エピソード4:純潔の希望
週末。奨励会館では、いつものように手合がある。
対戦相手は日替わりだ。今の時期、ランキング戦の相手は、出欠次第でランダムとなる。一日に行う試合数は平均で2~3。もっとも、対戦数が圧倒的に足りていないヴァンの場合はその倍以上となるが、決闘バカのヴァンにとってはむしろ歓迎すべき事態だ。
本日最初の対戦相手はゼル・ロッシェ。同門の決闘者だ。
「この間はしてやられたけどな、今日はやられねえぜ!」
ガチンと拳を打ち鳴らし、ゼルは気合を入れる。
「おう、楽しくやろうぜ」
いつものスタイルで剣を揺らすヴァンは、試合開始の合図と同時に突っ込んだ。
「ふっ!」
「お?」
ヴァン得意の速攻に対し、ゼルは拳を合わせてカウンター。鋲と剣がかち合い、打ち鳴らされる。
「器用だなお前!」
「奨励会員を舐めんなよ!」
素早く仕掛けるヴァンに対し、ゼルはヴァンの挙動に合わせてかわし、拳を振るってくる。その正確さ。きちんとヴァンの動きを把握しているようだ。
ヴァンの動きは、スピードがあるだけに直線的だ。それを、途中で空中の魔力を踏みつけることで変えていく。
ジグザグの挙動は、目で捉えるのは困難だ。シルビナのような異常に優れた動体視力でもない限り、見切ることはできない。
「どうやってんだか、知らねえが!」
動きを把握されている。
それは、ヴァンにも感じられる。ならば!
「わかってたって、かわせなきゃいいんだろ!!」
さらに加速。
全力で突進するヴァンに対し、ゼルは半身の構え。
「ふッ!」
合わせて振るわれた拳のカウンター。それを、ヴァンはしっかりと見ていた。
「いよッ!」
拳が当たる、その刹那。
ヴァンは直角に軌道を変える。当然、ゼルの拳が薙いだ空間には、すでにヴァンの姿はない。
「はッ!」
一瞬で相手の視界から消えたヴァンは、空中から再び突撃する。ゼルも認知はしているようだが、伸び切った拳はヴァンの剣に対して間に合わない。
ギャリ、と空間が鳴く。
一瞬の後、ゼルの額には、ヴァンの剣が突き刺さっていた。
◇ ◇ ◇
現世に戻ったヴァンとゼルは、互いに息を吐く。
「っかー、やっぱ強いな、お前」
「ああ、面白かったぜ、ゼル! もういっちょ行くか!」
「バカ言ってんじゃねえよ。休憩だ休憩」
「えー」
「えーじゃない。ったく。無駄に早いんだからな、お前は」
「へへっ。そういやゼル、お前、オレを目で捉えられてなかったよな? なのになんでオレの挙動がわかったんだ?」
「ん? ああ、魔力探知だ」
「探知?」
「そう。ほら、防御のために自分の体を魔力で覆うってのがあるだろ? シルビナみたいなやつ。あれを障壁って言うんだが、それを自分の体から少し離れたところまで覆うんだよ。自分の魔力の中に相手が入ると、目で見えなくても体で感じることができる。俺はそれに反応してたんだ」
「ああ、なるほどな」
ヴァンは深く頷く。密度が薄いのでたいして気にしていなかったが、ゼルの全身は確かに魔力で覆われていた。あれは、こちらの動きを感知するための手段だったわけだ。
とはいえ、魔力探知も万能ではない。何より、空間を魔力で覆うのだ。消費量は亜極端に増加し、すぐ魔力切れを起こす原因となってしまう。ヴァンのような、局所速攻型には有用だろうが、他には使い道もない。
「ま、お前にゃ通じなかったけどな。やっぱお前相手には鎧を顕現しなきゃだめかなー」
「そういや、シルビナは全身を魔力で覆ってるよな? でも、鎧を顕現してるやつもいる。どっちも防御力をあげているだけだろ? 何が違うんだ?」
「んー? まあ、鋼鉄の鎧を顕現したほうが防御力は高い。それに障壁と違って時間で魔力を消費しないから、こう着したような時間が長く続く消耗戦では有利になるな。一方でシルビナみたいなスタイルは、防御力もそこそこあるし、鎧の重みがないぶん身軽だ。ま、シルビナは短期戦向き、鎧型は長期戦向きってとこだな」
ゼルとヴァンが話す間にも、決着した組が続々と戻ってくる。
その姿を眺めていたヴァンは、
「あ、アリス!」
怒気をはらんだ声に振り向いた。
一人の青年が少女の肩をつかんでいる。上背のある青年が相手だったが、少女におびえた様子はなかった。
「アリス、検討は!」
「うるさいわね。どうして私があなたみたいな雑魚を鍛える手助けをしなくてはならないのかしら?」
「検討と礼節は……」
言いかけた青年を、少女は強くにらむ。
「私を誰だと思っているの? 身の程を知りなさい」
パン、と男の手を払うと、少女はそのまま出て行ってしまった。
「こえーな、あの女」
「あー……。光輝のお嬢様か」
「光輝?」
「あいつの親、プロ決闘者なんだよ。光輝てのは、あいつの親の称号というか、仇名みてえなもん。あいつ自身も、来年にゃプロ入り確実って言われてる」
「そんなに強いのか」
「すげえよ。あいつの父親、ただのプロじゃなくて、タイトルホルダーなんだよな。しかも連覇中。あいつ自身もちっちゃい頃から親に鍛えられたっていうし、練度が違うわな」
「タイトルホルダーってのは?」
「ああ、お前はそっからか。タイトルってのはプロの大会で優勝した人に与えられる称号のことだよ。言っちまえば、決闘者の頂点てわけだ。特にあいつの親は七大タイトルの中でも一番権威がある名人を取ってるんだ。別格ってやつだな」
「……要するに、親もすげー強い決闘者で、あいつもすげー強い決闘者ってことか」
「そういうこった。けどなあ、いくら強くたって、あんな感じでいつもツンケンしてやがるしな。検討だってろくにしたことがねえ」
「検討ってのは?」
「決闘後の感想戦だよ。さっき俺とお前も話してただろ? 今の決闘はどこが良かった、どこが悪かったって話し合ってな。それを次の決闘に生かすんだ」
「あいつは、それをしねえの?」
「してるのは見たことない、って感じだけどな。ま、あいつほどのレベルになったら、俺たちなんか歯牙にもかけねえってことだろ」
「ふうん。そういうもんか」
「そうなんじゃねえの? 聞いたこともねえけど。あいつ、検討どころか雑談すらしないからな」
肩をすくめたゼルは、少女の対戦相手だった青年の肩を叩く。
「よ、先輩。災難だったな」
「ああ、ゼル君か……。すまないね、同門のみっともないところを見せて」
「いやいや。あのお嬢様にそんだけ言えるのなんて先輩だけだって」
青年の肩をばんばんと叩いたゼルは、振り返る。
「ヴァン、どうせお前も覚えちゃいねえだろ。この人、ライゼル先輩。奨励会じゃいちばん年上で、門下を超えてなにかと面倒見てくれてるんだ」
「たいしたことじゃないよ。それに、最年長なんて、決闘者としては恥ずかしい限りさ」
爽やかな笑みを浮かべ、青年は手を突き出す。
「ライゼル・アズールだ。よろしく、ヴァン君」
「おう、よろしく! なあ、さっき同門って言ってたよな? じゃあライゼルもこーきのお嬢様と同じ師匠なのか?」
「ああ、アリスか。そうだね、一応は僕が兄弟子ということになるんだけど……。アリスの場合、前からはねっ返りが強くて。礼節を教えようとは思うんだけど、これがなかなか」
「ふうん? でも、あいつ、強いんだろ」
「ああ、強さは本物だよ。やはり師匠の血かな。彼女のお父さん――ガリア・ヴァイスラント先生は名人だから」
「血、ね」
「狼の子は狼、猫の子は猫ということさ。強い決闘者の子は、やはり強いんだろうね」
「確かになー。なんか純血、って感じだし。ちょっとこえーけど」
頷くゼル。対するヴァンは、少女が立ち去った出口を見やる。
「なんだい、アリスが気になるのかい?」
「どうせお前のことだから、強い相手と決闘したいー、とか、そんなこと考えてんじゃねえの?」
「……まあな」
答えたヴァンの脳裏には、少女の硬い横顔が染みついていた。
◇ ◇ ◇
その日の練習手合を終えたヴァンは、まっさきに帰ろうとする少女の背を追いかけた。
「なあ、あんた! えーと、こーきのおじょーさま!」
少女はちらと振り返る。くるくる巻き毛のロングヘアに、上質な布地の衣服。なるほど、お嬢様と言われるだけはある。
「何?」
「なあ、オレと決闘しようぜ!」
「却下」
言下に斬り捨て、さっさと立ち去ろうとする少女。その背中を、ヴァンはひたすら追いかける。
「なーあー。頼むよー。お前強いんだろー」
「そうよ、私は強いの。あなたよりもね。だから雑魚と無駄に決闘して無駄に時間と労力を取られたくはないわけ、おわかり?」
「いいじゃんかー。オレ、強いやつと戦いたいんだよー」
「そう。ならプロ決闘者にレッスンでも頼んだらいいのではなくて? 暇を持て余した弱小決闘者なら、喜んであなたの相手をしてくれるでしょうね」
「たーのーむーよー」
「……あなた。私の話を聞いている?」
「いいじゃんかー」
「聞きなさい!」
ヴァンが伸ばした手を払う。いつの間にか、奨励会館を出て、表の通りまで歩いてきていた。
「私は光輝の娘よ。あなたもそう呼んだのだからわかっているでしょう?」
「おう、聞いたよ。強いんだろ? だからやろうぜ」
「そうね、私はアマチュア最強よ。そして、あなたは格上の私と戦えば得るものもあるかもしれないわ。けれど、私は? あなたたち雑魚と関わっているだけ時間の無駄なの」
「……? じゃあなんで奨励会に来てるんだよ」
「プロになるために決まっているでしょう。一般枠からプロ試験を受けたら、それこそ時間の無駄だもの」
「そうなのか?」
「当たり前でしょう。プロ試験に一般枠で参加なんてことになったら、1ヵ月以上も時間を取られることになるのよ?」
「でも奨励会なんか毎週だろ。1ヵ月くらいなら我慢した方が早いんじゃねえの?」
「……ッ!」
「だから、なんか理由があるんじゃねえの?」
「あな、たは……!!」
少女の全身から怒りが発せられる。それが爆発する寸前、
「あ、ヴァン! いた!」
「ヴァン! 何をしているの」
ゼルとシルビナだった。会館から飛び出してきた二人がヴァンに追いつく。
「ってアリスお嬢様!? お前、まさかアリスお嬢様に勝負仕掛けたの!?」
「ヴァン……。あなたのその決闘癖、なんとかならないの?」
「えー? だって強いんだろ、こいつ? だったら勝負してみてえじゃん」
あっけらかんと言うヴァンに、ゼルとシルビナも反論できない。
「あなたたち、この男の連れ? まったく、狂犬のような男ね。ちゃんと鎖を繋いでおきなさいな」
「俺もそうしたほうがいい気がしてきたぜ……」
「もっともだけど、そうもいかないわ。それと、アリス。ヴァンに目をつけられたら、決闘するまで離れないわよ」
「……」
少女――アリスはヴァンをにらむが、ヴァン自身はまったくこたえた気配がない。
「……いいわ。なら、すぐに終わらせてあげる。そこの公園でいいでしょう?」
「おう!」
にかっと太陽のように笑うヴァンに対し、アリスはひたすら不機嫌そうではあった。
◇ ◇ ◇
アストラルサイドに移行する。
決闘フィールドには剣装備のヴァン。その対面には、軍服姿の少女が立っている。
「改めて、ヴァン・レクサスだ」
「アリス・ラフィーネ・ヴァイスラント。胸に刻んでおきなさい」
名乗るヴァンに対し、アリスも名乗りをあげる。ヴァンはアリスの外見をつぶさに観察した。
体は軍服のような服だけで、鎧は顕現していない。手には一丁のハンドガン。それ以外に武器らしい武器はない。自分と似ている、シンプルなスタイルにも見えるが――。
フィールドの外でシルビナたちが見守る中、ヴァンは剣を揺らす。
「じゃあ、始めようぜ」
「ええ、速攻で終わらせてあげるわ」
試合開始。
開始直後、アリスは銃口を振り上げた。魔力弾が無数に発射される。
「いよッ!」
速攻の弾雨。ヴァンはその隙間を正確に見極め、かわす。
まだヴァンとアリスの間には距離が開いている。この距離ならば、かすかに銃口の向きが変わるだけで、着弾点も大きくズレる。その隙間に体を通しながら、ヴァンは遠く銃口の向きを見極める。
「ちょこまかと!」
連射速度が増した。密度の増した弾雨の中でも、しかし隙間は必ずある。次に自分の体を滑り込ませる場所さえも把握しながら、的確に、適切に足を運ぶ。
いくらかヴァンがかわし続けたところで、弾雨がやんだ。仕掛けることもできたが、ヴァンは足を止めていた。
「……防御も何もしていないからただのバカかと思ったけれど。あなたも一応は奨励会員ということなのね」
「へへん。そんな弾幕じゃ、いくら撃ったって当たりゃしねえよ」
「そうみたいね。だから、本気でやってあげるわ」
アリスの持つ銃、その銃口が空に向かう。
「……?」
空中に向かって発砲。その意味を、ヴァンは遅れて知ることになる。
「ッ!?」
空中から降り注ぐ魔力弾の雨。
視線を下ろせば、すでに銃口は自分に向いている!
「流星群の中での弾幕。かわしきれるかしら!!」
気づいた時にはスタートを切っていた。
前に、前に!
ヴァンが立っていた周囲を弾雨が削る。間一髪で空からの攻撃をかわしたヴァンは、正面からの弾幕をかわしながら、距離を詰めていく。
距離を詰めるほどかわすのは難しくなる。だが、剣一本しか武器のないヴァンにとっては、近づかなければ話にならない。
大胆に、けれど精密に。相手の動きを見極め、その間隙を縫い、敵のもとへ!
弾幕の中に見えた小さな隙。地面すれすれのところを、ヴァンは蛇が這うように突っ込む。距離ゼロ。
「ふッ!」
間合いに捉えたヴァンは、剣を振るう。そのきっさきが届く寸前、
「遅いわ」
もうひとつの銃口がヴァンを捉えていた。
「ッ!!」
瞬間、かろうじて剣を引き戻した。
剣身を通して衝撃が伝わる。ヴァンは歯を食いしばるが、体は堪えきれず弾かれた。
「っぅ……」
至近距離からの弾幕。全てをかわすことなど到底できず、手足に弾丸が撃ち込まれていた。
弾丸といえど、貫通するわけではない。むしろ拳で殴られたような痛みだけがある。格闘家に思い切りサンドバッグにされたようなものだ。頭の芯に痛みが響く。
「どう? これが私と野良犬の違いよ。おわかり?」
両手に銃を携えたアリスは、ヴァンを見て薄く笑う。
「今のはギリギリまで武器をひとつしか顕現せず、誘い込んでからもう一丁の銃を顕現したのよ。普通の決闘者ならこれほどの瞬間で武器を顕現するなんてできない。イメージしてから顕現するまでの速度の問題ね。けれど、私にはそれができる」
「ああ、すっげーな」
ヴァンは口元にたれる血をぬぐい、笑う。その笑顔に、アリスは眉をひそめる。
「まだわからないの? あなたでは私に敵わない。痛い思いをするだけよ。死にたくなければ降参しなさい」
「するわけねえだろ。まだ負けてねえのに」
「……しつこいわね。どうして諦めないわけ?」
「強くなりてえからだ」
ヴァンの答えに、アリスは目を丸くした。
「強く……?」
「そうさ。オレは誰よりも強くなる。みんなの憧れになるくらいな! それがオレの目標だ」
「あこがれ……」
その言葉は。
アリスの胸に、強く強く響いた。
「あんたの、望むものなんて」
ギリリと歯を鳴らし、怒りが全身を震わせる。
「あんたの望むものなんて! 手にしたところで何にもならない!!」
激昂するアリス。その姿に、ヴァンはむしろ笑みを浮かべた。
両手の銃口がヴァンに向かう。
先刻の倍以上の弾雨。体を通す隙間もないような中を、ヴァンは剣を振るって強引に割って入る。
弾丸そのものは無数、弾速もそれぞれ微妙に違っている。かわせない攻撃、ならば。
「ふッ!」
足の裏に魔力を集中させたヴァンは大きく飛び跳ねた。もちろん、その後をアリスの弾雨が追いかけてくる。だが、ヴァンは恐れなかった。
空中で方向転換、そのまま、足を先頭に突撃する!
「ッ!?」
速力強化のために足を覆っている魔力は、言い換えれば強固なブーツを履いているようなもの。一撃で致命傷を負わせるような威力を持たない弾雨は、足先で弾かれていく。
渾身のドロップキック。アリスは舌打ち交じりに、空へと弾丸を放つ。上空からの流星群がヴァンを狙うが、弾速よりもヴァンの方が早い!
「あッ!?」
片手の銃をみごと足で踏み抜き、そのまま踏み砕く。空いた片側に向かって、そのまま回転しながらの斬撃。
「ッ!!」
かろうじて左手の銃でガードしたアリスだったが、剣と銃では堪え切れない。左手の銃も弾かれ、空手になったアリスに、ヴァンは全力で斬りかかる。
「っせない!!」
「ッ!?」
衝撃に、思わずヴァンは飛びのいた。痛みが全身に走る。
「ってぇ、なんだそれ……。まさか、全身爆発させたのか」
「そう、よ。近距離における緊急避難。そんな技も知らないの?」
肩で息をするアリスは、再び両手に銃を顕現させる。
と、アリスの動きが止まる。ふう、と息を吐き、昏い眼差しがヴァンを捉える。
「……私は光輝の娘よ」
「おう?」
「光輝とは最強の証。私は、誰よりも強いの。負けるはずが……、ない!!」
手に握るハンドガンが姿を変える。
銃口が大きく太く、銃身も長く伸びる。
「あんたなんかに!! 負けるはずがない!!」
アリスの瞳に燃える怒りの炎が、そのまま銃口に集っているかのような錯覚。
「バースト!!」
残る全魔力を一撃に注ぎ、ヴァンを見据えてくる。
「……」
当たるどころか、かすっただけで致命傷となるだろう。
それを感じた瞬間、ヴァンの思考は冷えて行った。冷静に、冷静に。
ただ、相手の瞳だけを見返し。
「ッ!!」
放たれた特大の弾丸は、もはや巨大な壁だった。かわしようもない。
正面から迫る絶体絶命の死。対するヴァンは、笑顔だった。
「面白ぇ」
ヴァンはぽつりとつぶやき、自らもまた、弾丸のように飛び出す。
切っ先に魔力を。できることは、ただそれだけ。
「ッゥ!!」
魔力と魔力が激突する。空気がねじ曲がり、ギギギ、と耳障りな音が響く。
「ッァァァァアアアア!!」
全身の力をたわめ、一気に突き抜く!
弾丸に空いたかすかなスペース。そこに、体をねじ込んだ。開けた先には、アリスの姿だけがあった。
「ふッ!」
チャージショットは発砲までかすかな間が開く。
その間隙は、ヴァンがアリスを貫くのに十分すぎる時間だった。
◇ ◇ ◇
試合を終え、現世の公園に戻ったヴァンは、ぐるりと肩を回した。
「っし、オレの勝ち。てかお前、面白ぇな。最後のでっかい弾丸、タイミング間違えたら絶対に消し飛んだぜ、オレ」
「……」
戦いを楽しんだヴァンはご機嫌だったが、対するアリスは、ぺたんと腰を落としたままだった。うつろな瞳は、何も映していない。
「……? アリス? どうした?」
近寄るヴァンに、アリスの瞳にようよう光が戻る。
「触らないで……」
「なんだよ、ぼーっとしちゃって。あ、気力を使い果たしちまったか?」
「うるさい!! 負けたのよ、私は!!」
「お、おう?」
意味がわからず腰が引けるヴァンに、アリスは吼える。
「負けたのよ、私は……! 負けたら、私に価値なんてない……」
顔を伏せるアリスに、ヴァンは首をかしげる。
「なんだよ、いっぺん負けたくらいで。そんな気にすんなって。そういうこともあんだろ」
「駄目なのよ。私は光輝の娘。光輝とは、最強の称号よ。光輝たる者……、負けてはいけないの」
「こーきこーきって。お前はアリスだろ」
「バカね。称号の意味もわからないの?」
「いや、お前の親父さんの呼び名なんだろ? そりゃそれでいいけどさ、それはそれじゃんか。お前は負けたらアリスじゃなくなるのか?」
「……ッ」
言葉の出ないアリスに、ヴァンは続ける。
「そりゃいっぺん負けたけどさ。だからってお前が弱くなったわけじゃねえし、お前がアリスでなくなるわけでもないじゃんか。そんなに気にすんなよ。オレも、次やったら勝てるとは言えねえし」
「……あなたも、最強を目指しているのでしょう? なら、知るべきよ。頂点とは無敗だからこそ輝いているの。土のついた太陽など誰も見向きもしない」
「そんなことねえだろ。負けたってそいつの強さがなくなるわけじゃない。手にした強さは裏切らない。そんなん、見ればすぐわかんだろ」
「強さは……、裏切らない」
絶句するアリス。その隣に、シルビナがしゃがむ。
「無駄よ。彼は信じる一本の芯がある。強くなると、ただそれだけのために故郷を出た。何も知らぬまま都市に来て、今日明日の食事さえ考えず、ただ決闘だけを求めている。あれほど純粋な彼に、肩書なんて通じないわ」
「……」
うなだれるアリスは、ぽつぽつと口を開く。
「お父様が、名人位になって。私も、アマの大会で優勝して。みんな、私を褒め称えたわ。羨望の目をたくさん向けられた。でも……、負けたら、それが、なくなるって。敗者は中傷されるのよ。踏みにじられる。それが、ただ、怖くて……」
「彼はそんなことしないわ」
「信じられないわ。あなたたちもよ。なんで他人が強くなるために力を貸せるの? 強くなった他人は、あなたの壁になるだけなのよ?」
俗に決闘者のジレンマと呼ばれる。
決闘をしなければ強くなれない。だが、決闘を重ねるほど、自分はもちろん強くなるが、相手も同じだけ経験値を積んでしまう。
決闘界は広くない。練習相手は近い未来の壁となり、己を追い込む。
ゆえに、決闘者は同門以外の者と交流を持たない。仲良くしている相手は、明日の敵なのだ。
「……壁、ね」
けれど、ヴァン・レクサスにとって。
それは、何の障害にもならない。
「いいじゃんか。相手が強くなりゃ、そんだけ自分も強くなれるぞ」
心の底から言い放つ。
アリスの目から、雫が垂れた。
「バカね、あなた」
「あ? いや、まあ、確かにオレはバカだけどさ」
目元をぬぐい、アリスは立ち上がった。
「私は私、か」
「おう? そうだな?」
「……ヴァン・レクサスね。覚えておくわ。もういいでしょう?」
服についた埃を払うと、アリスは長い髪をひるがえして歩いていく。垣間見えた笑顔に、ゼルは嘆息した。
「なんつーか、あの光輝のお嬢様にも、悩みとかあったんだな」
「当たり前でしょう。誰だって悩みのひとつやふたつ、あるものだわ」
「いや、ヴァンにはねえな」
「あ? な、なんだよ」
「……そうね。そうかもしれない」
「おい、シルビナまで!」
ははは、と笑い声が公園に流れる。
いつの間にか、日が暮れようとしてた。




