終焉の兆し 3
由奈との話が終わり、二人で薄暗い廊下を進む。
「まさかまたあっちの世界に行くことになるとはな」
少し懐かしさを感じ感慨にふけっていると、由奈がジト目を向けてくる。
「なんだか、嬉しそうね? 流石あっちの世界ではモテモテだった恭弥さん」
「そんなんじゃないって、ほらもう書斎だよ!準備準備!」
不服そうな表情を浮かべながら、由奈は奥の本棚の前に立つ。
本の配置を並び変え、何やら詠唱しているようだ。
しばらくすると、ゴゴゴっと重いものを引きずるような音が響き、突如冷たい空気が流れ込んでくる。
「さ、行くわよ」
由奈は一声かけると、先ほどまで本棚があった部分の壁に向かって歩き出す。
そして壁に触れた途端、壁が陽炎のように歪み由奈を飲み込んだ。
「これ何回やっても慣れないんだよなぁ。」
壁の前で深呼吸を一つし、俺も由奈に続いた。
ぐにゃぐにゃする。目は回り、全身がゴムマリのように形状を変え続ける。これは錯覚なのかすら分からない。絶え間ない吐き気に襲われ続ける。
『...ケテ。タスケテ。タスケテ。ワタシヲ。タスケテ。マッテル...ズット...イツカ...』
幻聴まで聞こえてきやがる。はやく抜けてくれ。はやく。はやく。
「ぷはぁ!抜けたー!」
気持ち悪い空間を抜け先程とは違う壁が丸太でできている部屋に出た。
「ほんと生身で魔空間を渡れる人間なんてあんたくらいよ。感心するわ」
先にたどり着いていた由奈が安楽椅子をギィギィ漕いでいる
「全く。これしか方法はないのかよ。毎回毎回頭がイカれそうだ。」
「恭弥は私との関係上あそこを通っても命の危険まではいかないんだからあれが一番早いの。さ、時間がないの。早く魔力観測所へ行くわよ」
由奈はこっちの世界へ来て少しテンションの上がっているようで、勢いよく外へ飛び出していった。
「魔力観測所ってことはあいつの所か。はぁ、あいつ苦手なんだよなー」
「早く!急がないと置いてくわよ!」
玄関先で由奈が叫んでいる。
「はいはい。今行きますよ」
由奈がドアに印をつける。そして目を閉じて呪文を詠唱しながら扉を開けると、森が広がっている。
「また森を歩くのか...」
「観測所までは大した距離じゃないわよ。それと」
由奈はどこからか取り出したフードつきのパーカーを俺の方に放った。
「恭弥、これを着て」
「おい、投げるなよ。何だこれは」
「あんまり目立たないように。人目につきたくないのよ」
「どうして?」
「誰に狙われてるかわからないから」
由奈も俺と同じパーカーを着始める。
「フードを深くかぶって」
俺は言われた通りに服装を整える。
「ついてきて。私から離れすぎないでね」
由奈はそう言って俺の方を一瞥して歩き出した。俺は慌てて追いかける。
魔界は相変わらずどこか退廃的な空気を漂わせている。木が揺れる音がやけに耳に障った。
上空には日が照っているが、木々に覆われたこの道に光は届かない。
「こんなところを通るのに人目を気にする必要があるのか?」
俺は由奈の背中に声をかける。
「場所は関係ないわ。しばらくはどこでも警戒しなきゃ」
由奈は振り向きもせずに答える。
「由奈を、その、狙ってる相手の心当たりはないのか?」
「さあ、ありすぎるわね。私はここでは結構、無茶ばかりしてきたのよ」
由奈は淡々と道を進んで行く。俺は離されないようにペースを上げた。
「ただ、結界を破ったのは魔術協会の人間でしょうね」
「それは...。まずいんじゃないのか」
魔術協会は、この魔界でとてつもなく大きな影響を持っている。少しの間しかここにいなかった俺でもわかるくらいだ。
「でも、どうして魔術協会が?」
由奈はもともと魔術協会に所属していた。俺と行動していた時も、協会の人間と接触する機会はあったが、友好的ではないにしろ敵対はしていなかったはずだ。
「観測所で話すわ。そろそろ着くし」
由奈にそう言われて顔を上げると、魔術観測所がすでに見えていた。
一部分だけぽっかりと木々がひらけた場所に、巨大な四つのアンテナに囲まれた円形の黒い建物が建っている。
その時、突然目の前に美少女が降ってきた。