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勇者の二軍  作者: せき
第三章 進撃の二軍
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25話

 集落に足を踏み入れた四人は、なんとも名状しがたい出迎えを受けることになった。


 いつも集落のはずれで農作業をしていて一行には目も向けない少女が、つかつかと歩み寄ってきたのだ。


「イザベラ様を、倒したみたいだね」


 どこから聞きつけたのか、むすっとした表情で問う少女に、賢者イオナは無言で頷きだけ返す。


「そう。一応、お礼は言っておく。でも、そんなんじゃ何も解決しない。すぐに次の魔人が支配を始めるに決まっている」


「それで?」


 吐息混じりに問う賢者イオナに、少女は腕を組んで答える。


「次期四天王が名乗りを上げる前に、残りの四天王を全て倒せば、しばらくは安息が得られるかもね」


「イザベラが西を統べていたということは、残りは大陸の東と南と北、それぞれを分割して統治しているの?」


 賢者イオナの根拠のない推論に、少女は首を振る。


「大陸東側のイーストパレス。それに、南側のサウスパレスに一人ずつ。そして四天王の頂点に君臨する魔人は、魔王城、セントラルパレスで魔王を守護している」


 ほう、と賢者イオナは目を見開く。北へ行く手間が省けてラッキーという表情だ。


「あんたたち、イザベラを倒していい気になっているようだけど。心しておきな。イザベラは魔界四天王の中でも最弱。ぽっと出の成り上がり者だけれど、残りの三人は格が違う。齢千歳を越える本物の魔人の力を甘く見ないことね」


 こいつは魔物陣営の手の者かと疑いたくなるような、捨て台詞にも似た言葉に苦笑しながらも、賢者イオナは頷いた。もしこの場にイザベラが居たらどうなっていたことか。


「ま、善処するわ。あまり期待せずに待っていることね」


 謙虚な言葉とは裏腹に、自信満々の表情を浮かべて、賢者イオナは少女に別れを告げた。

 賢者イオナには、汗を流したくてむずむずしている戦士ルイを、一刻も早く湯船に届ける責務があるのだから。


 一行はまず、集落から東、大陸の南部に向かった。東側は専ら平原だったが、行く手には光もろくに射し込まないような森林地帯が広がっていた。モンスターは侍セキとイザベラが一瞬にして屠るため、特に問題は無いのだが、ヤブ蚊や蛭を警戒しつつ馬車で移動するとなると、必然、歩みは遅くなる。


 ゆっくりと、着実に進む一行の視界が、急に開けた。


 森林をそこだけぽっこり切り抜いたかのように広がる、円状の湖。満たす水は、毒沼のような紫色をしている。そしてその対岸に、白塗りの瀟洒な建物が建っていた。


「パレスって感じじゃないけど……」


 魔物使いヌランの言葉に、イザベラが頷く。


「南を統べる魔界四天王は、ポイズンキング。此奴の城は、この毒沼じゃ」


「なっ」


 見れば、毒沼の中心から泡が吹き出し始める。それが徐々に大きくなり、遂には人が飛び出した。


「我が眠りを妨げるのは誰だ……この毒も滴るいい男、ゲー様と知っての狼藉か」


 黒のスーツに身を纏い、短髪をオールバックにしたその男は、身なりはきっちりとしていると言えた。だが、一行の女性人は、自分の事をいい男とかいう輩には、冷たい視線しか返さない。

 しかもその男、湖面から生えていた。紫色の毒沼と、足で繋がっているのだ。それだけでも引く要素としては申し分ない。


「狼藉ついでに、実は私たち、あなたのことを退治しに来たから。覚悟なさい」


 賢者イオナは相手のペースには乗らない。速やかに戦闘態勢に入る。


「不届き者め! 返り討ちにしてくれるわ!」


 その一言が、戦闘開始の合図だった。

 そして口火を切ったのは、侍セキだ。

 次の瞬間、ゲーを含め、皆が唖然とした。

 侍セキが、毒沼の対岸に小さく見える。

 そしてゲーの左腕が、ぼちゃりと毒沼に沈んでいく。

 キン、という、刀を鞘に収める音が、鎮まる湖畔に響く。


「このっ……!」


 怒り心頭のゲーは、一行に向けて、残った右腕を振るう。

 すると、紫色の粘着質な液体が、波のように広がって襲いかかってきた。


「ま、まさか、毒?」


 身構える賢者イオナの前に、イザベラがさっと出る。


「無駄じゃ。妾に毒は効かぬ」


 言って、片手を振るう。すると紫色の液体は、ジュッと蒸発して消えた。


「き、貴様、最近魔界四天王になった何某! なぜ人間などと!」


 ゲーに非難されたところで、イザベラには最早答える義理はない。

 戦士ルイは毒沼に足を踏み入れる訳にもいかず、とりあえず賢者イオナを守る。

 同じく魔物使いヌランも、湖岸で補助呪文を唱える。

 次の手で、侍セキはゲーの首を取った。

 ただし、首から紫色の液体が飛び出したかと思うと、それが粘土細工のように新たな首へと変化した。それでもその表情に余裕はない。

 こちら側の湖岸に帰ってきた侍セキに、イザベラが目配せする。


「これは、余裕じゃの」


 その言葉通り、幾度かの危なげない攻防の末、湖中の全ての毒を枯渇させた魔界四天王ゲーは、甦った清き湖に浄化されて、消滅した。


「こんなに楽しちゃって良いのかなぁ」


 戦士ルイの独白に苦笑しつつも、賢者イオナは不思議な気配を漂わせる湖に、警戒を解けずにいた。

 すると、ちょうどゲーが登場した湖の中心に、今度は清涼な水が少女の形を形作って浮かび上がった。


「私の眠りを覚ましたのは誰? 私は湖の精、ラクス」


「あなたの眠りを覚ます気はなかったけれども、ゲーとか言うナルシストを倒したのなら私たちよ」


 賢者イオナが答えると、液体の少女が瞬きした。長いまつげの先端から、水滴が舞う。


「まぁ、なんということでしょう。私はゲーにより、千年の時を封印されていたのです」


 感激されたところで、一行からするとそのような話は知らなかったので、肩を竦めるしかないところではある。が、賢者イオナは咄嗟に機転を利かせる。


「じゃあ、なにかお礼とかくれない? 私たち、これから魔王に挑もうと思っているの。できれば強力な武具が欲しいんだけれど」


 あまりにも開けっぴろげな要求に一行は苦笑するしかない。湖の精の口元も少々引きつったように見えた。が、ラクスはするすると湖岸に寄ってきた。賢者イオナの目の前でその両手を合わせてから、ゆっくりと離す。するとその手と手の間に、薄い羽衣が生まれていた。賢者イオナは、両手でそっと掬うようにそれを受け取る。


「こちらは悠久の羽衣というものです。お役に立つかどうかはわかりませんが、私からお渡しできるのはこれくらいです」


 謙虚な物言いを耳にしながら、賢者イオナは背筋をぞっとさせる。湖の精ラクスのことを、侮っていた。

 賢者としての能力で、手に取れば分かる。悠久の羽衣は、間違いなくこの世に二つと無い、神が創り賜った神器だった。

 本当に貰って良いの、という言葉を飲み込んで、賢者イオナは不適に微笑む。


「有り難く貰っていくわ」


 一行は、湖の精ラクスによる感謝の見送りに、背中にこそばがゆさを覚えながら辞した。



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