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勇者の二軍  作者: せき
第二章 二軍、魔界へ
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9話

 勇者の二軍が結成されてから今日まで、一行の気はずっと張り詰めていた。

 だが、この魔界の地において、まさに降って湧いたかのような安息の地が、そこにあった。

 一行は、しばし、疲れを癒やす時を得た。


 魔物使いヌランは侍セキの傷だらけの胸板に感心し、賢者イオナは戦士ルイの胸板に、釈然としない思いを抱く。

 そんな木板一枚を挟んではおれど、同じように緊張感のかけらもない湯船にあって、勇者代行たる賢者イオナには考えねばならないことがある。

 湯けむり越しに湯船をたゆたう豊かな胸から視線を逸らして、賢者イオナは戦士ルイに疑問を投げかける。


「ルイは、変だと思わない?」


 背中を岩に預けて蕩けていた戦士ルイは、ゆっくりと瞬きしてから首をかしげる。


「んー? なにが?」


「この集落の人が、勇者に対する不満を漏らしていることよ」


「んー、でも、気持ちはわかるかなぁ」


「そうじゃなくて。出会った人々の不安を解消しないまま旅を進めるのは、勇者のやり方じゃないと思わない?」


 言われて、戦士ルイはぽかんと口を開ける。


「あー。たしかに~。勇者様、もめ事には何でも首を突っ込んで大変だったけれど、必ずみんなを笑顔にしてから行ったよね」


「そう、拙者が得心しなかったのもそういうことでござる!」


 侍セキの声に思わず振り返る賢者イオナだったが、そこには木板があるばかりだ。

 声は筒抜けで当然だった。


「でしょ。なのに、勇者はここの人々のことをほったらかして旅を続けた。普通じゃないわ」


「魔界なんだから、人界にいた時とは勝手が違うんじゃないの?」


 魔物使いヌランの言葉に頷きはするが、同意したわけではない。


「魔界だからっていうだけで生き方を変えるような勇者じゃない。きっとなにかあったのよ。先を急がなければならない、なにかが」


「そっかぁ、今のところ、何もないけどね~」


「それは私たちが、魔界に乗り込んで早々、転移魔法でここに飛んできたからよ。何も起こりようがなかっただけよ」


「ということは、でござる」


 侍セキが思わせぶりな相づちを打ったっきり、黙る。

 侍セキとしては結論が出ているのだろうが、それだけでは締まらない。

 賢者イオナは肩をすくめて後を引き継ぐ。


「私たちは、ここの人々の不満を解消するべきね。なんてったって、勇者代行なんだから」


「えぇー、必要かなぁ。僕たちの任務って、あくまで勇者様の奪還でしょ?」


「それを完遂させるためにも、勇者として振る舞うのが一番の近道のはずよ。もしかしたら……」


 言いかけて、賢者イオナは半開きのままになった口を、静かに閉ざす。


「いえ、まぁいいわ。とにかく、私は決めたの。救うわよ、この集落!」


 賢者イオナは、拳を握りしめて、勢いよく立ち上がった。

 目をぱちくりさせてから、向かいの戦士ルイも、遅れてよろっと立ち上がる。

 そのあられもないグラマラスでダイナマイトなバディから目を背けて、賢者イオナは足早に脱衣所に向かった。


 体を火照らせた四人は、改めて老爺に向き直る。声をかけるのは、賢者イオナだ。


「で、あなたたちは、なにがどうなったら満足するの?」


 農作業をしていた若者に、望みを問うても答えはなかった。

 ならばもう、なにをどうすべきか真っ直ぐに問うまでだ。その賢者イオナの判断は、正しかった。

 老爺はしわだらけの唇を、ゆっくりと開く。


「この集落は、魔界四天王の一角、イザベラによる統治下にある。いくらクラウディア様の加護があるとはいえ、イザベラがウエストパレスの玉座に座しているうちは、我々に安息の時は訪れまい」


 実に具体的な内容に、呆れた賢者イオナの口は自然と開く。そしてその口から、次第に笑いがこぼれ出す。


「そう。分かったわ。ありがと」


 言って、賢者イオナは、星々のマントを翻して辞去する。続く三人の表情からも、迷いは消えていた。

 集落を出たところで、口を開いたのは魔物使いヌランだった。


「で、このままウエストパレスってとこに乗り込んで、イザベラ退治ってわけ?」


 賢者イオナは、道具袋から不思議な地図を取り出して、皆と頭をつきあわせて覗き見る。


「その通り。って、凄いわね不思議な地図。魔界でもちゃんと、勇者が歩んだ所を映し出してくれてるわよ」


 人界にいる間は人界の地図を描いていた不思議な地図であるが、その面影は一切ない。魔界の大陸とおぼしき輪郭がおぼろげに描かれ、その南西付近から中央にかけての一部のみ、明瞭な地形が描かれている。

 人界と繋がる魔神デイフォの庭は南西の外れに記されている。ここ、勇者クラウディアの奇跡は、それより北へ少し進んだ位置にあたる。不思議な地図は、地形だけでなく、訪れた地名を勝手に浮かび上がらせるという代物なのだが、今表示されているのは、魔神デイフォの庭と勇者クラウディアの奇跡を除けば、地図の中央に位置するダークパレスだけだった。勇者が歩んだ形跡も、ここからまっすぐに東に進んでいるのみだ。


「これは面妖な。勇者殿は、ウエストパレスには見向きもせずに、大将首だけを狙って居城に乗り込んでおられる様子」


 どこか弾んだ声の侍セキとは真逆に、戦士ルイの声音は沈む。


「おじいさんから、ウエストパレスのこと、聞き出せなかったのかなぁ?」


 戦士ルイの言葉に、賢者イオナは唇を曲げる。


「情報不足でなんとも言えないわね……状況を空想することはいくらでもできるけれど、生産的でないし。私たちは、まずはウエストパレスを目指すわよ。集落を統治しているっていうくらいだから、このあたりの地図を埋めてりゃ、そのうち見つかるでしょ」


 賢者の物言いは乱暴だが、反論する余地のない正論だった。

 三人はただ頷き、魔界のぬかるんだ土を歩き始めた。



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