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幾度死んでも叶えたい夢  作者: 焔嵐
12/12

ラストエピソード:破竜の剣

◇ ◇ ◇



 プロ試験には午前の部と午後の部がある。勝敗を記録する関係上、また、不正を見逃さぬため、各試合には立会人がついている。その人数には限りがあることから、1日のマッチングは午前と午後に分けざるを得ないのだ。

 午後、アリスの試合があると聞き、すでに試合を終えたヴァンたちはその観戦に向かうことにした。

 中継妖精の能力を借りた、現世での画面観戦。画面には、すでに荒野が映し出されている。

 そんな画面を見ていると、

「お、ゼル」

「はろはろー」

「よう、ヴァン。お前らも来たのか」

 ゼル・ロッシェとプリム・ローゼンだった。彼らも午前中で試合を消化したらしい。

「どうだよ、調子は」

「まあまあだな。そっちは?」

「はん。余裕だよ」

 ぐっ、と力こぶを作ってみせるゼルに、プリムは肩をすくめる。

「どこがよ~。まっさきにやられたくせに」

「うるせえな。俺が削ったから、お前が二人同時に撃破できたんだろうが」

「そうだけど~」

 どうやら、ゼルたちもなかなかの戦績を残しているらしい。この二人、なかなかどうして、相性も悪くないのだろうか。

 心中で拳を握ったヴァンは、目の前の試合に意識を戻す。

 荒野の最中に、アリス・ヴァイスラントの姿がある。かたわらには、彼女を守る騎士がごとく、ライゼルが控えている。対戦相手は――。

「竜王、か」

 ゴドウィン・ブルーノ。永世竜王。

 そのかたわらには、エクレア・フレイガンの姿もある。

「エクレア、参戦してるのは知ってたけど……。どういうつもりなのかしら」

「さあ。わけわかんねーしな、あいつ。ヴァン、何か聞いてるか?」

「いや。でも、理由はわかると思うぜ」

 あの二人が参戦する理由など、ひとつしか考えられない。

「遊んでるんだ。あいつらは」

「遊んで……?」

「そうさ。あいつらは、戦いを楽しみたいんだ」

 ヴァンは真剣な面持ちで試合を見つめている。

 ゴドウィン・ブルーノはアストラルサイドにおいても、防具は一切装備していなかった。タンクトップから鋼のような肉体が覗いている。体の前で威容を発しているのは巨大な戦斧だ。

 一方で、エクレアは以前と同じ。両手にナイフを持ち、露出の多い格好をしている。スピード重視の近接戦狙いだろう。

 と、エクレアはとことこと後ろに下がり、そのままあぐらをかいて座り込んでしまった。

「おいおい、アリス相手に、協力しねえつもりか?」

 驚く観戦者たちをよそに、対戦者たちは互いをにらみ合っている。

『どういうつもりよ! 1対2でやるつもり!?』

 アリスが声を張り上げると、負けじとばかり、ゴドウィンも返す。

『その方が面白いだろ! いいからかかってこいよ、ガリアんとこの小娘!』

『小娘、ですってぇ……!』

 怒り心頭のアリスは、両手にナイフを構えた。

『その大言! 後悔させてやるわ!!』

 開戦、同時にアリスは突撃する。

 対するゴドウィンは、動かない。

「おいおい、棒立ちで……」

 ゼルの感想さえかき消す勢いで、アリスの斬撃が繰り出される。

『ッ!!』

 ガツン、とぶつかる刃。その刃筋が、刺さらない。

「な、なんだありゃあ!?」

「あれがゴドウィンのすげえところだよ」

 最も驚いているのは、対戦しているアリスたちのようだった。

『ほん、とに……! 冗談じゃないわ!!』

『おいおい、冗談なんかじゃねえぜ!? その程度か!!』

 吼えるゴドウィンと、攻めるアリス。

 だが、斬撃はことごとく刺さらない。防具があるわけでもないのに――。

「なんだあれ、どうなってんだ!?」

 はたから見ているゼルもまた、混乱していた。防具で刃を弾くというのならば、まだわかる。だが、彼はただ棒立ちしているだけだ。

 アリスは武器を切り替え、両手剣を顕現し、攻撃する。だが、ゴドウィンはまったく動かない。どこを狙っても、どこを刺そうとしても、まったく傷つかないのだ。

「異常……、だわ」

 試合を見守っていたシルビナは青ざめる。プリムは隣を見やり、

「なになに!? シルビナも気づいたの!? なんなの、あれ?」

「あれは……、障壁よ。魔力障壁で攻撃を完璧にガードしている」

「んなバカな!? あんだけ攻撃を障壁でガードしてりゃ、魔力が持たねえだろ!」

「だから、完璧に、なのよ。あらゆる攻撃を、ちょうどいい魔力で、しかも点で受けている。魔力を消費するのはほんの一瞬、しかも過不足がない。あれじゃあ、攻めている方が無駄に魔力を消費しちゃう……」

 敵からの攻撃を、まったく過不足のない魔力量でガードする。

 それがどれほどの離れ業か、決闘に携わる者ならば、即座に理解できる。

 そも、戦いの中で、相手の攻撃を受けるというのは至難なのだ。恐れることなく相手の攻撃を見切り、しかもそこに込められている魔力を完全に理解し、自分のどこに当たるかを把握したうえで、完璧にガードする。

 そんなのは、人間業ではない。

「化物かよ……」

 彼が永世竜王となった理由。今ならば十分に理解できる。

 あらゆる攻撃を完璧にガードされれば、どんな決闘者といえど分が悪い。もちろん、理屈の上では最強だ。だが、それを達成できる者などいない。だから、あくまで机上論でしかなかった――。

 それを現実に成すのが、ゴドウィン・ブルーノという男なのだ。

「おっさんは、相手の攻撃をなんとなく見極めるんだ。でもって、なんとなくでかわしちまう。天才とか、そんな言葉じゃ済まねえ。オレも、おっさんには一度だって勝てたことない」

 ヴァンは言う。彼の言葉も、あながち笑い飛ばせない。

 現実で夢のような光景を見せられているのだ。もっとも、対戦相手からすれば――悪夢以外の何物でもないだろうが。

『アリス!』

 その間に術式が完成していたのだろう、ライゼルは杖を振るった。

 ヴァンを追い詰めた、あの超竜たちが召喚される。それを見て、ゼルははたと膝を叩いた。

「そうだ、あれなら……! あれなら、使った魔力以上の攻撃をぶち込める。それなら倒せるぜ!」

 快哉をあげるゼルをよそに、竜たちの咆撃!

『斉射!!』

 一斉に放たれるブレス。と、対するゴドウィンは、ゆっくりと斧を持ち上げた。

『はッ!』

 気合一閃。振るわれた斧は、直射のブレスをわずかに割く。その隙間にゴドウィンの巨体が呑み込まれた。

「嘘だろ!?」

「刃筋に魔力を集めてんだ。あんな無駄の多いブレスじゃ、おっさんは貫けねえ……!」

 光が収まったところで、ゴドウィンはにやりと笑う。

『んだよ、その程度か? 拍子抜けだな』

『なによ、じゃあ、これならどう!?』

 アリスは両手の銃を消すと、手を掲げた。その先に、強大な燃え盛る槍が生まれる。

「炎槍『カラミティブレイザー』! いくら障壁でガードしたって……、魔法の熱なら!!」

 投擲。迫る炎槍に、ゴドウィンは笑みを浮かべながら斧を持ち上げる。

『その程度か、よッ!』

 気合一閃。

 振るわれた斧。その刃筋に宿った魔力が、槍を打ち消し、消滅させる。先ほどのブレスと同じだ。

「嘘、だろ……」

「大魔法よ? それを一撃で……」

 さすがのゼルたちも、声が出ない。あきれを通り越して、感動すら覚える。

 永世竜王。アマチュアにして、プロさえ押しのけタイトルを手にした男。その実力は、遥かな高みにある。

『それなら……!』

 銃を顕現したアリスは構え、しかし、ふらりと揺れて倒れた。手にした銃が消えうせる。

「な、なになに!? どうしたの!?」

「魔力切れだな……」

 その症状に見覚えがあるゼルは嘆息した。

「魔力を使い切っちまったんだ。アリスの負けだな」

 倒れたアリスのかたわらにしゃがんだライゼルは、両手をあげた。

『僕には、あなたたち二人を倒すほどの公算も、魔力もない……。降参です。負けました』

 奨励会最強のタッグ。

 それが屈した、その瞬間だった。


◇ ◇ ◇



 ヴァンたちは、試合を終えたアリスたちと合流し、帰路に着いていた。

 だが、誰も彼も口が重い。今日になって初めてゴドウィンの試合を見たゼルやシルビナなどは、その圧倒的な試合運びに、文字通り言葉も出なかった。

「とんでもないわ……」

 ぽつり、と感想が漏れる。

 天才などという言葉は、彼のためにあるようなものだ。

 相手の攻撃を完全に見切る能力。もはやズルと呼んでしまえるほどの力。

 それを、どう攻略しろと言うのか。

「……本物よ、あいつは。ふざけた男だけど、強い」

 実際に対戦したアリスは、口惜しさにくちびるを噛む。

「全く歯が立たなかったわ。強すぎる」

 あの、負けず嫌いなアリスでさえ、そんなことを口にする。

 かたわらを歩くライゼルも、

「このままじゃ、あの人の全勝は揺るがないだろうね……。永世竜王だけであれほどの強さがある。そのうえ、エクレアまで背後にいるんじゃどうしようもない。僕らは、エクレアを引き出すことさえできなかったんだから」

 奨励会最強の二人による敗北。それはすなわち、奨励会の敗北と同義だ。

 だが、考えてみれば、当然のことでもある。プロでさえ歯が立たず、タイトルを手にしたゴドウィンという男を、プロ未満の奨励会員たちが倒せるはずもないのだ。

「なあ、ヴァン。あの人、弱点とかねえのかよ」

「いや……、ねえな」

 問いかけたゼルに対し、答えたヴァンもまた、真剣な表情だ。

「おっさんが負けたとこなんか見たことない。でも、あの人を倒さなきゃ……、最強にはなれねえ」

「最強ったって……」

 あきれるゼル。そのパートナーであるプリムは、

「いいじゃない、ゼル。ヴァンはヴァンの好きなようにすれば。あたしたちは、ポイントを稼ぐことを考えなきゃ」

「あ、ああ」

「いい? これはプロ試験なのよ。そりゃゴドウィンさんを倒せればそれに越したことないけど、それは厳しそうだし。あたしたちはエクレアを狙えばいいのよ」

「ああ、なるほど……」

 今年のプロ試験は、戦績によって成果が決まる。

 当然、二人を残して負けるより、一人でも倒した方が成績は良い道理。

「ゴドウィンさんの退治はヴァンに任せよ。ね、ヴァン?」

「ああ」

 頷くヴァンと、不安そうにパートナーを見るシルビナ。

 そんな六人を、沈みかけの夕日が照らしていた。


◇ ◇ ◇



 ゼルとプリムがゴドウィン・ブルーノと戦うことになったのは、アリスの試合から二日後。

 うまいこと試合時間がずれたヴァンたちは、同じく時間に余裕のあるアリスたちと共に、試合を観戦する。例によって画面越しの応援だ。

「ゼル、エクレアを倒すつもりって言っていたけど……」

「できるの? 彼に」

「ゼルとプリムなら不可能じゃないね。特に、エクレアは局所型で、防御力はないに等しい。スピードこそ一級品だけど、一撃でも与えられれば致命傷だ」

「つっても、エクレアを狙おうとしたら、絶対におっさんが邪魔するぜ。自分が遊びたいんだろうからな、おっさんは」

 つまるところ、ゴドウィンの攻撃をかわしながら、エクレアを倒すことを求められているのだ。

 厳しいどころの話ではない。アリスたちは最初からゴドウィンを狙いに行ったせいで、彼から攻撃することはなかったが――あれだけ精密な魔力制御を可能とすると男なのだ。加速力や攻撃力とて侮れないのは、もはや見るまでもない。

『っしゃあ、行くぜ!!』

 気合十分のゼルは、いつもと同じ格闘スタイル。パートナーのプリムも可愛らしいドレス姿ではあるが、いつもと違い、手にステッキを持っていない。

 ゴドウィンは前線で斧を掲げ、エクレアは以前と同じように、後ろの方で座り込んでしまった。

 ゼルとプリムは互いに顔を見合わせ、頷き合う。

「始まるぞ」

 ライゼルが言うのと、ほぼ同時。

 開戦!

『ジオコントロール!!』

 同時、プリムは地面に手を突いた。拳の先から魔力がフィールドに行き渡る。

「いいっ!?」

 直後、地面が隆起した。ぼこぼことうごめき、地中から飛び出してきたのは――木の根っこ。

「な、なんだありゃあ!?」

「ジオコントロール――フィールドを別のルールに変える魔法だ。魔力消費が大きすぎて、普通は使わないけど……」

 見ている間にもフィールドが樹木に覆われ、密林となる。大密林ルール。荒野フィールドと違い、周囲の樹木を足場に、身を隠しながら互いを狙い合うフィールドだ。

「あれだと遠くから攻撃するのは難しいから接近するしかない。でも、なんでよりによって密林なんだ? エクレアもゴドウィンも接近戦タイプ、プリムが得意の中遠距離攻撃が届かなくなるじゃないか」

「いや……、違うわ。それが狙いじゃない!」

 画面には、両手で炎を握るゼルの姿が映りこんでいた。

『覚悟できてっかぁ!? 行くぜ、フレアだ!!』

 フレアバースト。自分の周囲に火球を生み出し、周囲を焼き払う攻撃魔法。

 それを密林のど真ん中で放てば、当然――。

『いいねえ、お前! 気が狂ってるぜ!!』

 ゴドウィンが吼える。

 密林で炎を撒けば、当然、大火災が生まれる。呼吸すら恐ろしいほどの火炎に包まれるのだ。それはもはや、放った当人にさえコントロール不能の大火災。

『あっぶないわねぇ!』

 そうなれば、エクレアとて後ろでただ控えているわけにはいかない。もはや安全地帯などないに等しいが、じっとしていることは、局所型にとっては死ぬことと同義だ。

『ガードしなきゃ死ぬぜ! サモンウルフ!』

 そこでさらに炎狼を召喚するゼル。

 周囲の熱波は、自分自身を障壁で覆うことで、ある程度はガードできる。ゴドウィンなどは、最低限の障壁ですでに全身を覆っているようだ。一方で、足や武器にしか魔力を宿していないエクレアは、苦戦している。

『熱いじゃない!』

 怒りに猛ったエクレアは、ナイフを手に突撃した。迎え撃つのはフィールドの熱波など関係がない炎狼たち。

『邪魔!』

 剣閃が狼たちを切り裂く。その間にも、ゼルは次の手を打つべく動いている。

『ッ!』

 狼たちに反撃するということは、動きが限定されるということだ。その動きを先読みし、コントロールできれば――超速度のエクレアとて、捉えられる。

『せえッ!』

『ッ!』

 紙一重でゼルの拳をかわすエクレア。さすがのスピード、先読みされたところで、その攻撃すらかわしてしまう。

 だが、体勢を大きく崩した状態。そこを狙う連続攻撃!

『キラキラスプラッシュ!!』

 プリムの魔法攻撃だ。炎によって見通しの良くなったフィールド、そのかげに潜んでいたプリムによる中遠距離の魔法攻撃。

『ぐッ!?』

 いくらかはかわしたエクレアだったが、さすがに全てを回避することなどできない。そこに、

『でえりゃあ!』

 続くゼルの攻撃。かわしきれず、クロスした腕を貫く勢いで拳が刺さる。

『がッ……!』

 エクレアの障壁はほとんどないに等しい。結果、ゼルの攻撃を、ほぼノーガードで受けてしまった。腕が砕け、全身が地面に叩きつけられる。

 腕を犠牲にすることで致命傷はかわしたようだが、さすがにもう高速機動はできない。

『っしゃあ、このまま――』

『させると思うかよ、小僧?』

 急停止。しかし遅い。

『でええい!!』

 ゴドウィンの振るう大戦斧は、一撃でゼルを弾き飛ばす。あまりの勢いに、周囲の炎すら振り払われた。

『ムチャクチャ!?』

 慌てて顕現したステッキを構えるプリムだったが、

『おっせえ!!』

 超加速で間合いを詰めたゴドウィンは、そのままプリムも弾く。

『きゃん!?』

『ぬお!?』

 吹き飛ばされたプリムはゼルと激突し、もんどりうって炎の中に落ちた。

『あっつい!』

 全身にやけどを負ったプリムが炎の中から転がり出てくる。その身を覆う障壁が薄い。――もう魔力がないのだ。

 魔力消費の大きいジオコントロールを使ったうえ、炎に巻かれぬよう、強い魔力障壁で自分を覆う必要があった。その反動が出ているのだ。

『あたしもうダメ~!』

『……ここまでだな』

 同じく炎から出てきたゼルはまだ余力を残しているように見えたが、さすがに一人でゴドウィンに立ち向かうつもりはないのだろう。プリムを抱きしめ、自分とプリムを障壁で覆うことで、互いを炎から守る。

『降参だ。やっぱりあんたら、化物だぜ』

『はん。まだ何もしてねえっての』

 あきれた様子のゴドウィンをよそに、ゼルは肩をすくめた。


◇ ◇ ◇



「惜しかったね」

「そんなことないって。エクレアはなんとかダメージ与えられたけど、そんだけだったし」

 現世に戻ったゼルは、奨励会の仲間たちと合流し、休憩室で昼食を取っていた。ちなみに今日はシルビナが作ってきたサンドイッチと、プリムが作ってきたおかずを囲んでいる。

 休憩室はただ机と椅子が並んでいるだけの場所だったが、他の受験者たちもここで食事にしているようだ。姿が見えない者は、外に食べに行っているのだろう。

 そうしていると、

「あ、こんなところにいたわね!」

「げっ、エクレア」

 つかつかと寄ってきたのはエクレア・フレイガンだ。ゴドウィンは連れていないようだ。

「あなた、もっかい決闘よ! コケにしてくれちゃって、絶対に許さないから!」

「あ!? お、俺か!?」

「当たり前でしょ!?」

「つったって、アンフェスバエナなんだから、二人で一人を狙うのは当たり前だろうが!」

 どうやら先ほどの結果に納得していないエクレアが決闘を申込みに来たようだ。シルビナのサンドイッチをかじっていたヴァンが言う。

「いいじゃねえか、エクレア。決闘してりゃ負けることもあるだろ」

「そんなわけないでしょ! あたしが負けるなんて……! しかも、こんな雑魚に! 絶対に許さない!」

「オレにさんざん負けたじゃねえか」

「ヴァンはいいの。なんなら結婚する?」

「絶対しねえ」

 べーっ、と舌を出したエクレアは、改めてゼルに詰め寄ろうとする。と、その前に小さな姿が立ちはだかった。

「なによ。あんたが先に潰されたいわけ?」

「そっちこそなによ。決闘でしょ? 相手を倒して何が悪いのよ」

 プリム・ローゼンだ。エクレアを見上げ、

「だいたい、いっぺん負けたくらいでごちゃごちゃ言わないでよ。それでも決闘者なの?」

「はぁ? あんた何様よ!」

「決闘者よ」

 バチッ、と火花が散ったような錯覚。周囲も止めようと思うが、二人の雰囲気がヒートアップしていて、とても止められるような感じではない。

 すると、そんなエクレアの背後に、大きな影が立つ。ゴドウィンだ。

「こら、お前はケンカ売って回ってんじゃねえ」

「きゃあ!?」

 まるで子猫をつかむようにエクレアを抱えると、ゴドウィンは面々を見渡す。

「邪魔したな。じゃあな、ヴァン。次はお前だぜ」

「……そう簡単には行かねえよ」

「ああ、その方が面白いよな」

 離せー、と暴れるエクレアを肩に乗せ、そのままゴドウィンは休憩室を出て行ってしまった。残った面々は、互いに顔を見合わせる。

「なんていうか、色々と嵐みてえな連中だな」

「ふんだ。あんなの、どうってことないわよ」

 嘆息するゼルと、頬を膨らませるプリム。

 その脇に座ったヴァンは、ゴドウィンたちが立ち去った出口を、じっと見つめていた。


◇ ◇ ◇



 夜半。ヴァン・レクサスは、屋根の上で星空を眺めていた。

 と、足下の窓からガタガタと音がする。

「ヴァン?」

「シルビナか」

 銀髪の少女が窓から顔を覗かせた。ヴァンが手を差し出すと、素直に上がってくる。

「あなた、星を見るのが好きなの?」

「まあな。田舎じゃずっとこうしてた。ま、他にはなんにもねえしな」

 二人で眺める星空。暗いキャンパスに、点々と光が描かれている。

「山ん中だしさ、住んでいる奴も多くない。できることなんか何もなくてな。子供の頃から、決闘するくらいしかやることなかった。まあ、同年代の子供ってあんまいねえから、遊ぶ相手もいねえんだけど」

「ヴァンの田舎……、フィーロ、だっけ?」

「そう。オレはおっさんとエクレアがいたから、まあ決闘相手にゃ困らなかったけどな。日々の生活と決闘ばっかりしていた気がする」

「ヴァンの故郷……」

 シルビナは目を細め、

「私も、行ってみたい」

「ああ、いいぜ。行くか? なんにもねえけど」

「そうね。でも、きっと楽しい」

 小さく頷いたシルビナは、ヴァンの肩に頭を乗せた。

「――なあ、シルビナ。もうすぐ、おっさんとの試合だよな」

「そうね。勝算は?」

「ない。けど……、可能性はあるんじゃねえか、って思ってる。そのカギは、シルビナだと思うんだ」

「私?」

 目を丸くするシルビナに、ヴァンは頷く。

「オレの技術は、昔よか多少は洗練されてるかもしれねえけど、結局はおっさんも見知った超速攻だけだ。そして、オレの剣じゃ、どうあがいてもおっさんを貫くことはできない。あのバカみたいな防御を突破できなきゃ無理だ」

「でも、格闘主体の私とヴァンでは、そんな方法がない――」

「そういうことだ。剣が刺さらないおっさんを倒すには、こっちがおっさんの予想を超えるしかない。もし、シルビナがオレの作戦に乗ってくれるなら……、オレは、それを最大に活用できるパートナーになれると思う」

 そう言ったヴァンは、頭をかいた。

「普段、頭なんてそんな使ってねえからな、オレは。今回のプロ試験も作戦はシルビナに任せきりだった。だけど、今回だけは、オレが立てた作戦で行きたいんだ。ダメか?」

「ううん。いいよ。ヴァンの作戦」

 シルビナは、静かに答える。

「私、ヴァンになら、安心して身を任せられる。そんな気がする」

「けっこーキツイこと言うぞ」

「格上と戦うのにきつくないはずがないでしょう?」

「そりゃそうだ」

 はは、と二人で笑う。声が重なる。

「勝つぜ。オレたちは勝つ。二人の力で」

「ええ、二人の力で」

 寄り添う二人。そんな二人の姿を見ていたのは、にこにこと笑う小さな神と、真っ白な猫だけだった。



◇ ◇ ◇



 そして、とうとうその日がやってきた。

 朝方。会場には、六人の奨励会員が集まっていた。

「ヴァン、今日はお前がゴドウィンさんと試合すんだろ? どうなんだよ」

「勝つって」

「はぁ!? ヴァン・レクサスごときが永世竜王に勝てるはずないでしょう!」

「アリス。自分が負けたからってやつあたりするのはやめようね」

「でもでも、実際、どうやって勝つかなんて、考えもつかないんだけど~?」

「ヴァンが言うからには大丈夫よ」

「……なんかシルビナ、前より頭悪くなってない?」

「そんなことないわ」

 ワイワイガヤガヤと、開戦の時を待つ。と、会場がひときわざわめいた。

 見れば、ゴドウィンの巨体がのしのしとこちらに迫ってきている。

「いよう、ヴァン。いよいよだな。成果は集まったか?」

「もちろん。おっさん、今日は倒すぜ」

「はっ! 面白いぜ、面白いんだよ、お前は! 本当にな!」

 にやりと獰猛な笑みを浮かべるゴドウィン。その背後から、金髪の少女が顔を覗かせる。

「ヴァン、今日はあたしも戦うからね。遠慮しないよ?」

「おう、そのつもりだぜ。それに、こっちにゃ最強のパートナーがいる」

 ヴァンはシルビナの肩を抱くと、ぐっと抱き寄せた。

「おっさん、シルビナ・ノワール。オレのパートナーだ」

「カンナの門下生か。そんなんで勝てるのか?」

「他の誰でも勝てねえよ。シルビナと一緒だから勝てるんだ」

 ヴァンはまっすぐ、ゴドウィンを見上げる。その隣で少女が頬を赤らめているが、気づいてもいない。

「やろうぜ、おっさん! 最高の決闘、見せてやるよ」

 そう言って、ヴァン・レクサスは満面の笑みを浮かべた。


◇ ◇ ◇



 アストラルサイドへ移行する。

 フィールドは荒野。ヴァンの装備はいつもの剣一本と、普段着のジャケット。かたわらに寄り添うシルビナは、胸を覆う鎧に、金属製の具足や手甲を装備した戦士スタイルだ。

 対するゴドウィンは、ヴァンと同じく戦斧一本のシンプルなスタイル。エクレアもまた、ナイフの二刀流に露出の多い服装をした、いつものスタイル。

「なんだよ、結局、お前らもいつも通りじゃねえか」

「いいんだよ、それで」

 奇をてらったところで、格上に勝てるわけではない。付け焼刃が通じないのは、ゼルが教えてくれた。

 勝ちを狙うならば、正攻法。ただし、真正面から戦っても勝ち目はない。だから、ほんの少しだけ――いつもと違うことを混ぜる。

 それが、ヴァンの作戦。

「シルビナ、ヴァンの足を引っ張らないでよ。あたし、遠慮なんてできないから」

「結構よ。かかってきなさい」

 竜王と雷神。まさに双竜戦と呼ぶにふさわしい、頂点のタッグを前に、ヴァンは小さく震えた。

「行くぜ……、シルビナ!」

「ええ!」

 開戦!!

 吼えるヴァンとシルビナは突貫する。同時、エクレアも動く。

「さっせるかあ!!」

 両手のナイフ、狙う先はシルビナ。

 順当に倒しやすい方から倒そうというのだろう。左右から攻め立てるナイフを、シルビナは驚異の動体視力で見切り、受けかわしていく。

 その間にも、ヴァンは全力で疾走していた。ゴドウィンとの間合いを詰め、

「ふッ!」

「はん!」

 戦斧を振り上げたゴドウィン。必殺の一撃を回避し、ヴァンは剣を振るう。

「甘いぜ!」

 当然、弾かれる。

 ゴドウィン・ブルーノのまとう鎧は天性の感覚によるもの。どこから、どのように剣を当てても、必ずや過不足ない障壁でガードしてしまう。その鎧を超えるには、相手の予想を超えるしかない。

 ゴドウィン・ブルーノの才気を、上回るのだ!

「うららららららぁ!!」

 超高速の連続斬撃。

 空を、地を蹴り、ヴァン・レクサスはフィールドを縦横無尽に駆け巡る。目で捉えることさえできない攻撃。それを、ゴドウィンは的確に把握している。

「魔力を見てりゃ、相手の攻撃なんて、どっから来るかすぐわかる。視界にいなくてもな」

 ゴドウィンは冷静だった。ヴァンのスピードは、常人が目で捉えられるものではない。もちろんゴドウィンは常人などではないが、それにしても、いちいちその行く先を目で追いかけるのは得策とは言えない。

 だからこそ、感じるのだ。魔力の流れ、その逐一。空間に漂う魔力をちゃんと見ていれば、その渦、その流れなど、誰にでも見て取れる程度のものだ。

 そんな簡単なことさえできない者ばかりであるという事実に、ゴドウィンは失望したのだから。

「その程度じゃ、竜王様は殺せないぜ」

 剣を斧で弾いたゴドウィンは、地を踏んだヴァンに斬りかかる。

「はッ!」

 斧の軌跡が大地を割り、風が吹き荒れる。飛び散った砂利を浴びながら、それでもヴァンは止まらない。

「おいおい、お前、俺ばかり相手にしていていいのか? 嬢ちゃん、エクレアにやられちまうぜ」

 視界の片隅で捉えるシルビナは、苦悶の表情を浮かべていた。

 ヴァンと同じ超高速機動で走るエクレアを、シルビナの剣では捉えられないのだ。剣を振るった先にはすでにエクレアの姿がなく、距離を置いたり縮めたりを繰り返している。

「大丈夫だ。シルビナは、ちゃんとやってくれる」

「随分と信頼してんだな?」

「決めたからな。信じるって!」

 全力で剣を振り下ろしたヴァンは、ゴドウィンと激突した。次の刹那、その体を蹴って大きく跳躍する。

 視界いっぱいに広がるフィールド。どこまでも続く荒野、そこを駆け巡るエクレアと、狙われた獲物たるシルビナ。

 瞬間、シルビナは下段に構えると、両手で剣を強く握る。警戒したエクレアは距離を開いた。すでに剣の間合いではない――。

「はあッ!!」

 それでも、シルビナは構わず剣を振った。その軌跡が光となり、空間を焼く。

「斬撃を……、飛ばしたッ!?」

 三日月のごとき魔力は斬線そのまま、空間を切り裂いていく。予想外の遠距離攻撃にエクレアは大きく跳躍した。足先を斬撃がかすめる。

「甘いわね、その程度じゃ……、ッ!!」

 斬撃が自分に迫ってくるのを、ヴァンはしっかりと見ていた。

「ナイスだ!!」

 シルビナが込めた魔力、その核を見極め、剣を刺す。

 まとった魔力はヴァン自身の剣を覆い、力を貸す。

「なにッ!?」

「これなら!! どうだよ!!」

 シルビナの魔力を身に受けたヴァンは、全力で走った。

 ゴドウィンといえど、貸与されている魔力は同じ。彼が最強なのは、単にその運用が上手いというだけの話。

 だが、これはアンフェスバエナなのだ。それぞれが魔力を貸与されている。

 つまりは――ゴドウィンが持っている以上の魔力で斬りかかれば!

「斬れねえ道理はねえ!!」

 全力の斬撃。

 ゴドウィンもまた回避はできず、斧でガードする。剣と斧が激突し、火花が散ったのはほんの一瞬。

「でえええあああああああ!!」

 ヴァンの気合が、斧を叩き割り、勢いそのままゴドウィンの体を浅く薙ぐ。

「……っせるかぁ!!」

 吼えるゴドウィン。全身から魔力が放たれる。緊急避難の魔力爆発だ。予想していたヴァンは、そのまま大きく距離を置く。

 そして、背後に剣を振るった。

「なッ!?」

 見えてはいなかった。だが、後ろからエクレアが迫っていたことは、わかっていた。

 魔力が――全てを教えてくれている!

「遅いぜ、エクレア!!」

 剣でナイフを弾いたヴァンは、思い切りエクレアを蹴り抜く。蹴り上げられたエクレアは口端に血をにじませる。そこに追撃。

「ふッ!!」

 フィールドを駆け抜けていたシルビナだ。振り上げた剣をエクレアはナイフでガードするが、空中では踏ん張りがきかない。

「でぇい!!」

 剣を振り抜いたシルビナ。弾かれたエクレアは地面に叩きつけられる。ゴドウィンと違い、高速の魔力移動ができないエクレアは、衝撃をもろに受けた。

「がはッ……!」

 血を吐き、地面に横たわる。息絶えたわけではない。だが、もはや機動はできない。

 そんな中、吼声が響く。

「面白ぇ!! 俺を傷つけた野郎は何年振りだ!?」

 パートナーはやられ、斧は砕かれ、自分自身も血を流し。それでも、ゴドウィンは笑顔を浮かべていた。

 ゴドウィンが空間をつかむと、そこから新たな斧が顕現される。

「来いよ、ヴァン! まだ俺は負けてねえぜ! 俺の攻撃! かわしてみせろよ!!」

 バースト。

 残る魔力を焼き尽くし、ゴドウィンは巨大な戦斧を掲げ上げる。

 バーストした以上、同じ攻撃では倒せない。飛躍的に増した魔力でガードされれば、シルビナの魔力を借りてでさえ、ダメージにはならないだろう。

 かといって、かわし続けるは論外だ。自分と同じく高速機動が可能なゴドウィン。しかも、自分よりも遥かに精密に、遥かに高速で魔力を移動させ、緩急を織り交ぜた的確な攻撃を仕掛けてくるだろう。

 決めるならば、今しかないのだ!

「頼むぜ、シルビナ!」

「ええ!」

 突撃!

 シルビナが前に、ヴァンが後ろに。ゴドウィンは振り上げた斧を肩に担ぎ、突進する。

「ぶち殺すぞ!!」

 両手で斧を握ったゴドウィンは、二人をまとめて断ち切るつもりで、戦斧を振るう。

 相対するのはシルビナ・ノワール。その特技は、全力防御!

「ッ!」

 誰よりも目の良いシルビナには、ゴドウィンの斧も、その軌跡も、しっかりと見えていた。

 斧がスイングされる直前、左手に魔力を集中させる。顕現するは――大盾!

「バーストッ!!」

 全魔力を注ぎ、息を吐きながらゴドウィンの斧を受け止める。一点に集中させた障壁は、盾の硬さと合わせ、一瞬だけ拮抗した。

「甘い!!」

 しかし、ゴドウィン・ブルーノの魔力制御には追いつかない。

 完璧に受けたはずの攻撃、なのに受けきれない。魔力が突破され、盾が砕かれる。勢い、盾を握っていた左腕はありえない方向に曲がった。

 激痛を堪えるシルビナ、しかし、その目はしっかりとパートナーを捉えている。

「ッ!!」

 波状攻撃。

 斧を振り切り、思いのほか硬かったシルビナのガードを砕くのに、ゴドウィンは魔力を斧へと集めてしまった。

 バーストしていたとしても、攻撃しながらガードはできない。魔力は有限だ。

 攻撃していたその瞬間――その一瞬だけが、ゴドウィンを貫く最大のチャンス!

「るあああああああああ!!」

 獣のごとき咆哮をあげ、ヴァン・レクサスは全力で剣を突き出す。

 今度こそ、ヴァンの剣はゴドウィンの背を貫き、胸から剣身が飛び出した。

「がッ……!!」

 大きく眼を見開き、ゴドウィンは笑う。

「面白ぇ。本当に、面白ぇな!! お前らはッ!!」

 吼えながら、ゴドウィンはゆっくりと崩れ落ちる。

「最高だぜ、お前らは……。ああ、お前たちの、勝ちだな!!」

 巨竜は崩れ、地に伏せる。

 大きく息を吐いたヴァンは、ぐっと拳を掲げた。


◇ ◇ ◇



 ヴァンの激戦は、現世でも画面越しに観戦している者が多かった。

「やったぜ! ヴァンの野郎、やりやがった!」

「すっごーい! 大金星よ大金星!」

「……あのゴドウィンに攻撃させたうえ、しっかり決めたわね。アンフェスバエナでも完全にカウンター狙いだった、あの男を」

「アンフェスバエナだからこそだろうね。二人で攻撃すれば彼は倒せる。それをゴドウィンさんも理解していたから、下手に攻撃はできなかった。その前、ヴァンがウエポンブレイクに成功した時点で、流れが傾いていたよ」

 奨励会の仲間たちが見守っている、その目の前で、ヴァンは勝利を収めたのだ。

「つっても実際、あんなのできっか! ムチャクチャだぞ、シルビナの攻撃を受けるなんて!」

「それ以前、ゼルと戦った時も、ヴァンは炎狼の炎を受けていたじゃないか」

「そりゃそうだけどさ……。タイミング間違えば、自分が斬られてたんだぜ? 賭けどころじゃない」

「そのくらいでなければ、あの男は潰せないわ」

「あ、ほら、英雄様の帰還だぜ」

 現世に光が集い、ヴァンとシルビナの姿を形作る。

 戻ったヴァンは、にかっと満面の笑みを浮かべた。

「見たか! オレの勝ちだぜ!」

「見たよバカ! すげえなバカ!」

「なんでバカなんだよ!?」

 ははは、と笑い合う。その中心に、ヴァン・レクサスがいる。

 そんな事実に、かたわらを舞う神は、嬉しそうに微笑んでいた。


◇ ◇ ◇



奨励会員たちが見守る、その後ろ。そこでは、プロ決闘者たちも試合を観戦していた。

「たいしたものだね、彼は……。アンフェスバエナとはいえ、あのゴドウィンを破るなんて」

「素晴らしい才気ですね。しかも彼は、魔力を見ていた。そうでなければ、後ろから仕掛けたエクレアの攻撃をかわすことなど、できなかったでしょう。障壁を大きく展開しても同じことは可能ですが、今度は魔力が足りなくなる」

「あのバカ仕込みというわけか。……なるほどな」

 レリウス、カンナ、ガリア。一級の決闘者たちが、揃ってうなる。

「なるほどね。カンナ門下は安泰というわけだ」

「ふふ、どうでしょうか」

「謙遜はよせ。シルビナという娘もなかなかどうして、悪くない。魔力を見ているわけではないだろうが、とかく視力が尋常じゃない。魔力制御が追いついていないくらいだ。精密なコントロールを覚えたら、あの娘は化けるかもしれん」

「そうだね。ご自慢のアリス嬢を追い越すかな?」

「奨励会最強はうちの娘だ」

「親バカだねぇ……」

「ただの事実だ」

「まあ、否定しがたくはあるけどね。最強というのなら、きっと違う」

 レリウスは画面を見上げ、はっきりと言う。

「現行最強は間違いない。ヴァン・レクサスだよ。もっとも……、彼はすぐ、僕らと並ぶだろうがね」

「恐ろしいライバルの登場、といったところでしょうか?」

「いや。君が、決闘界が変わると言ったのは嘘じゃなさそうだ。彼が決闘者になれば大きく変わる。風が吹くぞ」

 奨励会員たちに囲まれているヴァン・レクサスとシルビナ・ノワール。と、どこからやって来たのか、記者の腕章を巻いた男がヴァンにインタビューを始めた。決闘専門雑誌の記者だ。

「ほら、月刊決闘がすぐ寄ってきた。次は彼の特集だね」

「永世竜王を破った少年、といったところでしょうか。発行部数増ですね」

 そんな輪に、巨体が混ざる。

「ヴァン! テメエ! まあよくやったな! 本当に俺を負かすなんてよ!!」

 ゴドウィンの大声はよく通る。対するヴァンも声を張り上げている。

「うるせえぞおっさん! だから勝つって言っただろ!」

「言っただけでやれんなら苦労なんざねえ! お前は自分の大言を現実にした! 決闘者ってのはそうでなくちゃいけねえ!!」

 と、ヴァンを抱えたゴドウィンは、自分の肩に担ぎ上げる。

「お、おい、おっさん!?」

「おら、テメエら! 見ろ! こいつがヴァン・レクサスだ! この永世竜王ゴドウィン・ブルーノを倒した、本物の竜殺しだぞ!!」

 ゴドウィンの大声に、周囲もざわめきだす。自分たちの決闘を終えて現世に帰還した受験者たちが騒ぎ出したのだ。

「まったく、あの男は……。ろくなことをせん」

「ふふ、ですが、事実です。それに、あんな熱い決闘を見せられては……、私も体がうずいてしまいます。レリウス、相手をしてくれませんか?」

「ああ、いいよ。僕も体を動かしたくなっていたところだ。ついでに、ガリアもどうだい? バトルロイヤルルールで」

「……いいだろう。本物を見せてやる」

「誰にさ」

 決闘者たちの姿がアストラルサイドへと消える。たぎる決闘を見たせいで、自分の中に宿る炎が消せないらしい。


 その日。ヴァン・レクサスによるゴドウィン・ブルーノ撃破の情報は、決闘界を駆け巡った。


◇ ◇ ◇



 奨励会館の受付。

 朝も早い時間から、ミーナ・ヴェルデは机に突っ伏していた。

「ううあぁぁぁぁ……」

 地獄から響く怨嗟の声に、かたわらに舞う鳥のような妖精も嘆息する。

 と、そんな悪鬼羅刹の鎮座する場所に、一人の少年が訪れた。

「おーっす……、って、どうしたミーナ」

 ヴァン・レクサスだ。入って来たとたん、目を丸くしている。

「あー、ヴァン君……。おはよう」

「おはよう。で、どうしたんだ?」

「どうもこうもないわよぉ。私、昨日、休みだったんだけどね? 友達の……、結婚式だったの。同い年の子」

「あー」

 なんとなく理由はわかったが、逃げるわけにもいかず、ヴァンは愚痴を聞かされる。

「そりゃもうダンナと熱愛でね? 結婚式の最中もいちゃいちゃいちゃいちゃ……。あげくの果てになんて言ったと思う? ミーナはいつ結婚するの、って。早く結婚しないとヤバい年齢じゃない? って」

 ガン、と机を叩き、ミーナは吼える。

「そりゃ私だって結婚したいよー! 素敵な旦那様に愛してるとかささやかれたいし! でも相手がいないんだもんしょうがないでしょ!?」

「お、おう」

 ヴァンの後ろでは、アルウェズがぷるぷる震えて怯えている。が、ミーナはもちろん気づかない。

「だいたいこの仕事してて結婚なんかできるわけないでしょ!? そりゃ仕事に不満あるわけじゃないけどー! でも出会いだってないのよー!」

「そ、そうか」

 ふと、ミーナの目がヴァンを捉える。

「……そういえばヴァン君、この間、ゴドウィンさんに勝ったのよね。永世竜王の」

「あ? あ、ああ。タッグだったけどな」

「でも、将来超有望よね? 決闘者としては」

「そうなのか?」

「そうよね? もうヴァン君でもいっかなぁ。年下でも私いけちゃうよ?」

「は?」

 後ずさるヴァンに、カウンター越しに詰め寄るミーナ。

「ねえねえ、年上のお姉さんとかどう? 自分で言うのもなんだけど、私、スタイルだって悪くないのよ。気を使ってるし」

「そ、そうか。けど、オレは……」

「まあそう言わず!」

「ミーナさん?」

 絶対零度の声音。思わずミーナの動きが止まる。振り向けば、いつの間に入ってきたのか、シルビナの姿があった。

「ヴァンに、何か、ご用ですか?」

「ナンデモアリマセン」

 反射的に首を振っていた。振らなければ殺されていた。

 深く深く嘆息したのは、ヴァンとミーナ、双方だった。もっとも、意味合いは大きく違うだろうが。

 ふと、ミーナは改めてシルビナを見た。

「……シルビナちゃん、スカートなんて初めてね?」

「うぇっ!?」

 シルビナの頬が赤くなる。そう、今日のシルビナは、かなり珍しい格好をしていた。

 フリルで装飾されたブラウスに、膝丈よりも短いスカート。普段は男子と変わらぬズボン姿だっただけに、とても新鮮な格好だ。

「なになに、どうしたの? 何かあった?」

「何か、ってわけじゃないけど……。この服、この間、プリムたちと買いに行ったんです」

「ほうほう、それで?」

「で、たまたま昨日、ヴァンにこの服を見られて……。それで、その、可愛いんじゃねえか、って」

 次の瞬間。ミーナはバン、と机を叩いていた。

「シルビナちゃん!! 大事にしなさいよ!!」

「え? は、はい」

「決闘なんてやってるとねぇ、本当に結婚しない人とかいるんだから! 男運とかそういう次元じゃないの、とにかく出会いないの! わかる!?」

「えっと、その、まだ結婚とか早いし」

「そんな甘っちょろいこと言ってちゃダメ!! つかまえた男は離しちゃダメなの!!」

「は、はい、わかりました」

 思わず頷いたシルビナ。反射だった。

「おい、外まで聞こえてんぞ」

「ミーナさん必死~」

「騒がしいわね……」

「ははは……」

 ゼル、プリム、アリス、ライゼル。奨励会でもヴァンと仲の良い面々だ。

「ほら、これで揃ったんだろ? じゃあ行くか?」

「ん? みんな、今日はどっか行くの?」

 ミーナが小首をかしげると、代表してゼルが答える。

「おう、三人がプロ試験に受かったお祝い」

「あたしだって惜しかったのに~。ゼルが頼りないからだよ」

「うっせ。アンフェスバエナとはいえ、実績重視だったんだから、結局はお前のせいだっての」

 やいやい喧嘩するゼルとプリム。その横で、アリスは兄弟子を見上げる。

「ライゼル。本当によかったの?」

「どうしたんだい、今さら」

「今ならまだ間に合うんじゃないの、って言っているのよ」

 アリスの言葉に、ライゼルは首を横に振った。

「いいのさ。僕は、プロには向いていないと思う」

「あなたほど面倒見のいい男もいないわよ」

「それはどうも。だからこそ、連盟の方が性分に合っていると思うんだ」

 今年のプロ試験。結果的に、合格者は三人だけだった。

 ゴドウィン・ブルーノとエクレア・フレイガンのペアを倒すことに成功した、ヴァン・レクサスとシルビナ・ノワール。そして、ゴドウィン戦以外は無敗を通した、アリス・ラフィーネ・ヴァイスラント。

 資格としてはライゼルも持っていたが、彼は自ら辞退し、決闘連盟に出願した。本人が言うには、プロ試験を受ける前から、合格しても辞退しようと決めていたらしい。有資格者の辞退は初めての事態とのことで、連盟側でも対応を検討中だが、おそらくは望み通りになるだろうとのこと。

 今日は、そんな合格者三人のお祝いをする日なのだ。

「じゃあ、行くか!」

 ゼルを先頭に、六人はめいめい会館を出ていく。残ったミーナは、

「いいなぁ、青春って。羨ましい……」

 机に突っ伏しながら嘆息していた。


◇ ◇ ◇



 祝賀会の会場となる喫茶店に到着すると、先客がいた。

「……なんで、あなたが、ここにいるの」

「やだぁ、シルビナこわーい」

 くすくすっ、と笑ったエクレア・フレイガンは、長い金髪をさらりと払う。

 いつぞやの親睦会を開いた喫茶店。今日は貸し切りとなっており、奥のテーブルには、エクレアの他に、師匠であるガリアやレリウス、そして何故かゴドウィン・ブルーノの姿もあった。

「いいじゃない。あたしもヴァンがプロになったのをお祝いしたいし」

「ちなみに場所は私が案内しました」

「先生まで……」

 不満そうに声を漏らすシルビナだったが、全盲の決闘者はまったく屈しない。

「やはり人数は多い方が楽しいでしょうし、シルビナも、エクレアに聞きたいことが多分にあるでしょう?」

「ありません」

「あたし、ヴァンが子供の頃の話とか知ってるけど」

「……」

「はい決定。問題なしなし。ほら、みんな座って」

 それぞれ、適当な席に座っていく。ちゃっかりレリウスの隣をキープしたプリムが、みんなにお茶を注いでまわる。

「よーし、じゃあ、今日は三人の祝いだったな?」

「ゴドウィン。何故、貴様が音頭を取る」

「まあまあ、ガリア。そう怒らず」

「そうですよ。彼もヴァンの師匠のようなものです。間違ってはいません」

「そういうこった。どうだよ、ガリア。ヴァンは面白いだろ?」

「そうだな、貴様を倒したことは最高に楽しませてもらったが」

「テメエは素直じゃねえな」

 はっは、と笑ったゴドウィンは、ヴァンを見やる。

「成長したな、ヴァン。技も、心も」

「そおか?」

「ああ。やっぱ、お前を都市に行かせて正解だったぜ。これからは、お前もカンナやガリアと同じ、プロの決闘者だ。段位やタイトルはあれど、プロとしては同じ。お前はこいつらに遠慮する必要はねえ」

「そういう貴様はアマチュアだろうが」

「関係ねえな。俺はプロより強ぇ」

 胸を張ったゴドウィンは、続ける。

「とにかく。これからは、お前もプロの一人として、決闘界をけん引する立場になる。風はお前が作るんだ」

「風、ね」

「そうだ。お前は、どうしたい?」

 問われたヴァンは、シルビナと顔を見合わせ、小さく笑い合う。

「そんなの、決まってるよな」

「ええ」

 ゴドウィンを、そして皆を見渡したヴァンは、はっきりと告げる。

「オレは、アルウェズの使徒だ。みんながアルウェズの信者になりたくなるくらい、強くなってみせるぜ!!」

 最強になると誓った。

 その夢は、まだ達成されていない。

「私も負けないわよ」

「僕は応援するよ」

「自分の神様のためにって、健気よねー」

「ま、どうせ決闘しかねえんだしな。決闘するなら、勝たなきゃな?」

「はいはい、あたしも奨励会入るから! で、すぐプロになって、ヴァンと決闘するの」

 競い合う仲間。

「これからはライバルですね」

「これは強敵だ」

「ふん。子供に負けるほど落ちぶれてはおらん」

 立ちはだかる壁。

「……ヴァン。一緒に、強くなろう」

 そして、共に歩むパートナー。

 自分は、恵まれている

 ヴァンは、自分の肩に乗る神を見やる。

「なあ、アルウェズ。これからもよろしくな」

 小さな神は、蝶のような羽をぱたぱたさせながら、嬉しそうに頷いた。



 ヴァン・レクサスの戦いは、ここから始まる。


この小説のアフターエピソードは、ホームページ「焔色の夕凪」にて掲載しております。

ヴァン・レクサス以外を主人公とした4編です。

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