23話
賢者イオナが何が起きたのか理解したのは、瓦礫の中から這い出てからだった。
それは、先ほどの落雷などとは全く別物の、巨大な隕石の一撃だったのだ。
だが、隕石と言ってもただの石塊ではなかった。表面は赤々と燃え、超高熱を帯びた、さながら巨大な火の玉だった。それが一直線にウエストパレス最上階に向かって飛来してきたのだ。
回避する余地はなかった。そもそも衝撃はウエストパレスを全壊に至らしめた。逃げ場などなかった。その一撃はあくまで物理的なものであり、神龍の魔法に対する加護の範疇外だった。生まれ変わった侍セキの力を持ってしても無効化することはできなかった。
賢者イオナは砕かれた鋭利なクリスタルの破片に気をつけながら立ち上がる。右腕が動かないが、命に別状はない。意識もはっきりしている。だが、賢者イオナの他にクリスタルの瓦礫から立ち上がる者は誰一人としていなかった。
「セキ、どこ?」
最も生存率が高いと思われる侍セキを呼ぶが、応える声はない。
城一つが砕かれたのだから、瓦礫は山と積み重なっている。
透過率の高いクリスタルとはいえ視界はすこぶる悪い。
賢者イオナは自分に回復魔法をかけ、歩みの足を速める。
瓦礫が崩れる音が聞こえたのはその時だった。
音のした背後を振り返って息を飲む。
そこに立ち上がっていたのは、イザベラだった。
咄嗟に身構える賢者イオナだったが、すぐにイザベラの様子がおかしいことに気付く。
片腕を切り落とされ、自らも瓦礫に飲まれたイザベラは満身創痍だ。
だが、そんな外見以上に先ほどまでと一変したのは、賢者イオナに対しての敵意が一切感じられないことだった。
イザベラは賢者イオナには見向きもせず、なにかを探し求めるように足を引きずりながら歩き始めると、賢者イオナの足下に跪いた。
動けない賢者イオナのことはお構いなしに、イザベラはそこの瓦礫を右手一本でどけ始めた。
そして、イザベラは掘り当てた。
そこには、戦闘不能になった魔物使いヌランの姿があった。
残る瓦礫を払いのけて、イザベラが魔物使いヌランに手を伸ばす段になって、賢者イオナは慌ててその手から魔物使いヌランを守る。
「ヌランに触るな!」
強く叫ぶ賢者イオナに、イザベラは右手を引っ込めて後ずさる。だが、その視線は魔物使いヌランだけを捉えて放さない。
賢者イオナはイザベラを不気味に思いつつも、レスキューの呪文を唱え始めた。
程なくして魔物使いヌランが意識を取り戻し、目を開く。
「イオナ。どうなってるの?」
賢者イオナの顔を覗ってから、近くに佇むイザベラに怪訝な顔を向ける。だが、賢者イオナも肩を竦めることしかできない。
「わからない。あいつ、瓦礫から這い出してきたかと思ったら、ヌランを掘り起こして大人しくしてるの」
魔物使いヌランは眉をひそめてから、改めてイザベラの方を向く。
「どういうこと?」
魔物使いヌランに問いかけられると、驚くべきことに、イザベラは膝立ちになり、頭を下げた。
「主ならみなまで言わずとも分かるじゃろう、ヌラン」
それだけ言うと、口をすぼめて物欲しげな目で魔物使いヌランを見つめてくる。
それは明らかに、魔界四天王が勇者一行に対して向けるような、敵対の視線とは真逆のものだった。
「えと、もしかして」
賢者イオナに回復魔法をかけてもらって立ち上がった魔物使いヌランは、頬をポリポリ掻きながら、イザベラに歩み寄る。
「君は今、僕たちの仲間になりたそうにこっちを見ているの?」
まさか、と、賢者イオナはずっこけそうになる。
だが、イザベラは、あっさりと首を縦に振った。
「そうじゃ。妾は先ほどの一撃で自滅した。そして主に惚れ込んだ。拒否されたとしても一生ついて行くぞ、ヌラン」
魔界四天王の無茶な言葉に、さすがの魔物使いヌランも頬を引きつらせて笑う。
「ひゃー、本気なんだ。それって魔界四天王としてどうなの?」
「もちろん魔王に対する裏切りと見なされるのう。じゃがそれ以前に、妾は勇者代行に破れた者として、既に魔界四天王の座位を失い、全ての特権を失っておる」
イザベラは傷だらけの身体を重たそうに持ち上げると、魔物使いヌランの目の前に、真っ直ぐに立つ。
「妾は一介のモンスターとして、主の仲間になりたいのじゃ」
そう言ってさしのべられた傷だらけの右手を、魔物使いはまじまじと見る。それから、賢者イオナを振り返った。
魔界四天王を仲間にするなど、普通の神経の人間ならリスクの高さに言語道断と切り捨てたいところだ。だが、賢者イオナは全く別の可能性について考えを巡らせていた。それは、イザベラの戦力的価値とは別に存在する、勇者の妹としての側面から見いだされる希望についてだった。
賢者イオナは、二人を待たせることなく頷きを返した。
魔物使いヌランはイザベラに向き直ると、残っている右手を取って、握手した。
「期待しているよ、イザベラ」
「お任せあれ」
言って大きな胸を張るイザベラの表情は、勇者が持っていたロケットの写真と同じくらいに純真で、晴れやかだった。




