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幾度死んでも叶えたい夢  作者: 焔嵐
3/12

エピソード2:罪科の鎖

 エスニャの日、早朝。

 ヴァンが奨励会館を訪れた翌日。全国決闘連盟の事務員であるミーナ・ヴェルデは、朝の気持ち良い空気の中で歩いていた。

「んー、いい天気! ね、ピーちゃん」

 ミーナのかたわらには、妖精の姿もある。まるまると太ってはいるが、翼を持つ鳥の姿をしている。

 もっとも、妖精にとって、姿かたちというのはあまり意味がない。彼らにとって、この世はあくまで顕現しているだけの空間。その本質は神の一部であり、アストラルサイドこそが彼らの空間だ。

「こんな日はいいことありそう。……とりあえず、昨日みたいのはないといいなぁ」

 前日のことを思い出す。受付業務をやるようになって、はや数年。確かに、確かに決闘をする人は変わり者が多い。いい歳をして子供の遊びに本気で取り組むような連中なので、たいがい変わり者ではある。

 なのだが――それにしても、住所不定無職の少年がいきなり飛び込んできたのは初めてだった。

「常識を知らないのはともかく、話が通じないってのがいちばん困るのよねぇ……。ん? どうしたの、ピーちゃん?」

 ミーナは自分の頭上でぱたぱた遊んでいる妖精を見上げた。何かを見つけたらしい。

「公園?」

 奨励会館の古い建物――の、隣。そこには、近所の子供たちが遊んだりする公園がある。公園の隅には大きな樹があり、夏はミーナも木陰で弁当を食べたりする。

 その樹に、妖精が何かを見つけたらしい。ミーナが樹に近づいてみると、

「ッ!?」

 樹上で人が倒れていた。

 と、樹上の人物がごそごそ動く。

「ん? お、おお、もう朝か」

「ってヴァン君!?」

「んー? ああ、昨日の受付のお姉ちゃんか。おはよー」

 樹上で背伸びし、ヴァンは飛び降りてきた。かたわらには、アルウェズの姿もある。

「ヴァ、ヴァン君、もしかしてここに泊まったの?」

「ん? ああ、そうだよ」

 体操で体をほぐす少年に、ミーナは頭を抱えそうになった。

「あのね、ヴァン君。ここ、公園なのよ?」

「おう?」

「公園って、ようは外なの。宿泊所じゃないの。寝起きするとこじゃないの。わかる?」

「大丈夫だって。オレ、樹の上で寝るの、慣れてるから」

「そういう問題じゃなくてね……」

 どう説明すればいいのか、ミーナが悩んでいると、

「おはようございます」

「え? あ、カ、カンナさん。おはようございます。早いですね」

 振り返ると、盲目の女が少女に手を引かれていた。カンナ・ヴィオレッテ。プロ決闘者だ。かたわらでカンナの手を引いているのは、彼女の弟子だった。奨励会の会員なので、ミーナも顔見知りだ。

「シルビナちゃんもおはよう」

「……おはようございます」

 ミーナが挨拶すると、少女――シルビナも挨拶を返す。表情の変化が薄く、愛想のない子ではあるが、こうして返事はするし、なによりアマチュア決闘者には珍しく常識がある。なので、ミーナとしても仲の良い子であった。

 だが、今日のシルビナは、いつもにまして不機嫌そうに見える。表情に変化はないので、なんとなく、だが。

「お? シルビナじゃん」

「ヴァン・レクサス……。あなただったの」

「え? あれ、ヴァン君とシルビナちゃんって知り合いなの?」

 ふたりの顔を見比べる。ヴァンは頷くが、シルビナは少しだけ嫌そうな雰囲気。

「昨日、列車の中で会っただけ。同じコンパートメントで、ヴァンが寝ていて……。妖精が起こそうとしてたから、代わりに起こしただけです」

「ああ、そういうこと」

 本当にどこでも寝る少年だ。

 シルビナはカンナを見やり、

「先生。さっき言っていた新しい弟子というのは……」

「そうです、彼ですよ。シルビナ」

 くすっと笑い、カンナは続ける。

「とは言っても、ヴァンを弟子にしたのは、彼を奨励会に入れるための措置です。望むなら教鞭をとっても構いませんが……、彼は、ただ相手が欲しいだけでしょう?」

「そうそう、その奨励会? ってのに入れば、強いのと決闘できるんだろ」

「ええ。奨励会は、決闘専門の塾です。休日に皆が集まり、互いに決闘をして、その長所や短所を教え合うための場。奨励会に所属する者は、皆、プロを目指しています。全員、一般のアマチュアよりも芯の通った強さがありますよ」

「へー。なんでもいいや、とにかく強いやつと決闘できんなら」

「ふふ。今日はちょうど休日、対局日です。まずは対局を見てみなさい。そうすれば、この場のレベルもわかることでしょう。というわけで、シルビナ、別段、彼と特別に親しくしなさいとは言いません」

「……」

 シルビナは返事をしなかったが、カンナは構わず、

「さて、ミーナさん。少し早いですが、もう道場は開きますか?」

「あ、は、はい! ただいま!」

 シャキッと背筋を伸ばしたミーナは、玄関を開けるべく駆けて行った。


◇ ◇ ◇



 しばらくすると、奨励会館の二階にある道場に、少年少女たちが集まって来た。

 ヴァンは、その顔ぶれを見るともなく眺める。

 精悍な顔つきの青年、やたら可愛らしい格好の少女、ひょろひょろとした少年に目つきの悪い少女。

 男女の区別はないが、なるほど、全体的に若い。ほとんどが十代だろう。

 だが、決闘の強さは年齢ではないし、ましてや性別や外見など何の関係もない。

「……」

 早く戦いたい。

 うずうずするが、カンナに、まずは見て、空気を覚えて欲しいと言われた。なんとなく、本当になんとなくなのだが、彼女には逆らわないほうがいい気がしている。ヴァンの限りなく野生に近い勘がそう告げていた。

 ちらりと見れば、カンナは道場の端で椅子に座り、皆を見ている。いや、彼女は目が見えないはずなので、見ているのではなく聞いていると言うべきなのだろう。だが、彼女の顔を向ける先があまりに正確で、本当に見えていないのか不思議にさえ思う。

 そうやって待っていると、皆が道場に集まった。それぞれ適当なところに座ったところで、シルビナが立ち上がりカンナの脇に立った。

「先生、揃いました」

 シルビナが声をかけると、カンナは小さく頷いた。

「それではみなさん、おはようございます」

 おはようございます、と皆が返す。

「今日も元気そうでなによりです。さて、本当はミーナさんにご紹介いただくべきかもしれませんが、今日から奨励会に新しい仲間が入ります。ヴァン・レクサス君。フィーロ村という地方から、決闘をするために出てきたそうです」

 シルビナに視線で促され、ヴァンは立ち上がった。

 その瞬間のことを、ヴァンは忘れられないだろうと思った。

 先ほどまで談笑しながら笑顔を見せていた全員が、一瞬だけヴァンを見た。その視線の鋭さ。

 さながら、獲物を取られそうになった野生の獣――。

 思わず、背筋がゾクゾクと震える。

「今日のところは見学していただき、明日からランキング戦にも参戦します。では、皆さん、アストラルサイドへの転移を」

 視線はもうない。

 なのに、うすら寒い気配は消えていない。その事実に、ヴァンは思わず笑顔を浮かべた。

 ヴァンがそうしている間にも、皆は自分の妖精と共に、次々と転移していく。ヴァンもアルウェズに声をかけた。

「頼むぜ、アルウェズ」

 小さな少女は頷き、ヴァンの肉体を変性させる。

 アストラルサイド。

 神と妖精の空間であるこの場所でも、現世での物理法則にのっとっている。違いはひとつ。すなわち、空間に多大な魔力が満ちていること。

 アストラルへと転移してきた奨励会員たちは、すでに決闘可能な装備を整えていた。鎧を着こむ者、剣を持つ者、武器などない空手の者。

 それらの中心に立っているのはカンナ・ヴィオレッテだ。彼女は現世でのワンピース姿そのままだったが、一点だけ大きな違いがある。目が開いているのだ。

 アストラルサイドへ転移する際、人間は服装・装備の他、自らの肉体さえイメージ通りに変化させることができる。カンナのようにめしいた人間でも、“見える”自分をイメージすることで、実際に目を復活させることができるのだ。

「揃いましたね。では、対局表に従って、対局を始めてください」

 カンナが手をかざすと、巨大な石版が顕現した。石版には人の名前がずらりと並んでいる。どうやら、それが今日の対戦相手を記してあるらしい。

 方々でよろしくお願いします、と挨拶の声が響き、続いて戦闘が始まった。

 火の粉が舞い、何もない場所から水流が生まれ、人間とは思えない動きで人が跳躍している。

 その姿に、ヴァンも体の内を熱くする。

「いかがですか、ヴァン君」

 いつの間にか、かたわらにカンナが立っていた。けれど、ヴァンは戦いから目を離せない。

「面白ぇ。戦いてぇ!」

「素直ですね。ですが、今日は抑えてください。それよりヴァン君、決闘の基礎知識はどうですか?」

「基礎って?」

「では、決闘とはなんでしょうか」

 カンナの問いかけに、ヴァンは答える。

「アストラルサイドでやる、バトルゲームだろ」

「そうですね、その認識は間違っていません。世間でもおおむねそういった認識でしょう。ですが、決闘の本来的な意味は、神様に奉納する神楽です。戦いそのものを神に捧げる。それこそが決闘の意味合いです」

「ああ、それは知ってるよ」

「ふふ、よろしい。では、決闘のルールは?」

「妖精から魔力を借りて、それが尽きる前に相手を倒せば勝ち」

「正解です。妖精から借りられる魔力を貸与魔力量と呼びますが、これは全員が同じ。すなわち、同じだけの魔力を持つ相手から、いかに優位を取るかという、頭脳戦でもあります。ここで問題になるのは、アストラルサイドでは何をするにも魔力を消費する、という点です。たとえば」

 カンナは服の裾をつまみ、

「このワンピースも、妖精からお借りした魔力で顕現しています。着ているもの、装備する武器、さらにはあのような――」

 地を舐める火炎を指し、

「わかりやすい魔法攻撃も、魔力を消費して行うものです。武器を多く顕現すれば魔法で攻撃する魔力が減り、さらに言えば、自分の体を守る魔力や身体能力を上昇させる魔力が足りなくなります。バランスよく魔力を割り振るのもいいですが、それは器用貧乏になりがちですね。魔力はイメージに従い、どんな形にもなります。よって、できないことはない。その中において、ヴァン君、あなたのスタイルは非常に面白い」

「そうか?」

「ええ。武器はほとんど顕現せず、魔力による攻撃も一切なし。身体強化にのみ全ての魔力を割り振り、防御にすら魔力を消費しない。局所型と呼ばれる、かなり思い切ったスタイルです。そのスタイルはどこで?」

「田舎で覚えた」

「なるほど。あるいは、それが影響しているのかもしれませんね。少なくても都市の子が決闘を知る際、最初に覚えるのは防御です。己の肉体を魔力で覆い、魔力性の攻撃によるダメージを減らすことを覚えます。そうすることで即死をまぬがれるのです」

「いいんじゃねえの、それでも?」

「ええ、それが強くなる早道です。たしかに防御への魔力は相手に何のダメージも与えませんが、そもそも現世で言うところの致死性打撃――心臓への攻撃や大量出血を招くダメージを負っては、それ自体が敗北とイコールです。魔力の枯渇も敗北ですが、それはただちに訪れるわけではない。だからこそ、負けないよう粘るのが定石。なのに、あなたはそれをしません」

 各地で決着がつきだした。勝つ者、負ける者。様々だ。

「あなたの決闘スタイルは、都市の子が定石として覚えるスタイルとかけ離れています。それは、奨励会でも新しい風となることでしょう。期待していますよ、ヴァン」

「……要するに、オレにどうして欲しいんだ?」

 ヴァンの質問に、カンナはにこりと答えた。

「もちろん、決闘をして欲しいのですよ」


◇ ◇ ◇



 一度、現世に戻って小休止を挟んだのち、再び決闘が始まった。

 アストラル空間において、決闘の勝敗を判断するのは、それぞれが連れている妖精だ。自分が貸与した魔力が枯渇した、あるいは自分のパートナーが“死亡”したと判断した段階で勝敗が決する。

 奨励会では、スタンダードルール――今ヴァンがいるような荒野での乱取り戦――が主だ。同じ空間にいるが、互いに離隔距離を取っているので、邪魔になることはあまりない。広いフィールドを、ヴァンは歩いてみることにした。

 もちろん、方々では致死性の攻撃が飛び交っているので、それぞれが戦っているフィールドの際を歩くことになる。

「お、シルビナ」

 歩いていたヴァンは、見知った顔を見つけ、足を止めた。

 シルビナの装備は近接型のようだった。片刃の剣に、肘当てとグリーブ、それにブレストアーマー。装備は簡素だが、そのぶん全身を覆っている魔力量が多い。全身の魔力で防御をしつつ接近し、剣で決めようといったところか。

 対戦相手は少女だった。ゆるく巻いたロングヘアに、黒っぽい軍服のような恰好。手には銃を携え、余裕のある表情でシルビナを見ている。

「では、始めます」

「どうぞ?」

 シルビナが前傾姿勢を取ると同時、相手も動いた。

 相手が銃を構えても、シルビナは構わず突進する。

「また毎度の猪突猛進!?」

 ガガガン、と轟音が響き、少女の銃口から魔力弾が放たれる。それらを、

「へえ……」

 シルビナはかわしもせず、真正面から突っ込んだ。

 弾丸がかすめ、いくつかは直撃するが、シルビナの足は止まらない。

「あんだけ当たれば絶対に痛いよな」

 魔力弾に当たるのは、言うなれば大の男に殴られるようなものだ。もちろん魔力をまとっている以上、相応の防御力はある。鎧を顕現するほどではないが、ダメージは軽減できる。

だが、それでも……、重量のある連撃に殴られながらも走り続けるのは、相当の覚悟が必要になる。

 歯を食いしばりながら突撃したシルビナは、とうとう少女を間合いに捉える。

「はッ!」

「ッ!」

 振り上げる一撃。斬撃を、少女は銃で受ける。ガチンと火花が弾け、少女の体が大きくのけぞった。

「ありゃあ……」

 ヴァンは思わずつぶやく。

 シルビナは伸び切った剣を戻し、そのまま全力で振り下ろし――。

「ッ!?」

 少女の体を、剣がすり抜けた。

 分身。いや、残像とでも呼ぶべきか。刹那、思い切り魔力を練り上げて自分と同じ形を作り、入れ替わったのだ。

 それはすなわち、致命的な隙を生んだということ。

「終わりよ」

 いつの間にか背後に回っていた少女は、シルビナの頭に銃を突きつけ、容赦なくトリガーを引いた。

 シルビナの頭が弾ける。妖精の判断を仰ぐまでもない、決着だった。

「……」

 一部始終を見ていたヴァンは、その違和感に気付いていた。

 決着した少女もまた、現世に戻っていく。ヴァンもアルウェズを呼び、同じように現世へと戻った。


◇ ◇ ◇



 現世では少女とシルビナが互いに礼をし、別れるところだった。

 ヴァンはシルビナに駆け寄る。

「シルビナ!」

「……またあなた?」

 無表情の中にも不機嫌の香り。だが、ヴァン・レクサスはそんなことを気にする男ではない。

「なあ、シルビナ。どうしてさっきの戦い、避けなかったんだ?」

「見ていたの?」

「ああ。お前、実はすげえ目がいいだろ?」

「……」

「アストラルに行った時の身体能力は現世と大差ねえ。魔力で違う自分をイメージしない限りな。それに、生まれ持った動体視力とか直感なんてのは、向こうでも有効だ。お前、実は見えてただろ? あいつの銃弾」

「見えないわよ。見えるはずないでしょう?」

「いや、見えてただろ。だからあんだけ当たったのに突っ込めた。急所を外して、うまいことダメージを我慢できるようにしたからだ」

「それほどまでに見えるのなら、最初から避ければいいでしょう」

「そう、だから、それが不思議なんだよ。お前、どうして避けないんだ? お前の目なら、あんな銃弾、いくらでもかわせただろうに」

「だから、それほど目はよくないし、かわせもしないわ。もういいでしょう」

 迷惑そうに手を振ったシルビナは、そのまま道場から出て行ってしまった。捨て置かれたヴァンは、

「なんだ、あいつ」

「なになに、あなた、シルビナのことが気になるの~?」

「うおっ!?」

 いきなり背後から抱きつかれ、ヴァンはよろめいた。後ろを振り向けば、ツインテールの少女がにこにこと笑っている。

 ヴァンには見覚えのない少女だった。小動物のように小柄だが、どこかしなやかな――豹のような鋭い感じもする。

「あたし、プリム・ローゼン! よろしくね?」

「あ、ああ」

「それより、シルビナのことが気になるんでしょ?」

「まあな。お前、何か知ってんのか?」

「もっちろん。聞きたい? 聞きたい?」

 にやにやと笑ったプリムは、勝手に続ける。

「シルビナはね~、あのテロの被害者なんだって!」

「あのテロって?」

「3年前にあったテロ事件よ。って、そっか、あなた地方から出てきたんだっけ? じゃあ知らなくても仕方ないかな~」

「そんなに有名なのか?」

「もっちろん。都市に出入りする人なら誰だって知っているわよ。あのね、3年前なんだけど、セントリオール駅――都市のちょうど中心あたりにある、政治機能の中枢があるとこね、そこでモリガン派の人が破壊活動をしたの」

「モリガン派って?」

「モリガンってのは、神様の一人。ブリギットとかエスニャとかと一緒。みんな、生まれた時に、神様にお祈りして、その信徒となるでしょう? モリガン派の人は、モリガンの信徒ってことよ」

 都市に限らず、子供は生まれた時に、神にお会いし、その加護を受ける。そして、加護の証として、それぞれの神から分身――妖精をパートナーとして授けられるのだ。

 妖精は、生まれてから死ぬまでの間、特別な事情がない限り、ずっと人生を共にするパートナーとなる。もっとも、決闘をたしなまない普通の人々にとっては、妖精とはただ同じ経験をするだけの幼馴染みたいなものでしかない。

 しかし、神にとって、妖精とは異なる側面を持つ。自分の分身であり、自分の力の源でもあるのだ。

「神様は人間の信徒から、信仰心を力の源として受け取っている。それを伝達する役目が妖精さんよね。でもって、神様にはそれぞれ、自分がつかさどる分野がある。たくさんの信仰を集め、偉大な力を手にした神様は、自分がつかさどる分野に従って奇跡を起こせるわ。水の神・ヴィヴィアンが嵐を収めたり、逆に日照りの中で雨を降らせたりできるみたいに」

「ああ、それは知ってる」

「だからね、神様にとって、妖精と、それを従える人間ってのは何より大事なの。自分の妖精を連れる人が増えれば増えるほど、大きな力を手にすることになる。そこで問題です! モリガンは何の神様でしょーか!」

「……さあ? なんだよ」

「ふふ、正解はね、戦争の神様。争いごとの神様よ。実際、100年くらい前、まだ世界中が戦争をしていた頃は、大人気だったんだって。モリガンの加護があれば戦死をまぬがれ、より多くの敵を殺せるって評判だったみたいよ?」

「戦争、ね。でも、そんなもん、それこそ何十年も前の話じゃねえか」

「その通り。だから問題なのよ。世界が平和になって、戦争がなくなったとたん、争いごとの神様でしかないモリガンの信徒は極端に減った。信徒が減れば神の力も失う。力を失い続ければ、いずれは消滅しちゃうわよね? それが嫌で、モリガンは信徒に争いを起こすよう指示したの。そして、それに従った人たちが起こした破壊活動――それが3年前のテロ事件の正体」

「なるほどな」

「誰だって死にたくないもんね。で、ここでシルビナに戻るんだけど。シルビナの両親って、治安維持特殊部隊の所属だったんだって。で、まだ子供だったシルビナとお兄ちゃんも、才能があったとかで、お父さんたちを手伝ってたそうよ」

「子供でもできんのか?」

「治安維持部隊が使う武器って、基本的に麻痺弾の銃弾を使った狙撃だもの。遠くから一撃で決めるだけなら射的みたいなものなんじゃない? とにかく、シルビナと家族も、テロの鎮圧に向かった。そして……」

「そして?」

 少し溜め、プリムは言った。

「死んじゃったんだって。お父さんとお母さん、それにお兄ちゃんも」

「……死んだ?」

「うん。詳しい事情は話してくれないんだけど、シルビナがミスって、居場所がバレちゃって、狙撃は厄介だからって優先的に攻撃されたみたい。その後、正規部隊も到着して、テロは鎮圧したんだけどね。奇跡的にも一般人に被害者は出なかったんだけど、テロリスト一味は投降した数人を除いてその場で射殺。治安維持部隊も特殊班・正規班とも、何人か被害者が出たみたい。シルビナの家族は、その中に含まれるってことね」

「そういうことか……」

 それならば、目がいいことも理解できる。

 狙撃は、つまるところ遠くから相手を攻撃する手法だ。基本的に狙撃手と観測手の二人一組、狙撃手は指示通りに相手を狙う集中力が、観測手は周囲の状況を見渡しながら冷静に状況を分析する思考力が問われる。

 そういう役目に、幼い頃からついていたとすれば――目のよさ、戦況分析力、そういった決闘に必要なスキルも手に入るだろう。

「でも、なんでお前、そんなこと知ってんだ。てか、なんでオレに話したんだ?」

「ん~? だって奨励会にいる人って、基本的にピリピリしていて話しかけづらいし。それに、シルビナに興味を持った人なんて珍しいもん」

「そうなのか?」

「そうよ。あの子、いつもあんな感じで愛想ないし、そっけないでしょ? まあ変人なのは決闘者に多いけど、それにしてもね。それに、決闘者にとって強さってのはひとつの指標だけど、あの子、いつも突進しかしてこないから、勝つの簡単なんだもん。だから、みんなの評価も低いまんま。もったいないよね?」

「そりゃそうだが……、お?」

 ヴァンが顔をあげる。けれど、プリムは気付かぬまま、話を続ける。

「その点、あたしは愛想いいし~? それに可愛いでしょ! しかも強さも……」

「それほどあなたが強いとは知りませんでしたね、プリム・ローゼン」

 ぴたり、とプリムの口が閉ざされる。油の途切れた機械のような動きで振り向いた先には、

「プリム。おしゃべりも結構ですが、人のうわさ話とは感心しません。それと、そうやって人の話をすることでつけ入るやり方は、決闘者の姿勢としてどうかと思いますよ?」

「げっ、カ、カンナ先生……」

 表情の固まったプリムの先には、いつ現世に戻ったのか、カンナ・ヴィオレッテの閉ざされた目があった。

「プリム。あなたは道場の掃除をなさい。まずは心を磨くところから始めるべきでしょう」

「え~!? そんなのひどくないですか!? てか、あたしも奨励会員なんですけど!」

「それはそれ、これはこれ。今日の指導師範は私で、指導師範にはその日、奨励会員たちに指導と課題を課す権利が与えられています」

「オニ~!」

「ああ、下の階も掃除してくれるのですか? それはミーナさんも助かることでしょう」

「ホントにオニだ!?」

 プリムが悲鳴をあげる脇で、ヴァンはシルビナの去った出入り口を見つめていた。


◇ ◇ ◇



 奨励会館の1階には、ミーナのいる受付と、狭いが休憩の取れるスペースがある。

 シルビナはそこで一人、お茶を飲んでいた。

 お茶の入ったカップを見つめる。そこには、自分の怜悧なまなざしが映りこんでいる。

「……」

 シルビナが黙ってカップを見つめていると、

「よう、決闘しようぜ」

 隣に少年が座った。少しだけ視線を上げる。

「ヴァン、いきなり何?」

「何じゃなくて、決闘しようぜ」

「どうして私が? 上に行けばいくらでも奨励会員がいるし、それこそゼルにでも頼めばいいでしょう。彼ならば喜んで決闘してくれるんじゃないかしら」

「そう言うなよ。オレはお前とやりたいんだって」

「……。私、あなたみたいな人、嫌いよ」

 立ち上がるシルビナ。ヴァンは、そんな少女を目線で追いかける。

「どうして?」

「常識知らずは嫌いなの」

「違うからって嫌うのはおかしくねえか」

「違うことが嫌いなんじゃないわ。成すべきではないことをするから嫌いなのよ。規則も、規約も意に介さない。そんな秩序を乱す人間が、嫌いなの」

「しょうがねえじゃんか。知らねえんだから」

「公園で寝泊まりすることが?」

「いくらでもいねえ? そういうやつ」

「いるわけないでしょう。ここは都市よ」

「だから、都市のルールなんか知らねえんだってば」

「じゃあ覚えて。都市では公園で寝泊まりしたりしないし、決闘ばかりしているのはおかしな人だけよ」

「じゃあお前は?」

 シルビナが口を閉ざす。対するヴァンは、笑顔で問いかけた。

「お前も決闘してるよな。奨励会員の連中も、カンナもそうだ。みんな決闘者だ。あれは、お前の嫌いな連中ってことか?」

 ヴァンの問いかけに、シルビナは吐き捨てるように答えた。

「……そうよ。決闘者なんて嫌いだわ」

 シルビナはもはや振り返らず、会館を出て行ってしまった。ヴァンも、無理に追いかけたりはしなかった。

「あ、あの~」

 その様子を受付から見ていたミーナ・ヴェルデはおそるおそる口を開く。

「今のはヴァン君が悪くない? シルビナちゃん、基本いい子よ?」

「ああ、オレが悪いよ。でも、シルビナはそれを示さなかった。だから、あいつも悪い」

「示さなかったって……」

 あきれるミーナに、ヴァンはにやりと笑う。

「そういやお姉ちゃん、なんて言ったっけ」

「え? ああ、名前? ミーナよ。ミーナ・ヴェルデ」

「そっか。じゃあミーナ、あんたも決闘者を見てるんだろ? ならわかると思うけどな」

「……どういうこと?」

 首をかしげるミーナに、ヴァンは朗々と告げる。

「決闘者ってのはさ、本当に言いたいことは、決闘で示すもんだぜ」


◇ ◇ ◇



 翌日。

 やはり公園で寝泊まりしたヴァン・レクサスは、誰よりも早く奨励会館の道場に姿を現した。

 そうして皆が来るのを待っていると、

「お、ヴァン。早えな!」

「よう、ゼル」

 ゼル・ロッシェと、カンナ・ヴィオレッテ。そして、カンナの手を引くショートヘアの少女――シルビナ・ノワール。

 ヴァンの姿を認めた瞬間、シルビナは珍しく表情を変化させた。とはいえ、その表情は、どう見ても好意的とは言い難い。

 対するヴァンはそんなことは意に介さず、ひらひらと手を振った。もちろん、シルビナは返したりしなかったが。

 それでも構わなかった。

 カンナが来て後、三々五々奨励会員たちが揃ってくる。その最中を狙って、ヴァンはカンナの隣に立った。

「何」

「お前じゃねえさ」

 シルビナににらまれるが、ヴァンは気にせずカンナに耳打ちする。盲目のカンナは、そのぶん人よりも耳がよい。小さな声でも十分に聴きとってくれた。

「ええ、わかりました」

 カンナが頷いたところで、ヴァンは離れた。シルビナはカンナの隣で不機嫌そうだが。

 離れて座ったヴァンの隣に、今度はゼルが寄って来た。

「よう、ヴァン。師匠に何を言ったんだ?」

「たいしたことじゃねえよ。それに、オレが考えたってだけで、カンナが認めてくれなきゃどうしようもねえしな」

「だから、何をしたんだって。いや、何か頼んだのか?」

「しょうもねえことだよ」

 はぐらかすヴァンは、ゼルを見やる。

「そういやゼル、お前、こないだカンナの手を引いてたよな。カンナと仲良いのか?」

「バカ。俺は師匠の――カンナ師匠の門下だぞ。お前と一緒だ」

「あ、そうなのか。じゃあシルビナも?」

「おう。カンナ師匠の門下は一番弟子が俺、二番弟子がシルビナだ。お前は三番弟子ってことだな。ほら、俺は兄弟子なんだから、ちょっとは敬え」

「じゃあお前はシルビナとも長いんだな」

「聞けよ。……まあそうだな。つっても、きっかけとかは知らねえんだ。師匠がどっかでシルビナを拾ってきて、今日から内弟子にしますって言ってな」

「内弟子?」

「師匠と一緒に住む弟子のことだよ。朝から晩まで決闘のことを学ぶんだ。俺は普通科の学校に行ってるから放課後だけしかやれねえけど、シルビナは学校も行ってねえから、日がな一日、決闘のことを勉強しているはずだぜ」

「それ、いつごろだ?」

「さあ? あー……、3年近く前かな?」

「ふうん」

 ヴァンが顔を上げると、ちょうどカンナも立ち上がるところだった。

「さあ、皆さん、揃いましたね。では、今日も楽しく決闘をしましょう」

 目が見えないはずのカンナが、ヴァンに向かって笑いかけたような……、そんな気がした。


◇ ◇ ◇



 アストラルサイドへ移行する。

 妖精の力を借りて異空間に移動する際、人間は妖精から魔力を借りる。貸与魔力だ。

 そして、借り受けた魔力を消費して、自分の服や装備を形成する。この時、肉体を形成する部分もアストラルサイドに合わせて再構築されているが、肉体の変成には魔力を消費しない。あくまで自分のイメージする肉体を作るだけのこと。つまるところ、大柄だろうが小柄だろうが、消費量は変化しない。

 ヴァン・レクサスもまた、装備を顕現していた。ナイフともソードとも呼べる中程度の刃物。それに、いつものジャケットとズボン。防具の類は一切顕現しない。

 他の会員たちを見ると、だいたい昨日と大差ない格好をしているようだった。熟達した決闘者ほど、同じ自分をイメージしがちだ。イメージが凝り固まる、と言い換えてもよい。それは肉体においても、装備においても同様だ。

「みなさん、集まりましたね」

 目が見えるようになったカンナ・ヴィオレッテが全員を見渡す。

「では、これが今日の対局表です」

 カンナが指を鳴らすと、巨大な石版がせりあがってくる。そこには、奨励会員たちの名前が並び、今日の対戦相手が表記されている。

「来たか」

 ヴァン・レクサス。対戦相手は――シルビナ・ノワール。

 ヴァンが指定された対局フィールドに移動すると、すでにシルビナの姿があった。昨日と同じ片刃の剣にブレストアーマー。近接装備だ。

「あなた、先生に頼んだのね? そこまでして私と対戦したいの?」

「偶然じゃねえか」

 答え、ヴァンはにやりと笑う。その笑みに、シルビナは眉をひそめた。

「あなた……、やっぱり、気に入らない」

「そうか。じゃあ、やろうぜ!」

「……いいわ、叩き潰す!」

 シルビナが下段に剣を構えた。開戦の合図。

「ふッ!」

 ヴァンは息を吐きながら、足裏に魔力を集中させた。思い切り蹴り出す。

「ッ!?」

 ヴァンの加速力を見たことのないシルビナは、驚愕に目を開く。だが、ヴァンは止まらない。

「ほら、こっちだぜ!」

「くッ!」

 ヴァンが振り下ろした剣を、シルビナはかろうじて剣で受ける。ガチン、と硬質な手ごたえが返ってきた。

「ほら、一撃防いだくらいで余裕こいてんじゃねえぞ!?」

 ヴァンは決して止まらない。

 防御を捨てているヴァンにとって、停止とは即死と同義。跳び、かわし、シルビナの剣に合わせて剣を振るう。

「……」

 やはりと言うべきか。

 シルビナは、見えている。ヴァンの超加速力、ゼルの認識さえ置き去りにした瞬間的スピードを、シルビナは点ではなく線で捉えている。

 点で捉えているようなら、言っては悪いが、ただ視力が良いだけのことだ。今どこにいるか把握できても、次の瞬間にはそこにいない。今という存在するようで存在しない一瞬の間に、ヴァンは移動できる。

 だが、線で捉えていれば、話は違う。ヴァンが移動する先を予想し、そこに剣を置かれてしまうと、ヴァンは自ら相手の武器に突っ込む形となる。そうなると、自分の加速力さえ自分に跳ね返ってくる。

 初撃こそ目が慣れていなかったのだろうが、今はヴァンの高速にも慣れてきている。

「面白え、じゃん!」

 飛びすさったヴァンは、剣を握り直した。

「やっぱお前、強いじゃんか。なのに、なんで真面目に戦わないんだよ」

「大きなお世話よ」

 片刃の剣を構えなおし、シルビナがにらんでくる。彼女は速力強化にあまり魔力を割いていない。自ら突進して、超高速のヴァンを捉える自信はないのだろう。そのぶん、防御力も高いから、致命傷を喰らう可能性は低い。一撃死しかねない心臓はアーマーが守っている。

「シルビナ。決闘で斬られると、痛いよな」

「……それが?」

「大事なことだぜ。決闘は異空間で――神の世界でやるから、現世でダメージが残るわけじゃねえ。だけど、痛いものは痛いし、苦しい時は苦しい。ま、その感覚がなきゃ、格闘なんてできねえだろうけどな」

「だから、それが何」

「痛みは確かにある。頭ぶち抜かれたら、そりゃとんでもなく痛いだろうな。でも……、死にはしない。肉体は本物じゃねえ、あくまで妖精が魔力で再構築しただけの、仮初のもんだからな」

「だから! それが、なんだというの!」

「わかってんだろ? そんなこと、何にもならねえ、ってな!」

 ヴァンは駆け出した。加速を使わない、普通のダッシュ。シルビナもまた、応じるように走る。

 振り下ろされる剣。それを眺めながら、

「はッ!」

 ヴァンは跳ねた。魔力を使った驚異的ジャンプ。もちろんひと足で間合いから逃げ去り、

「ふッ!」

 空中に漂う魔力を踏み台に、途中で軌道を変える。

「なッ!?」

 頭上から襲いかかるヴァン。シルビナは慌てて剣を引き戻す。

「い、よっ!」

 ガード。剣と剣が交差する。そのポイントを支点に、ヴァンはさらに加速!

 ぐるりと一転し、シルビナの背後へ。無防備な背中に、

「そらッ!」

 思い切り蹴りをかました。弾かれ、シルビナは地面を転がっていく。

「っぅ……」

「どうしたよ、痛いか? そりゃ地面を転がれば痛ぇだろ。蹴られた背中も痛いよな。それでいいのか?」

 剣をぶらぶらと揺らすヴァン。対するシルビナの瞳に、炎が燃えた。

「……そう。あなたが、その気なら。本当に、殺してあげるわ!」

 剣をまっすぐ両手で持ち、体の正面で構える。

「バースト!!」

 シルビナの全身を覆う魔力がひときわ増した。

 バーストモード。妖精から借り受けた魔力を少しずつ燃やすのではなく、一挙に燃やし尽くす、まさに背水の陣。

「はっ、そうこなくっちゃな」

 その様に、ヴァンは笑顔を浮かべた。バーストすれば、単純に魔力量が増える。スピードも、パワーも、タフネスも、全てが上昇する。そのぶん継戦能力は格段に落ちるが、この場で決めてしまえば問題ない。

 そう、シルビナはここで決めるつもりなのだ。その強い意志に、ヴァンはぞくぞくと背筋が震えるのを感じる。

「ふッ!!」

 疾走。格段にスピードの増したシルビナは、まさに猛進する弾丸。生半可なガードでは堪えられない。ましてや、防御不能のヴァンでは……、絶対に受けられない。

 それでもヴァンは動かなかった。冷静に、ただどこまでも冷静に。

「せりゃあ!!」

 シルビナの振り下ろす斬撃。ヴァンの目には、線となって動く剣が見えていた。

「ほッ!」

 相手の剣に合わせ、自らも剣を振るう。

 剣と剣が火花を散らし、駆け巡る。自分の脳天を狙っていた剣は、ほんのわずか――左にそれた。

「ッ!!」

 頭をかすめ、耳元を豪風が吹き荒れ、ヴァンの左肩に激痛が走る。肩から先をもがれ、しかしそれでも、ヴァンは右手の剣を放さない。

「しめえだ!!」

 剣を振り切ったシルビナの足元を払う。足を外に刈られ、大きく体勢を崩したシルビナを、抱きすくめるような形で押し倒す。

「っ……!」

 地面に押し倒し、馬乗りにのった勢いのまま、ヴァンは右手の剣をシルビナの喉元に突きつけた。

「ほら、おしまい。オレの勝ち」

 左腕からぼたぼたと血を流しながら、それでもヴァンは笑顔を崩さなかった。

 そんなヴァンを見上げ、シルビナは――目尻にしずくが浮かんでいた。

「なんで、わかったの?」

「なんとなくな。ああ、痛ぇな、やっぱ。すげえ痛い。お前、毎日、こんな痛みを我慢してたのか?」

「……そうよ」

 小さな声で答える少女に、ヴァンは嘆息した。

「お前、すげえな。オレ、痛いの苦手だしよ。よくそんなに我慢できるな」

「だって……、そうでもしなければ」

「家族に申し訳が立たないか?」

 ちらりと、視線だけがヴァンに向く。

「……誰かに、聞いたの?」

「ああ。お前は、狙撃手だろ?」

「ええ。兄が観測手、父と母が私たちの護衛。私はただ、兄の言う通りに引き金を引くだけ。おかしな家族よね。いくら非殺傷性の武器とはいえ、子供に銃を握らせるなんて」

「都市のルールはわかんねえからな。オレにゃ何も言えねえさ」

「そうね……。そうね、あなたは、知らないのだものね」

 剣を引いたヴァンは、シルビナの上から退く。少女も体を起こし、ぺたりと座り込んだ。

 まるで、幼子のようだった。

「あの日、モリガン派が暴動を起こして、私も家族と一緒に鎮圧へ向かったわ。いつものように、遠くから狙い撃ちするだけ。それだけのはずだったの。あの日、違ったのは、ひとつだけ。私が撃った弾で、モリガン派のテロリストは気絶しなかった。たった、それだけ……」

「神の加護を受けていたんだろうな。モリガンってのは戦の神なんだろ? なら、少しくらいの痛みやショックも殺せるくらいハイにさせることだってできんだろうさ」

「そうみたいね。戦いの神が加護を与えた兵士……。それを考慮に入れず、いつもの暴動か野生動物のように考えていた。それが、私たちの敗因。反撃を受けて、父が死に、母が死に、兄は私の盾になったわ。私の目の前で……、血を噴いて」

 かすかに震えるシルビナ。その肩に、ヴァンは手を乗せる。

「シルビナ。お前は、生きていていいんだぜ」

 少女は少しだけ顔を上げ、青い顔をヴァンに向ける。

「でも……、みんな、死んじゃったの」

「死んだ奴は何も思わねえさ。生きている奴だけが考えられるんだ」

「生きている、人だけが……」

「ああ。死んだ奴は何も望まないし、望めない。だから、死ぬって悲しいんだ。けど、お前は生きている。だから、何を望んだっていいし、やりたいことをすりゃあいい」

「私に、やりたいことなんて……」

「あるだろ? さっきの動きだってそうだぜ。狙撃手が目だけでオレの動きについて来られるようになんかなるもんか。お前の格闘センス、決闘で磨いたんだろ? そんだけ好きなんじゃねえか」

「決闘?」

 ヴァンはにやりと笑う。

「楽しいぜ、決闘は。オレは最強になる」

「あなたが?」

「ああ」

 力強く頷くヴァンに、シルビナはくすりと笑った。

「そうね、あなたは、なれるかもしれない。誰よりも強く」

「かもじゃねえ。なるんだ」

「ふふ、そうね」

 シルビナは立ち上がった。決して表情豊かではない彼女ではあったが、かすかに和らいでいるのが分かった。

「もう大丈夫か?」

「それはあなたが心配されることでしょう。痛くないの?」

「超痛ぇ」

「当然ね。早く現世に戻りましょう」

「おう」

 シルビナに手を借り、立ち上がるヴァン。その耳元に、シルビナはそっとささやく。

「次は私が勝つわ」

「……ああ。楽しみにしてるぜ」


◇ ◇ ◇



 奨励会員たちが次々と現世に戻ってくる。

 カンナはその気配だけを感じていた。と、かたわらに人の気配が立つ。

「戻りました、先生」

「シルビナ、お疲れ様」

 自らの門下生の声。その声音だけで、カンナには十分に理解できた。

「どうです、あなたの弟弟子は」

「負けました」

「そうですか。では、次は勝ちなさい」

「もちろんです」

 シルビナの返答に、知らず、カンナの頬も緩む。

「本当に、面白い子ですね」

「……? ヴァンのことですか?」

「ええ」

 自分が3年かけてできなかったことを、たった一度の決闘で成してしまった。

 一見するとバカっぽい。都市の常識は知らず、決闘のことしか口にしない。

 だが――案外と、その底はとてつもなく深いのかもしれない。

「本当に、面白くなりそうですね」

 心臓が、どきどきと跳ねている。

 それは、プロ試験に合格し、初めての対局に赴いた日の鼓動と――よく似ている気がした。

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