30話
一行は一度セントラルパレスを脱出して、馬車で待つダイスに事情を説明した。
ダイスは渋々ながら勇者のパーティに加わることを承諾し、二部隊編成で再度セントラルパレスに突入する。
地下で手にした勇者の鎧はそのまま戦士ルイが装備し、勇者は戦士ルイから情熱の甲冑とスパークリングブレイドを譲り受けた。
あくまでも、賢者イオナを中心とするパーティーで、魔王討伐を目指すのだ。
一行はイザベラの導きで、エントランスから上階へと足を運ぶ。
道すがら、勇者の視線はイザベラの背中にべったり張り付いていた。口ではイザベラは最早エリスではないなどど言ったところで、未練が無いはずが無かった。当のイザベラとてそんなことは百も承知だが、それを気にするそぶりもなく、至って平静のまま腰を振り振り艶然と歩を進める。
その様子が目に入ってはいたが、賢者イオナは別のことに神経を尖らせていた。
階段を上がるにつれて、物音が耳に入り始めたのだ。
二階、三階と上がるにつれてそれは大きくなり、五階に到達したときには喧噪へと発展していた。
階段の上がりっぱなにある大扉を前に、イザベラが足を止めて腰に手を当てる。
「この先が大広間じゃ。謁見の間は、その先の階段を上ればすぐじゃ」
そこでイザベラは、赤い唇をにやっと横に開いて大扉に手をかける。
「さあ、準備はよいか? 開けるぞい」
皆の返事を待たずして、イザベラは大扉を開いた。
騒音と悪臭が、一気に大扉の外まで溢れ出る。
賢者イオナは、顔をしかめながらも一歩を踏み出す。
そこは、無数のモンスターたちによる宴の真っ最中だった。
大扉に近いモンスターから順に、一行の侵入に気付いて動きを止め、黙って様子を伺っている。それが大広間の端まで伝播する前に、前列のモンスターが得物を抜き放った。
「人間だぁ! エサだぁ! かかれぇ!」
人語を操る豚のような二足歩行のモンスターが、剣を振りかぶって駆け寄ってくる。身内らしきイノシシやウシのような二足歩行のモンスターが追随するが、迎え撃つのは侍セキ一人だ。
愉快な動物モンスター達の実力を瞬時に見切った侍セキは、一団が居合いの射程圏内に入った瞬間に、全てを絶った。
一太刀にして、五体のモンスターが胴体で寸断されていた。
切り口から、思い出したかのように一斉に血が飛沫出す。
それを目の当たりにした後列のモンスターが、一瞬の沈黙の後に、怒りと共に殺到する。
波のように押し寄せてくるモンスターに、今度は賢者イオナのコスメティックバーストが炸裂する。固まりになって襲撃してきた分その効果は絶大で、爆心地からモンスターのミンチが飛び散って天井をも汚す。
それでもなお怒りにまかせた前進を続けようとするモンスターを、最後部からの一声が一瞬にして鎮める。
「待て」
大きな声とはけして言えない、むしろ呟きといって良いほど小声だった。だがその一言で、全てのモンスターが動きを止めた。次の瞬間に、突如として賢者イオナの数歩先に現れたのが、その一言を放った魔人その人だった。
「あなたが、魔王?」
つい、そう問うていた。そう感じさせるだけの気品と威圧感を、そいつは辺り構わず振り撒いていた。そして賢者イオナの問いかけに、そいつは喉の奥で嗤う。
「心外だ。奴と間違われるなんて。我が統べるのは魔ではない。我は、夜の王だ」
長い耳に精悍な顔立ち。エルフによく似た風貌をしている、この世の者とは思えないほどの美男だ。だが、肌の色が決定的に青白い。人と同じ赤い血が流れてはいないということが見て取れる。体格は一般的な成人男性程度で、夜を体現しようとでも言うのか、黒いスーツを着こなし、漆黒のマントを着用している。
「ということは、あなたが勇者にやられた魔界四天王第一席の代理なのかしら」
賢者イオナは相手の力量をさぐるべく、敢えて挑発的な笑みを口元に浮かべて問う。だが、夜の王はつまらなそうに肩をすくめて返すだけだ。
「以前の第一席のことなぞ知らん。どうも魔王が困っているようだったから、恩を売ってやるために暫しここに滞在しているだけだ」
「へぇ、ひどくいい加減な代打ね。良いわ、私たちとしてはその方が好都合」
強気な発言を続ける賢者イオナの肩を、イザベラがぎゅっと掴む。
振り向く賢者イオナに、イザベラは珍しく真剣な眼差しをぶつける。
「奴は危険じゃ。奴は魔王の部下ではない。むしろ対等な存在。妾も姿は初めて見るが、今まで倒してきた魔界四天王はもとより、勇者が倒した第一席などとも格が違う」
イザベラが注意を促すことなど今までなかった。賢者イオナの額から否応なく汗が吹き出す。
「私たちは、魔王に用があるの。そこをどいてくれる?」
それでも強気に出る賢者イオナに、夜の王はマントを振って腰の剣に手をかけて応える。
「そうはいかない。魔王に売った恩はただ一つ。次の魔界四天王が決まるまでの間、この大広間を守ること。お前達が強大であるほど、魔王に大きな恩が売れるというわけだ」
言って、夜の王は初めて唇の端を歪めた。
「さぁ、始めようか、死の舞踏を」
そうして戦いの幕は、静かに開いた。




