22話
跪く新生ダイスに、魔物使いヌランは怪訝な表情を向ける。
「君はダイスではないの? ダイスが羽化して成虫になった、ってわけじゃないってこと?」
魔物使いヌランの問いに、新生ダイスは頷いた。
「はい。私はダイスに寄生していた者です。ダイスは、私が内側から食い破ったために、死にました」
その告白に、魔物使いヌランが激することはなかった。
「ふぅん、なるほどね。パラサイトパラダイスなんていう名前だから、ダイスが寄生虫なのか、寄生されやすい体質なのか、どちらかかなと思ってたんだけど、案の定、そういうことだったんだね」
「お気づきだったのですね」
「想像だけだよ。そんなことより、君はどうするの?」
魔物使いヌランの漠然とした問いかけに、新生ダイスは首をかしげる。
魔物使いヌランは肩をすくめて問い直す。
「仲間だったのはダイスだ。君はダイスじゃない。なら、敵対するかい?」
問答の最中も、戦闘は継続している。
イザベラに攻撃を仕掛けた戦士ルイが、激しい鍔迫り合いの末後方に退避した。
賢者イオナは、侍セキと戦士ルイに指示を飛ばしてから、魔物使いヌランに視線を戻す。
新生ダイスは、魔物使いヌランの問いかけに唇を緩めた。
「本当に用心深いお方。心配しないでください。私もダイスと共にあなたと旅をしていました。そして、あなたの虜になったのです。どうかこれからも、私をダイスとしてお役立てください」
その言葉に、魔物使いヌランは唇の端だけで笑みを作り、頷く。
「よし、良いだろう。僕はまだ君のことを何も知らない。この戦いは、僕に力を見せて。ダイス、期待しているよ」
「はい!」
頷いて、新生ダイスは前線に上がっていく。
イザベラが新生ダイスに対して特別な反応を見せていないところからすると、知らないモンスターなのか、取るに足らないモンスターなのかいずれかなのだろうが、人手が増えるのは心強い。
三人での攻防に劣勢を強いられていた一行は、一気に元の五人パーティに戻り、攻勢に出る。
切り込み隊長はもちろん侍セキだ。神龍の力を宿すセキの太刀はまさに神速で、懸命に守るイザベラのツメを断ち切った。
右手中指のツメを持って行かれたイザベラは憤怒の表情で侍セキをにらみつけるが、間髪入れずに迫るダイスを前に、守りに入らざるを得ない。
ホバリングでイザベラの側で浮遊するダイスは、手のひらを口の前にかざして、息を吹きかけた。すると、そこに乗っていた何かが風に乗って、イザベラに付着した。
嫌な顔をして払い落とそうとしたイザベラの手がそれに触れた瞬間、 爆発した。
もくもくと上がる煙が風に乗って消えていくと、姿を現したイザベラは、左肩の肉をごっそりとえぐり取られていた。
「何今の?」
賢者イオナは魔物使いヌランに回復呪文を唱えながら、後退してきたダイスに声をかける。
「バクレツホウシ。擦ったら着火する。放っておいてもそのうち発火する。そういう胞子」
「へ、へぇ、えげつないわね。どうやったら回避できるのよ」
「秘密」
半端な呪文よりもずっと破壊力のある胞子に、賢者イオナは頬を引きつらせる。
前線ではイザベラの反撃を侍セキが刀で受けて、その脇から戦士ルイが攻撃を加えていた。
「いけそうだね」
生命力を取り戻した魔物使いヌランは、立ち上がって前へ歩く。
「油断禁物。相手は魔界四天王よ」
賢者イオナの言葉に、魔物使いヌランは片手を上げて応えた。
そして実際、これまでの戦いはイザベラにとっては余興に過ぎなかった。
ここに至って、イザベラはようやく本気を出し始める。
侍セキに確実に傷つけられながらも、イザベラはツメでの攻撃をやめて呪文を唱える。
ごく短い詠唱の後に、天が燦めいた。
直後、轟音。
落雷が、絨毯を消し炭にし、クリスタルの床を黒く焦がした。
しかし、全員無傷だった。
攻撃は一瞬のことで、回避することは不可能に近い。その事実を踏まえると、奇跡に近い幸運と言わざるを得ない。だが、真実は別の所にあった。
「な……」
イザベラが絶句し、ある一点を見つめている。
その先には、海骸を晴眼に構える侍セキだ。
床が焦げているのは、彼の足下の床だけだった。
侍セキが、刀を避雷針にして、全ての落雷をその身に引き受けたのだ。
雷に焼かれたのは足下の絨毯だけではない、彼の羽織も消失している。
だが、その肉体には傷一つない。
そして、大胸筋から腹筋にかけて浮かぶ龍と、ちょうど心臓の位置に浮かぶ龍玉の痣。
イザベラは目を見開いて凝視する。
「貴様、なにかと人間離れしていると思ったら、まさか神龍を調伏させたというのか!」
驚愕するイザベラに勝ち誇った笑みを浮かべるのは、侍セキ本人ではなく賢者イオナだった。本人はというと、身体の前側にまで現れた聖痕にたじろいでいる。
「へぇ、あの神龍がどれほどのもんか疑問だったんだけれど、あんたより格上なのね。なら残念。あんたの命運もここまでね」
悪役じみた台詞を口にするのだから、勇者役にはほど遠い。だが、課せられた役割は忠実にこなす。これまでも、これからも。
「たたみかけるわよ! 力の差、見せつけてやりましょ!」
応という返事を耳にしながら、賢者イオナは内心では武者震いする。
イザベラにを圧倒できるのはあくまで侍セキだけだ。他の三人と一匹はまだまだ力量不足。うまく戦術を練って手を打たなければ、一気に崩される。
一筋縄ではいかない事態は、なんら変わっていないのだ。
賢者イオナは現状を冷静に分析して、堅実な最善手を打ち続ける。
彼女には、油断は一切無かった。
侍セキの攻撃が有効だと見るや、魔物使いヌランを後退させて、自身を扇の要とする布陣を確固たるものにする。すると、前線に上がっていたダイスもするすると後退してくる。
「私もイオナの守護に徹します」
「話が早いわね」
なんと言っても、回復魔法を使えるのは賢者イオナだけなのだ。何を差し置いても、イオナの安全を維持継続することが至上命題である。
魔物使いヌランはプロティンを、ダイスは効果不明のまじないを施している。任せると言った手前敢えて口出しすることはないが、魔物使いヌランも賢者イオナも、ダイスの行動には気が気でない。
一部の不確定要素を孕みながらも、対イザベラ戦は順調に推移しているかに見えた。
侍セキの刀がイザベラの生命力を着実に奪い、イザベラの攻撃は侍セキと戦士ルイの壁を突破できない。
侍セキの一撃がイザベラの左腕を切り落としたとき、賢者イオナはふうと一つ息をついた。
だが、その直後、イザベラの底力を見せつけられることとなる。
目を真っ赤に血走らせて髪を振り乱すイザベラは、耳をつんざくような絶叫の後に、大地に片手を付いた。そして、高速で呪詛の言葉を並び連ね始める。
賢者イオナは、その様子に背筋にぞくりと怖気を走らせた。嫌な予感を感じたのは他の三人と一匹も同じようで、一歩後退して身構える。
だが、一歩の後退など何の役にも立たないような一撃が、天空から振り下ろされた。




