精霊の角
木に縫い付けられて動かなくなったユナは、それでも、まだ自由に動かせる長い赤髪を使い、リーンゼィルに襲いかかります。
髪の束の先は鋭く、一束一束が、レイピアのように地面を穿ちます。
襲いくるユナの髪を、リーンゼィルは弓一本で薙ぎはらい、そして叫びました。
「ユナ!…、いいか!よく聞け!
大樹の精霊の角は万能薬にはならない! 」
その言葉に、一度大きく目を見開きユナは凍りつきます。
「ウソダ!」
ユナは目を大きく見開き血を吐き出すように吠えました。
「嘘じゃない!
精霊の角など使えば、お前の母は、死よりももっと残酷な運命を辿ることになるぞ!!」
真剣に叫ぶリーンゼィルにユナは動揺しています。
その間を割くように光―――ナギは鈴の音を鳴らしながら割って入ります。
「へぇ?それはなんなのさ?」
興味無さげな声でナギが、問いかけてきます。
フワリと浮いて光の玉であるナギは、彼らよりも更に上の枝から見下ろしています。
「死ぬことができなくなる……不死だ」
「…それの何がいけないの?」
ナギは三日月型に口元を歪め笑みを浮かべていました。
ユナも不思議そうに首をかしげました。
「…ド ウシテ?」
「ユナ。
よく聞け…、だが、お前の母が今苦しんでいるのは何故だ?」
「疫病…」
「そうだ。
角を使えばほんの一時は救われるだろ。
しかし、現段階で患っている病も不死となりただ不死となった母親を延々と痛め付ける。
本来死んで救われる魂が永遠に逃れられず、ただただ苦しむこととなる。
それでもいいのか?
永遠の刻の中を永劫に苦しむこととなる。それでもいいのか?」
鋭利な刃物のように清みきった声に、ユナは静かに髪が落ち着いていきます。
「だから…、早く俺とお前の村へと戻ろう。
お前の友人だって待っているのだろ」
リーンゼィルは再度ユナに手を伸ばしました
髪は落ち着いたのに、それでも、まだもがくようにユナは暴れるので、リーンゼィルは一度息を吐くと「ごめん」と言って鳩尾に一撃。
ユナは静かになりました。
「…」
「やだなぁ、怖い怖い」
クスクスと笑っているナギを見上げてリーンゼィルは、苦々しそうに睨み付けます。
──怖いなんて思いもしていないくせに。
いや、ユナが完全には元に戻っていない。
あの変な腕輪も壊したのに元に戻らないというより、何かに取り付かれている。
おそらく質の悪い精霊といったところか。
それよりそこの光の御子は、よくもまぁ、万能薬などと、あんなデタラメをこんな幼い子供に吹き込むものだ。
動かなくなったユナを捨て置くと今度は後ろで不適に笑うナギに向き直りました。
「さて、これはどういうことですか?光の神子様」
リーンゼィルは、再度ナギに向かって弓を構えます。
「おやおや。
ボクを光の神子とわかった上で、君はまたボクに矢を向けるんだ。」
「ええ、ユナにとりつかせた精霊を早く外してください」
「精霊?君にはそうみえるの? 」
「本当にニーチェなら、この程度なはずがないでしょ。女神よりも強い者なのだから、今頃俺は死んでいますよ。」
「ふーん。よく見えてるね。
それよりユナ、結構出血しているけれど、それはいいの?」
「あなたなら、治せるでしょう?」
「ふふ、本当に君は可愛げがないなぁ。少しは心配する素振りでも見せてくれたらいいのに。
それに、その程度の武器で、このボクを脅せると思っているの?
ボクは君らには姿は見えども、触れることの出来ない存在だ。
次元のずれたところにいるボクには、攻撃どころか触れることさえも出来はしないよ」
「ええ、普通ならば俺は貴方に触れることさえ出来ないでしょう。
それでも貴方にしかユナは戻せません。
だから、こうやって御願いしているのです。」
「へぇ。君のお願いは僕に弓を向けることなのかい。」
「ええ、あなたは此方の方が嬉しいでしょう?」
リーンゼィルのつがえた矢に青い光がが集まりまっていきます。
それにナギは頬を弛ませました。
「この矢の矢尻は、大樹の精霊の角の欠片で出来ています。」
「ふーん、それで?」
「先程も言ったように、これで、病を治すことはできません。
しかし、精霊の、角で出来ている武器は神の次元に入ることができ、神たる存在には触れることができる。
この意味、おわかりでしょうか?」
「あぁ、なるほど。
それは随分と面白い武器だね。」
「えぇ、ですので光の神子様。お覚悟ください。」
矢は青白い光を放っています。
それは、青い炎のようにもみえます。
しっかりと狙いをつけていましたが、ふいにナギは姿を消しました。
「姿をお消しになられても俺にはわかりますよ。…側に居られますね…」
フワリと人の手がリーンゼィルの目を塞ぎました。
ナギは彼の耳元でそっと、話します。
「君はどうしてボクの邪魔をするんだい?」