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勇者の二軍  作者: せき
第四章 勇者と二軍
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31話

 相手が夜の王だろうと、すべきことは変わらない。

 賢者イオナは命令する。

 侍セキ、イザベラは牽制気味に攻撃、戦士ルイには自分をかばわせ、魔物使いヌランと自分が防御と魔法防御を向上させる呪文を唱える。

 まず最初に、夜の王の、闇の如き底知れ無さにも臆することなく切り込んだのは、侍セキだ。

 侍セキの放った胴狙いの一太刀は、しかし、わずかな足捌きで避けられる。

 その踏み足を取るかのように逆側から攻撃を仕掛けたイザベラだったが、そのツメも空を切る。

 夜の王は、すすっと前進して、逆に布陣の中央に躍り出た。

 呪文を唱えながらも、賢者イオナの額から汗が吹き出す。

 今や神龍の化身である侍セキと、元魔界四天王のイザベラが軽くあしらわれた。


 ――こいつは、間違いなく強い。


 そして夜の王が踏み出した先には、表情を強張らせた戦士ルイがいた。

 夜の王の剣は、風がそよぐかのように、ごく自然に凪いだ。

 その一撃が、次の瞬間には戦士ルイをモンスターの人垣まで吹き飛ばしていた。

 賢者イオナには、夜の王が何をしたのか見えなかった。辛うじて分かったことは、戦士ルイは吹き飛ばされる直前、なにかに反応してミストルティンを盾にして身を守った、ということだけだ。

 戦士ルイは無事だった。巻き添えを食らったモンスターたちを撥ね除けて、戦線に復帰する。その瞳が、闘志に燃えている。

 魔物使いヌランと賢者イオナの補助呪文が一行を柔らかな光で包む。


「よし、この調子で行くわよ」


 夜の王の実力は底知れない。だが、どんな相手であれ、敗北の二文字は許されない。

 賢者イオナのかけ声に頷く一行を、勇者は大広間の入り口でただ見守っていた。


 夜の王には、魔法による攻撃は一切無効だった。

 最初は漆黒のマントが魔法を吸収しているのかとも疑ったが、そうではない。夜の王自身が、魔法をマントに接触する前に余さず吸収してしまっていた。

 それを確認するや、賢者イオナはイザベラにも打撃による攻撃に専念させるよう命令を下した。

 作戦の大枠は初手から殆ど変わっていない。補助呪文をかけ終えた魔物使いヌランが、戦士ルイと並んで中列でイザベラの援護をするようになったくらいだ。火力の中心は、あくまで侍セキ。だが、そのセキが、攻めあぐねていた。


「くっできる」


 侍セキの放った突進系の奥義、鬼灯を半身で避けて、夜の王は流れる動作で反撃する。その剣が、セキの脇腹を抉る。

 今度の打ち合いも、侍セキの負けだ。直ちに賢者イオナによる治癒魔法が施されるので身体には傷一つ残らないが、実際の所は何度も何度も斬り付けられ、そのたびに実力差を思い知らされることになっていた。


「見たところ神龍の力を宿しているようだが。この程度の実力の者を認めるとは、神龍も落ちぶれたものだ」


 つまらなそうな声音だった。戦いが始まってから初めて口を開いた夜の王に、侍セキが歯噛みする中、賢者イオナが返事をする。


「セキに揺さぶりをかけるつもりなら諦めることね。あなた、焦ってるわね、さっきから人間一人倒せなくって」


 賢者イオナによる挑発返しに、夜の王が更に返す。


「我が焦る? 面白いことを言う。お前がそんなに死に急いでいたとは知らなかったぞ」


「できるもんならやってみなさいよ」


 その言葉を聞いた途端、夜の王は、唇を真一文字に結んで、腰を落とした。

 そしてその直後、世界が割れた。

 後方にいた勇者は、夜の王の行動から、隣に立っていたダイスの腕を引きつつ咄嗟にしゃがんだ。二人は辛うじてそれを躱すことに成功した。

 彼らの頭上を通過した一撃は、その勢いを寸分も衰えさせぬまま壁を突き抜けた。だが、勇者以外はそのことに気付いていない。その太刀筋があまりにも細すぎて、壁は寸断されたにもかかわらず、自重で形を維持していた。

 だが、生物となればそうはいかない。

 勇者よりも近くにいた一行は、その一撃をやり過ごすのは至難の業だった。

 それでも、侍セキは刀で身を守り、最初から守りの構えを維持していた戦士ルイも、勇者の装備だった英雄の盾により、その斬撃を無効化できた。

 そうでなかった者は、地面に頽れるしかなかった。

 至近距離からの一撃に反応できなかったイザベラは、腹筋を深いところまで抉られて膝をついた。

 魔物使いヌランが受けた傷が最も重い。

 魔物使いヌランは夜の王の動きに危険を感じはしたが、その瞬間、夜の王と賢者イオナの間に身体を投げ入れたのだ。あくまで一行の柱は賢者イオナであり、彼女だけは失うわけにはいかないと、常々徹底している魔物使いヌランだからこそ出来た咄嗟の行動だったが、それが彼に悲劇をもたらす。

 ヌランの身体はへそのあたりで真っ二つにされ、ずれるようにして上半身が地面に落ちた。その口から、大量の血があふれ出す。


「ヌランっ!」


 戦士ルイの悲鳴に、前列の二人も振り返る。

 まずい。

 賢者イオナは唇を噛む。パーティに動揺を広げてはいけない。相手は確かに本気を出していなかったが、その夜の王が実力の片鱗を見せた今こそ正念場なのだ。


「セキ、イザベラ! 全力で攻めて! ルイは私を守って! ヌランのことは、私にまかせて!」


 その一声で、侍セキとイザベラは夜の王に向き直った。腹から内臓を垂らしながらもツメを構えるのだから、イザベラへの信頼感はいや増しする。

 侍セキが、静かに瞑目して、何かを念じた。次に目を開けた時には、彼の身体から湯気のような白い靄が立ち上っている。筋力や動体視力を、一時的に倍増させる侍の強化系奥義、鬼神の狼煙だ。

 イザベラも、手を地面について、髪を逆立て始める。目が真っ赤に染まり、肩の筋肉がふくれあがる。ビーストモードに移行したのだ。こちらも、そう長くは続けられる技ではない。

 賢者イオナはイザベラの傷と魔物使いヌランの傷を同時に癒やすために、ミスティックミストを唱えた。それにより、イザベラの傷はみるみるうちに塞がっていく。だが、魔物使いヌランの身体からはどんどん血液が抜けてゆく。どう見ても、戦闘不能状態に陥っていた。

 賢者イオナは判断せねばならなかった。それは、魔物使いヌランの蘇生を後回しにして、残りの人員で夜の王を撃破する方針に切り替えるという、無情な判断だった。その判断は、すぐに三人に知れた。次に出した作戦が、全てを物語っていたからだ。


「ルイ、壁になって! 私がフォローする! セキ、イザベラ! 首取りなさい!」


 三人が頷きを返す暇もあればこそ、静かに優雅に動くのは、夜の王だ。

 剣を持たない左手を頭上に掲げて、そのままボールでも投げるかのように振り下ろす。

 何も持っていなかったはずのその手から、闇が、広がる。

 だが、一行はただ座して眺めていたわけではない。

 最前線にいた侍セキとイザベラは、後方へステップを踏んで大きく跳ねた。

 それとは逆に、戦士ルイが盾を構えて猛然と突進する。英雄の盾に刻まれた十文字が、清らかな光りを放つ。

 闇の広がりが、次の瞬間に爆発した。そして闇は一行のみならず、舞踏会に出席していたモンスターたちさえも取り込んだ。

 その内側は、光りもない、音もない、真っ黒でありながら真っ白な世界だった。だが、何もないわけではない。賢者イオナは感じていた。自身の力が、みるみるうちに奪われていることを。

 身体が、怠い。意識が、遠退く。

 抵抗のしようが無いその闇の中で、賢者イオナは心の中だけで足掻く。

 それは一瞬だったのか、それとも永遠だったのか。

 闇は唐突に取り払われて、元居た場所に戻る。

 見ると、戦士ルイが、夜の王に身体ごと体当たりを決めた所だった。

 驚きに目を見開いた夜の王は、口元に怒りを浮かべ、漆黒のマントをうねらせる。

 大技を放った直後にもかかわらず、夜の王は第二撃を放った。

 一瞬のうちに漆黒のマントが形を変え、巨大な顎となって戦士ルイを喰らったのだ。

 闇の牙が戦士ルイを鎧ごと砕く。

 それなのに、戦士ルイはにっと笑った。


「今よ!」


 言いつつ、密着する夜の王を抱きしめて、身体を捻る。

 夜の王の背中が、イザベラのツメの射程に入る。

 強化された筋肉を爆発させて、イザベラが必殺のクローをお見舞いする。

 その瞬間、夜の王はまたも漆黒のマントを変化させて、イザベラのツメにぶつける。

 だが、イザベラはそこで攻撃を止めて、漆黒のマントを掴んだ。


「今じゃ!」


 イザベラの視線の先にいるのは、全身を弓のように引き絞って跳ねた、侍セキだった。

 激突の寸前に放つは、必殺の居合抜きだ。


 神龍の聖痕が、光る。

 鞘を奔る刀が、閃く。


 夜の魔王の背中を、漆黒のマントごと切り裂いた。

 だが、それだけでは終わらない。

 夜の王のどんな鉱石よりも堅い背骨に阻まれて止まった刀を振り抜いて、侍セキは、跳ねた。

 大広間の天井を蹴って、弾丸になる。狙うは、夜の王の脳天だ。

 戦士ルイとイザベラにがっちりホールドされた夜の王は、だが、次の瞬間、ふっと笑った。

 侍セキは、確かに突きを夜の王の脳天にお見舞いした、と確信した。

 だが、手応えはまるで無かった。

 侍セキはそのまま大広間の床を貫いて、階下の床をも貫いて、結局一階にまで落ちてしまった。

 賢者イオナは、目を皿のようにして状況を見極めようと努力する。

 だが、分からない。

 戦士ルイとイザベラに捕まっていたはずの夜の王は、漆黒のマントごと姿を消していた。

 支えを失った戦士ルイとイザベラは、お互いが激突しそうになって蹈鞴を踏んだ。


「どういう、こと?」


 賢者イオナの呟きに、返事は耳元にもたらされた。


「君たちの勝ち、ということだ」


 走った怖気の任せるままに振り返った賢者イオナは、そこに何もないことを確認するや大きく跳ねる。魔物使いヌランをかばうように中腰になり、あたりを警戒する。見れば戦士ルイとイザベラも、背中合わせで周りを警戒していた。何が起こっているのか分からないギャラリーのモンスターたちは、ただ固唾を飲んで見守っている。


「私は夜の王。本来は実態を持たない存在。生き物の姿をして君たちと遊ぶのは、少々骨が折れる。本来の私の職務とはかけ離れているのでね」


 その台詞に、賢者イオナは鼻で笑う。


「言い訳がましいことを言って、奇襲する気じゃないでしょうね」


「心外だな。私は君たちを少々見くびっていた。今日の所は負けでいい。魔王への貸しより高くつくようでは馬鹿らしいからね。これ以上は割に合わない」


 その時、階下の穴から器用に飛び移って戻ってきた侍セキが、あたりを見渡す。


「あやつはどこに?」


「逃げるそうよ」


「逃げるのではない、勝ちを譲ってやるだけだ」


「負けず嫌いね」


「私は他人の評価は気にしない主義だ。何とでも言うが良い。ところで諸君」


 夜の王の言葉に、反応したのはモンスター達だった。


「彼らはこれから魔王の元に行くが、邪魔はしないほうがいい。この舞踏会場がこれ以上血に染まるのは、私の望むところではないからね」


 その一言で、モンスター達がさーっと分かれて道を作る。

 その先に、細く長い階段があった。


「あら、気が利くのね」


「私は本当に、この舞踏会場が気に入っているのだ。魔界四天王などというものの穴埋めを引き受けてやるほどにな」


「ふぅん、じゃあ最後の一撃は、あなたが受け止めるべきだったんじゃないの? 穴空いちゃったわよ」


 からかうように言う賢者イオナに、夜の王は一拍置いてから、


「穴ならいつでも直せる」


 と心なしかぶすっと言う夜の王に、賢者イオナは肩をすくめる。

 血だって、あとで拭えば良いんじゃないの? という揚げ足取りは、夜の王の気配りに免じて心に仕舞うことにした。


 魔物使いヌランを蘇生させて、ミスティックミストで全員の体力を回復させると、賢者イオナは勇者のもとに歩み寄る。


「さぁ、行くわよ」


 賢者イオナが差し伸べた手を、勇者は取ることなく後に従った。


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