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幾度死んでも叶えたい夢  作者: 焔嵐
2/12

エピソード1:新たなる風

 揺れる魔導列車の中で、黒髪の少年が眠りこけていた。赤いジャケットにすり切れたズボン。年の頃は十代半ばか。

 少年が眠る四人席のコンパートメントには、少年の他に少女の姿もある。綺麗な銀髪のショートヘア。味気ないシャツとズボン。歳は少年とそう変わらないだろう。

 ぐーすかと眠りこける少年に少女は少しばかり眉をひそめながらも、寝入った彼を起こすほどではないらしく、ただ静かに時間だけが過ぎていく。

 と、少年が肩からかけた鞄が揺れ、中から小さな生き物が飛び出した。

 手のひらサイズの人間だ。姿かたちは人間の女の子に近かったが、背中には蝶のような羽があり、ぱたぱたと動いている。全身をまとう燐光は、彼女の存在そのものを神々しく見せていた。

 生物は少年の頭に乗っかると、懸命にぺしぺしと叩く。だが、少年はまったく起きる気配がない。

 その様を対角で眺めていた少女は、あまりに不憫に思い、声をかけた。

「あなた、妖精?」

 ぴくん、と生物が驚き、少年の頭に隠れる。その所作に、表情の乏しい少女は慌てた。

「驚かすつもりではないの。あなた、その人を起こしたいの?」

 生物はこくんと頷く。対する少女は、

「じゃあ、手伝う」

 少年の膝を揺すり、

「あなた、起きなさい」

 声をかけた。小さな少女では足りぬ力も、人間が揺り起こせばさすがに違う。

「ん……?」

 ようよう目を開いた少年は、ふわ、と大きくあくびをした。

「んー、なんだ、アルウェズ」

「その子、アルウェズと言うの?」

「お? おう」

 声をかけられて、初めて少女の存在を認識した少年は、頭上の小さな生物――アルウェズを見やった。

「アルウェズ、知り合いか?」

 アルウェズは小さく首を振り、続いて、少女に向かっておじぎをした。

「いいのよ」

「ふうん。アルウェズが怖がらねえなんて、珍しい奴だな。オレ、ヴァン・レクサス。あんたは?」

「……どうして名乗るの?」

「そりゃ、知り合いは多い方がいいじゃんか」

 よくわからない少年だ。それでも、少女は答える。

「シルビナ・ノワール」

「シルビナか。なあ、シルビナは都市の出身、だよな? そういう雰囲気だし」

「出身ではないけれど、住んではいるわ」

「じゃあさ、じゃあさ! 都市でいちばん決闘の強い奴がいるのってどこだ!?」

「決闘?」

 その質問に、シルビナは眉間のしわを深くした。

 ――決闘。妖精から力を借り、神に身を捧げ、仮初の肉体で行う格闘遊戯。

「あなた、決闘をやるの?」

「おう。そのために田舎から出てきたんだよ」

「……知らないかもしれないけれど、都市では決闘なんて、子供の遊びよ。熟達したところで、現実では何も変わらない。運動ができるようにもならないし、知識を得られるわけでもない。あなたの年齢で決闘をしている人なんて、そうはいない」

「知ってる」

「知っている?」

 知っていてなお、彼は決闘をしようというのか。

 そのためだけに、わざわざ田舎から丸一日もかかる列車に乗って、都市まで来たというのか。

「あなた……、まさか、プロになるつもり?」

「プロって、決闘の強い奴か?」

「それは、まあ、当然」

「じゃあなる」

 即答だった。その、あまりの様子に、シルビナは二の句を継げない。

「なー、それで、決闘ってどこに行ったらできるんだ? 田舎の連中、都市に詳しい奴とかほとんどいないし、いても教えてくれないしなー。着いたら聞こうと思ってたんだけどさ。あんた、いい人そうだから」

「いい人? 私が?」

「ああ。アルウェズが怖がらないのはいい奴だ」

 そう言って、ヴァンはにかっと笑う。その、太陽のような笑みに、思わずシルビナは毒気を抜かれた。

「……駅に到着したら、正面の大通りをまっすぐ。三つめの角を右手に曲がると、草葉色の建物が見えてくるわ。同じような色の建物は他にないからすぐわかる。そこが、決闘連盟の会館よ」

「そこに行けば決闘できるか?」

「少なくても、強い人は集まる」

「じゃあそこに行くか。ありがとな、シルビナ」

 そうこう話しているうちに、列車は駅に到着した。車窓を白い蒸気が埋め尽くす。

「よっしゃ、行くぞアルウェズ!」

 鞄ひとつだけを持ち、少年はコンパートメントから飛び出して行った。

「……変な子」

 思わず、シルビナはぽつりとこぼした。


◇ ◇ ◇



 シルビナに教えられた通り道を走ると、古びた建物が目についた。

 二階建ての建物だった。緑色の外壁はボロボロで、ところどころ壁材が欠けている。だが、前庭の雑草はきちんと刈られているし、玄関前も掃除が行き届いていた。古いが、大切にされている。そんな印象を受けた。

 玄関のガラス扉脇には、これまた古めかしい木製の看板が掲げられていた。そこには『全国決闘連盟奨励会館』と書いてある。

 扉を押し開けると、ロビーになっていた。受付と、そこに座る事務員。脇には階段があり、二階へ行けるようになっている。

 ヴァンが入ると、事務員が顔をあげた。

 よくできたショートヘアの事務員は、見知らぬ顔にも愛想よく笑顔を向ける。

「いらっしゃいませ」

「あの、決闘したいんすけど!」

「……はい?」

 事務員の笑顔が固まった。だが、若い事務員は、負けずに続ける。

「あの、確かにここは決闘連盟の会館ですけど。奨励会に入会したいということでよろしいですか?」

「奨励会ってのに入れば決闘できる?」

「それは、まあ」

「じゃあ入る」

 ふたつ返事で頷くヴァンに対し、事務員はそれでも一応、所定の手続きに従って用紙を取り出した。

「では、ここにお名前と住所、それに師範のお名前と承諾印を貰ってきてください」

「書けばいいのか?」

 ヴァンはペンを借りると、そこに『ヴァン・レクサス』とだけ書いた。他の必要事項は一切記入せずに突き出し、

「これでいいか?」

 事務員は笑顔を引きつらせながら、

「じゅ、住所は?」

「住所って?」

「住んでいるところのことだけど」

「それって、今日から泊まるところってことだよな?」

「今日から? ……まあ、そうね」

「そうだよな。オレさ、さっき田舎から出てきたばっかだから、今日は泊まるとこ、まだ決めてねえんだ。どっかそのへんにある木の上とかで寝るつもりなんだけど」

「さ、さっき!? じゃあ、あなた、もしかして駅からここに直行してきたの?」

「おう」

 とうとう、事務員も頭を抱えた。確かに決闘者はクセのある人が多い。だが、これほどクセのある少年もまた珍しい。というか、せめてもう少し常識を備えてから来て欲しい。

「あのね、ヴァン君。確かに奨励会は決闘できる場所だけど。さすがに住所不定無職でしかも学校にも通っていない子供を受け入れるほど度量は広くないのよ?」

「細かいこと気にすんなよ。オレは寝るだけならどこでも大丈夫だから」

「そういう問題じゃなく! じゃあ、せめて、師範とか……、いるわけないわね、都市に知り合いはいないの?」

「いねえ。あ、おっさんの知り合いとかならいるかもしれねえけど」

「おっさん?」

 ようよう話が分かる人が出てくるか、と希望を見つけた事務員だったが、

「おっさんって、お名前は?」

「……忘れた。なんか、ゴンゴンとかそんな感じ」

「あなたねえ!? 名前も知らない人が知り合いとか言うの!?」

「し、仕方ねえじゃん!? いつもおっさんって呼んでたんだから!! だいたいあのおっさん、名前で呼ぶと怒るんだよ!!」

 とても話にならない。

 事務員が頭痛を覚えていると、

「どうしました?」

 涼やかな声。見れば、ひとりの女性が、少年に手を引かれて入ってくるところだった。

 女性は手に白い杖を持っている。老人が使うものとは違う、ただの棒だ。目は閉じられており、口元には優しい笑みが浮かんでいる。

 その顔を見て、事務員は救いの女神に感謝した。

「あ、カンナさんにゼル君。実は、この子が……」

「この子?」

「先生、こっちっす」

 めしいた女には、ヴァンの姿も分からない。介助の少年が手を引いて、女――カンナを導く。

「あなた、どうしたの?」

「決闘したいって言っただけなんだけどな」

「決闘? 確かに、ここは決闘の本山ですね。奨励会に入るのですか?」

「なんでもいいんだけどよ、この姉ちゃんが住所とか師範とかがいるって」

「あの、私、そんなおかしなこと言ってます?」

 すでに泣きそうになっている事務員にカンナは優しく首を振る。

「あなた、お名前は?」

「ヴァン。ヴァン・レクサス」

「では、ヴァン君」

 次の瞬間、ヴァンは素早くしゃがんでいた。その頭上を、白杖がよぎる。

「あぶねえじゃん。何するんだよ」

「ごめんなさい、手が滑りました」

 正確に頭のあった位置をよぎった白杖を正面に戻したカンナは、自分の手を引く少年の方に顔を向ける。

「ゼル、あなた、この子と決闘してあげなさい」

「俺っすか?」

「ええ。きっと、面白いと思うわ」

 そう言って、カンナはにこりと笑った。


◇ ◇ ◇



 連盟会館の二階は広間になっている。

 だだっ広い板の間に、隅に置かれた観葉植物。他には何もない。決闘をするだけならば、そもそも空間さえ意味をなさないので、この処置は当然と言えば当然かもしれない。

 そんな空間で、ゼルは正体不明の少年――ヴァンと対峙した。

「よく分かんねえけど、お前、決闘できんのか?」

「あったりまえだろ」

「……念のため聞くけどな、決闘のルールはわかってるか?」

「借りた魔力を使い果たすか、相手から致命傷を貰ったら負け。借りた魔力は、どう使っても自由」

 最低限のルールだ。だが、こんな非常識な少年でも、一応は理解できている――らしい。

 ゼルは疑わしげに頬をかきながらも、自らの妖精を呼ぶ。

「ま、いっか。エルナト!」

 ゼルの呼び声に応じ、どこからか、小さな少女が飛び出した。妖精だ。

「行くぜ、アルウェズ」

 ヴァンの鞄からも、羽の生えた少女が飛び出す。

「基本ルールでいいか?」

「おう、なんでもいいぜ」

「そうかい。そんじゃあ行くぜ、転移!!」

 掛け声と共に、二人の体は光に包まれた。

 その意識は異空へ。その体は神へと捧げられる。

 異空間転移。基本ルールによって形成された空間は、ただ決闘をするためだけの場所。どこまでも続く空と大地だけしかない。特殊な条件など何もない、最もシンプルで、最も実力差の出やすいスペース。

 異空間へと移動したヴァンとゼルは、その姿を変えていた。

 ゼルの肘や膝にはサポーターが。手には固い鋲のついたナックルが装備されている。額を覆うハチガネは彼のお気に入り装備だ。

 決闘空間――アストラルサイドでは、自分のイメージがそのまま自分の装備となる。熟練の決闘者ほど、装備は固定化される。それ以外のイメージを浮かべにくくなる、と言い換えてもいい。ゼルにとって、この武道家装備は、いつものことだった。

 対するヴァンは、ほとんど変化がなかった。服装も元と同じ、違いと言えば、肩からかけた鞄がなくなり、代わりに手に一振りの大型ナイフを握っていることだけ。

「おいおい、お前、防具も顕現しねえのかよ。大丈夫か、そんなんで?」

「問題ねー。オレはこれ一本で十分だ」

 そう言って、ヴァンはナイフを掲げる。ハンドガードのついた柄に、ナイフと呼ぶには長く、ソードと呼ぶには短い、微妙な刃物。

「はんっ、甘く見てると、後悔するぜ! オレはこれでも……、会生だからな!」

 ガツン、と両の拳を打ち鳴らし、ゼルは吼える。

「行くぜ!! 決闘だ!!」

 ゼルの猛りに応じ、ガン、と鐘が鳴る。開戦の合図。

「飛ばしていくぜ、バースト!!」

 武器しか顕現しない素人同然の相手。ゼルは一挙に決めるべく、全魔力を活性化させる。長期戦には不向きだが、そもそも速攻で決めるならば、得られるメリットは遥かに大きい!

「そぉ、らぁ!!」

 振るわれる拳線。その軌跡をなぞるように、炎が枯れた大地を舐める。

 ヴァンは横っ飛びに炎をかわすが、それはゼルとて織り込み済みだ。

「喰らえ、よッ!!」

 握りしめた拳。加速をつけた全力のストレートを、ゼルはヴァンの顔面へと打ち込み――。

「ッ!?」

 手ごたえのなさに、驚愕する。避けられた。

 全身全霊を込めた一撃。素人がかわせるはずの一撃ではなく、そして、かわされてしまえば――そこには最大の隙が生じる。

「なんだお前、がら空きじゃねえか」

 ヴァンの声は、すぐそばから聞こえた。

 背中から突き刺さる冷たい刃物。自分を貫く感覚に、ゼルは己の敗北を悟った。


◇ ◇ ◇



 決闘は、一方が死亡すると、強制的に通常空間へと戻される。神に捧げた肉体が返ってくるのだ。

 道場に戻ってきたゼルは、

「な、なんだ!? なんで終わった!? お、お前、何したんだ!?」

「何って、普通に刺しただけだぜ」

 ヴァンは首をひねる。ヴァンにとって、ゼルの構えは隙だらけだったのだから。

「やはり、面白い子ですね」

 控えていたカンナがくすくすと笑う。

「し、師匠?」

「ゼル、ヴァン君を相手に、速攻を仕掛けたのは失敗でしたね。攻撃に魔力を消費するということは、防御に割り振る魔力が足りなくなるということです」

「そ、そりゃ、理屈はそうですけど。でも、攻撃を受けなければ同じことです。それに、こいつ、素人なんかじゃない……!」

「誰も素人だとは言っていませんよ。師匠がいないと言っているだけです」

「そ、そんな馬鹿なこと!? 師匠もなしに、こんだけ強くなれるはずが……!」

「その点、どうなのでしょう? ヴァン君?」

「どう、って?」

 話をふられたヴァンは、盲目の女を見返す。

「あなたの戦い方はどこで身に着けましたか?」

「田舎だけど。フィーロ村。村じゃさ、娯楽とか何もなくて、決闘が流行ってたんだ」

「フィーロ村……」

 カンナにすら聞き覚えのない村の名前だ。もっとも、そう地理に詳しいわけでもないカンナにとって、知らない村の名前など珍しくもない。

「ふふ、面白いですね、あなたは。いいでしょう、私があなたの師匠となります」

「はぁ!?」

 横でゼルが奇声をあげるが、カンナは気にせず続ける。

「奨励会は師匠による推薦がなければ入会できません。私があなたを推薦します。ヴァン君、今日からあなたは私の門下に入ってください」

「そうすりゃ、強い奴と決闘できるのか?」

「もちろん。ゼルも今日はあっさりやられてしまいましたが、油断しなければ、善戦することでしょう。それに、奨励会には、ゼルよりも強い少年少女が集まっています」

「おし、入る」

 ヴァンの返答に、カンナはにっこりと笑った。

「そうこなくては」


◇ ◇ ◇



 夕刻。奨励会館から帰る道すがら、師匠の手を引きながら、ゼルは吼える。

「師匠、なんであんな得体のしれない奴を弟子にするんですか」

「いけませんか?」

「いけない、ってことはないけど……。あいつ、わけのわかんねえ決闘スタイルだし……。それに、村から出てきて会館に直行、泊まる場所も決めてねえなんて、非常識すぎるでしょう」

「確かに私たちが知っている知識を、彼は知りません。ですが、それは利益になることもあるでしょう。それに、彼の決闘スタイルは、実際に存在するスタイルです。非常に珍しいですが……、あるいは、村という閉鎖空間だからこそ成立したのか。それを見極めたいと思います」

「実在するスタイル?」

「ええ。彼のスタイルは、昔、局所型と呼ばれていました。今は資料に残る程度で、実際の使い手はプロにもいません」

「局所型……?」

「その通り。彼は先ほどの決闘、足裏と刃筋にのみ魔力を集中させていました」

「なッ!? そ、それじゃあ、俺の攻撃がかすめただけで、あいつはやられたかもしれないってことですか!?」

「その通りです。バーストしてまで総魔力量を増やさずとも、通常打を体に当てていれば、あなたは勝てたでしょう。あのスタイルは高い瞬発力と一撃の攻撃力が増す代わり、防御力を一切捨てています。あなたのバースト型よりも、さらに思い切ったスタイルです」

 そう、珍しい型だ。一瞬のミスさえ許されない。全ての魔力を攻撃と回避にのみ費やした、狂っているとさえ言えるスタイル。

 だが――それを使いこなしているとすれば。

「もしかすると、彼は化けるかもしれません」

 決闘界に、新しい風が吹く。

 今までどんなプロですらものにできなかった、超特化スタイル。局所型のプロ――。

「私は、それを見てみたい」

 カンナは少しだけ顔をあげた。

 一陣の風が吹き、めしいた目を隠していた前髪がふわりと浮かんだ。


◇ ◇ ◇



 丸い月が空に浮かんでいる。

 樹上でそんな月を眺めながら、ヴァンは話しかけた。

「ようやくだぜ、アルウェズ」

 ヴァンの隣で、小さな少女がにこりと笑う。

「ここからだ。オレは、最強になる」

 誓いの言葉。その言葉に、アルウェズは嬉しそうにぱたぱたと羽を揺らした。

「そして、お前に……、恩返しする」

 それは、少年の誓い。

 それは、少年の夢。

 まっすぐ未来だけを見据える少年に、アルウェズは見とれていた。

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