エピソード9:力の是非
いつもの奨励会館から歩いて幾ばくか。
茶色い外壁の建物が見えてきたところで、シルビナが言う。
「あれが連盟の本部」
「ふうん。そうなのか」
古びた建物だった。奨励会館の建物に負けずとも劣らない。違うところと言えば、向こうは入口がひとつきり、建物の中にも奨励会しかないのに対し、ここは3階建てのフロアそれぞれに、違う家主がいることだ。看板には、1階が決闘連盟本部、とある。
「ここか。それにしても、あんな立派な建物があんのに、なんで本部は違うところにあるんだ?」
「あそこは奨励会の建物。こちらはプロを中心とした、決闘者連盟の本部。意味合いが少し違うわ」
「はあん、そうなのか」
「もっとも、奨励会は連盟の下部組織だから、こちらが本家ね。ミーナさんも、連盟の職員よ。奨励会専門ではあるけれど」
「ややこしいな、おい」
「ヴァンにはね」
1階の扉を開くと、小さい受付があり、奥は完全な事務スペースとなっていた。奨励会館とは違い、ただ事務を行うだけの場所なのだから、道場は必要ない。室内には10人弱の人間が行ったり来たりをしている。
「ここが連盟本部。ここでプロの試合を組んだり、タイトル戦の日程を調整したり、試合会場を押さえたり……。色々なことをするわ」
「なるほどなー」
「もっとも、今日の目的はこっちだけ」
シルビナに先導され、ヴァンは建物の中を進んで行く。腰高のカウンターまで来たところで、シルビナはそこに座る事務員に話しかけた。
「こんにちは。プロ試験の申し込みをお願いします。2名分」
「はい、では願書にご記入ください」
事務員が差し出してきた書面を受け取り、シルビナは1通をヴァンに手渡す。
「これがプロ試験の願書。名前と、師範の名前に住所……。全部わかる?」
「字くらい書けるっての」
それでもシルビナに教わりながら、ヴァンは必要事項を埋めていく。
それは、プロ試験を受けるための書類だった。プロ試験は例年通り、1ヵ月後から始まる。今年の奨励会枠はアリスと、僅差でライゼルが獲得していた。なので、ヴァンやシルビナは、一般枠からの参加となる。
申込期間は今日から1週間。レギュレーションは、申し込みが締め切られた翌週に発表される。
必要事項を埋めたところで、受付に願書を渡し、手数料を支払う。ヴァンは金を持っていないので、カンナから預かった金だ。
お金について気にすることはないとは、カンナの言。
「さて、これで申込みは完了。あとは実戦だけね」
「おう! でも、ルールはこれから発表されるんだよな?」
「そう」
シルビナは小さく頷いた。
プロ試験のルールは、毎年変わる。奨励会ではスタンダードルール――荒野での一騎打ちが基本だが、プロ試験では、森林での決闘や仮想都市での試合、雨中戦などのコンディションが悪い条件での試合もある。それは、様々な人物をプロにすることで、決闘界を盛り上げようという試みだ。
「じゃあま、ルールを楽しみにして、試合するか?」
「そうね、帰ってスタンダード以外のルールも……」
そんなことを話していると、荒々しく扉が開き、一人の女性が飛び込んでくるのが目に入った。
「……? なんだぁ?」
中年の女性だった。吊り上がった眼差しに、細縁の眼鏡。すらりとはしているが、化粧が厚く、とにかく全体的に攻撃的な雰囲気。とかく、話しかけたい人物ではなかった。
女性はまっすぐ受付に向かうと、
「ちょっとあなた、責任者を出しなさい」
「は? あの、どういったご用件で……」
「とにかくあなたじゃ話にならないから責任者を呼びなさいって言っているのよ!!」
ヒステリックな声に、思わず受付の事務員は表情をゆがめ、慌てて立ち上がる。だが、彼女が駆けだす間もなく、壮年の男性が寄ってきた。
「連盟本部のグレアムと申します。失礼、何か?」
「あなたが決闘の親玉ね? 即刻、決闘を禁止なさい」
「決闘を、禁止?」
「そうよッ!!」
バン、とカウンターを叩き、女は続ける。
「あんな野蛮な遊び!! 信じられないわ、異空間とはいえ、実際に痛みもあるんでしょう!? なのに殺したり、殺されたりなんて!! 子供にそんなことをさせて、恥ずかしくないの!?」
「失礼、ご婦人。決闘連盟はプロ決闘を管理するための組織でして、決して子供の遊びに口を出すつもりは……」
「同じことでしょうッ!! あなたたちみたいのがプロだなんだと! そうやってもてはやすから、子供が調子に乗るんです! 大人が一生懸命になって人を傷つけるのは悪いことと教えておきながら、決闘では殺しをしていいですって!? 冗談ではないわ!!」
「しかしですね、決闘は歴史のある神楽という側面があり……」
「だからなんです!! 今どき、神など居ても居なくても同じでしょう! それに、人殺しを捧げられて喜ぶ神なんて、そんなもの死神じゃない!!」
わめきたてる女は止まらない。グレアムもまた、女を止める言葉を見つけられないでいるようだった。
「あなたたちのせいで、うちの子供が決闘をやり出して! あげくプロになりたいなんて言うんですよ!? 冗談じゃないわ、私は子供に人殺しをさせたくて産んだんじゃないわ!!」
「人殺しとは大げさな。異空間で負けたところで、現世に戻れば支障は一切なく……」
「異空間では痛みもあるのでしょう!! そうでなくても人を傷つけているのでしょう!! もし異空間と現世の区別がつかなくなったらどうするつもり!? 現世で殺人が助長されるかもしれないのよ!?」
「そんな馬鹿な。まっとうな人間ならば、現世とゲームの区別はついているはずで」
「そんな人間ばかりとは限らないでしょうッ!!」
ひたすらわめきたて、机を叩く女。あっけにとられていたシルビナは、ふっと気がつき、ヴァンの様子をうかがう。
ヴァンは、真剣な面持ちで女のことを見ていた。
「ヴァン、行こう」
「……ああ」
ヒステリックな声を背に、ヴァンとシルビナは連盟会館を後にした。
◇ ◇ ◇
眠っていたシルビナは、ふと目が覚めた。
時計を見ると、時刻はまだ深夜。窓の外を見れば、星が瞬いている。
シルビナはなんとなく起きあがり、部屋の外に出た。そのまま、道場の様子をうかがう。
シルビナが居候しているカンナの家は、シルビナが寝起きしている部屋とは別に、道場がある。同じく居候しているヴァンがそちらで寝起きしているはずだった。
部屋からは物音も寝息も聞こえない。シルビナが思い切って道場の扉を開けると、中はもぬけの殻だった。
「……ヴァン?」
見渡すと、開いた窓が目に入った。近寄って、外を覗いてみる。
「ん、なんだシルビナ、起きたのか」
声が上から降って来た。見上げれば、屋根の上にヴァンの姿があった。
「あきれた。どうやってそこに登ったの?」
「どうってことねえだろ。普通に上がっただけじゃん」
「あなたの身体能力、おかしいわね」
「そうでもねえって。シルビナもこっち来るか?」
ヴァンが手を差し出す。シルビナはその手を握ると、屋根の上に引き上げてもらった。
そのまま、二人で空を眺める。
星が綺麗だった。無数の瞬きが自分たちを見下ろしている。
「……何を考えていたの?」
シルビナはそっと問いかける。ヴァンは、すぐには答えなかった。
空白の時間。そののち、ヴァンは答える。
「決闘ってさ。乱暴なんかな」
言葉はいつもの調子。だが、いつもと同じではないと、シルビナは気付いていた。
「今までさ、そんなこと……、考えたこともなかったんだよ。決闘は決闘で、そりゃ痛いけどさ、勝ったら嬉しいし、勝とうとするのは楽しい。アルウェズも喜んでくれてたから、オレ、おかしなことって思わなくて……」
そう、声が震えている。
それは、決して夜半の肌寒さがもたらしたものではない。
だからこそ、シルビナはヴァンをそっと抱き留めた。
「大丈夫よ。あなたは間違っていない」
「……シルビナ」
揺れる声を耳にしながら、シルビナはそっとヴァンの耳にささやきかける。
「あなたは、アルウェズのために戦ってるって聞いたわ」
「――エクレアから?」
「ええ、ごめんなさい」
「いや、いいよ。オレも隠しているわけじゃない。聞かれないから、答えないだけで」
そんなこと、誰も疑問に思うはずがない。
ヴァン・レクサスは無類の決闘好きで、田舎から出てきた常識知らずで、だからこそ決闘にこだわるのだと。誰もがそう思う。
でも、実際は違った。彼は、きっと誰よりも純粋で、やさしいのだ。
「あなたが、強くなること。そうやって、アルウェズの信者を増やすこと。立派な夢よ。間違ってなんかいない」
名前を呼ばれ、小さな神が飛び出してきた。
燐光をまき散らしながら、アルウェズはヴァンの頭に乗る。そして、にこりと笑った。
ヴァンは、そんな自分の頭に乗った神を思いながら、言葉を紡ぐ。
「アルウェズはさ、すげえ優しい神様なんだ。癒しと薬草の神――決して、争いが好きってわけじゃない。でも、争いがなきゃ、アルウェズは必要とされない。だから、アルウェズは自分が消えることにも抵抗しなかった。自分が生きるためだけに争いを起こすなんて、そんなことは微塵も考えなかった」
自分が生きるために、争いを引き起こす神がいる。
一方で、争いを起こしたくなくて、自らこの世を去ろうとする神もいる。
それは、神などという言葉ではくくれない、それぞれの思いだ。
「アルウェズは、争いが好きじゃない。でも……、傷ついて、倒れて、それでも努力する奴をないがしろにするような奴でもない。アルウェズは、夢を応援してくれる神なんだ」
ヴァンの顔にすり寄った小さな神。その頭を、ヴァンは優しくなでてやる。
「オレ、ちいちゃい頃からこいつと一緒でさ。妖精を作るような力もなかったこいつと一緒に育って。……そして、アルウェズに命を助けられて。だから、こいつを助けようって思ったんだ。家族を助けたいって、そう思うのと同じかもしれない」
「うん。あなたは、正しいよ」
シルビナもまた、ヴァンの横に顔を持ってくる。アルウェズと正面から顔を合わせた。小さな神は、シルビナを見て笑ってくれた。
「ねえ、ヴァン。私……」
その笑顔を見たら、シルビナは、自然と言葉を紡いでいた。
「私、あなたの夢を応援したい」
「――いいのか?」
「いいの」
ヴァンの質問には万感がこもっていて。
それでもシルビナは、しごく当然とばかり、頷いてみせた。
「クルックス」
呼ばれ、小さな猫――シルビナの妖精が顔を出す。
「私、改宗するわ」
猫は小さく頷き、そっと目を閉じた。
遠く繋がる、神様との交信。短い時間を終えたクルックスは、アルウェズを見やった。
女神はクルックスに寄り添うと、その頭をそっとなでる。すると、一人と一匹を淡い光が包み込んだ。
思いと思い。二つが重なり、溶け合い――。
やがて、光が消えてなくなった時には、クルックスも姿を変えていた。
虎縞模様は消えてなくなり、全身を白色の毛並が覆っている。白猫は、そっと主にすり寄った。
「クルックスも……、認めてくれたのか」
「ええ。きっと、餞別ね」
新たに生まれた、アルウェズの信徒。
二人を照らす星々は、笑いかけるように瞬いていた。
◇ ◇ ◇
翌日。ヴァンに先導される形で、シルビナもまた、連盟本部を訪れていた。
やはりと言うべきか、今日もあの女史は来ていた。決闘は悪い、残酷だ、などとわめきたてている。
「なあ、おばさん」
「誰がおばさんですって!?」
振り向いた女史に、ヴァンは笑いかけた。
「オレ、ヴァン・レクサス。奨励会員だ」
「奨励会……! あなたもあの狂った遊びをしている人間なのね。そんな歳にもなって! 学校はどうしたの!」
「行ってねえ。オレ、田舎から出てきたからさ。こっちの常識とか知らねえんだ」
「行ってないですって!? ほら見なさい、決闘ばかりしている人間はこうなるのよ!! うちの子には絶対、絶対に決闘なんてさせないから!!」
「そっか」
小さく頷いたヴァンは、次の瞬間、思い切り頭を下げた。
「頼む。あんたが決闘嫌いでも、それは仕方ないかもしれねえ。でも、決闘者から……、決闘を、奪わないでくれ」
見知らぬ少年に頭を下げられるとは思っていなかったのだろう。女史も思わず黙る。
「確かにさ、異空間とはいえ、決闘をすれば痛い。誰かを傷つける技術を磨いているって言われても、反論できない。だけど、それでも、オレたちにはこれしかないんだ。たくさん傷ついて、たくさん負けて、涙流して……、負けたくないって努力して。そんなオレたちの思いを、否定しないでほしい」
「……それは、あなたがたの理屈でしょう。あなただってまだ子供じゃない。これしかないなんて、そんなことを言う年齢ではないわ」
「ないんだよ、これしか。オレたちは、この道を選んだんだから」
顔を上げたヴァンは、まっすぐ、女史を見つめる。少し後ろに立っていたシルビナが、その隣に並んだ。
「彼は、いえ、私たち決闘者は、みんな本気です。本気で決闘をして、本気で勝利を見据えて、本気で戦っているんです。幾度死んでも、叶えたい夢のため」
「死んでも……、叶えたい夢」
「決闘は野蛮。確かにそうかもしれません。それは、決闘をする私たちが、誰よりわかっていることでしょう。斬られれば痛い。撃たれれば痛い。焼かれれば痛い。そんな痛みを知っていて、それでも私たちは決闘をするのです。自分の夢のため。ただ、勝ちたいがため」
決闘をすれば、当然、勝ちもするし負けもする。
殴られ、蹴飛ばされ、剣で斬られ槍で突かれ斧で砕かれ、それでも決闘をする。
痛いとわかっているのなら、やらなければいい。野蛮だと思うのであれば、やらなければいい。決闘をしなければ生きていけないわけではない。これは、ただの遊びだ――大半の人にとっては。
けれど、決闘者にとっては、そうではない。決闘に魅せられた人間には、もはや決闘しかないのだ。生きる全てを決闘のために捧げ、食事をするのも金を稼ぐのも眠るのも、何もかも決闘のために行うのだ。
それが、本当の意味での、決闘者。
「私たちは、決闘がなければ生きていけません。お子さんのことはわかりませんが、そういう人間もいるのだということ、知ってください。あなたが子供に決闘をさせたくないというのであれば、子には禁止すればいいでしょう。けれど、忘れないでください。決闘も決闘者もなくなりません。魅せられた私たちは、どれほど抑圧されようとも、絶対に決闘を手放せません。それが生きていく全てなのですから」
息をするように決闘をする。
呼吸をしなければ、人間は生きていけないのと同様――決闘者は、決闘をしなければ生きていけないのだ。
それが、決闘者という生き物。
目の前に立つ少年少女が、急に異なる生物だと気づいたのだろう。女史は小さく後ずさる。
「そ、そんなことを言っても……」
「その子たちの言うことは、間違っていませんよ」
見れば、カウンターの向こう側から、壮年の男性が出てきた。昨日も応対していた、責任者の男だ。
「決闘は確かに痛みがあります。ですが、痛みを知ればこそ、他人をいつくしむこともできるでしょう。あなたの息子さんも、決闘を始める前より明るくなったように見受けられましたが。そうではありませんか、レンダー夫人」
「……そんなこと」
「決闘は見た目にも悪い。ですが、痛みを知らぬ子は、平気で人を傷つけることでしょう。きっと、あなたの息子さんは立派な大人になります。イベントに来て目を輝かせている少年を見ると、私はそう思うのです」
「そんな感情論で……!」
「実際、プロ決闘者からは、過去30年、一人も犯罪者が出ておりません。家賃滞納する者くらいはいましたがね。私も若い頃から決闘に関わり続けてきたので、よくわかっているつもりです。決闘者は、良くも悪くも子供みたいな大人なのです。そのあたり、ご考慮いただけると助かります」
そう言って、責任者の男は頭を下げた。
女史は口の中でうなり、
「もう、馬鹿にしないでッ!!」
ヒステリックに叫ぶと、バッグをひっつかみ、連盟を出て行った。
見送った男性は、ふと、ヴァンたちを見やる。
「君たち、ありがとうね」
「いえ、私たちは、何もしていません」
「そんなことはないさ。君たちという、立派な決闘者がいるから、決闘者全体が守られるんだ。実際、ああいう人はたまに来る。あれほど極端な人は少ないけれど、ね。やはり、今の時代、決闘というのは風当りが強いものさ。それでも決闘はなくならない。諦めない……、君たちみたいな人がいる限りね」
微笑む男性に、ヴァンとシルビナも頷き返す。
そして、ヴァンはシルビナを見やった。
「ありがとな、シルビナ。一緒に説得してくれて」
「ううん。ヴァンこそ、どうしてあの人を説得しようと?」
「オレの気持ち、ぶつけなきゃダメだって。ただ、そう思っただけだよ」
太陽のように笑うヴァン。その笑顔につられ、シルビナも微笑む。
そんな二人のかたわらで、主神は嬉しそうに燐光をまき散らしていた。




