舎では動物を狩り、そこらに自生している樹木から果実をもいでいれば、食べていくことはできていた。だが、都市ではそういうものはなく、代わりに金銭を払って毎日の食事を用意しなければならない。
「どうしましたか、ヴァン。お金の心配でもしているのですか?」
「そういうわけじゃねえけど」
「私は、あなたを内弟子としました。内弟子とは親子の関係そのものです。子が親の財布など心配しなくてもいいのですよ」
「けど、稼ぐって大変なんだよな?」
「……本当に、何かありましたか?」
重ねた問いかけに、少しだけ悩んだが、ヴァンは昼間の出来事を話すことにした。
話を聞いたカンナは、
「なるほど、ゼルが……」
「あいつ、カンナにはそういうこと、言ったのか?」
「面と向かって相談してくれたことはありません。ですが、そういう悩みを抱えていることは聞いています。彼の学校の担任からも相談されましたから」
「学校の担任?」
「ゼルの、学校での師匠みたいなものですよ。ゼルは以前から進路に悩んでいたようですね」
「カンナは何も教えてやらねえのか?」
「自分の進路について、他人が言えることはありませんから」
そう言って、カンナはお茶をすする。
「確かに、プロ決闘者というのは、純粋に仕事としてみれば厳しいことが多くあります。収入は不安定ですし、生活の保護もありません。タイトルホルダーになれれば並の商人などよりよほど多くの収入を得られる反面、三流になれば、明日の食事にも困ることになるでしょう」
「でも、あいつは決闘が好きなんだぜ」
「好きなだけで仕事にはなりません。仕事というのは、苦しいことや、やりたくないこともやらなければいけませんから」
「……そっか」
言い返す言葉のないヴァン。カンナは口元を緩める。
「プロになるのもならないのも、全てはゼルが決めることです」
「そうだけど……」
「ヴァンは、ゼルが心配なの?」
今まで黙っていたシルビナが口を開く。ヴァンは隣の姉弟子を見やり、
「心配っていうか。なんていうか、もやもやするんだよ」
「ふうん……。なら、イベントにでも参加してみたら?」
「イベント?」
シルビナは頷き、
「ちょうど明日は、先生が決闘のイベントに参加するの。私は介助でついて行くけれど、ゼルとヴァンも一緒に来る? プロの仕事ぶりが見られるし、そういうのを抜きにしても、気分転換になるかもしれないわ」
「ふうん。そういうのもあんのか」
「たまにだけれど。イベントに参加するのもプロ決闘者の仕事なの。公式手合ほど報酬が得られるわけではないけれど、それも大事な収入源になるわ」
「……よし。じゃあ、行ってみるか! ゼルも誘って」
立ち上がり、ヴァンはバタバタと台所から飛び出して行った。
「落ち着きがないですね」
「それだけまっすぐということです。ひとつのことしか考えられないというのは、勇み足とも取れますが……、今のゼルのように、ただ迷うだけよりは、良い結果になることも少なくありません」
「そういうものでしょうか?」
「ええ。ですから、シルビナも、迷うよりは、一歩を踏み出してみることも手ですよ」
「……何のことですか?」
「何のことでしょう」
とぼける師匠は茶をすするばかり。
「……」
シルビナがいくらにらんだところで、盲目の師匠は反応さえしてくれないのであった。
◇ ◇ ◇
翌日。
「おー……。すげえな」
都市の中心部に近い駅から降りて間近の建物。
こういうイベントごとを中心に行うための多目的ホールは、たくさんの人でごった返していた。
その中に、カンナ一門の姿もあった。
ヴァンは周囲をきょろきょろと見渡し、
「なあシルビナ、あれあれ、あの壁! 決闘が映ってるぞ、どうなってんだ!?」
「妖精の力を借りて、アストラルサイドでの出来事を現世に転送しているのよ。あれならば決闘に参加していない一般人でも、決闘の様子を見ることができるわ」
「すっげー。そんなこともできるのか!」
「力のある神から分かたれた妖精ならば可能でしょう。妖精の力は神の力に左右されますが、最上位の神々から力を得た妖精ならば、魔鉱石を利用して、様々な奇跡を起こすこともできます。さしずめ、あの妖精はブリギットの妖精でしょうか」
混雑したホールの中を歩くカンナ。その手をシルビナが握って先導し、後からヴァンやゼルがついて行く。
「てか、ヴァン。お前、奨励会はよかったのかよ。手合数、足りねえんだろ」
「それはそれ。これだって面白いじゃん。ゼルは面白くねえの?」
「……そりゃ、決闘は好きだけどさ」
周囲を見渡す。そこにいるのは、子供が多い。大人の姿ももちろんあるが、昔を懐かしむだけで、現役の決闘者とおぼしき人はそういない。おそらくは、子供たちの付き添いだろう。
やはりと言うべきか――ゼルたちの年頃で決闘をしている者は、そう多くないのだ。
「……」
そのことに、ゼルはもちろん気づいていたし――そんなゼルに、ヴァンも気づいていた。
「あ、カンナ六段」
そこに、壮年の男性が寄ってきた。腕にイベントスタッフを示す腕章を巻いている。
「先生、グレアム氏です」
「ええ、声でわかりました。グレアムさん、今日はよろしくお願いします」
「こちらこそ、どうぞお願いします。六段はこちらへ。シルビナちゃんも一緒に頼めるかい?」
「はい、わかりました。じゃあゼル、ヴァンのおもり、お願いね」
スタッフと共に、カンナとシルビナは立ち去る。残されたゼルは、
「だってよ、ヴァン。どうする?」
「いろんな奴が決闘してるんだろ? 見たい!」
「へいへい、そう言うだろうと思ったよ。そんじゃあ、とっときの決闘が見られる場所に行くか」
ゼルに連れられ、ヴァンも移動する。
イベントホールはあちこちに衝立が用意され、そこには決闘の様子が映し出されていた。昔を懐かしんで決闘をする大人、子供たちが行う決闘。特に子供の決闘にはプロ決闘者がアドバイスをしたりしているらしい。
一方では、プロ決闘者同士の決闘を上映している場所もある。脇では解説も行われているようだ。
そんなプロの決闘が上映されている中に二人はやって来た。
「お、始まるぜ」
そこには小さな舞台が作られており、大きな衝立が用意されている。舞台にはカンナと、何人かの子供が立っていた。
「それでは参りましょう!」
カンナと子供たちの姿が消える。アストラルサイドに移動したのだ。
同時、衝立にカンナたちの姿が映し出される。
カンナはゼルに近い、武道家スタイルだ。金属色の鋲がついたナックルに、額を覆うハチガネ。今日のワンピースは深いスリットが刻まれ、黒いスパッツが覗いている。
対戦相手の子供は全部で3人。それぞれ剣や槍といった近接武器を手にしている。
「あれ? 一人で三人も相手にするのか?」
「そうさ。多面決闘だ。師匠の得意技さ」
「多面決闘?」
「ああ。要するにハンデ戦だな。多面決闘の難しいところは、貸与魔力量が変わらねえってところにある。極端な話、相手はこっちの三倍多い魔力を持ってるのと同じってことだ。ガキ共は、単純に魔力をぶつけるだけでも師匠を倒せる」
「そうなると、カンナはすごく不利ってことになるな」
「もちろん、プロでも多面決闘に勝つのは非常に難しいって言われている。それだけ段位に差が必要ってことだが。けど、師匠の戦い方なら、プロ相手だって多面決闘ができると言われているくらいだ」
「へえ?」
二人が見守る中、画面の中で子供たちが動いた。
三人とも、剣や槍を手に、カンナに跳びかかる。対するカンナは薄く笑い、
『いけませんよ』
軽く左足を引き、半身で子供たちを迎えた。
最初の一人が突き出した槍を拳で弾き、続く子供が振り下ろす剣をかわして腕をつかむ。
『うわっ!?』
つかんだ子供を勢いそのまま反転させ、残る子供にぶつける。斧を持った子供は剣の子と衝突し、たたらを踏んだ。その間に、
『ふッ!』
『うわわわ!?』
槍を持った子供の武器をつかみ、引っ張る。バランスを崩したところで足払い。
『っ!?』
転んだ子供はそのまま、槍だけ奪うと、カンナはもつれあった少年たちに向かって投擲。
『うわあ!?』
慌てて逃げた二人。うちの一人をつかまえ、
『はい、まずは一人』
その首筋を叩く。気絶した少年を投げ、斧を振りかざした少年と向き合った。
『でえい!』
力任せに斧を振り下ろす少年。当然、そんな攻撃など当たるはずもなく、
『こちらです』
斧の表面をなでるようにして拳を振るった。手掌の突。少年の体が小さく浮き上がり、苦悶の表情を浮かべる。
一撃を加えた後もカンナは止まらない。スピードの落ちた少年は捨て置き、槍を再召喚した少年の攻撃を回避。蹴撃で槍を跳ね上げ、がら空きの懐にゼロ距離で魔法を放つ。
『炎!』
気合と共に放たれた炎が槍の少年を舐め、よろめいたところで首に手刀。
残った斧の少年が起き上る頃には、すでに仲間はおらず――。
『はい、残念でした』
残る少年も首筋への一撃で、あっさりと沈めてしまった。
◇ ◇ ◇
選手控室に移動したヴァンとゼルは、カンナと対面していた。
「師匠、お疲れ様でした」
「いえ、指導対局にしてはやりすぎましたね」
ゼルから貰った水を飲みつつ、カンナは反省する。
「でも、すげーな、やっぱり。子供連中が魔力を使いこなせていなかったって言っても、あの斬撃とか喰らってたら、致命傷だったろ」
「ええ、その通りです。彼らは武器に魔力を割きすぎていました。そのぶん防御がおろそかになりがち。子供にはよくあることです。ですが反面、攻撃力は非常に高く、私の弱い防御ではガードしきれなかったでしょう」
「それだけじゃないだろ? カンナ、相手の魔力を奪ってなかったか」
「おや、そんなところまで見えていましたか。その通りです。物質化した魔力は奪取することが可能です。先ほどの決闘で言えば、相手の槍を奪ったり、斧の表面をまとっていた魔力を少しばかり頂戴して、私の攻撃力に上乗せしていました」
「そんなこともできんのか。やっぱすげー!」
楽しそうに笑うヴァン。その横で、ゼルは苦笑する。
「だから、師匠はすげえんだって。今年はタイトルまで取るんじゃないかってもっぱらの噂だし」
「噂ですよ、それは」
くすくすと笑うカンナ。だが、ゼルは首を横に振る。
「そんなことありませんて。ヴァンも見てたろ? 師匠は相手の魔力を使ったカウンターが上手いんだ。プロ同士での戦いだと、相手の魔力をいかにして削るかって勝負になってくる。そんな勝負で、相手の魔力を使って……、言い換えれば魔力の消費もないままにダメージを重ねれば、それだけ優位になるってことだ」
「ですが、カウンター戦法はそれなりにリスクもありますよ? 何より、タイミングを見誤ると、かえって大きなダメージを受けがちです。諸刃の剣ですね」
「師匠ならできますって!」
言うゼルに、カンナはにこりと笑む。
「ちょうどよい機会です。ゼル、シルビナ、ヴァン。あなたたちも決闘をしてみなさい。多面決闘を」
「お? やるやる!」
ヴァンは決闘と聞いただけで乗り気だが、ゼルとシルビナは互いに顔を見合わせる。
「あの、俺たち奨励会員ですよ? 普通の人と決闘しても……」
「ただの決闘ではありません。多面決闘……、それも、サバイバルでやってみなさい」
「サ、サバイバル?」
師の言葉に、ゼルは目を丸くした。
◇ ◇ ◇
サバイバルルール。
奨励会で行われているスタンダードとは違い、同じフィールドに複数のプレイヤーが入ることが最大の特徴だ。
勝利条件は最後まで生き残ること。それまでは協力し合ってもいいし、相手を利用してもいい。とにかく生き残った者が勝者となる、乱取り戦だ。
カンナ一門の3人は、それぞれ師から課題を貰ったうえで、十人以上が参加するサバイバル決闘に参戦していた。
――ヴァンの課題は、シルビナを守り抜くこと。
――シルビナの課題は、自力で1人でも多くの相手を倒すこと。
――ゼルの課題は、ノーダメージ。
それぞれの課題を胸に、開戦の合図を待つ。
「シルビナを守れって言ったってなぁ。シルビナ、もともと硬いじゃんか。そうそうやられねえだろ」
「そうでもないわ。私の課題は、1人でも多くの相手を倒すこと……。多面決闘で多くの相手を倒そうとすれば、魔力の消費は必然的に抑えざるをえないわ。攻撃のリソースを使おうとするほど、普段から使っている障壁は使えなくなる……。つまり、防御力は落とさなければいけないということよ」
「そっか。じゃあ、今日のシルビナは、殴られたらやられちまうってことなんだな」
「その通りよ。私を守り抜きたいなら、的確に攻撃を弾けるようにならなければいけないわね」
「かわしちゃダメってことか……」
相談するヴァンとシルビナを横目に、ゼルは首をかしげる。
「ノーダメージ、か。サバイバルで生き残るのにダメージ受けねえってなるとな……」
もともと、ゼルの決闘スタイルはバースト型。短期決戦を身上とする、超攻撃型のスタイルだ。だが、サバイバルルールでバーストすれば、最後には息切れすることが目に見えている。
バーストはできない。どころか、ダメージを受けないようにするには、かわし、受け、防御に魔力を使っていかなければいけない。
「いつもやらねえことをやれ、ってことだよな。ま、行くか!」
ガチン、とゼルが拳を打ち鳴らした直後、開戦の合図が鳴り響いた。
各地で戦いが始まる。銃持ちが乱射する中、シルビナは突貫。その後をヴァンが続く。
「はッ!」
縦横無尽に飛び回り、飛び交う弾丸を切り裂くヴァン。間隙を見切り、シルビナは遠距離攻撃ができるガンナーを狙う。
「ふッ!」
斬撃。ガンナーを沈めた直後、隅で控えていた決闘者が杖を掲げる。
「サモンゴーレム!!」
詠唱と共に地面が揺れ、せりあがる。生まれたのは巨大な石人形。
サモナー型。魔力を自己強化でも装備精製でもなく、自分の駒を増やすことに消費するタイプ。こと石人形型は、鈍重なゴーレムを魔法で強化し、とにかく暴れまわるサバイバル向きの型だ。
「行け行けぇ!!」
ゴーレムの肩に乗った青年が吼える。石人形は巨腕を振り上げ、周囲を囲む決闘者たちを弾き飛ばしていく。
「なんだありゃ、固そうだな、おい」
「確かに防御力は高い、けど……。なにもゴーレムを落とす必要はないわ。サモンモンスターは、召喚者がいなくなれば制御を失い瓦解する……。サモナーさえ落とせれば」
「無茶を言ってんなぁ、おい。あの腕をかいくぐるって、オレならともかく、シルビナにできんのかよ」
「それをやるのが、決闘者というものよ!!」
走るシルビナ。目立つ動きは注目を浴び、ゴーレムもシルビナを狙ってくる。
巨体に似合わない素早い動き。サモナーによる速力強化だろう。シルビナは振り下ろされる拳から目をそらさない。
「ッ!」
紙一重。まさに髪の毛をかする勢いで落下した石拳だが、直撃はしていない。爆風にも近い衝撃に乗っかり、シルビナはさらに加速する。
「せいやッ!!」
ゴーレムの腕を足場に跳躍。肩に乗った無防備な青年へと剣を突き立てる。
「ぬおっ!?」
敗北を喫した青年は現世へと帰還。残されたゴーレムは制御を失い、土くれへと還る。
「あっ!?」
足場を失ったシルビナはよろめくが、
「おいおい、バカか、お前」
すかさずヴァンが走った。
空中の魔力を踏み台に跳躍、シルビナを抱きかかえると、そのまま安全圏へとジャンプする。
「あ……、ありがとう」
「いいんだって。今日のオレはお前を守り抜くって使命があるからな」
にかっと太陽のように笑うヴァン。シルビナは頭を振り、次の敵へと向かう。
「行くわよ、ヴァン!」
「おう!」
◇ ◇ ◇
「おお、やりやがった」
ノーダメージを課題として出されたゼル・ロッシェは、もちろんゴーレムなどという強敵を相手にするつもりはなかった。
ゴーレム最大の弱点は、遠距離攻撃ができないこと。しょせんは土くれ、手近な岩を投げるくらいしか遠距離攻撃の手段はなく、しかるに距離を置けば比較的安全だ。
子供の決闘者が果敢にゼルへと挑みかかるが、直線的な攻撃など、どうということはない。
「そらよっと」
かわし際に蹴りをカウンターでくれてやる。子供相手だからといって手加減はしない。自分はそれほどまでには強くないし、何より油断と手加減は最もいけないとヴァンから学んでいる。
どんな時も全力で。素人と見限った時こそ、敗北の芽が生まれるのだ。
「ふっ!」
近接型の相手ならばまだやりやすい。問題は遠距離攻撃を得意とするタイプだ。
「燃えろ!!」
「ッ!!」
魔導士型により火炎魔法。かろうじてかわすが、熱波がじりじりと皮膚を焼く。
「あっぶねえな、おい!」
「当たれよ、このっ!!」
少年魔導士の放つ火炎弾の連射。回避を続ければいずれは息が切れそうなものだが、その前に別の敵が来ては分が悪い。
「炎……、利用」
師匠の戦いが目に浮かぶ。
師匠ならば、きっとこの炎を弾き返し、あの少年を倒してしまうのだろう。だが、自分にはそれだけの魔力制御がまだよく分かっていない。
相手の魔法攻撃を反射させるには、それ以上の魔力で腕を覆う必要がある。だが、この炎に込められた魔力がいかほどか、正確に見極められないのだ。
もちろん、多めに魔力を使えば反射は可能だ。だが、多く魔力を消費しては、損しかしない。
あるいは、吸収という手もあるが――それは、相手の魔力が持つ“質”を見極めねばならない。炎の性質がなければ炎は吸収できない。
「あいつの魔力の波長、その量……」
相手が切り離した魔力をいかにして見極めるか。その糸口。
師匠は、どうやっていた?
「くそっ、ちょこまかと!」
魔導士が杖を掲げた。魔力が杖の先で輝く宝玉へと集う。
「……」
ゼルは、その魔力をじっと見ていた。集まり、体から切り離され、変成し――。
ふと気づく。魔導士の周囲で、魔力が渦巻いている。それは、アストラルに浮かぶ魔力の波だ。
渦を巻き、うねり、輝いている。その中心で、魔導士は杖を自分へと向ける。
「でえい!」
放たれた雷球。ゼルには、その質も量も、うっすら分かった。
「そういう、ことか」
見極めるということ。
自分は、相手の攻撃だけを見ていた。だから量がよくわからなかった。
比べれば、よくわかる。他人を、周囲を、景色を見れば――この世界には、こんなにも魔力が満ちている。
「はッ!」
巨大な雷球の表面をなでる。同質同量の魔力で手のひらを覆い、消費することなく、雷球をつかむ!
「でえええええええい!!」
渾身のカウンター。放り投げた雷球は、魔導士を飲み込み、現世へと送り返す。
「でき、た!」
自分の手を覆った魔力は、そっと自分の中に戻す。優しく戻せば、消費は限りなく少なくて済む。
師匠が得意とするカウンター。こんなことを、あの人はあれほど簡単にしているのか。
「やっぱり、プロってすげえ」
ふと、思い出す。
自分がなぜ、カンナの弟子となったのか。
「おーい、ゼル!」
振り返れば、シルビナとヴァンが駆けてきた。見渡せば、他の敵はあらかた潰してしまったらしい。
「守るってめっちゃ疲れんな! でも面白かったぜ!」
「後はあなただけよ。ヴァンがいる今、私は負けないわ」
「はっ。調子こいてんじゃねえぞ!!」
ゼルは快活な笑顔と共に、シルビナに躍りかかった。
◇ ◇ ◇
間もなく日が暮れようとしている。
その中を、カンナ一門は帰路についていた。
「いかがでしたか、3人とも。イベントは」
「面白かった!」
まっさきに子供のような答えを返したヴァンに、カンナはくすくすと笑う。
「勉強になりました」
「何の、ですか?」
「……もちろん決闘の、ですが」
「あら。さびしいですね」
「何故ですか」
シルビナは師をにらむが、もちろん盲目の師にはそんなもの通じない。
「ゼルはどうでしたか」
「俺は……、うん。なんか、昔を思い出しました」
「昔?」
「そうっす。俺が、師匠のところに行った時のこと」
「ああ……。確か、公式手合を見学したのでしたね」
「そうそう。師匠が公式手合に出て、相手もプロなのに、ノーダメージで倒しちまったんすよね。相手の子、泣いてたじゃないすか」
「決闘で負ければ悔しいに決まっています。負けなければよいのです」
しれっと言う師匠に、ゼルも苦笑をこぼす。
「でも、ま、その通りですよね。ちょうどその頃、俺のまわりじゃ決闘が流行ってて、でも俺って負けてばっかで……。ほんと悔しかった。そんな中で、師匠の戦いを見たんです。相手を寄せつけないほどの強さを」
相手の力すら利用し、反撃していくカウンタースタイル。
凛々しく、雄々しく。女性決闘者に言うべきことではないかもしれないが、その時、ゼルの目に、カンナ・ヴィオレッテは世界一カッコよく見えたのだ。
「俺、師匠みたいになりたいって思いました。それが、俺が決闘を本格的に始めようと思った理由です」
「それは嬉しい限りですね」
「師匠。俺……、やっぱり、プロになりたいです」
カンナが足を止めると、自然、同門の皆が足を止めることになる。
「決めたのですか?」
「ええ。俺が師匠に憧れたのは嘘じゃない。本当の気持ちが分かったなら、自分に嘘をつくなんて、そんなの俺にはできません。俺はプロになる。プロになって、師匠のように気高くなってみせます」
「嬉しいですが、ゼルが気高くあろうとするには、少々、落ち着きが足りませんね」
「……師匠はとにかく容赦ないっすよね」
「決闘者に情けは無用です」
くすくすと笑う師匠に、笑う仲間。
赤い夕陽が、ゼルの行く先を照らしていた。




