28話
門番を倒してからというもの、道中では、モンスターは姿を見せなかった。
通路にも小部屋にも、下級モンスターの一匹として存在しないのだ。そもそも、通路こそ常夜灯がともされてはいるが、扉を開けた先の下級モンスターの寝室や用具室などは、軒並み消灯されていた。しかし、そのどの部屋も生活感は濃厚に漂っている。扉を開けた途端立ち上るモンスターの体臭に、一行はいちいち顔をしかめさせられたのだから。
「戦いに駆り出されているの? だとしたら、何との戦いに……」
つい独り言を呟く賢者イオナに、イザベラが寄ってくる。
「セントラルパレスの精鋭兵が動くなんぞ、それこそ対勇者くらいしか考えられぬが、勇者は囚われの身じゃしのう。となると、魔界四天王の空席を巡る争い絡みくらいかの」
そらんじるかのように口にするイザベラに、賢者イオナは肩をすくめる。
「私たちのことはノーマークだってこと? その魔界四天王の座席三つを空席にしたのは誰かってことは、頓着しないのかしらね」
「それぞれの宮殿とセントラルパレスは独立しておるから、よそがやられたからといって敵討ちをするような関係では無い。もっとも、魔王は気づいておろうがの。来る者拒まぬのが奴のスタンスじゃ」
「ま、良いわ。理由はどうあれ、留守にしてくれるのは好都合。居留守を突いて、楽して突破させてもらいましょ」
そうやって、道すがらの扉を片っ端から開きながら、一行は奥へ奥へと足を進める。
そして遂に、進む先の壁が鉄板から土へと変わり、足下も舗装されていない土となった。
地下から吹き込む冷たい風が灯りを揺らし、一行の影が伸び縮みする。
「さぁて、そろそろかの」
イザベラがそう口にしたのと時を同じくして、灯りの有効範囲ぎりぎりの先の壁に、木戸が現れた。
押せば倒れそうな簡易な木戸を、一行は歩み寄って開ける。
「えっ、うそ!」
驚きの声と共に中の小部屋に飛び込んだのは、戦士ルイだった。
彼女が駆け寄った先にあったのは、鎧甲と片手剣。
それらは、勇者一行の守りの要を努めた聖騎士ロビンの装備だった。
呆然として中に足を踏み入れたのは戦士ルイだけではない。賢者イオナもまた、頽れるようにしてしゃがみ込む。
「クリス……まさか、そんな」
そこに折り畳まれていたのは、彼女と最後まで勇者の後衛役を競った、賢者クリスの法衣だった。その傍らには、彼が愛用していた杖が逆さ向きにして突き立てられている。地面に突き立てられている柄頭には、人類の主母像が象られていた。
「イオナ。ねぇイオナ、落ち着いて!」
言葉と共に賢者イオナの肩を揺するのは、魔物使いヌランだ。
杖から魔物使いヌランに視線を移した目は、動揺で揺れている。そんな賢者イオナを見つめながら、魔物使いヌランは奥を指さした。
「ほら、あれ。勇者の装備だよ。勇者は鏡に映ったとき、あの鎧甲は着てなかった。だから同じように、ロビンもクリスもギィガも捕まっているだけかもしれない」
あくまで論理的に諭す魔物使いヌランに、賢者イオナは正気を取り戻す。それが希望的観測だとは分かっている。だが、自分が絶望して取り乱していてはいけないのだと。
「聞いた? ルイ、勇者はもちろんだけれども、彼らも探すわよ」
「う、うん。そうだね」
頷いて立ちが上がる戦士ルイの表情は晴れない。それが当然と言えば当然だ。賢者イオナからかけられる言葉はない。しかし、次に賢者イオナが口にした提案に、戦士ルイと魔物使いヌランは顔をしかめた。
「じゃ、ここの装備はもらっていくわよ」
「えっと……それってもしかして、これを装備するってこと?」
あからさまに嫌そうな顔をする魔物使いヌランの視線の先には、剣闘士ギィガの防具があった。それは、強固なモンスターの皮をなめして作ったバンド状の鎧上下だった。その防御力は軽装鎧最強と目されるが、露出度がすこぶる高く、ハイライトとして、乳首丸出しになる。ヌランとしては恥ずかしくて着れたものではない、というのが本音だろう。
同じく承伏しかねるといった表情を浮かべる戦士ルイの視線の先は、勇者の装備に向いている。そこに安置されている勇者の重装鎧は、神器ミストルティンを装備できた戦士ルイならば、既に装備用件は満たしている。満たしてはいるのだが、勇者の鎧を自分が着るなんて、という後ろめたさは賢者イオナとて理解できるところではある。だが、そんな悠長なことを言っている場合ではないのだ。
「いい? あなたたち、見た目や体面を気にしてる場合じゃないのよ。私は悠久の羽衣を手に入れたから防具は充分だけど、あなたたちの防具は人間界にいたときから変わってないのよ? 勇者様ご一行のお下がりのまんまなのよ? うぬぼれるのもいい加減になさい! 強くなったのは人間やめたセキだけで、あとはたまたま仲間になったイザベラがいるから楽してここにいられるけどね、あんたたちなんか、ここのモンスターの一撃で死にかねないぺらっぺらな防御力しか持ってないんだから!」
まくしたてられれば、戦士ルイとしてはしゅんとするしかない。だが、魔物使いヌランは違う。言われれば言われるだけ、反駁したくなるタチなのだ。
「や、それでもルイは、イオナより堅いよ? 一撃では死なないでしょ普通に」
「あんたは死にかねないって言ってるのよ!」
改めてズバッと指摘されて、魔物使いヌランは唇を曲げる。
「じゃあさ、悠久の羽衣は僕が着るから、これ譲るよ。ほら、防御力はこっちのが高いしさ。合理的でしょ?」
剣闘士の鎧、とは名ばかりの紐を指先でつまんで持ち上げると、振り返った先にいた賢者イオナは般若の形相でにじり寄る。
「ぶちかますわよ」
さすがの魔物使いヌランも、賢者イオナの狂気じみた表情には短く悲鳴を上げて、暗がりに引っ込んでいそいそと着替え始める。
「ルイ! あんたもよ!」
「はぃい」
半分泣きべそをかきながら、戦士ルイも魔物使いヌランと共に着替え始めた。
「ちょっと! 何見てるのセキ!」
腕を組んで様子を見ていた侍セキに般若がくわっと牙を向けると、慌てて後ろを向いて仁王立ちに姿勢を取った。イザベラは一歩後ろでにやにや笑っている。
どうにも締まらない。
極端な戦力が急に手に入るのも考え物だな、と、賢者イオナは聖女の杖を手に取りながら、迫り来る邂逅を前に、現状の緊張感の無さを憂うのだった。




