21話
それは、意識を取り戻したとか屈服したとかいうわけではない。
腰を落として鞘に収めた刀に手をかけるその構えは、侍セキの迎撃奥義、一閃である。相手の攻撃前にその構えを取れたならば、侍セキは何人をもその間合いに踏み込ませず、切り捨てる。
戦士ルイは大上段からスパークリングブレイドを振り下ろすところで、侍セキの瞳を覗き込んだ。
戦士ルイの口元に自嘲がこぼれる。
――私の気持ちは届かなかった。そしてこれから、大好きなセキさんに斬られるんだ。
その瞬間、光が炸裂した。
スパークリングブレイドの能力ではない。
セキの刀が鞘走る火花でもない。
ましてイザベラや賢者イオナの魔法などではあり得ない。
それは、先ほどまでそこに転がっていた、ダイスが放出した光だった。
まばゆい光の中で、堅く縮こまっていたダイスの背中に亀裂が走り、瞬く間に裂けて、ゆっくりと白くて柔らかそうなものが生え出でる。
まず現れたのは、女性の上半身だった。しかし、人間のそれとは一線を画する要素が多分にある。まず目に入るのは背中の羽根だ。今はまだひしゃげているが、肩胛骨あたりから生える左右二枚ずつ計四枚の羽根は昆虫のようだ。次に目を引くのはその瞳。こちらも昆虫のように、そこだけ赤黒い複眼になっている。
それはダイスの背中から抜け出すと、二本足で大地に立った。その挙動は、人間と何ら変わりはない。
その羽根が小さく震えると、きらきらと輝く粉が辺りを包む。触れても特段、何事もないかに思えた。
呆気にとられて食い入るように見つめていたのは賢者イオナだけではない。戦士ルイもイザベラも、突然の事態に事の成り行きをただ見守っていた。
そのために、皆見逃していた。
気付いたのは、その小さなうめき声を耳にした後だった。
「うう……」
皆が一斉に振り向いた先にあったのは、頭を抑えて苦しがる侍セキの姿だった。
「セキさん!」
スパークリングブレイドを地面に投げ捨てて、戦士ルイはなりふり構わず駆けつけた。侍セキの鍛え抜かれた華奢な肩を揺すると、その瞳が戦士ルイをまぶしそうに見上げる。
「ルイ殿……拙者は……」
そこまで口にした侍セキの目が徐々に見開かれると共に、頬が紅潮していく。
「る、ルイ殿! すまぬ! 拙者は、そのっ」
慌てふためきながら侍セキが最初に取った行動は、唇を袖でごしごし拭うことだった。
「も、元に戻ったのね、よかったぁ」
言いながらも、戦士ルイの頬も林檎のように真っ赤になっている。
賢者イオナとしては、こんな混沌とした状況下でイチャコラされても困るだけだ。
何が侍セキを復帰させたのか。先ほどの光なのか、輝く粉なのか、はたまたただの時間経過の賜なのか。
理由は不明だが、好機であることは間違いない。
「セキ! 足引っ張った分、分かってるんでしょうね!」
「か、かたじけない、是が非でも、名誉挽回致す!」
賢者イオナは軽く頷くと、侍セキと戦士ルイに指示を飛ばす。次にダイスから出てきた者に目を向けて、顎に手を当てて思案する。今は静かに待機している。だが、仲間モンスターへの指示は魔物使いヌランを通してでないとできないし、そもそも新生ダイスがどういった行動を取れるのか不明だ。
逡巡は一瞬だった。ダイスについて判断するのは、魔物使いヌランを立ち直らせてからだ。
侍セキが魅惑から解き放たれても、イザベラは悠然と構えている。
そんな彼女の余裕を、侍セキが切り崩す。
一足飛びに間合いに入って振り抜かれた一撃は、イザベラに守る暇を与えず腹部を切り裂いた。イザベラの美しい腹筋はその見た目からは想像もつかないほど強固な皮膚なのだが、侍セキの太刀はそれを平然と凌駕する。長い裂傷から血が噴き出した。
傷口を左手で抑えながらも、次に行動したのはイザベラだ。瞳を怒りに燃え上がらせ、右手のツメを至近距離から侍セキに突き出した。
だが、後方に跳ねるだけで回避する。侍セキはイザベラの動きを完全に見切っていた。
前線の攻防に安堵しつつ、賢者イオナは吹き飛ばされた魔物使いヌランの元まで駆け寄った。
救急呪文、レスキューを唱える。かなりの精神力を消耗すると共に次回行動不能になるというリスクを孕むが、戦闘不能の味方を復帰させる唯一の呪文である。
魔物使いヌランはみるみるうちに血色を取り戻し、目を開いた。
「あれ……どうなったの?」
細い声で問う魔物使いヌランに、賢者イオナは微笑みかける。
「セキが意識を取り戻したわ。あの、ダイスが妙な術を使ってね」
賢者イオナの視線を追って、ヌランは新生ダイスを見た。
先ほどまで白くて柔らかそうだった肉体は、既に褐色に変わり、張りのある外殻に変わっている。
「……どういうこと?」
魔物使いヌランの問いに、新生ダイスがホバリングするかのように近づいてきた。
そして、驚くべき事に、その口を開いた。
「ヌラン。私の主。今までダイスを大切にしてくれて、本当にありがとう。そのおかげで私は無事に羽化できた。感謝します」




