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勇者の二軍  作者: せき
第一章 二軍の旅立ち
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3話

 あっという間に到着した場所は、山間の村ロゥグの外れだった。

 だが、賢者イオナはロゥグに足を踏み入れることなく、背を向けて山道へと踏み入った。


 野外に移動したため、既に所有権が賢者イオナに移っている勇者の馬車が、ひとりでに四人の後ろをついてくる。

 馬車は過酷な冒険に耐えられるように、勇者がならず者の町アッパードに潜む、闇職人ガレに依頼して作らせた特注品だ。

 それを引く馬もただものではない。何を隠そう、聖天山に数頭のみ存在する、空翔る伝説の天馬のうちの一頭なのだ。ありきたりな山道など、何の障害にもならない。

 収容可能人数四人の馬車の中には、魔物使いヌランのパートナーであるブラックドラゴンのドラッヘがおとなしく待機している。

 本当に勇者代行になってしまったのだな、と、賢者イオナは一人苦笑しながら、山道を脇に逸れて、木々立ち並ぶ道無き道に分け入る。


「ね、ねぇイオナちゃん、これからどこ行くの?」


 不安そうに問うのは戦士ルイだ。だが、賢者イオナはあくまでそっけない。


「今にわかるわ」


 賢者イオナがそう口にした瞬間、


 一行の目の前に、モンスターが現れた。


 リズベアーが二体。


 立ち上がると馬車よりも背丈のある熊のようなモンスターだが、ネズミ目リス科に分類されているれっきとした齧歯類だ。

 大きな頬と太いしっぽを見れば、確かにリスを連想することも不可能ではないが、一見すると熊以外のなにものでもない。そして実際、リズベアーは凶暴この上ない。


 一行はさっと身構えて武器を取る。


 戦闘が、始まる。


 開戦と同時に行われるのは、勇者代行による各人への命令だ。

 賢者イオナは、真っ先に戦士ルイに指示を飛ばす。


「ルイ! 馬車に戻って!」


「え、ええっ!?」


 目を見開いて驚く戦士ルイだが、勇者代行の指示は絶対だ。

 戦士ルイは直ちに馬車に駆け込んだ。

 入れ替わりに飛び出したブラックドラゴンのドラッヘが、魔物使いヌランの傍らに侍る。

 賢者イオナが命令を飛ばし終えると、真っ先に動いたのは侍セキだった。


 居合い一閃。

 手前のリズベアーに斬りかかると、即座に跳躍しつつ退避する。

 リズベアーの胸部に切り傷が走り、真っ赤な血液が流れている。


 だが、それだけだ。


「ちっ……非力ね」


 思わず舌打ちする賢者イオナに、侍セキは申し訳なさそうに低頭するしかない。

 実際問題、攻撃力皆無の錆びた刀では手傷を負わすだけでも至難の業なのだが、ここは道場でなければ試合でもない。

 必要なのはモンスターを斬り伏せられるだけの、高い攻撃力なのだ。

 技の美醜など誰も評価してはくれない。


 続いて動いたのは魔物使いヌランだ。

 つい先ほど手にしたばかりの九頭竜鞭を一振りすると、それだけで二体のリズベアーの毛皮が裂け、血が飛び散った。

 攻撃を行った当人も目をまん丸に見開いて、思わず顔をしかめる。


「うわぁ、痛そう」


 武器による優劣でこうも明暗が分かれるのだから、ろくな得物がない侍セキが勇者一行から外されたのも当然の成り行きだったと言える。


 次に動いたのは、傷だらけになった手前側のリズベアーだ。

 四つん這いになったそいつは、熊そのものの動きで突進してくる。

 矛先は、先ほど斬り付けられたのを恨みに思ってか、まっすぐ侍セキに向いている。

 侍セキは回避を試みるが、わずかに遅れて躱しそびれた。

 それだけで、その軽い体が軽々と宙に飛んだ。

 そのまま強烈な勢いで後方の木に激突し、跳ね返って胸から倒れ伏す。

 確かめるまでもない、一撃にして、瀕死の重傷だ。

 だが、次に動く賢者イオナは背後で呻く侍セキのことなど見向きもしない。

 呪文の詠唱を終えると、リズベアー二体の中間めがけてぶっ放す。


「食らえ! コスメティックレイン!」


 コスメティックレイン。

 賢者イオナが習得している中で最強の広範囲攻撃魔法が森林に炸裂する。

 精神力をごっそり消費するのと引き替えに、侍セキを攻撃した方の息の根を止めた。


 だが、リズベアーはもう一体いる。


 なぎ倒された木々と煙る土埃の中で、傷ついて殺気立つリズベアーが動いた。

 目指す先は、またも侍セキだ。

 ただし、今度は回避行動を取る余裕さえ彼にはない。


 その時、一つの大きな影が動いた。

 モンスターであるが敵ではない。

 魔物使いヌランの横に控えていたドラッヘだ。

 侍セキの前でリズベアーの体当たりを真正面から受け止めてると、そのあぎとで首筋に噛みついた。

 リズベアーは断末魔の声を上げて、やがて息絶えた。




 勇者代行一行の緒戦は、とりあえずの勝利に終わった。


「もしかして、今からここでレベル上げ、とか言うんじゃないよね」


 魔物使いヌランは、唇を曲げて難色を示す。

 表向きの理由はリズベアー討伐が経験値稼ぎには不向きだといったところだが、本音の部分は無駄な殺生を嫌ってのことだ。

 賢者イオナはそれには答えず、侍セキを回復魔法で治療し終えると、足下に転がるものを拾い上げて皆に見せる。


「これよ」


 それは、胡桃よりも一回りも二回りも大きな木の実だった。

 説明を求める皆の視線に、賢者イオナは言葉を繋ぐ。


「これは賢さの種。さっきのリズベアーがたまに隠し持ってるの」


「へぇ、さすが賢者様、物知りだね。そんなこと、どこで知ったの?」


 心から感心した様子で問う魔物使いヌランに、なぜか賢者イオナは瞬き一つ。


「そ、そんなの、どこでだって良いでしょ! それより……」


 取り繕うように馬車の幌を分けて、三角座りで待機中の戦士ルイに種を手渡す。


「食べて」


 差し出されたこぶし大の種に、戦士ルイはそのままかじりつく。


「はがっ……」


「馬鹿。割って中身を食べるに決まってるでしょ」


 目に涙を溜めつつ、手に取り直した種を、戦士ルイは指先の力だけで簡単に割ってのける。

 外皮に守られていた白く柔らかい果肉を口にする戦士ルイの表情を、賢者イオナは注視する。


「……どう?」


 問われた戦士ルイは、きょとんとした表情で小首をかしげる。


「いいわ、出て」


「うわぁい!」


「で、セキ。馬車に入ってて」


「ぬ、ぬぅぅ」


 渋い表情で下がるセキと入れ替わりに、飛び跳ねるようにしてルイが出てくる。


 森の中を散策することしばし、今度はリズベアーが単独で現れた。

 賢者イオナはすぐさま魔物使いヌランにムチでの攻撃を、戦士ルイにはイオナ自身を守るように指示を飛ばす。


 にもかかわらず。


 戦士ルイはまなじりを上げて飛び出した。

 スパークリングブレードを大上段に構えて、そのままリズベアーの脳天を袈裟に斬る。

 比喩でなく、リズベアーに雷が落ちた。

 見事なまでの会心の一撃だ。

 だが、賢者イオナの命令からは、明確に逸脱していた。


「やったーっ!」


 一瞬にして終わった戦闘に、歓声を上げたのは戦士ルイ一人だった。


「……あれ? みんな、どうしたの?」


 賢者イオナはこめかみを押さえながら、もう一方の手で馬車を指さした。


「馬鹿は馬車の中で大人しくしてなさい」


「な、なんでーっ」


 悲壮な声を上げたところで、決定は覆らない。勇者代行の指示は絶対である。

 だが、戦闘中の指示に限り、賢さの低い仲間は言うことを聞かないことがある。

 それこそが賢者イオナの悩みの種であり、それを解決する手段が賢さの種、というわけだ。

 背中を小さくして馬車に戻る戦士ルイを見つめながら、賢者イオナは魔物使いヌランに肩をすくめてみせる。


「まだまだ足りなさそうね、賢さの種。リズベアー退治、二人で頑張りましょ」


「仕方ないね」


 戦闘メンバーが二人にまで縮小された一行は、しばらくリズベアーが落とす賢さの種を求めて森の中を徘徊することになった。




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