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大樹の森=Ⅴ=

聞き覚えのない言葉にユナは首を傾げていた。大樹にいると聞いたのは精霊と獣くらいだ。特に風の精霊は一度嫌われると、その大いなる力で切り裂かれるとか、なんとかと、聞いたが、まず人が住んでいるなど、とんと聞いた覚えがない。


まぁ、僕が知らなかっただけかもしれないけれど‥‥。


ただ、この巨大な森の中、鳥を操りながら生きる人が本当にただの「人」なのだろうか?


そんなことを考えているユナの様子を、特に気もせず、彼は傷の手当てを始める。


「ほら、染みるぞ」


そう言って、リーンゼィルは容赦なく焦げ茶色の薬草香る綿を、ユナの頬の傷に押し当てた。


「え?あっ、痛っ」


薬を付けられた箇所から、凄まじい激臭と傷の内側から引っ張られるような痛みが走る。掠れた喉など気にならない程だ。鼻を摘まむ後それどころではない。


「結構染みるだろ?これ」


クスクス笑いながら、リーンゼィルは慣れた手付きで薬を塗っていく。その間ユナは痛みと臭いに耐えながら歯を喰い縛って耐えていた。アンジェよりはマシ、アンジェよりはマシと心の中で呟きながら。


「っつつうう!」


まぁ、痛いものは痛いし、臭いものは臭い。キツイ香りの消毒液をベタベタ塗られながら、ユナは痛みに呻き続けていた。それから、全て塗り終えると上から、四角く均一に切られた何かの葉をぺったりと張りつけられた。

触れてみると随分と粘着力があり、簡単には剥がせそうにない。


「ほら、終わったぞ」


彼は、治療が終わると手早く治療道具を洗って片付けると、激臭は随分とマシになった。それから、彼はまだ痛みに呻いて半泣きなユナを置いて、木製のカップを食器棚から取り出して机に置いた。ユナが、不思議そうにそのカップを覗いていると、今度は、まあるい壺にはいった黄金色の蜜をたっぷりと継いで、それから、温まったミルクを上からたっぷりと注いだ。くるくるとミルクと蜜をよくよく混ぜてしっかり溶け込んでから、ユナへと差し出した。


「ほら、ミルクな。熱いから気をつけて飲めよ。」


一瞬、ユナは何か理解できずに固まっていて、リーンゼィルは苦笑してユナの手にそっとカップを持たせてやった。それで漸くユナは自分に用意してくれたのだと理解し、まだまだ喉も痛んだが「ありがとう‥‥ございます」と、なんとかお礼を言って困惑した表情で、カップを覗いた。「ミルクだけど飲めるか?」と、彼が聞いてくるので、ユナはこくりと頷いた。ミルクなんて、それも温かいものなんて、とても久々で、ユナはゴクリと唾を飲み込んで、それからそっと口をつけた。


「あっつ!」


「ぶはっ!だから言ったのに!ほら」


ゲラゲラ笑いながら、リーンゼィルが優しく、ユナの手を包んで早く冷めるように息を吹き掛けてくれた。それが、一瞬母のようで、ユナは、また泣きそうだったが、なんとか堪えた。それで猫舌でも飲める頃合いに冷めたら「もう大丈夫だろう」と、リーンゼィルが、手を離した。冷めても、ふんわりと甘い香りの香るミルクを抱え込むようにして飲むと、今更ながら、森が暗くて、実はひどく寒かったことに気がついた。温もりが身に染みる。ちびちびと、まるで子猫のように甘いミルクを飲むと、ほんの少しだけ心が癒された。


全て飲みきるのまで、リーンゼィルはなにやら色々忙しなく作業をしていた。



────



ミルクを全て飲みきる頃には、何故か喉の痛みはほとんど取れていた。


「あれ、いたくない」


掠れた声も殆どなく、元に戻っていた。


「おー、良かったな。大樹の蜜が効いたようだ。」


ワシャワシャと赤い髪を撫でまわされる。それが、嬉しいのと、そういえば、まだお礼が言えていない事に気がついて慌てて地べたに座り頭をさげた。



「傷の治療、本当にありがとうございました。」


深々とユナは頭を下げた。あまりにも仰々しく頭を下げるのでリーンゼィルは、慌てて頭をあげさせる。


「そんなに畏まらなくていい。それに、その怪我をさせたのは俺だから礼は不用だ。まず、椅子にすわりな」


「‥は、はい」


「凄くちゃんとしてるんだな。幼いし泣いてばかりだったから驚いたよ」


リーンゼィルは、また楽しそうにクスクス笑うので、ユナは顔を泣いてばかりだったこと思い出して顔を真っ赤に染めていた。


「あっ、そうだ。僕の名前は、ユナ。ユナです」


「ユナ‥‥‥ユナ…か。そうか、いい名前だな。」


彼は、名前を聞いて先程のいたずらっ子のような笑いではなく温かなやさしい笑みを浮かべた。綺麗な人は笑うともっと綺麗なんだなぁと、どこか関係ないところでユナは感心していた。それで、ようやっと本当に落ち着いたせいか、頬に張られた薬の臭いが唐突にもっとエグい臭いに変わって鼻を摘まみたかったが、一度は堪えた。


「ありがとうございます。‥‥‥それにしても、すみません。この薬すごい臭いしますね」


やっぱり我慢の限界がきて、途中で鼻を摘まんだ。無理なものは、無理だ。それに、リーンゼィルは笑いながら傷に貼っている葉に触れた。


「そうだろ。臭いは強烈だが、この大樹の樹液を加工すると傷薬になるんだ。軽い傷位ならすぐに治る。ほら、触ってみな」


「え?」


ぺりっと葉が頬から剥がれると、傷はもう傷口さえわからないくなっていた。つるりとした柔らかな頬に戻っている。


「うそ‥‥そんな、直ぐに直るわけ‥‥‥でも、傷がないし、いたくもない。」


薬を塗った箇所はとても染みていたが、葉っぱがとれると信じられないことに確かに傷が塞がっていた。

試しにつねってみたが、傷が開くこともなかった。


「すごい‥」


ユナはリーンゼィルの手を素早く掴むと、まっすぐにリーンゼィルの顔を見上げた。先程のボヤボヤしたこどもが唐突に素早い予想もしていなかった動きを見せて、リーンゼィルも驚いて大きな目を丸くしていた。


「っ!!リーンゼィルさん!!」


突然の大きな声に瞠目する。


「ぉ、おう、どうした?」


「ヤクビョウには!大樹の実できた薬はヤクビョウも治すことができるのでしょうか……?」


心底真剣な幼い瞳に、リーンゼィルは、目を何度も瞬いて不思議そうに首を傾げた。


「疫病?」


「……っあ、えっと……その」


先程の勢いはなく、ユナはへなへなと椅子に座り込む。


「うん?大樹の実??」


「はい、アンジェ‥‥友達が500年に一度、大樹に実がなって、その実でできる薬は万能薬だって。今が

ちょうど500年目だって」



「500年?大樹の実‥‥‥」


リーンゼィルは、初めて聞いたような言葉に頭を捻っていた。

「つまりは、大樹に万能薬みたいな、そんな力があると思っているのか?」


心底不思議な人をみるように、リーンゼィルが、ユナに訊ねるとユナは萎れた草のようにしょんぼりしながら、頷いた。



「‥‥‥、はい。

行商人の人がそう言っていたと友人が……僕には他に方法も無かったんです。だから…、」


「なるほどな、だから、お前みたいな小さな子供が、この神聖な禁域に来るわけだな。しかし、そのギョウショウニンとはなんだ?」


聞いたこともないものを聞いたような様子で彼が問うので、ユナもそれほど知っているといわけではないが、解る範囲の情報でユナは答えた。



「…えっと、確かだけれど、里の全ての村をまわっている商人です。リーンゼィルさんのところには来ないのですか?」


「うん?まぁ、見ての通りここは禁止区域。人間の入れる場所じゃあない。その、行商人とやらも、ここにはこれやしないさ。ここに入れるのは一部の村長か、他の里の番人か、もしくは光の王だけだな。」


「え?でも、ぼくたちは入れました」


「そりゃあ、お前が運が良かったのと‥‥‥後は、そうさな。俺の言葉不足だ。正確に言うと、ただの人でも森には入れる。ただし出れるかといえば出れない」


「でれない?」


「そう、よしんば森の、それも大樹に近づけたとしても、帰れはしない。森にのまれる。

正しき者が道を示さない限り決して帰れはしない。

そうして、最期は迷い人となり永遠に森をさ迷い続ける事になるんだ。だから、ここは普通の村人は入るなかれと禁止区域にしてる。俺たちも助けてはやれないしな。」


「じゃあ、僕たちが大樹の実を手に入れられても‥‥村に帰れない‥‥‥」


それは、ユナにとって母を救う手段を失ったも同然で、ユナは真っ黒な、どうしようもない水のそこへ引きづりこまれるような絶望感に襲われた。

それで、彼はじっと、テーブルを見つめ俯いてしまった。それに、リーンゼィルは困った顔をして頬を掻いて、どうしたものかと悩んだように腕を組んでそれからまたユナの頭を撫でた。


「まぁ、そうだなぁ。俺は、外に出れないからなんとも言えないが、帰れるか帰れないかは、お前次第なところはあるな。」


「それは一体どういう?」


「んー、悪いな。俺に言えるのは今はここまでだ。あと、大樹の実についても、悪いが俺は本当に知らない。他にもなにか噂があるのか??」



「えっと、他にですか?たしか500年に一度のキセキの実。キラキラと輝いて美しく、食べれば天国のような味わいで、更に何でも治せる万能薬になるって……色々な村で言ってたそうです」


「へぇ‥‥‥そいつは、まぁ。

胡散臭いな。そいつの舌の根を引っこ抜かなければならなさそうだな。通りで最近迷いこむ奴が増えたわけだ。それで、まぁ、一つ思ったんだが、本当にそんな実が成と思うか?」


「‥‥僕には、それだけが希望だったから‥‥」


「そうか、だが、俺はそんなあるかないかも解らない実を探して会えないより、最期の瞬間まで一緒にいてくれる方が幸せだと思うがな」


「リーンゼィルさん。僕には‥‥‥僕にはそれは、許されていないんです。そばに行くことも、話すことも何も‥‥‥」



ユナは自身の赤い髪をぎゅっと強くにぎりしめて、俯いてしまった。その幼い少年の姿を見て、直ぐにリーンゼィルは理解した。それから、深いため息をつくと、「そうか。勝手なことをいって悪かった。

それなら、そうだな。俺が今お前にしてやれる唯一のことはしてやろう。」



「??」



少しだけ、なみだを称えた金色の瞳がそっと、リーンゼィルの方を覗いていた。



「それは、今、ここからお前を出さないことだ。」


それに、ユナは驚き焦ったように彼の腕をつかんだ。



「!?それは、困ります!どうして!どうしてですか!?!?」


不意に牢獄の事を思い出した。暗くじめじめした空気。固い床。冷たい世界は、まだまだ、ユナの心を蝕んでいた。だから、いくらここが、暖かくて優しい香りがしても、閉じ込められるのだけは嫌だった。



「それは、もうすぐ、大禍時が来るからだよ。」


真剣な眼差しで、彼はそう告げた。





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