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幾度死んでも叶えたい夢  作者: 焔嵐
11/12

エピソード10:夢の登竜門

 奨励会館の事務スペース。

 奥には応接用のソファなども置かれている。とはいえ普段はミーナ一人の事務所だけに、応接スペースなど使うこともない。

 もともと、奨励会は全国決闘連盟の下部組織だ。奨励会専属はミーナ一人、他の面々は全決連との兼務。全国決闘連盟の事務所は別にある。

 そんな、とかく使用頻度の少ない応接スペースに、珍しく人がいた。

「もう2週間後には今年のプロ試験か。早いものだね」

 そう言いながら紅茶をすするのはレリウス・クライムエッジ。現王座のプロ決闘者だ。

「プロ試験、か」

 応じたのは四角い顔に深いしわを刻んだ壮年の男性。ガリア・ヴァイスラント。現名人のプロ決闘者で――アリスの父であり、ライゼルの師匠でもある。

「どうですか、あなたのところは」

 問いかけたのは、ガリアの隣に座る女性。カンナ・ヴィオレッテである。彼女は他の二人と違ってタイトルホルダーというわけではないが、現在、最もタイトルに近いと言われている決闘者だ。

「……アリスはプロになる。ライゼルも、とりあえずは奨励会枠を取ったのだろう」

「ギリギリでしたけれど。さしあたって、アドバンテージはあるでしょうね」

「今年はガリア門下で二人、か。やっぱり君のところは優秀だね」

「何を言う。私の門下にプロはいない。お前のところと違ってな」

「それはライゼルと娘さんしか門下にしていないからだろう。数がいれば、その中でプロになる者も出てくるさ」

「どうだかな」

 レリウスと同じように紅茶をすすったガリアは、隣に座る盲目の女を見る。

「カンナ。お前のところも新しく門下が増えたと聞いたが。試験はどうするのだ」

「受けますよ。強い決闘者と会えると、楽しみにしているようです。それに……、面白いですよ、ヴァンは。彼がプロになれば、決闘界が変わるかもしれません。彼は常識にとらわれない」

「常識にとらわれない、ね」

 ガリアは眉をひそめる。

「そう嫌そうな顔をするなよ、ガリア。君は保守的すぎるんだ」

「伝統と格式は大切なものだ。むやみに踏みにじるものでもない」

「まったく、堅物だね。君は。……それにしても、今年のレギュレーション、遅いね」

「ふむ、そうだな」

 ガリアは深く頷く。

 プロ試験の大枠は毎年、変わることがない。最初に一般リーグを執り行い、その中で勝ち抜いた者が上位リーグへと進める。

 決勝リーグでは8人が総当たり戦を争い、その中で上位3人がプロとなる。

 だが、毎年、変更される部分もある。それがステージだ。

 奨励会ではスタンダードルール――荒野での決闘が主で、障害物や利用できるものがない、本人の実力を試すステージで戦う。

 一方でプロ試験はそのルールが毎年変更され、障害物の多い森林や人工の建物群、足場の悪い砂地や氷原などといった場所で戦う。それは、常に判で押したような人間ばかりを集めず、様々な人材を発掘しようという決闘連盟の意図による。

 そのため、厳密には毎年のプロ試験も同じものではない。合格者や日程が変わることはないが、その年によって内容は変化しているのだ。

 その年のレギュレーションは決闘連盟の理事会で決定される。レリウスやガリアがいくら上位決闘者とはいっても、彼らはあくまで決闘者。ルールを策定する側にはいない。

「いやあ、僕が受けた年は山岳ステージでね。おかげで助かった側面もある」

「鎖使いならばそうだろうさ。もっとも、どのようなステージでも戦えてこその決闘者だ」

「どうでしょうか。奨励会での訓練だけでは、地力はつきますが、そのようなところは弱くなりがちです」

「足場が悪かろうが周囲にブッシュがあろうが、それらを活用できてこそだろう」

「君はいつも活用しないで力技じゃないか」

「ガリアさんは頭が固いですからね」

「……」

 三人もの上位決闘者が、奨励会館でお茶など飲んでいる理由。

 それは、ここが最も早く、今年のレギュレーションを知ることができる場所だからだ。

 そうして待っていると、会館の扉が開く。最初に反応したのは受付に座っていたミーナだ。

「いらっしゃいませ」

 自然、ガリアとレリウスの視線は入口に向かう。入ってきたのは、大柄な男だった。

 背丈は扉の上端にこするほど高く、筋骨隆々とした胸板はとにかく厚い。その腕は常人の倍ほどもある。

「あ、あの……?」

 ミーナなどはその外観だけですでにビビっているが、レリウスとガリアは、別の意味で驚いていた。

「ゴ、ゴドウィン?」

「よお、レリウスにガリア、それにカンナの嬢ちゃんか。揃いも揃って、暇なのか?」

 受付カウンターに肘を乗せ、男は事務スペースを見渡す。そんな男に、ガリアは鋭い眼差しを返す。

「ゴドウィン、貴様……! 何をしに来た」

「何しに来たってのはひでえな、おい。10年ぶりの再会だってのに。懐かしい友人に会えて嬉しいだろ?」

「誰が、貴様の、友人だ!」

 立ち上がったガリアは、つかつかと男――ゴドウィンに詰め寄る。

「帰れ。貴様がいると碌なことがない」

「そう邪険にすんなって」

「黙れ! 貴様のような男がいれば、奨励会員たちに悪影響だ」

「んだよ、つれねえな。俺が何をしたってんだ」

「遅刻するわ備品を壊すわ! 伝統ある竜王戦に半裸で現れた馬鹿など貴様だけだ!!」

「ああ、あの日は暑くてな。水浴びしてから行った」

「そんなこと聞いてない!!」

「まあまあ、ガリア。そんなに怒るな」

 猛るガリアの肩を抱き、レリウスはゴドウィンを見上げる。

「それにしても、永世竜王がいきなりなんだい」

「おう、それだ。今年もそろそろプロ試験だろ? だから、面白いことしてやろうと思ってな」

 ゴドウィンはポケットからくしゃくしゃになった紙切れを取り出すと、それを机の上に置く。

「これが今年のレギュレーションだ」

 五人の理事、全員の署名と共に記された、今年のレギュレーション。

 それは――。

「双竜戦!?」

「なんだと!?」

 ガリアは食い入るように書面を見渡す。

 そこに記されている文字は、間違いない。アンフェスバエナだ。

「あの、アンフェスバエナって何ですか?」

 ルールがよくわかっていないミーナが、かたわらに立っていたカンナに問いかける。

「双竜戦。二人一組で戦う、タッグ式の決闘です」

「ふ、二人一組? でも、そうなるとプロ試験って……、どうなるんですか?」

「なっ、面白ぇだろ?」

「……面白いだろ、じゃない!! 何を考えているんだ貴様、伝統あるプロ試験をなんだと思っている!!」

 つかみかかりかねないガリアだったが、上背はゴドウィンの方が大きい。巨大な手でガリアを抑えつつ、

「いやあ、本当はよ、アンフェスバエナでタイトルリーグやりてえなって思ったんだが、時期的にプロ試験が被るって言われてな。だからプロ試験をアンフェスバエナにしてやった。ついでに今年は初めてのオープン戦だ。年齢制限もない」

「年齢制限なし!?」

「もちろん、年齢オーバーの奴は、参加できるだけでプロにゃしない。そこまで遊びはしないさ。その代わりオープンだから、お前らが弟子と組んで試合に出てもいいぜ? プロにするかどうかは、試合の勝敗ではなく内容で決定する。人数に上限は作らねえ。才能があると思った奴はプロにするし、ねえと思った奴は鍛え直させる」

 わなわなと震えるガリアの隣で、レリウスも厳しい表情だ。

「ゴドウィン……。君が昔から規格外だったのは知っていたつもりだけど、やってくれたね。どうやって理事たちを説得したんだい」

「人間同士だ、話せばわかんだろ」

 答えたゴドウィンは、その場にいる面々を見渡す。

「とにかく、このレギュレーションは理事会で承認された、本物のルールだ。今さら変わりゃしねえ。ま、たまにゃこんな年があってもいいんじゃねえか? はっはっは!」

 豪快に笑うゴドウィンを前に、現役一流の決闘者たちですら、あっけにとられていた。


◇ ◇ ◇



「双竜戦……」

 師からレギュレーションを聞いたシルビナは、表情を険しくした。

 カンナの自宅、台所。三人で囲む食卓の席だったが、互いの表情はかんばしくない。

「まさか、今年のプロ試験前に彼が来るとは予想外でした。いえ、彼が予想通りのことをしたためしがありませんが」

 さしものカンナも困惑した表情。ヴァンはそんな二人を等分に見やり、

「なあ、双竜戦ってどんなのだ?」

「二人一組で行う決闘よ。勝敗は、自軍の者が生き残っているかどうかで判断する。極論、自分が負けても、相方が二人倒せば、勝敗では勝ちとなるわ」

「ああ、なるほど……」

「ブッシュネルなんかは想定していたけれど、まさかプロ試験でアンフェスバエナなんて。きっと今年の受験者は大混乱よ」

「一応、特例措置として、試験開始は1週間延期となりました。その間にタッグパートナーを見つけなければいけません。また、タッグ相手は受験者でなくてもよいとされています。シルビナ、ヴァン。ゼルと相談し、パートナーを探さなければいけません」

 ヴァンとシルビナは互いに顔を見合わせ、

「ヴァン、いい?」

「シルビナがよきゃ」

 それだけで互いに通じ合う。頷き合い、二人はカンナを見やった。

「私たちでタッグを組みます」

「……よいのですか? 今年の試験は内容で判断されますが、勝ち続ければ、アピールになるでしょう。勝った方が絶対的に有利。そして、パートナーは受験者でなくても……、つまるところ、私でもいいのですよ」

「確かに、先生と一緒ならば、勝率は上がるかもしれません。でも、私は、ヴァンと出たいんです」

「オレも、カンナと一緒より、シルビナと一緒の方が安心できるしな」

「……二人がそう言うのであれば」

 カンナは小さく頷く。

「ゼルの意向も聞いておきますが、一応、あなたがたは二人で出場という形で登録しておきましょう」

「お願いします」

 頭を下げるヴァンとシルビナ。そして、二人は視線をかわす。

「よろしくな、シルビナ」

「こちらこそ」

 がっちりと握手を交わす。

 ヴァン・レクサス。シルビナ・ノワール。結成。


◇ ◇ ◇



 ガリア邸。

 一人娘であるアリスと、ガリア門下生・ライゼルは、応接室で今年のレギュレーションが記載された紙を前にしていた。

「どうする、お前たち」

 ガリア・ヴァイスラントは二人を見下ろす。ソファに座った二人は互いに顔を見合わせた。

 先に口を開いたのは、アリス。

「ライゼル。私のパートナー、やりなさい」

「僕でいいのかい?」

「実力も能力も知らない雑多なプロをパートナーにするくらいなら、慣れているあなたのほうがいいわ。お父様はタイトルリーグもあってお忙しいでしょうし」

「……単に知らない人とコミュニケーションを取る自信がないだけじゃ」

 パン、と頭をはたかれるライゼル。アリスは父を見上げ、

「そういうことで、私はライゼルをパートナーとして出場するわ」

「よいのか。このような奇怪な形で。特にライゼル。お前は……」

「わかっています、先生」

 ガリアを見上げ、ライゼルは言う。

「僕が毎年、試験に失敗していたのは……、ここぞというところで、覚悟が足らなかったように思います。ですが、今年はアンフェスバエナ。僕の覚悟は、アリスが補ってくれる。むしろ、こんな形の方が、僕には合っているかもしれません」

「なるほどな」

 ガリアは小さく頷き、

「ゴドウィンの馬鹿が現れた時には憤慨したものだが、結果は結果だ。変わるわけでもない。それならば、お前たち二人で、プロの資格を勝ち取ってくるといい」

「任せて」

「はい、やってきます」

 アリス・ラフィーネ・ヴァイスラント。ライゼル・アズール。結成。


◇ ◇ ◇



 奨励会館でも、今年のレギュレーションが発表された直後から、それはもう大騒ぎだった。

 奨励会員たちは、みなプロを目指す者ばかりだ。当然、全員がプロ試験を受験する。だが、アンフェスバエナとなれば別。師匠と組む者、同門の仲間と組む者など様々だ。

「大騒ぎだな、本当に」

 そんな様子を眺め、ゼル・ロッシェは言う。

「なになに? よゆーじゃない。もうパートナー決めたの?」

 そんなゼルの肩に顔を乗せ、プリムは言う。

「離れろ。別に決めちゃいねえけどな。でも、師匠と出ようとは思わねえなぁ、俺は」

「え、なんで? ゼル、カンナさんが憧れなんでしょ?」

「バ、バカ。そういう問題じゃねえって。……師匠と一緒じゃ、俺はどうしたって師匠に甘えちまうだろうからな。今年のプロ試験は内容次第、つまりは決闘の中で、ちゃんとプロらしい活躍ができなきゃダメってことだろ? 俺、師匠と一緒に出場して、そんな風に戦える自信ねえもん」

「あー、それはあたしもそうかも。レリウス先生と一緒に出るとかむ~り~! でもバッと守られたりしたら、キャー!」

「一人でうるせえ」

「もう、つれないわねぇ。同じ奨励会員同士、仲良くしようよ~」

「奨励会で仲良くする奴なんて、そんないねえだろ」

「だからこそじゃん」

 奨励会は、プロ決闘者の卵たちが集う。

 今年は違うが、例年、プロになれる者は人数が限られる。そうでなくても、プロになれば、互いがライバル。相手に勝てば賞金を手にし、負ければ生活がままならなくなる。

 だからこそ、決闘者同士、仲よしこよしというわけにはいかない。互いが練磨するライバルでありながら、互いが自分の生活を脅かす敵。そういう意味で、今年のアンフェスバエナというレギュレーションは、実に奇怪なものだ。

「……ねえ、ゼル。ゼルはカンナさんと一緒には出ないのよね?」

「あ? ああ」

「じゃあさ、あたしと出ない?」

「えぇ……。プリムとぉ?」

「なによその正直すぎる反応」

「だってお前、弱いじゃん」

「あー! 言ったなー! 言っちゃいけないこと言ったなー! だいたいゼルだって勝率そんなに良くないじゃん! すぐバーストして魔力切れ起こすし!」

「う、うっせ! うっせ!」

 互いの顔を見たゼルとプリムは、どちらからともなく笑い出す。

「わかった、お前くらいが緊張しなくてちょうどいいかもしれねえな」

「そうそう。仲良くできる人がやっぱり一番でしょ?」

「ま、そうだな。じゃ、よろしく頼む」

「りょーかいっ」

 笑うプリムに、ゼルも笑い返す。

 ゼル・ロッシェ。プリム・ローゼン。結成。


◇ ◇ ◇



 セントリオール駅。

 列車が来るのを待っていた一人の少女。その前に、巨漢が立ちふさがる。

「……何? 都市に来てたわけ?」

「おう、面白いことをしに、な」

「あんたの面白いはまったく参考にならないけど。今度は何をやらかすつもり?」

 半目で男を見上げる少女。巨漢は、快活に笑って返す。

「プロ試験をアンフェスバエナにしてやった」

「正気?」

「いつだって正気だぜ」

「わかった、正気でバカなのね」

「はん。なんとでも言え。それより、お前、俺のパートナーになれ」

「なんであたしが? あたしはプロになんかなりたくない」

「プロになんざならなくてもいい。ただ、もうひとつ、遊びてえんだよ」

「自分で?」

「そうさ」

 にやりと笑う男。そんな男を見て、少女は嘆息する。

「……いいわ、あんたの遊び、付き合ってあげる。どうせ、ヴァンのことなんでしょう?」

「おう、わかってるじゃねえか」

「あんたがプロ試験で遊ぶなんて、それくらいしか思いつかないもの。それに、ヴァンのことになると、やっぱり見過ごせないし」

「フラれたんじゃねえのか、お前」

「るっさい! ぶち殺すわよ!」

「はっはっは、それは異空間でな!」

 顔を赤くした少女は、男をにらむ。

「ったく。本当に、あんたの考えってのはよくわからないわ。ゴドウィン」

 名を呼ばれた巨漢――ゴドウィン・ブルーノは平然と笑う。

「俺はいつだって、決闘界のことを考えてるぜ」

「どうだか」

 あきれた調子で、少女――エクレア・フレイガンは肩をすくめた。


◇ ◇ ◇



 月日は矢のように過ぎ去る。

 そうして迎えた、プロ試験本番。会場は、奨励会館からも程近い、民営のイベント会場を貸し切ることになった。

 今年の受験者は47名。レギュレーションがアンフェスバエナとなった以上、例年通りのルールとはいかなくなり、試合の組み方も大幅に変更されることになった。

試合に参加するのは全30組。試合形式は例年通りのリーグ戦。勝てばその組はポイントを入手する形式となり、特に相手を倒したプレイヤーは大きな得点を得ることになった。もちろん試合内容も考慮され、パートナーをサポートしたり、単独で相手に大きなダメージを与えるだけでもポイントは手にできる。プロと組んだ者は、プロに任せきりにしたり、プロのサポート頼りで戦えば、ポイントを手にできない仕組みだ。

参加者が集まったイベント会場で、奨励会員たちは小さな輪となっていた。

「ひゃあ、これ全員、決闘者なんだよな! そうだよな!」

「ヴァン。落ち着いて。どうせ全員と当たるのだから」

「ヴァンが落ち着きねえのはいつものことだろ」

「それがヴァンのいいとこよね~」

「ちょっとライゼル。顔がこわばってるわよ。緊張しているの?」

「……君たちのリラックス具合がむしろ不思議だよ」

 6人の奨励会員たちは、試合開始の時を今か今かと待ちわびる。いくらかの緊張も見て取れるが、極端に恐れている者はいない。みな、程よい緊張に包まれているのだ。

 そうこうしているうちに、壇上に壮年の男性が現れた。決闘連盟のグレアムだ。マイクを手に、壇上から皆を見渡す。

「あ、あ。さて、みなさん、おはようございます。今日からプロ試験が始まります。一度の勝利、一度の敗北がすぐさまプロの切符に繋がるわけではありません。勝っても慢心せず、負けても諦めず、確実に一勝を目指すようにしましょう」

 あたりさわりのない挨拶。と、そんな壇上に、どかどかと一人の男が乱入する。

 その顔を見て、ヴァンは目を見開いた。

「あー! おっさん!?」

「おっさん……?」

 隣でシルビナが首をかしげる中、壇上の男は構わずグレアムのところまで歩み寄る。

「おう、ちょっとマイク貸してくれ」

「わ、ちょっと!?」

 グレアムからマイクをむしり取り、男は全員を睥睨する。

「よう、俺はゴドウィン・ブルーノ! ここじゃ永世竜王って言った方がわかりやすいかもしれねえな! 今年の試験は俺がルールを決めた! 文句がある奴は俺をぶちのめして、来年からテメエでルールを作るといいぜ! ま、俺は負けねえけどな!!」

 はっは、と快活に笑ったゴドウィンは、続けて、ヴァンの方を見た。

「いよう、ヴァン。久しぶりだな! どうだ、都市は。楽しいか!?」

「おう、楽しいけどよ! おっさん、師匠とかが必要ならそう言えよ! いきなり列車に乗せやがって!」

「ははは、いいじゃねえか! お前は決闘だけありゃいいんだろ! 決闘で会話する、それが決闘者ってもんだ!!」

 ゴドウィンは自分を親指で差し、

「ヴァン、俺に勝ってみせな! お前が都市で勝ち取ってきたもん、全部、俺に見せてみろ!!」

「ああ、やってやらあ!!」

 叫ぶゴドウィンに、吼え返すヴァン。

 二人の間では火花が散っていた。


◇ ◇ ◇



 ヴァンたちが試合開始までの時間を過ごしていると、慌てた様子で二人の男女が走って来た。

「お、カンナにレリウス。そんな慌ててどうしたんだ?」

 迎えたヴァンはいつもの調子だったが、二人はそうではなかった。

「ヴァン、あなた、ゴドウィンと知り合いだったのですか?」

 レリウスに手を引かれたカンナは、自分の弟子に問いかける。ヴァンは小首をかしげ、

「ああ、おっさん? 田舎で決闘を教えてくれたのがおっさんだけど」

「い、田舎で……、決闘?」

「そういうことだったのか。君の決闘スタイルは、ゴドウィンの……」

 うなるレリウスと、あきれるカンナ。そんな二人に、奨励会員たちも当惑する。

「あの、彼はどなたですか?」

「どなた!? ……ああ、そっか、君たちは知らないのか。確かに、もう20年近くも前だからね」

「20年前?」

 レリウスは頷き、

「彼はゴドウィン・ブルーノ。永世竜王だ」

「永世竜王ってなんだ?」

「竜王はタイトルのひとつでね。永世竜王というのは、タイトル防衛線を3度勝ち抜いたという意味だ」

「永世タイトルホルダー……。それなのに、20年も都市を離れていたんですか?」

 シルビナの問いに、カンナが答える。

「彼は永世タイトルがかかった防衛線に勝利し、直後、都市から姿を消しました。以来、誰も行方を知りませんでした」

「姿を消したって……。それじゃあ、公式手合はどうなるんですか」

「公式手合に出る必要はありません。何故なら、彼はプロではないからです」

 皆が目を丸くする。そんな面々に、レリウスは言う。

「竜王戦は、七大タイトルの中で唯一、アマチュアが参戦できるタイトルだ。とはいえ、普通、プロでもない決闘者がタイトルを手にすることはない。そんな中で、初めてのアマチュア永世竜王となったのが……、ゴドウィンという男だ」

「ふらりと現れ、竜王リーグに参戦。プロですらないのに次々とライバルを撃破し、当時の竜王を破った時は、一般の新聞にすら名前が出たほどです」

「昔から破天荒な人でね。竜王リーグも遅刻したり、道場で昼寝をしたり、とにかく自由すぎる人だった。まさか、そんな人が、今さら都市に来るなんて……。誰も思っていなかったんだが」

 驚きに目を見張っていたプロ決闘者たちは、ヴァンを見据える。

「まさか、あのゴドウィンが弟子を作っていたなんて。強いわけだ」

「同時、ヴァンの破天荒ぶりも納得できます。彼の指導では、まともな常識は身につかないことでしょう」

「……なんかオレ、悪口を言われてる?」

「ただの事実確認よ」

 小声で言うヴァンに、同じく小声で返すシルビナ。

「いけない、時間だ。……と、とにかく。プロ試験は予定通りに行われる。みんな、悔いのないように」

「はい!!」

 レリウスの言葉に、ある者は頷き、ある者は元気に返す。

 プロ試験が始まる。


◇ ◇ ◇



 荒野の中で、ヴァン・レクサスは大きく息を吸った。

「ぶっはー、やっぱこっちの方が落ち着くな」

「そうね」

 ヴァンの隣で、シルビナも頷く。

 アストラルサイド。二人の装備は、いつもと同じ。ヴァンは剣のみ、シルビナは片刃の剣とブレストアーマー。気負いはない。気負う必要もない。

「お前たちが初戦か。ツイてんだかツイてないんだか」

「よろしく~」

 対戦相手もまた、フィールドに入ってくる。

 ハチガネを巻いた烈火のごとき少年――ゼル・ロッシェ。

 キュートなドレスに身を包んだ少女――プリム・ローゼン。

 四人が暴れまわることを考慮し、フィールドはいつもより広め。遠慮なく暴れられる。

「ヴァン」

 小声で呼ばれ、ヴァンはそっとシルビナに顔を寄せる。

「ゼルはガチガチの前衛タイプ、プリムはテクニカルな後衛タイプ。おそらくだけど、ゼルが前衛でプリムを守り、代わりにプリムが大技を決めてくるはず」

「オレたちは揃って前衛タイプだからな。突っ込むしかねえ」

「そうなるわ。まずは、私がゼルを押さえる。ヴァンは速攻でプリムに斬りかかって、動きを止めて」

「りょーおかい」

 作戦が決したところで、四人は対峙した。

「準備はいいか?」

「いつでも」

 ゼルの問いかけに、ヴァンは頷く。

「じゃあ……、行くぜッ!!」

 決闘開始!!

 同時、ゼルは大きく跳びすさる。追いかけようとしたシルビナは、目の前に光を感知し、剣を振るった。

「ッ!?」

「ざーんねん! そうはさせない!!」

 プリムが――前に出ている!

「前後チェンジ!?」

 ゼルがサポートに、プリムがアタッカーに!

 想定していない布陣に、思わずシルビナは二の足を踏む。その隙に、前線から大きく距離を空けたゼルは、拳を掲げた。

「サモンウルフ!!」

 呼び出されたのは炎の狼。その数3体。

「ヴァンを止めろ!!」

 ゼルの指示に従い、群狼はヴァンに襲いかかる。

「うおお!?」

 スピード型のヴァンは群狼の攻撃もなんとか回避するが、とかく数で負ける以上、厳しい。しかも狼たちは火炎弾を吐き、ヴァンを追い詰めていく。

「ヴァン!」

「おーっと、よそ見していていいわけ?」

 ヴァンに気を取られたシルビナ。その懐に、プリムが飛び込んでいる。

「ショットッ!!」

「ッ!!」

 いつもの華美は投げ捨てた、実用性重視の魔力性散弾。それをゼロ距離で撃ち込まれ、シルビナはもんどりうって倒れる。

「シルビナッ!」

「ほら、お前も人をかばう暇なんかねえぞ!!」

 ゼルの指示を受け、狼たちは揃って火炎を吐き出した。真っ赤に燃える火炎弾を前に、ヴァンの瞳がかえって落ち着いていく。

「流れを……、つかんで」

 ひとつをかわし、ふたつをかわし、しかしかわせぬ三発目。

 その中心に燃える魔力を見据え、ヴァンは表面をなでるように剣を振るう。

 炎は剣に巻き取られ、その方向を変える。

「な、にッ!?」

「喰らえよッ!!」

 相手の炎を奪ったヴァンは、そのままサモンモンスターにぶつけ返した。もちろん炎狼が炎でダメージを喰らうことなどないが、術者の動揺はそのままサモンモンスターまで伝わり、動きを乱す。その隙に、

「でえい!!」

 神速の抜剣。二匹の狼を斬り捨て、ヴァンはそのままゼルに向かって突撃する。

「くッ……、やれ!!」

 前後から挟まれる形となったヴァンだったが、迷わなかった。背中から来る熱波を感じながら、ゼルと激突する直前、大きく飛び跳ねる。

「なッ!!」

 結果、火炎弾をかわす余地のなくなったゼルは、直撃を受けた。

 炎が舐める中、よろめくゼル。その背中に、

「悪いが、遠慮しねえぜ!!」

 飛び降りていたヴァンの剣が刺さる。

 致命傷。ゼルは敗北判定により現世へ。同時、サモンモンスターも光となって消える。

「ゼル!?」

 味方があっさりやられることは想定していなかったのだろう、慌てるプリム。その前に、ゆらりと影が立つ。

「え?」

「一撃で、私を……、倒せると思わないで!!」

 溢れる魔力。瞬間的判断でバーストしていたのだとプリムが気づいた時には、すでに遅く。

 シルビナの全力を込めた斬撃は、プリムのロッドでは到底受け止めきれぬものだった。


◇ ◇ ◇



「っかー、負けた負けた」

 地べたに座り込み、ゼルは手足を放り出した。隣でプリムも嘆息する。

「これで一敗かー。いけると思ったのにー」

「あの程度、負けはしないわ」

 返すシルビナも満足そうだ。普段から表情は薄いが、ヴァンにはなんとなく理解できるようになっていた。

「やっぱ付け焼刃じゃダメかもしんねえな。プリム、後衛やれよ」

「それこそ付け焼刃じゃない」

「まあそうだけどさー」

 うめいたゼルは、ヴァンとシルビナを見上げる。

「ま、お前たちも油断すんなよ。これはプロ試験なんだ。一度の勝利で決まるわけじゃないし、一度の負けで決まるわけでもねえ。特に今年は、プロになれる人数には上限を決めねえって話だ。チャンスは誰にでもある」

「もちろん、わかっているわ」

「あたしたちだって負けないから! ……そういえば、ヴァンとシルビナの相手、次ってあれよね?」

 対戦表は、先んじて配られている。日程もすでに決まっており、明日の対戦相手は明記されていた。

 次の相手は――アリス・ヴァイスラントとライゼル・アズールペア。

「強敵じゃない。これで一敗同士ね」

「決めつけんなよ。ライゼルもアリスも強いけど、そう簡単に負けないぜ」

「そうね。特に、ヴァンはアリスにもライゼルにも、一度は勝っている。地力で言えば、二人と比べてもそん色ないわ。あとは、私が耐えきれば……」

「おう、頼むぜ」

 互いに頷き合うヴァンとシルビナ。

 対戦は、もう迫っている。


◇ ◇ ◇



 翌日。アストラルサイド。

 荒野の中に、四人の決闘者が立っている。

「今日こそ決着をつけてあげるわ、ヴァン・レクサス!」

 両手に銃を持ったアリスは、いつもの軍服姿で、ヴァンをにらみつける。横に立つライゼルは苦笑を浮かべ、

「まあ、お手柔らかに頼むよ」

「あなたたちを相手に、手加減などできるはずもないでしょう」

 片手剣を手に、シルビナは身構える。左手には、いつもは装備しない盾を持っていた。

「ヴァン。私が突っ込む。あなたは私の後ろから来て、折を見て飛び出して」

「りょーかい」

 剣を揺らしながら、ヴァンは頷く。

 見たところ、アリスはいつもと同じ、ガンナースタイル。ライゼルもまた、杖を持ったサモナースタイルだ。もっとも、この二人はベテランだけあり、スタイルに縛られない多彩な技を持っている。外見だけで決めつけるのは危ない。

 ヴァンもまた、身を低くして構える。

 開戦!

「ふッ!」

 突撃するシルビナ。その後ろに守られながら、ヴァンも走る。シルビナに合わせ、スピードは控えめ。

 そこに、

「ッ!?」

 シルビナの足が止まる。直後、衝撃。

「シルビナ!?」

 こちらと同時に突撃していたアリスの攻撃だ。装備はいつの間にかナイフに変わり、両手の刃をもってアリスを攻め立てる。

「くッ!?」

 いつも中遠距離からの攻撃を主体としているアリスだったが、なかなかどうして、近接格闘も悪くない。間合いはシルビナの方が広いものの、すでに懐まで飛び込まれてしまった。そうなってしまえば、間合いも何もない。

 そして、両手に持つナイフによる回転率が並ではない。シルビナが一度攻撃する間に、アリスは二度、三度とナイフを振るってくる。

「シルビナ!」

 慌てたヴァンは、視界の隅にライゼルを捉えた。

「サモンソード!!」

 召喚魔法。現れたのはリビングソード――意志を持つ剣だ。幽鬼のように揺らめいた剣たちは、全部で四本。それらが、ヴァン目がけて殺到してくる!

「いッ!?」

 四本の剣をかわし、弾く。いなしたところで、

「甘いわ!!」

「ぬお!?」

 眼前を光線がよぎった。アリスの銃撃だ。

「てめえ、ナイフじゃなかったのか!?」

「武器のスイッチくらいで驚いてんじゃないわよ!!」

 今度は左手に銃、右手にナイフを持っている。

 アリスの厄介なところだ。武器の精製速度が極端に早い彼女は、装備を戦いの中でも変更してくる。ナイフの間合いだと油断すれば銃弾が飛び交い、ダメージを与えてくる!

「くそッ!」

 全力抜剣。リビングソードたちを弾いたヴァンは、アリスに狙いを変えようとして、

「っ!?」

 剣たちの挙動に気付く。リビングソードたちのきっさきが変わっている――。

「シルビナ!」

「くぅ!?」

 殺到する剣たち。標的はシルビナだ。

 なんとか盾でガードするが、衝撃に、シルビナは大きくのけぞった。

「くそッ!」

 カバーに入ろうとしたヴァン。その姿を認めたシルビナは叫ぶ。

「ヴァン! 私はいいから、ライゼルを! サモナーを捨て置いてはダメ!!」

「えっ!?」

 振り返る。ライゼルの周囲には、すでに淡青色の光が満ちていた。

 サモナー特有の強化魔法。召喚魔法をブーストし、自分自身が消費する魔力以上の召喚獣を呼び出す技術。

「遅いよ、ヴァン。見誤ったね!」

 直後。魔法陣から、無数の牙が生まれる。

「サモンドラゴン!!」

 生まれたのは、巨大な竜の顔。それが三体も。

「やべっ……!」

 ヴァンは慌てて駆け出す。だが、竜たちの咆哮は、それよりも早い。

「斉射!!」

 ライゼルの指示に従い、超竜たちは一斉にブレスを吐き出す。それぞれが強大な光線だ。

「ッ!!」

 光線と光線の間にある、僅かな隙間。その間隙を見つけ、ヴァンは飛び込む。目の前を死がよぎる。

「あっぶねぇ……、なッ!?」

 目の前。そこに、剣がいた。

 慌てて剣を払う。弾かれたリビングソードはよろめいた。意志持つ剣は、人間が振るう剣と違ってパワーはないが、ありえない挙動で迫ってくる。

「終わりよ、ヴァン・レクサス」

 剣を振り切って開いた体。

 そこに、銃弾が撃ち込まれる。

「がッ……!!」

 アリスに狙われていたのだと、気づいた時にはすでに遅く。

 弾かれてよろめいていたリビングソードが向きを変え、ヴァンの胸に突き刺さる。

「ヴァン!!」

「他人の心配している暇なんか、ないわよ!!」

 動揺したシルビナ。その前には、ナイフを両手に持ったアリスが迫っている。

 慌てて盾を構えるが、アリスの挙動はそんなガードを許さない。

「遅い」

 爆発的加速。背面を取られたシルビナの背中に、ナイフが突き刺さる。

「せいっ!!」

 情けも容赦もない爆発魔法が、シルビナを包み込む。

 爆炎と勝敗を示す鐘の音は、同時に響き渡った。


◇ ◇ ◇



 現世に戻ったシルビナは、大きく嘆息した。

「さすがね。……どうやってリビングソードに、標的の切り替えなんて指示したの? リビングソードは単純な命令しか受け付けないはずでしょう。しかも、リビングソードを使役しながら、ドラゴンまで召喚するなんて……」

「簡単さ。僕は操作していない。召喚しただけでね」

 ぱちん、とウインクするライゼルに、シルビナは首をかしげる。

「どういうこと?」

「つまり、召喚権は僕が使い、『アリスの挙動に従え』と命じたのさ。アリスの銃が狙う相手が標的、って」

「それで操作を!?」

「アンフェスバエナ独自の戦法さ。通常、サモナータイプは、1種類を召喚すると、続けて召喚することが難しくなる。それは、操作しながら召喚ができないからだ。けど、操作する権利を他人に分け与えてしまえば……、二重召喚が可能になる」

「でも、それじゃあ、アリスはリビングソードの挙動も考えながら、私と格闘戦をしていたというの……?」

「その程度。造作もないわ」

 胸を張った生粋の決闘少女は、シルビナに言う。

「サモンが苦手だから普段は使わないだけで、指示するだけならば簡単だもの。それに、あなたは鈍重でスピードがないから、ヴァンの動きに集中できたわ」

「――完敗ね」

 肩をすくめるシルビナ。文字通り、次元が違って見えた。自分は、他人が召喚したモンスターを使いこなす自信などない。

 ふと気がつけば、ヴァンは片隅で茫然としていた。

「ヴァン?」

 声をかけると、ヴァンはようよう振り向いた。

「そんなに落ち込まなくても、いっぺん負けただけよ。次がある」

「……ああ」

 頷いたヴァンは、すぐに首を横に振る。

「いや、そうじゃねえ。あの時、オレが速攻でライゼルに仕掛けてりゃ、ライゼルは倒せた。召喚したモンスターも消えて、こっちが有利になれた。そうできなかったのは……、オレのミスだ」

「それは……」

 違う、とは言えなかった。事実、その通りだからだ。

 タッグ戦は、お互いのコンビネーションがものを言う。片方がミスをすれば、実質的に2対1となり、一方に流れが傾いてしまう。

 アリスとライゼルのコンビネーションは完璧だった。一方で、ヴァンとシルビナは、そうではなかった。それだけのことだ。

「……オレ、シルビナのこと、ちゃんと信じてやれなかった。そのせいだ」

「ヴァン……。それは、しょうがないわ。私が弱いから」

「いや、そんなことないさ」

 首を振ったヴァンは、そっと会場の外へ足を向ける。シルビナはなんと言うべきか迷い、言葉の苦手な彼女は、何も言うことができなかった。

「そっとしておくといい。壁は自分でしか越えられない」

「……ええ」

 肩に手を乗せるライゼルを見上げ、しかし、シルビナは素直にうなずけなかった。


◇ ◇ ◇



 プロ試験最大の特徴。それは連日、試合が組まれるという点だ。

 プロ同士の公式手合、特にタイトルリーグなどは、試合と試合の間に日を置く。万全の体調を整えるためだ。

 一方で、プロ試験にはそういった配慮など一切ない。決闘の技術と共に、タフさが求められるのだ。

 それは、肉体的な問題であり――精神的な問題でもある。

「ヴァン……」

 アストラルサイドに移動しても、今日のヴァンは冴えなかった。

 表情が暗い。いつも表情が暗いシルビナには言えないが、今日のヴァンには、いつもの明るさがなかった。

「ヴァン、切り替えないと」

「ああ」

 剣を振り、ヴァンは構える。対戦相手は奨励会で見知った顔だ。パートナーは、師匠であるプロを連れているらしい。

「今日の相手は、プロと一緒よ。プロは実力こそあるけど、試験であることを考えれば、きっとサポートしかしてこない。まずは捨て置きましょう」

「ああ」

 答えたヴァンに、シルビナはわずか、暗雲を見た。

 それでも切り替え、相手を見据える。

 開戦!

「はッ!」

 合図と共に突っ込んでくる奨励会員の少年。後ろでは、師匠が銃を構えている。アリスと同じ、ガンナースタイルだ。

「ヴァン!」

 声をかけながら、シルビナも突撃する。少年と剣を結び、攻撃を受け止めた。そんな少年の背後に、ヴァンの姿が迫る。

「ッ!? ヴァン!!」

「え? ぬおっ!?」

 そのわずか横を、銃弾がよぎった。

 捨て置くとは言ったが、プロなのだ。視界から外せば銃撃されるのは道理。

「どうした!? ガードが甘いぜ、シルビナッ!!」

「ッ!!」

 目の前の少年もまた、剣を振るう。大振りの剣は甘いガードなど吹き飛ばすほどの勢いがある!

「しまっ……」

 大きく開いた体。そこに銃弾が撃ち込まれる。

 もちろん、障壁でガードしているシルビナは、銃弾を数発程度、撃ち込まれたくらいでは倒れない。だが――。

「シルビナ!」

「ヴァン、だからダメ!!」

 シルビナが撃たれたことに動揺したのだろう、ヴァンは完全にプロから目を離してしまった。その間に、特大の銃弾が放たれる。

「上に!」

 かろうじて気づいたヴァンは、紙一重で銃弾をかわす。だが、大きくバランスを崩した状態では、次の動作に繋げない。

「そこだ!」

 少年の斬撃。回避特化のヴァンですらかわせぬ斬撃は、その体を両断する。

「ヴァ……!」

「おせえ!!」

 少年の剣は、勢いそのままシルビナを狙ってくる。

 合間に跳んでくる銃弾が手足を打ち抜き、集中力をそいでくる。

 完全なジリ貧だった。そして、そんな悪環境をはねのけるほどの実力は、シルビナにはまだなかった。


◇ ◇ ◇



「どうしたのヴァン! あんな決闘、あなたらしくないわ」

 現世に戻ったヴァンとシルビナ。シルビナはヴァンを会場の外、建物のかげとなる場所まで引っ張ると、詰問する。

「……わりぃ」

 ヴァンはそれしか答えなかった。うつむく顔に、シルビナも言葉を失う。

「本当に、どうしたの? あなたが、あんな調子なんて。アリスに負けたせい?」

「そうだな……。いや、そうじゃねえのかも。なんていうか、オレが悪いんだけどさ」

 頭をかき、少年は続ける。

「シルビナはさ、オレの夢、応援してくれてるじゃんか。わざわざ改宗までして」

「それは……。だって、たいしたことではないわ」

「やることはたいしたことじゃない。でも、心の底からアルウェズを信奉してくれなきゃ……、心の底からオレを応援してくれなきゃ、改宗は成功しない。改宗できたってことは、シルビナがそんだけオレを信じてくれてるってことだ」

 うつむいたまま、ヴァンは続ける。

「それは、オレが望んだことで、オレの夢で……。でも、そうやってオレのところに来てくれたシルビナを、傷つけたくないって思っちまった。アリスと戦って、あるいはゼルとやった時だってそうだ。シルビナが傷つけられるって思うと、動揺しちまう。それが、どんどん悪化している」

「それは……」

 心の奥底で、ほんの少し、シルビナは喜ぶ。だが、同時、そんな自分に失望もした。

 シルビナは、自分のパートナーをしっかと見つめ、その肩をつかむ。

「ヴァン。あなたは何」

「何って?」

「決闘者でしょう。あなたは」

 ヴァンはようよう顔を上げた。

 その瞳を見据え、シルビナは続ける。

「決闘者には何がある? 決闘しかないのよ。私たちは、決闘で勝つこと、ただそれだけのために生きているの。アンフェスバエナは、私がやられたところで負けじゃない。あなたが勝てばそれでいいのよ」

「オレが……、勝てば」

「そう。ヴァン。約束して。絶対に、絶対に勝つと」

 冷静に考えれば、そんなこと、約束できるはずもない。

 決闘は同じ条件を持った者同士の戦いだ。勝つこともあれば、負けることもある。それでもシルビナは勝利を求め、そして、ヴァンはそんなシルビナを見つめていた。

 そう、自分の夢が初めて一歩前進して、その事実に、忘れてしまったのだ。

 自分の初心。何をすべきか。

 ヴァン・レクサスは決闘者だ。決闘者は、生きるすべてを決闘のために消費する。そういう、頭のおかしな連中なのだ。

 そのことを――思い出した。

「……シルビナ」

「何?」

 頭を振ったヴァン。その表情は、少しだけマシになっていた。

「悪い、ありがとな」

「まだ答えを聞いてないわ」

「……勝つよ。オレは勝つ」

 ヴァンは頷く。シルビナも、少しだけ頬を緩めた。

「そうこなくては」

 勝つこともあれば、負けることもある。それでも、勝つつもりでやる。それが決闘というものだ。

自分が最強だという顔で歩ける者でなければ、決闘者になどなれはしない。

「そうさ。オレは、最強になる」

 誰にでもない。

 自分に誓うのだ。

 それが、決闘者の証。

 息を吹き返したパートナーに、シルビナはそっと嘆息した。



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