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大樹の森 =Ⅱ=

チリン チリン


遠くで鈴の音が聞こえた気がして、恐る恐るユナは振り返った。だが、後ろには誰もいない。ただ、鬱蒼とした森が広がっているだけだ。気のせいか、と前を向くも風が強くてまたシンの背中に顔を引っ込めた。


「シン」


こっそり耳打ちをしようとも、声は風に飲み込まれてしまってこんなにも近くにいるのに、シンにはユナの声は届かなかった。服を引いてみても、まるで反応がない。


ユナは一人首をかしげた。


音は先程よりも激しくなっている。


後ろを振り返らざるおえない。リンリンとけたたましく音が聞こえて、頭まで揺さぶられているかのような感覚になってきた。耳を塞ぐも直音は鼓膜を直接揺さぶられているかのように聞こえつづける。先程からなぜか反応のないシン、ユナは彼の腕から抜け出してそっと地面に降り立った。が、足元が滑り、すぐに地べたに座り込んでしまった。いつもなら皆、何かしらの反応があるのだが、何故か皆そろって顔を覆って動けないでいるようだ。今、風は凪いでいた。だから、皆動けないのは可笑しい話だ。ふざけてユナを驚かそうとしているのだろうか?


「シン!リノ!アンジェ!!」


こんなにも近くにいるのに、誰も反応がない。おかしい。ふらつきながら、なんとかシンの服の袖を引いて起き上がるも、シンはまるで動きもしなかった。何がなんだかわからない状況に、彼は辺りを見回してどうにかこの状況を打破しようと試みるも、如何せん皆死んだように動かないのだ。どうするか考えあぐね、ユナはひとまず皆の水を確保しようと風が凪いでる今、湖に降りることにした。

しかし、湖の方へ一歩足を踏み出そうとした途端に、アンジェによる森中引き回し刑のダメージで、ユナはフラりとバランスを崩し、またしても地面に座り込んでしまい、後ろにずるりとすべってしまった。もう少し滑ってしまえば、勾配のキツい斜面だ。あっという間に滑り落ちて、身体中ズタズタになるだろう。

ひやりと本能的な恐怖で冷や汗が流れて、無意識にごくりと唾を飲み込んだ。




リンリ ンリン


またしても、鈴の音がきこえてくる。


「また‥‥‥一体どこから??」


音源を探してキョロキョロ見回していると、突然何かに足を捕まれ引きずられる。


「え??」


突然の出来事にユナの頭は追い付く前に、軽い身体は更に強い突風煽られて、奈落のように暗い坂を一人転がり落ちていった。


そのままゴロゴロと転がり降りて最後にはなんとか平たい野原に転がった。全身がズタズタで、骨は折れていた。不幸中や幸いは、途中、岩や木に叩きつけられなかったからか、なんとか生きていた。



「…っ」


痛みで起き上がることもできない。命の水が大地をぬらしていく。あちこち脆くなっていたせいで、肋の骨も幾つか折れていて、息をする度に胸が傷んだ。


視界が赤く染まって、ドンドン見えなくなっていく。もともと薄暗くて、視界の悪い森だったが、今や殆ど見えない。助けを呼びたくても、呼吸をするだけで肺が痛んで声もでなかった。

このまま、何もできずに、死んでしまうのかな??ユナは悲しくて、不安で、心が押し潰されそうになっていた。


リンリンリンリン!!


唐突に耳元で鳴る鈴の音色に、ユナの心臓を容赦なく揺ぶられ、鋭い胸痛が走った。



「!?」


―――そうだ、この音だ。これは一体なんだろう??


だけど、とても寒い。それにとても眠くなってきた。だめだ、動かないと、でも、とても眠い。



──ねぇ、そんな所で何してるの?──



 耳元で不思議な声が、聞こえ涼やかな鈴の音が一際強く聞こえた。動けない身体でユナは、なんとか瞼をひらいだ。殆ど赤く染まった視界に、15cm程の光の玉がフワフワと浮いている。火の玉にも見えるそれと、誰もいないのに聞こえる声にユナの心臓は破裂しそうな程激しく脈動し、彼の恐怖の臨界点を越えた。



「─────────────!!!???」



 声にならない悲鳴をあげた。もし、彼が動けたのならば、後ろに跳び跳ね、次いで、どうすれば良いのか解らずにその場を訳も解らずに、ぐるぐると走り回り、そのうちに泥濘で、滑って転んで後ろにグルンと勢いよくひっくり返っていることだろう。幸い彼は足の骨も折れていて動くことは出来なかったので、その様な無様な様を露呈せずに済んだ。代わりに何処から絞り出したかわからないような、自分で出しているとは思えない叫び声がユナの喉から絞り出されていた。


「あぁぁあああああ!!!!!!」


――――霊玉!?霊玉だぁ!!僕は、妖魔の住む巣に落ちてしまったんだぁ!!痛みもすっ飛んで叫ぶしか出来なくなったユナは壊れたラジオのように叫び続けた。


「っ!?」


その声に、光は驚いて一度木の影まで下がって、ユナが叫ぶのを止めるまで、静かにそこに隠れ、声が止んだらそっと、ただし、ゆっくりとユナに近づいてきた。


「もう‥あんまり大きな声出さないでよ」


光はふわふわと浮きながら呆れたようにため息をついている。だが、その姿を視認したユナはまた叫んでいた。


「あああああ」


「わっ、もう。まぁ、さっきのが限界ギリギリだったのか、叫び声は、マシになったけどさ。それにしても君、大丈夫なの?派手に転がってきたけどさぁ」


 光の玉はくるくると動けないユナの廻りを飛びまわって、怪我の様子をみているようだった。

それを、ユナはいつ死ぬかを確認されているように認識し、どうにかこの場から逃げないといけないと、ともかく音が怖がるのだから、叫べるだけ叫んでやると、決意して激痛の走る胸や喉をフル活用して叫んだ。



「あっ!あっ!あぁぁあああああ!!!!!!ああっ!あぁぁあああああ!アアアアアアアアアアアア!!」



 叫びながら、ユナは少しでも光から離れようと、土を掴んで這いずるも、あちこち骨の折れた身体はなかなかいうことを聞かない。それから、また光がユナの顔の真ん前まできた時のユナの顔は、まるで獣に追われて一貫の終わりのような顔で、声が掠れてもせめてもの抵抗に、彼は叫ぼうとしていた。


 そんなユナに光の玉は至極、冷静な声で話しかけてきた。


「んーとねぇ、その、あーあーいうのとりあえず止めてもらえる?」



 光は、とても落ち着いた声で、やれやれと溜め息までついている。とても、落ち着いた、でも少し小馬鹿にしたような態度に今度は腹が立ってきて意地でも叫ぶのを止めてたまるかと、ユナは変なやせ我慢と意地を張っていた。リノの意地っ張りが伝染したのかもしれない。



「うう!! ううううううううううううつううううううう!!! ううううううううううううううううううううううううううううう!!」


よくわからない、サイレンのよう声に光は困ったように、左右に身体をゆすった。



「え…いや‥‥‥別に「あ」を「う」に変えろって意味じゃない」


冷静なツッコミに、ユナは顔を真っ赤に染めて恥ずかしさで声にもならない。


「%;-ー☆〉!&['!^;[<[$>>#%`:?」


もはや、何を言っているのかわからないので、光は意思疎通を諦めたようだった。


「んー、なるほど。今の状況が言葉にもならないほど、怖いんだね、うんうん、わかった、わかったよ。仕方のない子だなぁ‥‥‥ほら」


 光は15cm程の大きさから一気膨れ上がって、人間程のサイズに膨らみ、人の姿を形を取って、姿は真っ白な髪の美しい人に姿をかえた。


 年の頃は十代の半ばと言った所だろう。肩ぐらいの長さの真っ白な白銀色の髪。クルンとカールのかかった髪がフワフワと揺れている。



「ねぇ?これなら大丈夫?」


そっと、その人は屈んでユナに目線を合わせて微笑んだ。瞳の色が不思議と七色にかわって見える。



「光!? 光が?! 光が人!! 人にいいい!!??やっぱり魔物だぁ」



人に化けれるなんて相当高等な魔物‥‥、脳裏を過っていたのに、ユナは身体中の痛みと引き換えに、叫び、そして叫びすぎて過呼吸になったのか、ユナはそのまま白目を向き泡を吹いて倒れてしまった。



「え?は??はぁ!?なんでボクが魔物扱いなの!!?こんなにも美しいのに!?」


 白い麗人は両頬を手で挟んで、大きな瞳を更に大きく見開いて驚き口を開けていたが、動かなくなってしまったユナにそっと近づいてつついてみた。まるで動かない。


「え?そんな!? うそ! とんでもなく弱いじゃない。しかも精神も貧弱!!うそでしょ!これ大丈夫なの!

いや、それ以上に大丈夫!!! おーい!! 坊や!! 起きてぇ!!」



 耳元で叫びますが、まるで反応はない。試しに肩を叩いてみたが、少女の真っ白な手にドロリと血がついた。


「あら、思ったより深手だったんだねぇ」


怪我の様子をみるためか、彼女はうつ伏せに倒れている彼をひっくり返した。そのおかげで、かっちりと被っていた帽子が、外れて真っ赤な髪が溢れ出てきた。



「‥‥‥‥‥‥‥‥‥え――――」



 その血のように赤い髪に、彼女は少しだけ困惑した表情で、深い深い溜め息をついた。

それから、彼の横に座りこんで呆れたように一人話し始めた。


「ねぇ、本当にこの子なの?」



誰もいないはずなのに、まるでそばに誰かいるかのように、問いかけている。



『…………』


「はぁ、もう君は相変わらずいい加減だ。前の子の時だってそうだったでしょ?」


心底うんざりしたような表情で、彼女は膝を抱えた。

誰もいないので、当然返事はない。

それから、しばらくユナの様子を見ていた彼女は、すっと唐突に表情が抜け落ちて、まるで人形のような表情でユナを見下ろした。


「だから、もう既に死にかけているのなら‥‥‥‥」


『………』



「殺してしまおうか?」


そっと彼女の手がユナの胸に当てられる。彼女の目には、殺気も何もない。


無だった。


彼女の小さな手が、ぐっとユナの折れた骨を更に押し込んでいく。そのまま押せばユナの骨が肺に刺さり、呼吸が出来なくなって死ぬだろう。


ざわざわと、彼の赤い髪がほんの少しだけうねりだした。その髪を見た途端に彼女は手を外して嗤った。


「そう、そうなんだ。なら、仕方ないか」


先程のように胸を押さえずに、ほんの少しだけ離した常態で、彼女は目を閉じ聞こえないほど小さな声で呪文を唱えると、彼女の指輪が光るとともに、ハープのような弦の高い音色が響いて、ユナの傷が一瞬で消えて無くなった。



「うぅ」


「……大丈夫?」


少女は、ほんの少しだけユナから距離を取り、野生の小動物に語りかけるように、できる限り優しく声をかけた。

また発狂されては堪らないと思ったのかもしれない。


ユナの赤い瞳がぼんやりと空を移す。それと共に、頭が軽いことにすぐに気がついた。


「っ、あ、帽子……」


ユナは落ちている帽子を一目散に掴み、直ぐ様頭を隠すように被った。あまりの焦りに裏表が逆さであろうと、ともかく髪を隠そうと必死だった。

そんな小さな少年に、彼女は困ったような、複雑な顔で微笑を浮かべた。


「大丈夫だよ。確かに女神様は赤髪を嫌ってるけど。

僕は、髪の毛が赤いくらいで何かをしたり、殺したりなんかしないさ

それに、ほら僕なんて真っ白だよ。この森なら異端でしょ?」



そう言ってその人はくるりとまわって優しくユナに微笑みかけた。ユナは何もいえずに、でも、彼女が敵ではないことは理解し始めた。何せ先程までの激痛が無くなり、おまけに折れてしまっていた腕や足が治ってきるのだ。それでも、少しだけ警戒しながら、少女の七色の瞳を真っ直ぐに見つめる。



「・・・でも・・この髪、怖くない?」



そっと、帽子を外すと、以前よりもかなり伸びた赤い髪をいじりながら、ユナは彼女を上目遣いで見上げた。


「こわい? どこが?君はまだ、こんなに小さいのに・・」


クスクスとその人は綺麗に笑って近づいてきて、ユナの頭を柔らかく撫でた。その所作もとても品があり、村では見たこともなく、彼は彼女に見とれていた。


「あれ?そんなに見つめても何も出ないよ」


「あっご・・ごめんなさい・・すごく綺麗だから」


「‥‥‥そうかな?僕は君の髪の方が綺麗だと思うけれど・・・」




「………」



ユナは忌々し気に髪を握りめた。


「今はそんなことより、怪我はどうだい?」



「あっ・・・えっと・・・はい、もう痛くないです‥‥‥」


「そっか、上手く出来たみたいだ。

それならよかった

ねぇ、君、一人なの? 

ここは、子どもが入っていいような場所じゃないよね?」


「あ‥‥‥あの、僕は‥‥‥その‥‥‥‥」


「ん?」


「友達と‥‥‥その‥‥‥っ‥‥‥」



…そういえば、僕 はぐれて皆何処にいるかわかんないんだ。‥‥‥どうしよう‥‥‥イイ人っぽいし、すごく綺麗だけど、底知れない。どこか深い部分でこの人はとても怖いから逃げだしたい。

でも、この人なら、もしかしたら、上への戻り方がわかるかもしれない?


背に腹は変えられないと、ユナは決意した。


「あの、僕、友達とはぐれて‥‥」


恐怖で身がすくんだ。何故か彼女は微笑んではいるのに、底のない井戸のように、瞳に深い闇を抱えているよえにみえた。でも、その七色の瞳から目を離すことも出来なかった。


「友達?今この場には君しか居ないみたいだけど‥‥‥?」


きょろきょろと少女は辺りを見渡した。

ユナは一人ぼっちは何も出来ないことをここに来るまでに思い知っていた。だから、もし彼女の力が借りれるのならばと、話を聞こうとして、声をかけようとした。しかし、先程まで隣にいたはずの彼女の姿は、忽然と消えていた。



「え?!」


キョロキョロと回りを見渡しても誰もいない。しかも、不思議と少女がいた頃よりも遥かに暗くなっていた。

それから、すぐにガサガサと何かが近づてくる音が聞こえてきた。まずい、狼かもしれないと、慌てて木に隠れようとし無様に転んでしまった。



「あらら」


どこか遠くで彼女の声が聞こえた気がしたが、それどころではなくもうすぐ近くにガサッと葉音が鳴る。


 心臓が死ぬほど縮こまってユナは帽子を抑えて思い切り伏せた。

まぁ、まるで隠れられていないが。


頭どころか全身見えたままでは、まるで意味がないが、ユナは必死だった。



「お前!そこで何している!!」


狼ではなく、男の声だった。


 

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